今日も歌い、生きて行く   作:猫舌

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第6話

刹那サイド

 

 

「行って来ます」

 

「おう。気を付けてな」

 

「はい。帰って来るのは遅くなると思うので、お風呂とかは先に済ませちゃってください。僕は明日の昼間にでも行きますから。食事もパンの耳余ってますし」

 

「分かった。二人にも言っとく」

 

「お願いします」

 

 

ゲンさんに挨拶を済ませて、僕は待ち合わせのカフェテリアへと相棒のギターと共に歩を進めた。

 

 

〜カフェテリア〜

 

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

「いえ、僕も来たばかりなので」

 

 

待ち合わせ場所で席に座ってカルピスを飲んでいると、今井さんがやって来た。お互い待ち合わせ時間の前に来てるので、文句など無い。寧ろ30分前から来てた僕が早過ぎただけである。なんとなく女の人を待たせるのは気が引けたのだ。人も少ないので、周りに聞こえない程度の声量で地声で話す。

それにしても此処のカルピス濃くて美味しいな。月謝が貰える事と、最近売り上げが上がって来たお陰でこれ位の出費が痛くなくなった。そんな事を考えると、今井さんがこっちを見て微笑んだ。

 

 

「ねえ、カルピス好きなんだ?」

 

「ええ。昔から好きなんですよ」

 

「コーヒーとかって飲まないの?」

 

「・・・苦いの嫌いなんです」

 

「そっか。友希那もブラックだと飲めないんだよね〜」

 

 

知ってる。この前、コーヒーに凄い量の砂糖入れてる所見たし。僕もコーヒーは飲めないけど、昔ゲンさんに奢ってもらった練乳入りの缶コーヒーは美味しかった。あの甘さなら毎日飲みたいと思う。

今井さんが飲み物を注文しに行っている間に今日の予定を考える。取り敢えず今日の目標は味方を増やす事と、湊さんと話す事である。

氷川さんは今回の件の他にも何か抱えてる気がしてならない。彼女に関しては確定的な情報が無い限り、下手に行動を起こせない。下手をすれば溝が深まる事間違いなしだ。

カルピスを再び嚥下すると、チルドカップに飲み物を入れた今井さんが戻って来た。

 

 

「また待たせちゃったね。ごめん」

 

「別に謝る必要無いですよ。それで、今日の予定なんですけど」

 

 

僕の言葉に今井さんが表情を引き締める。

 

 

「まずは宇田川さんと白金さんに連絡を取ってもらえますか?」

 

「あこと燐子に?でも二人は・・・」

 

「あの時は真っ先に出て行きましたけど、二人は今井さんの次にメンタル強いと思いますから、今頃自分達なりに動き出しそうな気がするんですよね。だから先に味方に付けておこうかと」

 

「よく見てるね。皆の事」

 

「コーチですから。でも今井さん程じゃないですよ」

 

「謙遜しちゃって。それじゃあ、昨日の公園に呼び出しでも良いかな?」

 

「はい。それと、宇田川さんに携帯を持って来る様に伝えてください」

 

「持って来るとは思うけど、何で?」

 

「不器用な二人を揺さぶるには良い材料があるからですよ」

 

 

この事は僕と宇田川さんしか知らない事だ。でも、間違いなくアレを見れば二人の心に変化は起こるだろう。もし反応が無ければ本当にこのバンドは終わりだ。数少ない希望に望みを託して、僕達は手にあるカップの中身を飲み干して、公園へと歩き出した。

 

 

〜公園〜

 

 

「ゴーストさん・・・リサ姉・・・」

 

「・・・おはよう、ございます・・・」

 

「おはよ。あのね、この前の事なんだけど・・・」

 

 

今井さんは話し出した。湊さんの父親の話や、Roseliaに対する思いを。それを聞いて、宇田川さん達は表情を暗くした。

 

 

「ねえ、あこ達・・・どうすれば良いのかな?」

 

「あこちゃん・・・」

 

「・・・何を今更」

 

「ゴースト、さん?」

 

 

戸惑う宇田川さん達を無視して僕は話を続ける。

 

 

「本当は分かってるんでしょ?どうすれば良いか。自分がどうしたいのか。そもそも湊さんが君達を利用するのなら、もっと上手くやるでしょうに。あの音楽以外不器用で構成されたあの人に限ってそんな演技は無理なのは疑いようの無い事実だし」

