ガールズバンドの子たちに甘やかされる日常【完結】   作:薮椿

9 / 28
 ヤンデレの甘やかされるとか、人生の終焉に近い。


微ヤンデレちゃんたちに甘やかされる

 

 オタク界隈には『ヤンデレ』という言葉がある。オタク趣味に浸かっていない健全な人が聞くと意味不明な言葉だけど、僕たちのようなオタク陰キャの世界では知らない人いないってくらいメジャーな言葉だ。

 その意味は字面通りで、対象の人物への愛情が凄まじく深く、深すぎて病みに病んでる人を差す言葉である。特に二次元の女の子のキャラとして採用されることが多く、病み成分が軽度で可愛らしい性格のキャラから、重度の病み成分で猟奇的な性格のキャラまで様々。一言で『ヤンデレ』と言っても、一枚岩ではないんだ。それ故に『ヤンデレ』は人によって好みが大きく分かれ、特に血生臭い展開を平気で引き起こすようなキャラは賛否が分かれやすい。確かに、そんな子がリアルでいたらゾッとしちゃうよね……。ツンデレと同じく、2次元だからこそ許されるキャラだろう。

 

 しかし、何事にも例外というものは存在する。

 僕の周りには、病みとはまでは行かないけど異彩な愛情を注いでくる子たちがいる。身の回りのお世話をしてくれるのはありがたいんだけど、愛情に愛情が募り過ぎて奇行に走ることも多い。気を抜いたら骨の髄まで面倒を見られそうで、ちょっと怖いんだよ……。

 

 

「秋人くん? どうして震えているのかしら?」

「ち、千聖ちゃん……。別になんでもないから、心配しないで」

「そう? もし寒いのなら抱きしめてあげましょうか?」

「あ、ありがとう……。でももうすぐ夕飯だし、気持ちだけ頂いておくよ……」

 

 

 一般の男性が人気女優にハグしてもらえるのなら、何百万、何千万と大金を叩くだろう。でも、僕の場合は千聖ちゃんが自ら求めてきている。そんなシチュエーションに少し独占欲が満たされながらも、彼女の表情を見ると我に返ってしまう。

 なんたって、彼女の表情は常に真顔。善意で僕を暖めてくれようとはしてくれているんだろうけど、千聖ちゃんの場合は裏で何を考えているのか分からないのがね……。

 

 

「そういえば、郵便物がたくさん届いていたわよ。夕刊、ガス使用量、近くのスーパーの広告、クレジットカードの会員継続の催促状は……あなたがサインをして返送しないといけないわね」

「ゴメンね、取りに行くの忘れてたよ」

「あとは白鷺千聖との婚姻届も入っていたわ。これもあなたがサインをして、送り主に送り返さないとね」

「うん、分かったよ――――って、ちょっと待って! 自然な流れ過ぎて今気づいたけど、人の家の郵便受けに何を入れてるの!?」

「…………気付いたわね」

「あからさまに威圧するのやめてよ!? 怖いから!!」

 

 

 気付かれたから諦めようじゃなくて、気付かれたから圧力をかけて押し通そうとするのが千聖ちゃんの常套手段だ。これまでも何度も僕を今のような罠に嵌めようとしてきたことがある。今回のように、サイン1つでお互いの人生が大きく揺らぐかもしれない罠なんて日常茶飯事。千聖ちゃんとのコミュニケーションは常に一触即発で、隙あらば僕を自分のモノにしようと画策してくるんだ。

 

 ちなみに千聖ちゃんが手に持っている婚姻届には、ご丁寧に僕と千聖ちゃんの名前からお互いの情報まで事細かに記入されている。そのため、僕がサインをするだけで後は市役所に駆け込むだけ。他の子たちのようにただ甘やかしてくるだけではなく、しっかりと将来を見据えた行動をするのが千聖ちゃんらしい。そこまで作戦を張り巡らされると末恐ろしいけど……。

 

 

