今日も歌い、生きて行く   作:猫舌

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第1話

???サイド

 

 

季節は春。出会いと芽生えの季節である。まあ、僕にはそんな事関係ないのだが。

夕方の駅前の隅の花壇に座り込んだ僕は背中に背負ったギターケースを下ろして中から一本のアコースティックギターを取り出して、軽く調整を始める。

俯く姿勢になると、ここ最近まともに切っていなかった髪が視界に映る。鬱陶しい事この上ないがあまり顔を見られたくない自分としては都合が良い為、複雑な気持ちになる。一緒に被っていた帽子を目深に被りそんな事を考えていると、目の前に多くの人達が集まり始めていた。準備も済ませた僕は、ギターを構えて・・・

 

 

「・・・!」

 

 

今日も今日とて歌い続ける。自分が、自分達が生きる為に。

これが僕、《夕陽 刹那》の日常である。

 

 

刹那サイド終了

 

 

三人称サイド

 

 

現在、とある町では一つの話題があった。それは、夕方になると何処かに突然現れては路上演奏をする人物が居るという噂である。その人物は、名前、性別、年齢も何も分からない全てが謎に包まれた人物である事が尚更人々の興味を持たせた。だが、最も注目すべきはその人物の演奏である。その演奏は誰もが引き込まれ、その奏でる曲の世界を幻視すると・・・。

常に帽子と長い髪で顔を隠して演奏中以外は声を出さない。演奏が終わり、チップを貰うと、すぐにその場から去る事からその人物は《ゴースト》と呼ばれる。そして今日もそんなゴーストの演奏を聴く少女が一人。

 

 

「やっぱり凄い・・・」

 

 

制服に身を包み、ギターケースを背負った少女は何度か見たその光景に心を震わせる。黒髪に赤いメッシュを入れた少女《美竹 蘭》は、同じギタリストとして話題の人物であるゴーストの演奏に完全に聴き惚れていた。

やがて演奏が終わり、ゴーストが礼をすると周りの全員がギターケースにチップを入れて行く。百円玉や十円玉。中には千円札を入れて行く者も居た。彼女が気付いた頃には、ギャラリーは自分だけでゴーストは荷物をまとめて去ろうとしていた。慌てて蘭は声を掛けた。

 

 

「ま、待って!これ!」

 

「・・・!?」

 

「えっ・・・あっ」

 

 

焦る蘭は、財布から紙幣を取り出してゴーストに渡す。だが、相手から帰って来たのは一瞬の驚きからの高速の横への首振りだった。それを見た蘭はようやく自分が差し出した紙幣が千円札ではなく五千円札である事に気が付いた。気が動転してたとはいえ、高校生である蘭にとって五千円の損失は痛手である。だがしかし、差し出してしまったのに千円札と入れ替えるのは失礼だと考えてしまう。五千円札を差し出したまま固まる蘭に対し、ゴーストは口元を綻ばせながら改めて首を振る。

 

 

「・・・」

 

「あ、待って!」

 

 

先程と似た様な言葉を掛けるも、ゴーストは歩いて行く。次は二千円出そう。申し訳なさを抱えて蘭も重い足取りで家路に着いた。

ちなみにこの時、ゴーストこと刹那の内心は

 

 

「(ご、五千円とか勿体無さすぎるよあの子!?)」

 

 

バクバクである。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

今日の演奏を終えた僕は、人気の無い道を歩く。この辺りは、十年以上前に土地開発がある程度進んだが地盤に難があるという理由で中止となった地域であり、今ではホームレスの溜まり場となっている。この町では、この辺りは誰も近づかない。そんな場所を僕は進んで行く。やがて、途中まで出来た橋に着くと、僕はその下まで土手を降りた。夢折れ橋と呼ばれるその橋の下に連なる幾つかの段ボールハウス。その一つが僕の家である。

 

 

「帰りましたよ〜」

 

「おう!お帰り」

 

 

数時間ぶりに会話として声を出した僕に、中年の男性がゴソゴソと段ボールハウスから出て来た。

この人は《ゲンさん》と呼ばれ、僕に昔からホームレスの生き方を教えてくれた人だ。かつて、会社の社長だった彼は奥さんを部下に奪われた上に、会社まで乗っ取られてホームレスに転落したそうだ。

そんなゲンさんに僕は小さい頃からお世話になっている。

 

 

「見てよゲンさん!今日もこんなに集まったよ!」

 

「相変わらずお前の歌は凄えな。それに比べて俺は何もしてやれねえ」

 

「そんな事無いよ!ゲンさんの、此処にいる皆のお陰で今の僕があるんだから。さ!他の人達が戻ったらお風呂行こう!」

 

 