 

「どうしようりんりん。友希那さん滅茶苦茶言われてるのにあこ納得しちゃった」

 

「私も・・・」

 

「宇田川さん。携帯持って来てくれた?」

 

「あ、はい!」

 

 

最後まで言わずとも宇田川さんは携帯を操作してある動画を再生した。それは、彼女達の練習中を録画したものだった。そこに映し出された少女達は心の底から楽しそうに演奏していた。それは互いを信頼して、思う存分演奏出来ている何よりの証拠である。現に、今井さんと白金さんは映像を見て目を見開いたままだ。

 

 

「こんな楽しそうにしてるのに、演技な訳無いでしょ?これがその動かぬ証拠だよ」

 

「皆、こんな楽しそうに歌ってたんだ・・・」

 

「あこちゃん・・・新しい動画撮ってたんだね」

 

「うん・・・。あこ、あの日はカッとなって飛び出しちゃったけど、また、こうやって集まりたい。だから何かしなきゃ!そーだよね?」

 

 

動画を見ながら宇田川さんは言った。彼女の本音が出て来る。

 

 

「でも、こうやって集まったら、なんか・・・昨日みたいに、バラバラになっちゃうかもって・・・なんか・・・わかんないけど、こわい・・・」

 

「そうなるかも、しれない・・・」

 

「えっ・・・そ、そんな・・・」

 

「でも、わたしは・・・わたしを変えてくれたこの人達と、もっと・・・もっと、もっと、音楽がしたい」

 

「!・・・りんりん・・・」

 

「燐子・・・!」

 

 

そう強く話す白金さんに目に確かな意思が宿る。やっぱりこの人も強い人だ。なんだ、僕なんていらなかったじゃないか。そう思ってると、優しく背中を今井さんが触れた。何ですか、その目は?その君も仲間だからみたいな生暖かい目を止めてください。死にたくなる。

そんな僕らを他所に、白金さんは続ける。

 

 

「(りんりん・・・元々あこよりお姉さんだけど・・・なんか、前より・・・お姉さんっぽくなった)」

 

「だから・・・わたし達でも、出来る事を・・・一緒に・・・考えてほしい・・・」

 

「・・・うん。・・・うん!りんりん!わかった!あこ達も頑張るよ!うーん・・・なんだろうな・・・何が良いんだろう・・・ゴーストさん、リサ姉。どうしよう?」

 

「頼るの早くない?」

 

「あはは・・・まあまあ。でも、やっとアタシ達らしくなって来たじゃん☆」

 

「・・・ですね。宇田川さん、その動画なんだけど・・・一緒にメッセージ付きで先輩二人に送ってほしい。それから・・・」

 

 

もう一つの提案をする。これが最終関門。これが成功すればきっと彼女達は成長して前へと進める。僕の提案に二人は顔を明るくして頷いた。

 

 

「はい!すぐにしますね!」

 

「分かりました・・・」

 

「僕達はまだやる事があるから」

 

「任せてください!それとゴーストさんの声・・・キリッとしててカッコイイですね!」

 

「初めて、聞いた気がします・・・」

 

「全部って訳には行かないけど、僕なりのコーチとしてのケジメだよ。君達の本当の気持ちを聞いたんだ。僕だけ全部隠すのはね?でも、この事は・・・」

 

「誰にも言いません!お姉ちゃんにも内緒ですから!」

 

「やっぱり君のお姉さんって、宇田川巴さん?Afterglowの?」

 

「はい!世界で一番のドラマーです!」

 

「そっか。家族を大切にね」

 

「大丈夫です!あこ、お姉ちゃん大好きだから!」

 

 

力強い返事と心の底からの笑顔に、僕は心の中で安堵と小さい燻りを感じた。いや、これは劣等感だ。きっと彼女達は良い姉妹なのだろう。あの子を守れなかった僕には眩し過ぎる。

 

 

「・・・ゴーストさん?」

 

「どうしたの?」

 

「・・・いや、ウチの歌姫様をどうしてやろうかと考えてただけだよ」

 

「じゃああこ達行きますね!友希那さん達の事、お願いします」

 

「任された。でも、最後は君達がやるんだからね?」

 

「えへへ。分かってます!行こ、りんりん!」

 