「あのぉ~白鷺先輩? 秋人を弄って遊ぶのは楽しいですけど、そろそろやめてあげてください。白鷺先輩の黒さは、秋人1人だと浄化しきれないんで」

「あら、美咲ちゃん」

「美咲ちゃん、いつの間に来たの……」

「来たのはついさっき。白鷺先輩が秋人に婚姻届を渡しているところくらいからかな」

「今回は上手くいくと思ったのだけれど、秋人くんの察しの良さのせいで失敗してしまったわ。でも、諦めないから。絶対に婚姻届にサインをさせるまで、私はあなたの側を離れないわ絶対に」

「なんで絶対を2回言ったの……? それが怖いんだよ……」

「好きな人に一途な愛を向ける、先輩のその気持ちは分かりますけどね。あたしも未だに秋人に婚姻届を受け取ってもらえないですし」

 

 

 千聖ちゃんと美咲ちゃんは、どちらも現実派、つまりリアリストだ。だからこそ僕と籍を入れるために色々と画策をして、あの手この手で僕に迫ってくる。そのたびに僕は『まだ早い』と言ってその場を回避するのだが、次の日には前日の記憶がリセットされているかのごとくアタックしてくる始末。想いの人を手に入れるために諦めない、その気持ちはとっても嬉しいんだけどね……。

 

 

「そういえば秋人、この前クッションが破れたって言ってたでしょ? だから作ってきたよ」

「えっ、美咲ちゃんが? わざわざそんなことをしなくても自分で買うのに……」

「いやいや、秋人には自分のためにお金を使って欲しいの。それにあたしは人形や小物を作ったりするのが趣味だから、むしろあたしから作らせてとお願いしたいくらいだよ」

「そっか……。だったら遠慮なくいただくよ、ありがとう」

「あっ、そうだ。他にも枕カバーに手袋、シャツも作ってきたから」

「た、たくさんあるね……。ありがとう、嬉しいよ」

「せっかくだし、このクッションに座ってみて。自分で感触を確かめても良かったんだけど、やっぱり最初は秋人に座って欲しいなぁと思って、完成したのをそのまま持ってきたんだ」

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて――――」

 

 

 こうして会話をしていると、至極普通の女の子に見える。ちょっと押しが強い時もあるけど、こうして献身的に接してくれることも多い。ヤンデレは見方を変えると一途だと肯定的に捉えることもできるので、今の美咲ちゃんがそんな感じなんだと思う。うん、流石に病んではいないのかな……?

 

 僕は美咲ちゃんからお手製のクッションを受け取ると、早速椅子に敷いて座ってみる。

 座ってみたんだけど――――――

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 なんだろう、あまり柔らかくない。手触りも布というよりかは、どちらかと言えば紙のような薄っぺらさを感じる。作ってくれた美咲ちゃんには悪いけど、座っていて気持ちいいかと言われたらそうでもない。でも裁縫が好きだって言ってたし、柔軟性のないクッションを作るなんてミスを犯すのは有り得ない――――って、え゛っ!?

 

 

「み、美咲ちゃん、これって……」

「座り心地はどう? 秋人への愛を込めて作った最高傑作なんだけど」

「そもそもこれクッションじゃないよね!? 婚姻届を固めてあるだけじゃん!?」

「市役所に何枚も婚姻届を貰いに行くの、結構恥ずかしかったんだよ。でも、秋人のためを想うと我慢できたんだ」

「人生の一大決心みたいな言い方してるけど、普通に市役所が迷惑してるからね……」

「気が向いたらでいいから、その婚姻届クッションにサインしてくれると嬉しいよ。それに座りながらゲームしたり自慰行為したりする最中でも」

「いやしないから……」

 

 

 千聖ちゃんもそうだったけど、美咲ちゃんは僕に婚姻届のサインを求めることに何の躊躇いもない。他の女の子なら恥じらうようなことでも、彼女たちは真顔で、さも婚姻届にサインをさせるようアタックするのが普通と思っているに違いない。淡々とした言動に思わず流されちゃいそうだけど、やっていることはまさに狂気の沙汰。愛のカタチは人それぞれなのは分かるんだけどね……。

