一応ツバサイベントより後の話となっています。
前回の話、すでにUAが400越え、お気に入りが6件でした。
ありがたい話です。
「邪魔をするよ、シュウ」
いつものように紅茶やクッキーの用意をしていると、ジャンヌがわざわざ断りの言葉を入れて特休に入ってきた。
「癖はそうそう抜けないな」
「ああ、明日はきっと上手くいかせるよ」
まだまだ癖の抜けきれていないジャンヌもかわいらしい。今日はいつもより少し早めに来たみたいだ、夕御飯はどうしたのだろうか。
「ジャンヌ、夕御飯はどうしたんだ?少し早いみたいだが」
「ああ、今日は依頼が少し早く片付いたからシュウと同じように早めに作ってもらったんだ。エジェリーには少し悪い気もするが、シュウと少しでも楽しめる時間を長く出来るのならそれもまた良いだろう」
お、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
「そんな俺泣かせなことを言うジャンヌには、特別にクッキーだけじゃなくマドレーヌも作ろうか」
「それは楽しみだな。まあ、先の言葉に嘘は入ってはいないが」
何この子良い子すぎる。
「わかってるさ。着替えて来るといいよ」
*********
「失礼するぞ」
ジャンヌがジャージに着替えて、それなりの時間が経った後。具体的には21時くらいのこと。一人の男が入ってきた。
赤を基調とした鎧、アップにした赤髪。炎帝でお馴染みのパーシヴァルだ。
「いらっしゃい、特休へようこそ。して、炎帝ともあろう方がどうしてここに来たんだ?」
まあ大方匂いが気になって来たんだろうが。それ以外にここに来る理由が思い付かない。
「シュウにジャンヌか、珍しい組み合わせだな。たまたまグランサイファーの奥まで歩いていたら、何やら品の高い、甘い匂いがしたものでな、匂いだけでもかなりの作り手だと感じたから来たのだ」
品の高いって。そんな大層なものでもないと思うが。趣味だし。
「それはまた高いハードルを設けてきたな、パーシヴァル。まあせっかくここに来たからには、あれを着てもらおうか」
この特休に来てまで鎧なんか身につけていては、せっかくの紅茶とクッキーが台無しになってしまうからな。
「あれとは、もしかして今お前たちが着ているそのジャージのことか?」
流石パーシヴァル、目ざとい。だが顔はとても不思議そうにしているな。というか。
「なんだ、ジャージを知ってたのか。どこかで着たのか?」
「まあな。この間のことだ。それでジャージを着てこればいいのだな」
お、パーさん物わかりいいじゃないか。
「ならそこの青い扉の向こうで着替えてきてくれ、服は中にあるから。着方は……もうわかってるだろうな」
そう言うとパーシヴァルは言葉通り青扉に向かっていった。今のうちにさっさと用意しておかないとな。
「ジャンヌ。あの炎帝様に最高のおもてなしをしてやろう」
「彼だけにというわけではないがな」
まあ、ね。
*********
「着替えたぞ」
「オーケイ。椅子に座ってくれ」
パーシヴァルが出てきた。と同時にマドレーヌが焼き上がったので、皿に入れて机に置く。まだ紅茶は淹れていない。来客が猫舌でない限りは淹れたてで出す主義なんで、ええ。
「ジャンヌ、紅茶を」
「わかった」
「……お前たち、随分と慣れているな」
パーシヴァルが目を丸くして俺たちを見ている。あのパーシヴァルがなんて、相当驚きの光景なのだろうな。まあ初見だとそうなるかも。
「ジャンヌはここの常連だからな。こうして手伝ってもらってるんだよ。それよりパーシヴァルの観点では、ジャージはどうなんだ?」
「中々面白い服だ。素材や形が体にぴっちりというわけでもない、丁度よくフィットしていて行動を阻害されることもない。民たちに着させるのもアリだと思っている」
「そうだろう。ここ特別休憩室では誰もがジャージ着用を義務付けられているからな。それを着て、ここくらいでは気を緩めてほしいかな」
「ふ、メリハリを付けろとこの俺に言うか」
言葉は刺々しいけど、パーシヴァル笑ってやがる。そんな喜ばせること言ったっけな。
「まあ、とにかくだ。俺とジャンヌの共同おもてなし、とくと味わってくれ」
「そうさせてもらおう」
そう言ってパーシヴァルは紅茶を飲む。流石良いとこの出と言ったところか、一つ一つの所作が洗練されているな。
