今日も歌い、生きて行く   作:猫舌

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第7話

三人称サイド

 

 

少女、《瀬田 薫》はある意味有名人である。宝塚レベルの美貌に、それに見合ったスタイル。更にその個性的な話し方から、自身の通う《羽丘女子学園》と近くの《花咲川女子学園》の生徒達からは王子様扱いされており、ファンクラブなんてものもある。最近では、《ハロー、ハッピーワールド》、略してハロハピと呼ばれるガールズバンドでギターを担当しており、益々ファンを増やしている。

だがその実態は、高所恐怖症にお化け嫌いetc...と、何気に普通の女の子である。そんな彼女には、周りに一度も話していない過去があった。それはとある幼馴染の存在であった。それは瀬田薫の憧れであり、今の彼女を、自分を隠す殻を形成させてしまった張本人である。その人物の名は、《夕陽 刹那》である・・・。

 

 

「・・・」

 

「薫さん・・・大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だよ。だからそんな顔をしないでおくれ、美咲」

 

 

ゴースト、つまりは刹那がハロハピのリーダーにしてボーカルの《弦巻 こころ》を助けて濁流に呑まれてから二日が経過した。有名な財閥の御令嬢であるこころを影から守る黒服と呼ばれる集団はすぐに捜索を開始したが、見つかったのは、刹那自身ではなく、彼が身につけていた帽子と水辺から這い上がった後に残されたかなりの量の血痕だった。血痕を調べた結果、病院のデータベースに登録されている夕陽刹那の血液と一致した事で、その正体は明らかとなった。

だがそれは同時に、黒服達に衝撃を与えた。何故なら彼は10年も前に行方不明になったままだったのだから。ハロハピのメンバー達がいくら薫に聞いても彼女は放心して応えない。まだこの情報はハロハピのメンバーしか知らない。そんなまま、時間は過ぎて行ってしまったのだった。

黒髪の少女《奥沢 美咲》は、今までに無い薫の姿に動揺を隠せなかった。放課後に、公園のベンチで一人黄昏ていた所を話し掛けて来た彼女に、薫は力の無い笑顔で返す。

 

 

「・・・その、ゴーストの正体って薫さんの知り合いなんですよね。黒服さん達から聞いちゃったし」

 

「・・・やはりバレてしまうか。ゴースト、いや、夕陽刹那は私と《千聖》の幼馴染だよ」

 

「千聖って、パスパレの?」

 

「ああ」

 

 

千聖とは、アイドルバンド《Pastel*Palettes》に所属するベース担当の女優《白鷺 千聖》の事だ。彼女もまた、子役時代から有名人の少女で、綺麗なロングストレートの金髪が特徴の今をときめく芸能人である。

美咲も何度か薫と会話している所を見た事があったが、そこまでの関係だったとは驚きであった。

 

 

「まさか、あの人と幼馴染だったとは・・・」

 

「まあ、千聖は恥ずかしがって少し冷たくしてくるけどね。ああ、そんな彼女もなんて儚いんだ・・・」

 

「はいはい儚い儚い。それで?その夕陽さんって子はどんな子だったんですか?」

 

「彼は、私の一つ下の子でね。こころを幼くした感じだったかな」

 

「それはまた・・・」

 

「刹那は何時も私と千聖の後ろを笑顔で着いて来るんだ。その姿は本当に愛らしかったよ」

 

「もしかして、好きだったりします?」

 

「ああ。私も千聖も刹那の事が好きだよ。今でもね」

 

「おおう。かなりの大スキャンダルなのでは・・・」

 

 

さらっと言う辺り、流石と言うべきかと美咲は苦笑する。そんな美咲に対し、薫は顔を一瞬だけ歪めて立ち上がる。

 

 

「此処から先の事は皆に話そう。出来れば千聖も呼びたいんだ」

 

「まあ、こころなら二つ返事でOKすると思うけど・・・」

 

「それじゃあ、こころに伝えてくれるかな?私は千聖に連絡を入れるよ」

 

「はい。じゃあ、ちょっと電話してきまーす」

 

 

美咲が離れたのを見てから薫も千聖へと電話を掛ける。確か今日はレッスンも無かった筈と思い出しながら携帯を操作する。電話番号が発信されてから5コール程経過し、機械越しに不機嫌そうな声が聞こえた。

 

 

『何かしら?こっちは久し振りのオフでゆっくりしたいのだけど?』

 

「やあ、千聖。相変わらず素っ気ないね。そんな所も素敵なんだけどね」

 