「うん・・・失礼します」

 

 

二人は少し広くなった歩幅を確かに踏み締めて、公園を出て行った。それじゃあ、僕達も向かうとしますか。

 

 

「それじゃあ、僕達も向かいましょうか」

 

「うん。こっちだよ。それにしても・・・」

 

「何ですか?」

 

「こんなに早く動くとは思ってなかったかな」

 

「良いんじゃないですか?その分、全員で演奏出来ますよ」

 

「それも、ゴーストが居てくれたからだよ。ありがとう」

 

「僕は何もしてませんよ。今井さん達だけでも早い内に解決したと思いますし」

 

「そんな事無い。本当はね。あこと燐子が出てった時、もう心が折れそうだったんだ。でも、ゴーストは最後まで友希那の話を聞こうとしたり、紗夜を落ち着かせようとしてくれたのがしてくれたでしょ?アレ、本当に助かったんだ」

 

「そう、ですか・・・」

 

「そうだよ。だから」

 

 

そう区切って、今井さんは帽子越しに僕の頭を撫でた。

 

 

「あんな辛そうな顔しないで。君だって、大切なメンバーの一人なんだから」

 

「別に辛いなんてそんな・・・」

 

「目元隠してても分かるよ。その分、雰囲気に出やすいんだから」

 

「雰囲気で判断されたの初めてなんですけど」

 

「それ位分かるよ。メンバーの事だもん」

 

「・・・それは、どうも」

 

 

その後は、湊さんとの昔話をしながら歩き続けた。そしてある一軒家の前へと辿り着く。湊さんの家だと思ったが、表札には今井と表記されていた。僕は今井さんを見て聞く。

 

 

「今井さん?」

 

「友希那の家、アタシの家の隣なんだ。多分、正面から行っても面会拒否されるだろうし。だから、アタシの部屋の窓から友希那の部屋に入る」

 

 

今井さんがそう言って指を指した先には、超至近距離で隣の家の窓に繋がってる窓があった。あの窓のある部屋が今井さんの部屋なのだろう。

 

 

「ほら、上がって上がって」

 

「・・・お邪魔します」

 

「大丈夫だって。今日は家に誰もいないから」

 

 

そう言って今井さんは階段へと上がる。僕も、差し出された来客用のスリッパを履いてその後を追う。案内された部屋は、正に女子の部屋と行った感じだった。正直場違い過ぎて居心地が悪い。

僕の気持ちなぞ露知らず、今井さんは窓を開けて湊さんの部屋の窓をノックした。

 

 

「ゆっきな〜!窓開けて!」

 

『・・・忙しいから無理』

 

「寝っ転がって何に忙しいのかな〜?カーテン空いてるぞ☆」

 

『・・・!』

 

 

そう、湊さんの部屋の窓はカーテンが全開だった。僕はよく見てないから分からないが、声は筒抜けである。結局、湊さんは僕達を部屋に招き入れた。

 

 

「やっほー。友希那の部屋に来るの、ひっさしぶりだな〜!家が隣同士なんだから、友希那ももっとうちに来ても良いんだよ?」

 

「・・・どうせ毎日会うのに、何か用?」

 

「・・・喧嘩してても会いに行くんだ」

 

「何か言ったかしら?」

 

「・・・」

 

「そう。それがあなたの声なのね」

 

「何故皆、初見で僕の地声と分かるのか問いたいのですがそれは」

 

「ん〜・・・感、かな?」

 

「そうね。直感で分かるわ」

 

「感のレベルがエグいよアンタら」

 

 

溜息を吐く僕を見てから、湊さん達は会話に戻る。

 

 

「友希那、まずはごめんねっ。今回のスカウトの事。アタシ、何にも気付けなかったや」

 

 

後悔が滲み出ている声音で今井さんは続ける。

 

 

「昨日、練習に来た時さ・・・もうその時からずっと悩んでたんだよね?アタシが気付けてたら、何か出来たんじゃ無いかって」

 

「いや、その性格だから言い出さないでしょ。んで、最悪の事態手前と」

 

「ちょっと」

 

「サーセン」

 

 

ちょっとした嫌味位は言わせてほしい。こちとら散々振り回されたんだ。そんな会話に対しての返答は・・・。

 

 

「・・・」

 

 

無言である。それでも今井さんは口を開く。

 