 

 

「ほら、他にも枕カバーに手袋、シャツもあるんだから使ってみてよ」

「これも全部婚姻届じゃん!! しかもご丁寧に全部に僕と美咲ちゃんの名前が書いてあるし、どれだけ手間かけたの!?」

「そりゃ愛する人のためなら、どれだけでも手間をかけるのは当然でしょ」

「凄いわね美咲ちゃん。秋人くんへの気持ちが良く伝わってくるわ」

「ありがとうございます。でも、これくらい普通だと思いますけど」

「そうね。秋人くんの私物をみんな婚姻届で作ったら、彼もサインせざるを得ないのではないかしら?」

「あぁ~確かに。だけど、それだと秋人が生活しにくくなりません? サインはしてもらいたいですけど、秋人の快適な生活を阻害するなんて万死に値します」

「私もそこが課題でずっと悩んでいて、最近仕事が手に付かないわ……」

「いやいや、仕事して! パスパレのみんなやスタッフさんが困るから!!」

 

 

 想像を絶する会話に、もう開いた口が塞がらない。しかも当の本人が目の前にいると言うのに、この子たちはそんなこともお構いなく自分たちの作戦を漏らしている。いや、もはや僕に作戦を公開することで、遠回しに婚姻届にサインをしろと圧力をかけているのかもしれない。2人共普段は超絶常識人なんだけど、真面目過ぎるが故に裏で恐ろしい策を企てる能力に秀でている。これまでは何とか回避できたものの、2人に結託されるともう終わりかもしれない……。

 

 

 そんな中、僕の部屋に香辛料が効いた香ばしい匂いが漂ってきた。

 今この家にいるのは僕と千聖ちゃん、美咲ちゃんだけのはず。そして、2人は食べ物らしきものは一切持ち合わせていない。となると、僕の家にこの2人以外の誰かが……!?

 

 そう察した時、僕の部屋にエプロン姿の女の子が入ってきた。

 

 

「千聖先輩も美咲も、秋人を弄るのはほどほどにしておいた方がいいよ? あまりしつこいと嫌われちゃうかもしれないし」

「さ、沙綾ちゃん!? いつの間に僕の家に……?」

「細かいことはいいじゃん。それよりもほら、カレー作ってきたよ。勝手にキッチン借りちゃってゴメンね」

「あ、ありがとう……」

 

 

 サラッと流されたけど、もう女の子が僕の家に無断で侵入することは日常茶飯事なので、今更その理由を追及する気にもなれない。ベッドで目覚めたら誰かが添い寝していたりとか、勝手にゲームで遊んでいたりとか、もはやいつものことだ。別に迷惑とは思っていなくて、むしろ起床したら目の前に女の子がいたりとか、キッチンで料理を作ってくれたとか、男なら誰もが夢見るシチュエーションにちょっと興奮しつつもある。

 

 エプロン姿の沙綾ちゃんは、お盆にカレーを盛り付けたお皿を人数分乗せて僕の部屋に持ってきた。つまり、ここにいる4人分。でも、千聖ちゃんも美咲ちゃんもアポなしで来ているから、沙綾ちゃんは人数を把握できなかったはず。なのにカレーは人数分ある。どういうこと……?

