今日も歌い、生きて行く   作:猫舌

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第8話

三人称サイド

 

 

「紗夜!」

 

「湊さん。今井さんも・・・」

 

「ゴーストは!?」

 

「今は手術中です。救急車の中で聞いた話では、腹部の傷が化膿して発熱までしているそうです。かなり深い傷でした。私、何も気付かずに」

 

「それだったらアタシ達もだよ!だって昨日あんなに一緒にいたのに・・・!」

 

「紗夜。貴女の責任では無いわ。それに、紗夜が救急車を呼んでくれたから早くに手術が出来たのよ」

 

「・・・」

 

「今は手術が終わるのを待ちましょう」

 

「はい・・・」

 

 

暗い顔で俯く紗夜の肩に友希那は手を置く。リサも紗夜の隣に座って手を握った。三人が手術室を見つめて数分、複数の足音が聞こえた。

 

 

「友希那さん!ゴーストさんは!?」

 

「あ、あこちゃん。此処、病院だから・・・静かに」

 

「湊さん!」

 

「あこ、燐子・・・どうして美竹さん達までいるのかしら?」

 

「ゴーストと関わりのあるあたし達が来たら何か問題でも?」

 

「いやぁ〜、あこちんが泣きながら飛び出してく所見ちゃって〜。追い掛けて来ました〜」

 

 

紗夜から連絡を受けたリサが他のメンバーに報告したのはあこと燐子のみの筈。だが、その二人の後ろには、Afterglowのメンバーともう一人。刹那が食パンの耳を貰いに通うパン屋《山吹ベーカリー》の娘である《山吹 沙綾》の姿があった。

それも気にせず、一触即発の二人の間にモカが入って、説明する。ワンクッション挟んだお陰か、友希那は軽く息を吐くとそう、と呟いて再び椅子に座った。そこに少し距離を開けて蘭が座る。他の全員も座り始め、椅子は全て埋まった。

 

 

「山吹さん、だったわね。貴女もゴーストと関係が?」

 

「はい。あの子、毎朝家の店のパンの耳を貰いに来てたんです。でも此処数日一回も来なくて家族全員で心配してた所にあこがAfterglowの皆と走ってて、事情を聞いたらもう居ても立っても居られなくて」

 

「そうなの。あの子が持ってたパンの耳は山吹ベーカリーのだったのね」

 

 

納得した友希那は再び手術室へと目を向ける。未だに赤いランプが灯っており、刹那の命が危険である事実を告げる。そこへ更に複数の足音が響いた。そして友希那達の前で止まる。

 

 

「あら?皆も彼に会いに来たの?」

 

「ハロハピの皆さんまで・・・それと、白鷺さん?」

 

「か、薫さん!?」

 

「やあ、子猫ちゃん。悪いけど、今はあまり話す余裕が無くてね」

 

 

薫のファンであるひまりが顔を紅くするが、薫はそんな彼女に目もくれずに紗夜の前に立った。そして頭を下げる。

 

 

「ありがとう。君のお陰でゴースト・・・いや、刹那の命は助かった」

 

「私は何も。それより、刹那とはゴーストさんの名前ですか?」

 

「ああ。夕陽刹那と言うのが彼の本当の名前さ」

 

「ま、待ってください・・・!」

 

 

薫の声に反応したのは意外にも燐子だった。その顔は蒼白に染まっている。そんな彼女をあこは心配そうに覗き込んだ。燐子は一度、ゴクリと喉を鳴らしてから薫に問い掛けた。

 

 

「本当にゴーストさんの名前は、夕陽刹那さんなんですか?」

 

「私も声を聞いたのは一瞬だったが、フードから一瞬だけ見えたあの顔は絶対に彼だ。小さい頃から共に過ごして来た私が保証する」

 

「でも、彼は10年前に行方不明になった筈です・・・一部では死亡扱いされたとも」

 

「そうだよ。彼は10年前、行方を眩ませてそのままだった。川の側に彼の皮膚が付着した靴下を残してね。どうして彼が今生きているのか、私にも分からないよ」

 

「そんな・・・それじゃあ、ゴーストは」

 

「名前の通り、幽霊の様な扱いという事になるわね」

 

 