 

「アタシ、友希那が幸せなら、とか言っておいて、今まで・・・っ、なんっにも、してこなかったなぁ〜って!言うだけなら、いくらでも出来るっての、はは・・・」

 

「今井さん・・・」

 

「お父さんの事も、Roseliaもフェスの事もずっと友希那一人に背負わせてごめん!これからは、アタシももっと一緒に・・・」

 

「なんで・・・っ!」

 

「えっ・・・?」

 

「リサは何で、何時もそうなの!何で優しくするの!全部、悪いのは私じゃない!私の自分勝手でこうなった事くらい分かってる!」

 

 

湊さんの叫びが部屋に響く。それはずっと口にしていなかった、彼女の本音だ。

 

 

「なのにバンドもフェスも・・・お父さんの事も!リサは私が何をしても、笑って・・・何時も・・・側にいて・・・っ」

 

「うん・・・ごめん・・・」

 

「だから・・・それをやめてってば!私は・・・っ、リサがいると・・・っ、ちゃんと音楽に向き合えない・・・っ!」

 

「・・・そうですね」

 

「ゴースト・・・」

 

 

同意する僕に今井さんが不安そうな表情を向ける。正直今からする事に対して胃が痛いけど、このポンコツ歌姫様の本音を全て吐かせるには必要な事なのだ。

 

 

「正直言って、湊さん達は馴れ合い過ぎたんですよ」

 

「馴れ合い、過ぎた?」

 

「だって湊さん何時も言ってたじゃないですか。頂点を目指す事以外は不要だって。それなのに妙に仲良くして・・・低レベル相手によくもまぁ」

 

「それって、アタシ達の事・・・?」

 

「今井さん達以外に誰が居るんですか?氷川さんは兎も角、他の奴らなんてギリギリ及第点の寄せ集めじゃないですか。湊さんからも言ってやれば良いんですよ。お前らはもう、必要ないって」

 

「・・・がう」

 

「特に今井さんなんかがいるから音楽出来ないってハッキリと拒絶してやれば良いんですよ。この役立たずってね!」

 

「違う!」

 

 

湊さんはそう叫んで僕の頰に平手打ちを叩き込んだ。頰に鋭い痛みが走り、次に胸倉を掴まれてマウントを取られた。涙を流しながら僕を睨み付ける湊さんの目には怒りが見えた。

 

 

「確かにリサには数年分のブランクがある。でもそんなもの気にならないレベルにまで上達したわ。それに、何時も周りに気を配ってくれて、何度も衝突しそうな場面も納めてくれた!そんなリサが役立たずな訳無いじゃない!」

 

「友希那ぁ・・・!」

 

 

今井さんが口元を押さえながら号泣する。彼女自身も自分が一番のお荷物になってるのでは無いかと不安に思ってたのだ。でもそれは違う。間違い無くこのバンドのメンバー全員は天才レベルの音楽を奏でる。ただ、今は多感な時期だ。様々な事で思い悩み、葛藤する。精神面での問題は音に出やすい。だからミスもするし、今回みたいな衝突だってありえる。

僕の真意に気付かないまま、湊さんは続けた。

 

 

「あこと燐子だってそう!あこは私と一緒に音楽がしたいって言ってくれて、ずっと断ってた私に何度も会いに来て、歌ってた曲も全部出来る様になって・・・私の中ではあの子のドラムは紛れもなく一番よ!」

 

 

最早、取り繕う事もしなくなった湊さんは全てを吐き出す勢いで話す。まさか此処まで計画通りに行くとは・・・素直になり過ぎて今井さんも少し驚いていた。

 

 

「自分を変えたいって言っていた燐子も、今では堂々と演奏する事が出来る!それに私達の衣装だってデザインから製作まで全て彼女がしてくれた物よ!このバンドで、間違いなく彼女は成長したわ!」

 

 

ホント、それを言えれば万事解決何だけどね・・・此処までしないと素直になれんか。

 

 

「紗夜だって!彼女の正確な演奏と冷静な視点からの意見には助けられて来た!あの日、彼女に声を掛けた事は間違いじゃなかった!」

 

 

一層胸倉を掴む力を上げて、湊さんは叫んだ。

 

 

「何も知らない癖に、私の大切な人達を見下す事は絶対に許さないわ!私は彼女達と頂点を目指すって決めたの!」

 