 

 

「ねぇ沙綾ちゃん。千聖ちゃんも美咲ちゃんも今来たばかりなのに、どうしてカレーが人数分あるの?」

「…………知りたい?」

「えっ、なにさっきの無言タイム!? 怖いんだけど!?」

「私、秋人のことなら何でも知ってるんだよ。秋人が誰と会って、誰と喋っていたとかもね」

「へ……えぇっ!?」

「あはは、そんなことよりこのカレーを食べてみてよ。秋人のためにずっと練習していて、最近やっと自分の納得がいく味になったんだ」

「い、いや、そんなことって……」

「食べてみて……ね?」

「う、うん……」

 

 

 いつもなら聖母と崇められるほど温和な沙綾ちゃんだけど、今日は凄まじい圧力を放っている。結局どうやって人数分のカレーを用意できたのかも分からないし、今日の彼女には普段通りに甘えられないかもしれない。

 

 

「美咲と千聖先輩もどうぞ。せっかくなので、みんなで食卓を囲みましょう」

「ありがとう、沙綾ちゃん。それならお言葉に甘えようかしら。それにこの4人でお食事だなんて、なんだか新鮮だもの」

「そういえば、私たちだけが集まることってなかったですよね。それぞれバンドの担当も違うし、珍しいかも」

「その点、夢だけは一緒ですよね。秋人のお嫁さんになるって夢は……ね?」

「どうして僕に聞くの……?」

 

 

 サラッと告白したけど、恥ずかしくないのかな……? みんなは何事もなかったかのようにカレーに手を付けており、目の前の日常的な光景を見ていると、さっきまで狂気の沙汰に巻き込まれていたのが嘘のようだ。この子たちの裏の顔を知っているからこそ、こうして何食わぬ顔で自然に振舞っているのが怖く感じるんだけどね……。

 

 とは言っても、料理を作ってくれるだけではなく、一緒に食卓を囲めるのはありがたい。みんながお世話してくれると言っても僕は一人暮らしのニートだから、誰かが側にいてくれるだけでも心が温かくなる。さっきまでは婚姻届の連打で冷汗をかきまくってたけど、流石に今日の猛攻はあれで終わりだよね……? ()()()と言っている時点で、色々察して欲しいけど……。

 

 

「ほら、秋人も食べてみて。それとも、食べさせて欲しい?」

「いや、自分で食べられ――――」

「食べさせて欲しい?」

「い、いや、自分で――――」

「食べさせて欲しい?」

「はい……」

 

 

 何が怖いって、笑顔を全く崩さないところだよ。ガールズバンド内の甘えたい女子ランキングNo.1の沙綾ちゃんに『あ~ん』をされる権利なんて、ファンからしてみれば殴り合いの乱闘をしてでも勝ち取りたいものだ。それを当然のように有している僕は優越感に浸りたいところだけど、彼女から放たれる凄まじい圧力に、僕は萎縮せざるを得ない。

 

 

「はい秋人、あ~ん」

「あ、あ~ん……。お、美味しい……」

「そう? 良かった。いくら練習していいモノができたと思っても、実際に感想を聞くまではちょっと心配だったから。もし口に合わなかったらどうしようかなってね」

「そんな心配は全然いらないよ。沙綾ちゃんの料理もパンもいつも美味しいし」

「ふふっ、ありがと」

 

 

 この甘口カレー、僕の口に合い過ぎてビックリしてしまった。僕の好みを知ってくれていることも嬉しいけど、沙綾ちゃんは小さい弟や妹がいるから、必然的に甘口カレーを作るのが上手いのだろう。それのおかげか、スプーンを持って食べさせてくれる様も板についている。特にエプロン姿で食べさせてくれる、この光景から彼女の母性が伝わってくる。なるほど、これがバブみを感じるってことなのか……。

 

 

「秋人くん、私のカレーも食べてくれるかしら?」

「えっ、でも千聖ちゃんのカレーも僕のカレーと同じじゃないの?」

「食べてくれるかしら?」

「僕は自分の分があるから――――」

「食べてくれるかしら?」

「はい……」

 

 

 あまりにゴリ押しが過ぎて、もう抵抗する気さえ失せちゃうよ……。別に千聖ちゃんに悪気がある訳じゃないと思うけど、笑顔の圧力って怖い。それだけで僕が逆らえなくなるとは思われたくないけど、こうして屈服しちゃうあたり僕ってM体質なのかな……? でも、女の子に手ずから食べさせてもらうことを楽しみにしている自分もいるから、抵抗できたとしてもしないかもしれない。