薫から明かされた事実に、全員が息を呑んだ。想像していたよりも重く、衝撃的な事実にあのモカですら唖然として動けない。そんな中、手術中の赤いランプが消えた。そして扉が開かれ、執刀医が姿を現した。そこに総勢17名の少女達が殺到する。最初に口を開いたのは薫だった。

 

 

「先生!彼は大丈夫なんですか!?」

 

「み、皆さん落ち着いて。結論を言えば、彼の一命は取り留めました。ですが、油断は出来ません。何せ発熱まであるものですから。常人ならもっと危険な状態で最悪命を落とすかもしれないですし」

 

「そう、ですか・・・」

 

「取り敢えず今日の所はお引き取りください。患者を病室に移させますので」

 

「失礼します」

 

 

突然現れた黒服の一人が医師に話を始めると、顔を青ざめて大声で叫んだ。

 

 

「すぐに患者を最上階の病室へ運ぶんだ!」

 

「あの〜、最上階って?」

 

「この病院で最も高級な病室です。暫く休んで頂いた後に、弦巻家に現在建造中の病院へ転院して頂きます」

 

「敷地内に病院・・・」

 

 

あまりにも現実離れした言葉に美咲は口の端を痙攣させる。それは周りも同じであった。そんな中、手術室から寝台に寝かされた刹那が運び出された。

 

 

「刹那!」

 

「落ち着きなさい薫!」

 

「でも!やっと、やっと届くんだ。あの日、掴んであげられなかった刹那の手にようやく手が届きそうなんだよ!」

 

「それは私だって同じよ。でも今は刹那の回復を待つ方が大事だって分かるでしょう?」

 

「・・・すまない」

 

「今日はもう帰りましょう。病院からの連絡を待って、それから会いに行っても遅くは無いわ」

 

「千聖・・・ありがとう」

 

「貴女がそんなんじゃ調子が狂うのよ」

 

「ふっ。それは、何時もの私の方が好きという事かな?」

 

「やっぱり戻らなくて良いわ」

 

「儚い・・・」

 

 

ようやく何時もの調子に戻り始めた二人と、刹那の一応の無事に全員が安堵の表情を浮かべる。こうして、この日は全員が帰宅する事となった。それから、二日の時が流れるのであった・・・。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

「・・・だるっ」

 

 

体を内側を熱が埋め尽くす。体を動かそうにも、倦怠感と頭痛の所為で真面に動かせず。思考も安定しない。数分程だろうか。天井を眺めていると、ようやく事態を理解し始める。どうやら僕は病院へと運ばれた様だ。腹部に痛みが無いので、手術は成功したと捉えても良いのだろうか?

何とか首を動かし部屋を眺めると、電子時計に曜日と時間が表示されていた。なるほどなるほど・・・水曜日の午後4時ね・・・ん?

 

 

「水曜日ィ!?」

 

 

思わず跳ね起きる。その時に腹部に再び激痛が走る。どうやら傷はまだ塞がりかけの様だ。暫く痛みに悶えてから、ベッドから立ち上がる。ああ、月曜日よりも動きやすい。

その後、枕元の棚に置いてあった僕の服に着替えてから一緒に置いてあった相棒を背負う。やっと戻って来たか相棒!

ようやく手元に戻って来た事を実感して、落ち着いた所で行動を開始した。病室のドアをこっそり開けて、左右を確認する。誰もいないと分かった所でエレベーターらしきドアの前まで走った。その勢いで、下の階へのボタンを押すが、一向にエレベーターは作動しない。よく見ると、何やら見たことの無い装置がボタンの下に取り付けられていた。

 

 

「なにこれ?」

 

「この階のエレベーターは、許可証のIDが無ければ移動が出来ない仕組みになっております」

 

「へえ・・・っ!?」

 

「おはようございます、夕陽様」

 

「何で僕の苗字を?」

 

「それについてのご説明もさせていただきます。まずは病室へお戻りください。まだ傷が完全に塞がった訳ではございませんので」

 

「・・・はい」

 

 

急に現れた黒服の女性に返事をする。此処は従うしか無さそうだ。ぶっちゃけ逃げ道も無いし。窓から見えた景色も相当な高さだったから多分飛び降りたら死ぬ。二階とかだったら行けたんだけどなぁ・・・。

何とか此処を抜け出して、スタジオへ向かう方法を考えながら黒服さんに抱えられてベッドに戻された。

 

 

「では、夕陽様の現状を説明させていただきます。私は、夕陽様に助けていただいた弦巻こころ様の身の回りの敬語をさせていただいている者です」

 

「はあ・・・」

 

 

どうやらあの子はとんでもない金持ちだったらしい。その後の説明で僕が氷川さんに救急車を呼んでもらって手術を受けた事。そして今まで眠りこけてた事。熱が下がり次第、弦巻さんの家に建てられた病院へ転院する事を説明された。スケールデカすぎない?