「……なるほどな、扉越しの香りでさえ芳ばしいものだったが、こうして実際に飲んでみると味もまた素晴らしいな」
紅茶ソムリエか。言うほど中身のあるコメントはもらってないけど。
「クッキーも食べてみてくれ。シュウの作るもの春本当に美味しいんだ」
ジャンヌが俺のをここぞとばかりに促す。こうして自分のものが人から人へ勧められるのはなんだが気恥ずかしいものだな。
ジャンヌに言われてパーシヴァルがクッキーを口に入れる。しばらく咀嚼しているが、何やら神妙な顔をしている。
「ふむ……ふむ……」
なんだなんだ。
すると急にパーシヴァルが立ち上がって、同じく椅子に座ってる俺のところに歩み寄り。
「シュウ、俺の専属家臣として毎回これを用意する気はないか」
両手を取られて真顔でそんなことを言われた。
ちらりと横目でジャンヌを見やると、心なしか不安げな顔をしていた。
……そんな顔をしなくても。
「…悪いが、俺は誰かの下につくことはしない主義なんでね、その話はせっかくだけどお断りさせてもらうよ」
それにジャンヌとゆるゆるで(味覚的に)甘々な日々を送りたいんだ。
「そうか、だが俺は諦めるつもりはないぞ」
勝手にしてくれ。
*********
「ところでパーシヴァル、理想の国作りは進んでいるのか?」
グランから一通り団員の情報は得ているので、ここで彼の夢の話を持ち出す。どうやら彼は覇道を行く兄に対して王道を貫いているみたいで、グランのことを「最高の右腕」と称しているとか。
「団長から聞いたのか。そうだな、まだ場所や首脳などは何も決まってはいないが、この団長や他の団員との長い旅の中で様々なことを経験した。自身の見地や知識が革新されたのは確かだろう」
ふむふむ……やっぱりグランが団長で良かった。他の団にはない賑やかさと色濃さがあるからだろう。
「良いことじゃないか。お前の家臣になるつもりはないが、この旅が一段落ついてお前の国が出来たら、店を構えるのも悪くはない」
まだまだ先の未来になるだろうが。
「そういうシュウは、何か目指すものはあるのか」
夢ねぇ。
「パーシヴァルみたいに凄いことではないけど、もう一部叶っているのさ」
むしろその一部、叶いすぎている節もあるが。
「一部か、随分はぐらかすな」
「人に聞かせるほどのものではないってことだよ」
実際、全部叶わせるには抽象的すぎるし。
「俺が言うのも不思議な話だが、夢を高く持つことは大切だ。俺は兄上のようにはなれないが、また違った道を目指すのだ。力無き民のため、俺はさらに強くなり理想を追い求めることにした」
そう語るパーシヴァルは、ここよりも遥かに遠い場所を見つめていた。うんうん、やっぱり頑張っている人は輝かしい。見てるだけでエネルギーがもらえるよ。
*********
そのあとも様々な話題を出し、緩やかながらも実りの有る憩いを過ごした。
パーシヴァルはもういつもの鎧姿に着替え直している。
「今日はここに来てくれてありがとう。たまの来客だったから楽しかったよ、パーシヴァル」
「こちらこそ礼を言う。この空間はたまった疲労をほどよく軽くしてくれるいい場所だ。無論、お前の紅茶やクッキーもだ」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるな」
「また暇なときに来てくれ、私もシュウ同様歓迎するさ」
ジャンヌも顔が緩んでいる。それなりにいい時間を過ごせたみたいだ。
「だがシュウ、俺はお前の専属の件を諦めた訳ではない。気が変わればいつでも俺のもとに来るがいい」
「気が変わればな」
変える気も変わる気もしないけど。
「では改めて、今日は良い時間を過ごさせてもらった。これにて失礼しよう」
「おう。カップとかは置いといてくれ。後で洗っておく」
「恩に着る」
そう言って、王道と己が夢を貫く若き炎帝は特休を出ていった。
*********
「ジャンヌ、彼の夢が叶うと思うか?」
「私は、パーシヴァルほど力と心を持った人なら必ず叶うと思っているよ」
「そうだな。俺もそう思う」
「さて、私もそろそろ帰ろうか」
「お、そうか。今日も1日お疲れ様」
「お疲れ様、そしてご馳走様」
「お粗末様。ほれ、着替えて来たらいい」
一応もうひとつの連載である「翼、鍵、最愛。」とは二話ずつ投稿しようと思っていますので、悪しからず。
ちなみにこの日の料理担当がエジェリー(最終)でした。
基本的に「料理担当」というフレーズは入れません。