 

 

「はい、秋人くん。あ~ん」

「あ~ん……。あ、ありがとう……」

「はい、よくできました」

「どうして撫でるの……」

 

 

 千聖ちゃんは僕の頭を優しく撫で回す。ただ差し出されたカレーを1口食べただけなのにこの甘やかし様だから、甘口のカレーがより甘く感じてしまう。僕のカレーと同じ味のはずなのに、沙綾ちゃんに食べさせてもらった時とは別の味のような気がするのはそういうことだろう。

 

 

「最後はあたしだね。はい、あ~ん」

「み、美咲ちゃんも……? でもそのスプーンって、さっき美咲ちゃんが口を付けてたよね……?」

「はい、あ~ん」

「関接キスになっちゃうけど――――」

「はい、あ~ん」

 

 

 うん、もうこの展開も慣れっこだね。途中で抵抗しても無駄だと思ったけど、身体が今までの流れを覚えていたせいで謎に反抗しちゃった。

 しかし、美咲ちゃんが差し出してくるスプーンを見ると緊張してしまう。既にさっき彼女が口を付けていたのはこの目で見ているため、ここで僕が口を開けば間接キスになるのは明白。ここにいる真面目ちゃんたちって、平気でこういうことをやってくるから毎回ドキドキさせられるんだよね……。

 

 このまま黙っていても美咲ちゃんが引くとは思えないので、勇気を振り絞って差し出されたカレーを咥える。

 

 

 うん……美味しい。それに、ちょっぴり美咲ちゃんの味も――――って、ダメだダメだ、これだと僕が変態みたいじゃないか! せめて僕だけは真の真面目でいなければ!!

 

 

「ありがとう秋人。これであたしの目的が達せられたよ」

「ちょっ、ちょっと!? そのスプーン、どうして袋に入れてるの!?」

「どうしてって、普通のことだと思うけど……」

「もうね、普通って何なのか分からなくなってくるよ……」

「秋人くんは何も難しいことを考える必要はないわ。面倒なことは全て私たちに任せて、あなたは自分の好きなように生きてくれればいいの。好きなだけ私たちをこき使って、悠々自適に過ごしてもらえればそれが私たちの幸せだから」

「そう言いながら、僕の咥えたスプーンをカバンに入れないでよ!?」

「もう秋人ってば、食事の時に騒ぐなんてウチの弟たちを見てるみたいだよ。そんなところも可愛いけどね」

「騒いでるのはみんなのせいだけどね。それと、スプーンをポーチに入れるのもやめてね……」

 

 

 ここにいる3人みんな同じ行動をしているなんて、控えめに言ってゾッとする。カレーを作ってくれた沙綾ちゃんは作戦通りだったかもしれないけど、千聖ちゃんと美咲ちゃんは食卓を囲むとなった瞬間にさっきの行動を取ろうと思ったのか……。あ~んをされている最中は至福のひと時だったのに、その後の行動で全部台無しだよ……。

 

 

「秋人、口汚れちゃってるよ。はい、これ使って」

「ありがとう、沙綾ちゃん――――って、これ婚姻届じゃん!? まだ続いてたのこのくだり!?」

「秋人がそれに口を拭ってサインをしてくれたら、晴れて私と秋人は……。そうしたら、毎日あ~んしてあげるからね」

「ちょっと魅力的な条件だけど、そんな婚姻届は受け付けてもらえないでしょ……」

 

 

 沙綾ちゃんから手渡されたのは、もう今日で何度見たかもわからない婚姻届。中々見られないよ? これだけ紙という資源が無駄遣いされているところ……。まぁ、彼女たちのとってはその1枚1枚が幸福な人生への片道切符なので、決して無駄ではないと思ってそうだけどね。でも、これで口を拭ったらもうゴミでしかないよ……。

 

 