「・・・だ、そうですよ?」

 

「ゆぎなぁ!」

 

「り、リサ!?苦しいわ・・・」

 

 

ギャン泣きしながら湊さんにしがみ付く今井さんを仰向けのまま見上げながら、ポケットの入れていた今井さんの携帯を取り出した。画面には、宇田川さんの名が表示されており、通話状態だと分かる。そして電話越しに啜り泣く声が二つ聞こえた。

 

 

『ゆぎなざぁん!』

 

『・・・ぐすっ』

 

「あこ・・・燐子まで・・・あなたまさか最初から!?」

 

「逃げ道はありませんよ?来週、スタジオの予約を取りました」

 

「何を勝手に。それに紗夜は・・・」

 

「来ますよ必ず。動画、貴女も見たんでしょう?」

 

「・・・分かった。来週、全て話すわ。私の本音も、Roseliaのこれからも」

 

「・・・ん」

 

 

その言葉、信じますからね。そう思いながら僕は携帯を今井さんに渡す。今井さんは涙声で宇田川さん達と二、三と言葉を交わした後、通話を切った。湊さんが僕から離れたので、ゆっくりと体を起こす。あ、口の中切った。まあ、あんな事言ったしバチが当たったな。足りないけど。

 

 

「湊さん。貴女を焚き付ける為とは言え、すみませんでした」

 

「そう。全て最初からあなたの手の平の上だったと言う事ね」

 

「・・・」

 

「私は許すわ。でも、他の子達にはちゃんと謝罪しなさい」

 

「それは勿論です」

 

 

正直土下座から切腹するまである。だって今でも罪悪感で死にそうだし。そんな僕を湊さんは優しい表情で撫でる。

 

 

「でも、あなたにそこまでさせてしまった私も同罪ね。ごめんなさい」

 

「湊さんが謝る必要は・・・」

 

「あれ〜?お話があるとか言ってたのは何処の誰だったかな〜?」

 

「今井さん!」

 

「そうね。コーチをお願いした身で失礼な事ばかりしてしまったわ」

 

「それはもう良いので・・・もう、勘弁してくださいって!」

 

 

困り果てる僕に二人は笑う。その表情に先程までの重苦しいものは無く、楽しそうに笑っていた。僕も嬉しいが、照れ臭かったので帽子を・・・あれ?

 

 

「あっ!?」

 

 

湊さんに押し倒された際に帽子が飛んで行ったらしく、急いで上着のフードを被って顔を隠す。だが、時既に遅し。二人は笑顔のまま話す。

 

 

「いや〜、ゴーストって結構可愛らしい顔してるんだ。でも髪の毛切ったらイケメンに化けるかも?」

 

「確かに顔立ちはかなり良いわね。でも、性別までは分からないわ」

 

「じゃあ、着せ替えしてみる?アタシのお古が部屋にあるし」

 

「良いアイデアね」

 

 

その会話を聞いた瞬間、僕のトラウマが蘇る。かつて、幼馴染の二人に着せ替え人形にされたトラウマである。顔までバレた僕に今更隠せる物など無かった。

 

 

「男の尊厳を奪う事だけは勘弁してください!」

 

 

某加速装置を付けたサイボーグも真っ青の速度からの土下座である。

 

 

「ふ〜ん?男の子だったんだ(あれ?じゃあアタシって男の子に抱き付いて泣いちゃったの!?)」

 

「リサ?顔が赤いわよ?」

 

「な、なんでもないよ」

 

「今井さん?」

 

「ご、ごめん!今こっち見ないで!」

 

「え、辛辣」

 

「そういう意味じゃないから!恥ずかしさで悶え死にそうなだけだから!」

 

「「悶え死ぬ?」」

 

 

僕は湊さんと共に首を傾げる。それは5分程続き、ようやく今井さんは落ち着きを取り戻した。

 

 

「ごめん。やっと落ち着いた」

 

「なんか、すみません」

 

「リサも落ち着いた所で、来週までどうするのかしら?」

 

「取り敢えずは自主練にしてください。僕は一度、氷川さんに会って来ます。ちょっと聞きたい事があるので」

 

「そう。なら紗夜の事、貴方に任せたわ」

 

「はい。必ずスタジオに向かわせますので、湊さんも今度はちゃんと話してくださいね」

 