『切って良いかしら?』

 

「ま、待って《ちーちゃん》!」

 

『・・・その呼び方をするなんて珍しい。何かあったの?』

 

「・・・《せっちゃん》に会った」

 

『それは本当なの?』

 

 

携帯の向こうから食い気味に聞こえる声に薫はうん、と答えた。

 

 

『分かった。今から会いに行くわ』

 

「薫さん、こころが迎えに来るって」

 

「ありがとう。こころの家から迎えが来るから君の家に行くよ」

 

『詳しく話してもらうから』

 

 

そう言い残して千聖は電話を切った。

その後、合流した3人は弦巻家のリムジンに拾われ、弦巻邸へと向かって行った・・・。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

「・・・っ!」

 

 

左腹部に走る激痛に顔を顰めながら今日も街を歩く。川に落ちた僕は運良く岸に流れ着き、体を引き摺りながら帰った。どうやら流されている最中に岩で切ったらしく、腹部に裂傷の様な傷を負ってしまった。ホームレスである僕に病院なんて行ける筈もなく、ギターも持ってないので怪しまれる事間違いなしなので橋の下にも帰っていない。しかもこの二日、よく分からない謎の黒服集団が僕を捜し回ってるし。名前までバレてるって怖いんだけど。それに見つからない様にしないといけないので、更に気が休まらない。帽子まで失くすし、本当に不幸だ。

ガッツで何とか今日までやって来たが、朝からすこぶる体調が悪い。寂れた公園の遊具から這い出て朝日を浴びるが何時も気持ちよく感じたソレは今は煩わしく感じた。水道で顔を洗って、同じく水道水で洗った服を着てから歩き出す。何となく湿っている気がするが、財布も全てギターケースの中に入れており、かおちゃんに預けてしまったので洗濯も出来ないのだ。それでも泥だらけよりはマシなんだけどね。

 

 

「・・・辛い」

 

 

今日の目的は、氷川さんの捜索である。スタジオの予約は今週の水曜日。今日は月曜なのであと二日しかない。だが今日は平日。確か氷川さんは花咲川女子学園に通ってる筈だったからその周辺を捜せば出会う筈。

だが、現在地から花咲川まではそこそこに距離がある。痛みに耐えながら歩いた所為か、時間なんてもう分からなかった。気が付けば陽が傾き、夕陽が肌を照り付ける。

暫く歩くと、川の土手に差し掛かった。そしてそこに彼女はいた。ギターを抱きかかえながら今にも泣き出しそうな表情で川の向こうを見つめている。僕は、怪しまれない様に痛みを噛み殺して近付いた。

 

 

「やっと見つけましたよ、氷川さん」

 

「・・・ゴーストさん」

 

「隣、良いですか?」

 

「・・・どうぞ」

 

 

普段の彼女からは感じられない無気力感で答える。少し危うさを感じながら隣に腰掛ける。それから、互いに無言で時間が過ぎ去る。その静寂を最初に破ったのは氷川さんだった。

 

 

「何故、あなたは私にそこまでしてくれるんですか?」

 

「そこまで、とは?」

 

「あの日、私は湊さんにあんな言葉を掛けた上にあなたに失礼な言葉を言ってしまいました」

 

「それに関してはあのポンコツ歌姫様にも非がありますし、ぶっちゃけ僕が部外者ってのもあながち間違いじゃないかもしれません。僕は別に貴女達と演奏する訳でも無いですしね。それに契約期間もありますから」

 

「それは違います!あなたは常に正確なアドバイスをくれるだけでなく、メンバーの事も見抜いていたでは無いですか。この前だって、宇田川さんの体調が良くない事にいち早く気付いて・・・私達はミスが目立つとしか考えて無くて・・・」

 

「いや、あれは宇田川さんが必死に誤魔化してたから気付かなかっただけでしょう?まあ、路上で演奏してると色んな人の表情が見えるので自然と分かっただけですよ」

 

「だとしても、あなたにした事は・・・」

 

「だったら、話してくれませんか?氷川さんのが何に焦っていたのか。それでチャラにします」

 

「やはり、気付いていたんですね」

 

「何かを気にしてたって感覚は最初の演奏を聴いた時に感じてました。それがあの日、とても強かったので。どうも放って置けなくて。つい、捜しちゃいましたよ、氷川さんの事」

 

 

僕に言葉に氷川さんは諦めた表情で話し始めた。

 

 

「最近、パスパレが話題になっていたのはご存知ですか?」

 

「ぱすぱれ?」

 