僕の歌で稼いだお金は、この橋の下に住む全員で山分けする事にしている。この橋に住む人間は僕を入れて四人。僕の平均収入で、毎日銭湯に行ける位には稼げている。家賃や光熱費が無い分、ギリギリまでケチって食費やコインランドリー代に回す事で僕達は小綺麗なホームレスでいる事が出来る。僕の見た目で汚い格好は間違い無く警察のお世話になる。でも、見た目さえ清潔さを保っていれば学生が多く出没する夕方のみランダムに歌う事で最悪、放課後の学生の趣味として見てもらえる。

 

 

「お、帰ってたのか」

 

「お帰り、刹那」

 

「ただいま。《ユウさん》、《ハタさん》」

 

 

僕に声を掛けてくれたのはこの橋の住人残りの二人であるユウさんとハタさんだ。ユウさんは元格闘家で、山へ篭り修行をするも寂しさのあまり、約二年で下山。でも試合に勝てず、格闘家を引退。他の職を探すも、雇ってもらえず、気が付けば此処に流れ着いた。実は色んな事が出来るオールラウンダーなのになぁ。

ハタさんは元ミュージシャン。本人は、結局売れなかった負け犬ミュージシャンと言っていたが、僕はハタさんの歌が好きだった。僕に歌を教えてくれたのも彼だし、このギターもハタさんが使っていた物を譲り受けたものである。

僕が歌う曲は全て、ユウさんが拾った音楽プレイヤーをネカフェでダウンロードして来た物をハタさんが楽譜として書いてくれて、練習を重ねた物だ。それから、歌手の声真似で歌う技術を身につけて、芸の一部にもしている。そうすると結構貰えるのだ。

 

 

「じゃあ、全員揃ったし銭湯行きましょうか」

 

「刹那、今日は牛乳飲んでも良いか?」

 

「良いですよ。じゃあ僕はフルーツ牛乳にします」

 

「それじゃあ、私はコーヒー牛乳を」

 

「お前ら少しは遠慮ってもんを・・・俺もフルーツ牛乳」

 

 

僕らはこうして銭湯に行き、体を綺麗にして橋の下へと戻り、横に切ったドラム缶の中に木の枝を入れてゴミ捨て場から頂戴したマッチで火を起こし、古びた鍋に安売りしてた肉やら野菜やらを兎に角ぶち込んで味噌を溶かす。調味料を買う程度の余裕はあるのだ。こればかりは僕の声に感謝である。この世界に生まれて早十五年と少し。正直クソの様な前の暮らしに比べれば家が無いくらいどうって事なかった。こうして四人で笑いながら過ごせる事が何よりの幸せである。

学校に行かなくとも元社長だったゲンさんが捨てられてた教科書を拾って来てくれて、教えてくれたのでこれでも高校の問題くらいなら解ける。昔の事を思い出しながら、僕は橋の上に登って座り込んでギターを弾きながら歌う。

 

 

『き〜ら〜き〜ら〜♪』

 

 

歌うのは誰もが知ってる《きらきら星》。そういえば、最後に五千円札出して来た子。あの子もギター持ってたな。そう言えば、生で人の演奏って聴いた事ないかも。そう思いながらなきらきら星以外に数曲歌って、僕は眠りについた・・・。

 

 

〜翌朝〜

 

 

朝、早くに目を覚ました僕は家から出て川の向こうを見る。夢折れ橋の向こう側の土手に建っている時計の針を見ると、朝の6時半過ぎを示していた。他の皆を起こさない様に、僕は出掛ける。向かう先はこの先の商店街にあるパン屋だった。目的地へ着くと、丁度開店の看板を出していた所であった。僕の存在に気づいた店員が手を振ってくる。僕と同い年位であろう見た目の店員の少女はそのまま駆け寄って来た。

 

 

「おはよう、ゴースト君。いつものだよね?」

 

「・・・」

 

「今用意するから、中で待ってて」

 

 

少女の後ろに着いて行き、店の中で奥に消えていった少女を待つ。出来立てのパンの良い香りが鼻と胃を刺激する。暫くすると、少女が袋を持って戻って来た。そしてそれを僕に渡す。

 

 

「はい、いつものね。あとお父さんがおまけ入れといてくれたから」

 

「・・・」

 

「そんなに畏まらなくて良いって。君も学生なのに大変だね。困った事があったら言うんだよ?」

 

 

そう言って、少女は僕の頭を撫でた。ハッキリ言って僕の身長は低い。目の前の少女よりも低いのだ。ぶっちゃけ僕は中学生に見られてると思われる。そして僕はもう一度礼をしてから店を出る。

これが朝の日課である。簡単に言えば、パンの耳を貰いに来てるのだ。相手も貧乏な中学生が頑張っていると誤解してくれているので都合がいいが、やっぱり一回位はお店のパンを買うべきだよね。そう思いながら袋の中を見ると、パンの耳と一緒にチョココロネやメロンパンが入っていた。勿論焼きたてである。

 

 

「うん、今度は買おう」

 

 

そう決意しながら僕は袋を抱えて帰路に着いた。こうしてまた僕の一日が始まる・・・。

 

 

刹那サイド終了


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