「ええ。皆が作ってくれたチャンスは絶対に無駄にしないわ。それと、スカウトはすぐに断っておくから」

 

「その・・・ホントに良いの?此処までしておいてアレだけど、フェスに出るのは友希那の」

 

「フェスに出るのは私の前からの目標よ。でも、私個人じゃ無くてRoseliaとしてフェスに出るのが今の目標。リサ、これからは止まってる暇なんて無いわよ」

 

「友希那・・・うん!アタシもっと頑張るね!」

 

「だから苦しいって言ってるじゃない・・・」

 

 

前々から思ってたけど、二人は付き合ってるんじゃ無いだろうか?距離感が異様に近い気がする。でも美竹さんと青葉さんも似た感じだもんなぁ。もしかして、皆そういう・・・?

 

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんでも。これから大変だろうけど、頑張ってくださいね」

 

「うん!ゴーストも応援してね!」

 

「はい」

 

 

あ、確定だコレ。この調子だと、宇田川さんと白金さんもあり得る。なんだっけ?たしかユウさんがそういうの百合?とか言ってたっけ?あの人色んな事知ってるな。そんな思考も、僕と湊さんの腹から鳴った音で掻き消された。

 

 

「あはは・・・」

 

「仕方ないじゃない。昨日から何も食べて無いのよ」

 

「じゃあ、お昼作ってあげるから二人とも家に来なよ!」

 

「あ、お構いなく。昼食は持ってきてるんで」

 

「お弁当でも作って来たの?」

 

「いえ、僕にはコレがあるので」

 

 

そう言って僕はギターケースからビニールに包まれたソレを取り出す。それを見て何故か目の前の二人の動きが止まる。

 

 

「それって・・・」

 

「パンの耳よね・・・」

 

「はい。食べ応えがあって腹持ちも良い最強の携帯食です!しかも商店街のパン屋で無料で貰えるコスパも良い最早無敵の代物で・・・なんで抱き締められてるんですか?」

 

「待っててね。いっぱい作るからね」

 

「今度、ファミレスでハンバーグをご馳走するから」

 

 

なんだ、気遣いが痛いぞ。その後、半ば無理矢理に今井さんの家のリビングでテーブルに座らされた僕は出されたお茶を飲みながら料理をする今井さんの後ろ姿を見ていた。懐かしいな、この感じ。誰かがキッチンで料理してる光景ってあの人以来だからな。

 

 

「そう言えばゴーストって好きな食べ物ある?大抵のは作れるから言ってみな。お姉さんが作ってあげるぞ☆」

 

「いや、そんな・・・」

 

「諦めなさい。ああなったらリサは止められないわ。それに貴方の好物も気にはなるわ」

 

「えっと・・・ハンバーグとエビフライ、です」

 

「ホントに好きなのね。目が輝いてるわよ」

 

「昔、よく母が作ってくれたので」

 

「そっか。じゃあ、君のお母さんに負けないくらい美味しいの作っちゃうからね!」

 

 

そう言って今井さんは鼻歌を歌いながら料理を再開した。その後は、作ってもらってる間に、僕の演奏と湊さんとのWボーカルをBGMにしたりしてゆったりとした時間を過ごした。あ、ハンバーグとエビフライはめっさ美味しかったです。あと、一緒に出て来た筑前煮が想像以上に美味しかった。

空腹も満たされた僕は、片付けを手伝って少し休んだ後、帰ろうと思いながら窓を見る。

 

 

「あちゃー、降って来たね。止むまで二人共ゆっくりしてって」

 

 

今井さんのご厚意を無駄に出来る訳もなく、今井さんの部屋で三人で小さな演奏会を開く。誰かと演奏するのは初めての経験で、とても楽しかった。だが、そんな時間もあっという間に過ぎ去り、気が付けば雨は上がって、空は綺麗な夕焼け色に包まれていた。

僕は身支度を済ませてから、改めて二人に頭を下げる。

 

 

「今日はお世話になりました」

 

「気にしないでってば。普段から色々してもらってるし、こんな時位はアタシ達に甘えなよ。ねっ?」

 

「えと・・・ありがとう、ございます」

 

「(あー、保護欲やっばい。今まで頑なだった分、無防備感凄い)」

 

「(にゃーんちゃんみたいで可愛いわね)」

 