「今テレビで流行っているアイドルバンドグループです。正式名称はPastel*Palettesでそこに私の妹が所属しているんです」

 

 

その後も氷川さんは教えてくれた。その妹さんが天才すぎて何でも高レベルにこなし、常に氷川さんと同じ事をやって来た事。でも氷川さんは常に一瞬で越される事にコンプレックスを感じていた事。そして今度は妹がアイドルバンドのギターとしてデビューを果たした事。演奏してる動画を見せてもらったが、確かにレベルは高かった。これで初心者なんて言うものだから才能とは本当に狡いと思う。

再生された動画を見終わると自嘲気味に氷川さんは笑った。

 

 

「やっぱり、私の努力は全て無駄なのでしょうか?やっとあの子に、《日菜》に出来ない事を見つけられたのに・・・!」

 

「いや、氷川さん別に負けてないですよ?確かに妹さん上手ですけど」

 

「今はそうかもしれませんが、いずれは私を越すに決まってます!やっと見つけた唯一誇れた事だったのに・・・また私は」

 

「そうやって負けるって決めつけるからそうなるんでしょうに」

 

「決めつける・・・?」

 

 

僕はふと感じた疑問に、氷川さんはポカンとなった。その顔に少し笑ってしまう。

 

 

「だってそうでしょう?走ってる自分に追いつきそうな速度で追って来る相手。足を止めたら越されるなんて目に見えてますよね。あと同じギターでもジャンルが違うでしょうがジャンルが」

 

「ジャンルですか?」

 

「はい。確かにお二人ともギターです。でも、片や本格派ガールズバンド。片やアイドルバンド。Roseliaがキャピキャピのアイドルソング歌う所なんて想像出来ますか?」

 

「無いですね」

 

「でしょう?逆もまた然りです。それと最後に根本的に違うものが一つ」

 

 

僕は人差し指を立てて笑う。これは、どんな人達でも一番大切にしないといけない事である。というか前提中の前提条件なんだけどね。

 

 

「それは自分がどれだけ楽しむかですよ」

 

「楽しむ、ですって?私達にそんなものは・・・」

 

「義務感と焦燥感に縛られた音楽なんて誰も聞きやしませんよ。宇田川さんからの動画見て分かってますよね?」

 

「・・・そうですね。日菜も楽しそうに演奏してました」

 

「氷川さんって存外プレッシャーに弱いですよね。多分、妹さんがいると尚更いらない力が入ってやらかすタイプの」

 

 

図星だったのか、視線を逸らした氷川さんに僕は苦笑してしまった。

 

 

「僕、氷川さんのギター好きですよ。妹さんのギターよりも断然」

 

「な、何をいきなり」

 

「氷川さんは妹さんを気にしすぎて自分の評価が低すぎなんですよ。だから、貴女が自分は別に劣ってないって分かるまで僕が褒め続けます。周りが何と言おうと貴女の音は素敵だって幾らでも言い返してやります。だから、そんな悲しい顔しないでください。氷川さん、貴女は僕の中で最高の女性ギタリストだ」

 

 

僕は氷川さんの手を握って真っ直ぐその目を見つめる。氷川さんはあうあう言ったまま動かないが、僕はそのまま褒め続ける。思わず熱が入ってしまったが、もう気にしない。気にしないが、最後につい聞いてしまった。相変わらずのヘタレである。

 

 

「氷川さん・・・僕の言葉じゃ、ダメですか?」

 

「・・・いいえ。コーチであるあなたにそう言ってもらえるのなら、少しは自身が持てました。確かに、動画の私の方がライブよりも良い音を出してるのかもしれませんね」

 

「じゃあ・・・!」

 

「もう少しだけ、頑張ってみます。あの子に負けない位に。応援、してくれますか?」

 

「はい!一生応援しますよ!」

 

「ふふっ。一生は言い過ぎですよ」

 

 

そう言って氷川さんは笑った。思えば氷川さんがこんなに笑ってるの初めて見るかもしれない。なんていうか、美少女ってやっぱり笑っても美少女なんだなって・・・。

上機嫌になった氷川さんと他愛ない話をしていると、かなり日が暮れて来た事に気付く。

 

 

「それじゃあ、今日はもう帰りましょうか」

 

「はい。それではゴーストさん、スタジオで」

 

「はい・・・」

 

「ゴーストさん?」

 

 

立ち上がった氷川さんの後を追って立ち上がった筈の体は、何故か土手を転がり落ちて停止した。後ろから氷川さんの叫ぶ声が近付いて来る。返事をしたいけど、体に力が入らず、声も出ない。僕はそのまま、意識を落とした・・・。