あとさらっと住んでる場所もバレた。なんでも自家用の衛星を使ったとか。画像を見せてもらったけど、ピンクのクマの形とは如何なものか?

 

 

「あの、僕の住んでる場所の事は」

 

「この事はこころ様にも報告しておりません。ご安心を」

 

「そうですか・・・」

 

 

痛む体をゆっくりと横にして天井を仰ぐ。もしこの話が警察にでも知られた日にはゲンさん達が誘拐犯として逮捕されかねない。僕が一番隠したかった事はそれだ。でも分かった。金と権力には勝てない。

頭の中を整理しながらボーッとしていると、目の前に一台のパッド端末が置かれる。そこには、何時もの練習スタジオが映し出されていた。五人の少女と共に。

 

 

『ゴースト!あ、刹那で良いのかな?』

 

「・・・できれば名前は伏せていただけると」

 

『体調は、よくないみたいね』

 

「そうですね。さっき体温計ったら38度ちょっとありましたから」

 

『あまり無理をしないでください。倒れた時、本当に怖かったんですよ』

 

「あー、すいません。ホントあの時は必死だったんでガッツで耐えてたんですけどね」

 

『ゴーストさん無事で良かったぁ』

 

「心配かけてごめん。次からは気をつけるよ」

 

『もう・・・無理しないでくださいね?』

 

「はい。気を付けますね」

 

 

その後も皆さんからお小言を頂いた所で本題に入る・・・筈だったのだが。

 

 

「解決したぁ!?」

 

『ええ。貴方が手術を受けた日に全員で話し合ったわ』

 

「一番大事な所に立ち会えなかった・・・」

 

『ご、ゴーストさんが目に見えて落ち込んでる』

 

 

まあ、自分必要ないとか思ってたけどさぁ。もうちょっとこう、空気読んでもよくない?いや、確かに全員集まってたらしいからそりゃタイミング良いけどさ。

その後も軽く話してから通信を終了した。後日、お見舞いに来てくれるそうだ。でもその前にフェスを集中してほしいのだが。僕に構わずそっちに集中してほしい。

 

 

「夕陽様。同居者の方には既に貴方の事をお伝えしてあります。ですのでごゆっくりと体をお休めください」

 

「何から何までどうも・・・」

 

「いえ。では、医師を呼んで参りますので失礼します」

 

 

そう言って、病室を黒服さんは去って行った。再び天井を見上げてこれからの事を考える。取り敢えず第一目標はなんとかして早く橋の下に帰る事だ。三人の事が心配でならない。ゲンさんとユウさんいつも喧嘩するし、ハタさんも止めようとしないし・・・僕がいない間に喧嘩別れとかは勘弁願いたい。

そんな事を考えながら、僕は医者に体を診てもらった後、再び眠りに落ちた・・・。

 

 

〜翌日〜

 

 

朝起きると、昨日よりは体が軽くなっていた。熱が引いたのか怠さも無い。未だに少し腹部に痛みを感じるが、概ね問題ない。やって来た医者にまた診てもらうと、熱も下がって順調らしい。このまま行けば、弦巻さんの家の病院へ転院となる。ぶっちゃけこのまま橋の下へ帰りたい。

やる事もなく、ギターを弾いていると部屋の外に気配を感じた。目を向けると、ちょこん、と金色の頭が此方を覗いている。その姿に僕は見覚えがあった。何も言わずに、手招きするとその全身が見えた。

 

 

「・・・やあ。元気そうで何よりだ」

 

「ええ!あの時はありがとう!お陰で助かったわ!」

 

「えっと、弦巻さんだったよね?」

 