「ここまでで秋人くんが受け取ってくれた婚姻届は、3人合わせても0枚ね」

「な、なんかゴメン……」

「いいえ、むしろもっとあなたのことが好きになったわ。女性の誘惑にも靡かず、逞しく自分を貫くあなたに惚れ惚れしちゃったもの」

「そうですね。そっちの方が堕とし、いや落とし甲斐がありますし、あたしも俄然やる気になります」

「ねぇ、さっき変なイントネーションじゃなかった……?」

「細かいことは気にしない気にしない。あたしたちの愛の深さに、そんな細かいことなんて入り込む余地がないんだよ」

「なんか、まとめ方が雑過ぎる気が……。ま、もういっか」

 

 

 僕にツッコミを入れられるたびにみんなは大人っぽい発言をするけど、その大抵が意味不明なので、もはやツッコんだら負けな気がしてきた。言うなればほら、薫ちゃんの謎発言に逐一ツッコミを入れているような感じだ。ほぼ毎日あれに付き合っている美咲ちゃんや薫ちゃんの気持ちがようやく分かったよ。実際、目の前にその1人がいて、その子が薫ちゃんの立場になっているのは苦笑いするしかないけど……。

 

 

 そしてその後、沙綾ちゃんが新しいスプーンを持ってきて食事を再開した。とは言っても、結局僕は沙綾ちゃんに食べさせてもらって、美咲ちゃんにお茶を飲ませてもらい、千聖ちゃんに口を拭ってもらったりして、何1つ手を動かしていないんだけどね……。なんか僕、五体不満足になっても普通に生きていけそうな気がしてきた。

 

 

「ごちそうさまでした。沙綾ちゃん、美味しかったよ」

「お粗末様でした。食後のデザートは何がいい?」

「気持ちは嬉しいんだけど、カレーを作ってもらったのにデザートまで作ってもらうなんて悪いよ」

「だったら、沙綾ちゃんの代わりに私がデザートを作るわ。さて、何を作ろうか、何を入れるか迷うわね」

「ちょっ、入れるって、ちゃんとした調味料にしてよ!? 婚姻届や体液とかは禁止だから」

「それなら、あたしも秋人にデザートを振舞うよ」

「って、いきなりシャツ脱ぎだしてどうしたの!? 早く着なおして!!」

「ん? 思春期の男の子のデザートと言ったら女の子じゃないの?」

「そんな知識をどこで覚えてきたの……」

「あはは、みんな欲望を丸出しにし過ぎですよ。お手拭きをあげるから、千聖先輩のデザートができるまで待っててね」

「ありがとう――――って、これ婚姻届!!」

 

 

 この好き放題っぷりに前言撤回。いくら五体不満足になったとしても、僕が普通に生活できる日は永遠になさそうだ……。

 




 ヤンデレの女の子を描写するのは久々だったので、今回はリハビリがてらに割と軽度なヤンデレにしてみました。実は4年前には『ラブライブ!』の方で血生臭い方のヤンデレを描いていた時期があるので、ヤンデレを描くこと自体に慣れてはいるんですけどね。ヤンデレ好きな人がみたら物足りないかも……?

 今回登場した3人をチョイスしたのは、真面目ちゃんたちほど異性に惚れ込んだ時に依存しそうだという私の勝手な思い込みからです。ガルパのストーリーなんかを見ていると、この子たちって心の中で溜め込みやすい性格ですから、いざ欲望を吐き出した時には今回のようになるのでは……と思ったりしています。


 次回は皆さん大好き紗夜日菜回の予定です。
 そろそろ秋人くんを外に出してあげないと、ずっと家の中だと小説のネタが尽きそうで私が困る件()




この小説が気に入られましたら、是非お気に入り、感想、評価をよろしくお願いします! 
小説を執筆するモチベーションに繋がります!


新たに☆9以上をくださった


茶々。30号さん、仮面ライダー4:21さん、北方守護さん、マグマさん、はるちゃん@sushiloveさん、ワウリンカさん


ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。