 

 

刹那サイド終了

 

 

三人称サイド

 

 

夕方の弦巻家に6人の少女達が集まっていた。

ハロハピのボーカルである弦巻こころ。ギターの瀬田薫。ベースの《北沢 はぐみ》。ドラムの《松原 花音》。訳あって、裏方扱いの奥沢美咲。そしてパスパレの白鷺千聖。この6名である。

まずは薫が美咲にした所まで説明する。そこから先は、美咲も知らない話だった。

 

 

「長くなるから少し省くが、刹那は母親から虐待を受けていたんだ・・・」

 

「どうして・・・?」

 

「詳しい事は分かっていない。当時はまだ今ほど警察も捜査能力が高く無いからね」

 

「ただ、刹那の性格を考えると大体の予想は着くわ」

 

 

そう言って千聖は薫に続けて話し出す。その表情は、とても辛そうだった。友人である花音は心配そうな視線を向けるが、千聖は気付かない。そして重苦しく口を開けた。

 

 

「刹那にはね、妹がいたの。名前は《永久(とわ)》。当時まだ0歳だったわ」

 

「当時って事は・・・」

 

「その通りさ。永久ちゃんは10年前に亡くなっている。母親である《夕陽 朱里》と共にね」

 

「死因は車のスリップによる崖からの転落。でも、司法解剖の結果では永久ちゃんの体から虐待の痕は無かった。その代わりに喉に異物が詰まっていたのよ。ボタン電池がね」

 

「可笑しいと思わないかい?家からは刹那の血痕や血の付いた物が大量に出て来たのに、永久ちゃんは全くの無傷で、窒息死と言うのは・・・」

 

 

その言葉にこの場のほぼ全員がある予測を立てる。こころとはぐみはショックが大きすぎたのか先程から俯いたままだ。こころも刹那に助けられてから、何処か元気が無い。

そんな中、美咲が声を発した。

 

 

「だとしても、当時彼はまだ5歳かそこらなのにそんな事って・・・自分から虐待されに行ったって事ですか!?妹を守る為に!?」

 

「刹那なら間違いなくやるだろう。彼は昔から、誰かを助ける時に自分を勘定に入れない子だったからね」

 

「私と薫が迷子になった時だって、身体中に傷を作ってまで探してくれた子だったから一番可能性は高いわ」

 

「きっと幼いながらに母親に過ちを犯させまいと必死だったんだろう。小さな子供よりは耐久力のある自分をあてがう事で最悪の未来を防ごうと・・・!」

 

「でも結局永久ちゃんは不慮の事故でおばさんと一緒に・・・!」

 

 

二人の手に力が入る。今にも血が滴り落ちそうな勢いで握られた手は、赤くなっていた。そんな二人に、ついにこころが声を上げた。

 

 

「だったら、尚更ゴーストさん、じゃなくて刹那を見つけないといけないわね!」

 

「こころ・・・?」

 

「だって、こんなにも薫と千聖が刹那の事を大事に思ってるのに何も無いままなんて悲しすぎるわ!それに、そんな子も笑顔にする事があたし達ハロー、ハッピーワールド!の目標だもの!皆で刹那にお帰りって言ってあげましょう!きっと彼もあなた達に会いたがってるわ!あたしも助けてもらったお礼を言いたいのよ!」

 

「こころん・・・そうだね!だって一人ぼっちは寂しいもんね!はぐみも刹那君とお話ししてみたい!」

 

「うん、私もその子の事放っておけないかな」

 

「まあ、そこまで辛い人生生きて来たんならもう報われても良いと思うしね。それに薫さん達もこのままじゃいられないでしょ」

 

「弦巻さん・・・花音達も・・・皆、お願い。刹那を助けて」

 

「もちろんよ!まずは刹那を見つけないと」

 

「こころ様、先程夕陽刹那様が見つかったとの連絡が入りました」

 

「本当!?なら早速会いに行きましょう!」

 

 

絶妙なタイミングで黒服の一人が報告して来た。朗報だと喜ぶ少女達に黒服は何処か暗い面持ちで続けた。

 

 

「それが・・・彼は今、病院で緊急手術中で予断が許されない状況です」

 

 

少しだけ温まった空気が一瞬で冷え込んだ。

意識が遠くなりそうになるのを抑えて、全員は刹那が手術を受ける病院へと向かった・・・。

 

 

三人称サイド終了


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