 

無言で撫でて来る二人に暫くなすがままにされた後、今井家を後にした。少し暗くなって来た道を歩きながら一人思考する。それは氷川さんの事だ。会いに行くのは良いが、よくよく考えたら僕は氷川さんが何処に住んでるのかとか、普段何処で何してるのかとか会うために必要な情報が何一つ無い。どうしたものかと考え込む僕に目の前から声が響く。

 

 

「やっと見つけたわ!ゴーストさん!」

 

「みんなー!ゴーストさんいたよー!」

 

「ふっ・・・はかなウぇっ」

 

 

何時もの鬼ごっこメンバーの二人と、それに引きずられてた紫色の髪の少女が顔を青くして死にそうになってる光景を見てカオスを感じた。でもそれ以上に僕は衝撃を受けて動けなかった。何故ならその今にも胃の中身をブチまけそうな少女に見覚えがあったからだ。見間違える筈もない、紛れもなく彼女は僕の嘗ての幼馴染の一人だったのだから。だが僕の意識を迫って来る金髪の少女によって引き戻される。

此方に駆けて来て伸ばされた手を躱して、僕は塀に飛び移って細い足場を走り抜ける。

 

 

「あら、逃げられちゃったわ。はぐみ!《薫》!行くわよ!」

 

「うん!」

 

「ちょ、ちょっと待っ」

 

 

後ろでそんな会話が聞こえたが、僕は兎に角走った。距離を取った筈なのに秒で追いつかれた。辛い。

気が付けば三人と黒髪の少女にスカイブルーの髪をした少女も参戦していた。5対1と、不利な状況に置かれた僕は気が付けば橋の上に追い詰められていた。しかも挟み討ちという最悪な形でだ。

 

 

「さあ、ゴーストさん!一緒にバンドしましょ!」

 

「はぐみも一緒にしたいなー」

 

「大人しくしてもらえると嬉しいかな?」

 

「薫さん、顔色が髪の毛と一緒だよ」

 

「ふ、ふええ・・・」

 

 

ジリジリと距離を詰められ、遂に彼女達は一斉に動き出した。橋の上で大乱闘の様な光景が繰り広げられる。マジで車が来なくて良かった。

何気に黒髪の少女の運動神経も良くて困る。

 

 

「特に恨みとかは無いけど、こうでもしないとあの子満足しないから。悪いけど、付き合ってもらいますよっと!」

 

「・・・!」

 

「ふええ・・・」

 

「ちょっ、《花音》さん!?」

 

「み、《美咲》ちゃん!?」

 

 

僕が避けた先に居たスカイブルーの髪の少女と黒髪の少女が縺れ合って転ぶ。なんかスマン。二人戦力が減ったが、まだ3対1・・・。

 

 

「・・・」

 

「こころん!薫君が燃え尽きちゃったよ!」

 

「私達だけでも行くわよ!」

 

 

訂正。勝手に一人自滅した。一言掛けてやりたいが、僕の事をバレると面倒なので黙って二人の猛攻を避け続ける。オレンジの少女の手を避けた先で、金髪の少女が橋の手すりに足を掛けた。次の瞬間、背中に悪寒が走る。捕まる未来が予測出来たからでは無い、先程まで降っていた雨により濡れた手すりに乗った所為で、少女の体は橋の外側へとズレたのだから。そこからは無意識だった。

 

 

「馬鹿野郎!くそっ、《かおちゃん》後頼んだ!」

 

「な、何故その名を・・・!?」

 

 

何か言っていたが、こっちはそれどころでは無い。ギターケースを幼馴染に投げて僕は今にも落ちそうな少女に手を伸ばす。何が起こっているのか分からなそうな表情をする少女の腕を何とか掴み、手すりに足を掛けて全力で内側へと投げ飛ばす。

 

 

「ちゃんと周り見ろ、馬鹿」

 

 

入れ替わる形で空中へと投げ出された僕は、少女が他の子に受け止められたのを見届けながら先程の雨で激流と化した川へと重力に従って落下する。ああ、バレちゃったなぁ・・・。

今日1日の己の失態に苦笑しながら僕の意識は一瞬で暗闇へと飲まれて行った。だが最後にこれだけは言わせてほしい。

 

 

「僕、泳げなガボッ!?」

 

 

刹那サイド終了

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