「そうよ。あたし、弦巻こころ!こころって呼んでちょうだい!」

 

「いや、弦巻s「こころよ!」・・・こころ」

 

「なにかしら!」

 

 

あ、ダメだコレ。絶対人の話聞かないウーマンだこの子。

目をキラキラさせながら僕を見つめる彼女に僕は口を開いた。

 

 

「君からも黒服の人達に言ってほしい。もう熱も下がったし、傷もそんなに痛くないから家に帰らせてほしいんだ」

 

「まだ傷が治ってないんでしょう?ならダメよ。あ、わかったわ!あなた、一人で寂しいのね?だったらあたし達が毎日会いに行くわ!」

 

「いやそうじゃなくて・・・」

 

「それじゃあ、皆に刹那が起きたって知らせて来るわね!」

 

「待って・・・行っちゃった」

 

 

名前はどうせかおちゃんから聞いたんだろうなぁ・・・。

ベッドに寝転んで天井を見上げる。思い出すのは先ほどの彼女の事だ。

 

 

「手、震えてたな・・・」

 

 

彼女の手は微かに震えていた。それは僕が生きてた事への安堵なのかそれ以外のものなのかは分からないが、僕に対して何かの感情を持っていたのは確かだ。もし、あの日の事がトラウマにでもなってしまったら申し訳なくて死ねる。そんな事になったら間違いなく僕の体は海の藻屑にされるだろう。権力怖い。

それから間もなく、こころは笑顔で戻って来た。凄く嬉しそうに話してくれたが、興奮しすぎで何言ってるかよく分からなかった。なんとか解読できたのは、皆が僕の回復を喜んでくれた事だ。それから少しして、夕方頃に僕は車椅子に乗せられて病院前に止まった黒塗りのリムジンに乗った。

 

 

「ほぇ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「自分の身分の差を改めて思い知っただけだから気にしないで・・・」

 

「身分の差?あなたもあたしも同じ人間なんだから差なんて無いじゃない!」

 

「ソウダネ」

 

「そうよ!」

 

 

良くも悪くも純粋なんだなこの子は。きっとこの世の汚い部分とか見ずに育てられて来たのだろう。それ故に彼女の笑顔が辛い。自分がいかに汚い人間なのかと嫌になるほど自覚させられる。

長いホームレス生活は当然、危険と隣り合わせだった。別の場所に住んでいたホームレスが、町の不良にボコボコにされている所を見た事があった。その時は警察が止めに来ていたのを覚えている。後日、そのホームレスは無残な姿で川に流されていた。そんな光景を何度も目にした。

かという僕も、演奏中にボコられるなんて最初は普通だった。僕の歌を聞いてくれる人が増えるまで毎日の様に続いた。母さんに殴られたりした痕は消えたけど、未だに体には青痣が大量に残っている。だから僕は下手に半袖を着られない。

そんな事を考えている間に、車は停車した。窓から外を覗くと、目の前に巨大な豪邸とその隣に新築感満載の病院が見える。だからなんで上にピンクのクマ付いとんねん。

 

 

「夕陽様。失礼致します」

 

 

黒服さんに抱えられ、車椅子に乗せられた僕は再び最上階の病室に案内された。部屋の内装は一言で表せばゴージャス。床は真っ赤なカーペットで壁はよく分からない模様で彩られており、所々に絵画が掛けられてた。あれ?あの絵って確かモナ・リザとか言うやつだった様な・・・。

他にも、大きな画面の液晶テレビに何やらたくさんのゲーム機。電気屋のテレビで朝にやってるのを見た特撮番組の玩具等。もうこれ家じゃん。病院の物とは思えないフカフカのベッドに寝かされた僕はポカンとなる。

そんな僕に再び金持ちの凄まじさが炸裂する。

 

 

「医師の方から、お食事は普通のもので宜しいと伺いました。本日のご夕食は、フレンチのフルコースとなっております。アレルギーは無いとの事ですが、苦手な食材はございますか?何かご要望の料理がございましたらなんなりと」

 

「・・・ふれんち?」

 

「別の料理になされますか?」

 

「いえ・・・それで」

 

「畏まりました。では、御夕食は6時30分をご予定しております。何かございましたら、枕元にある受話器をご利用くださいませ」

 

「アッハイ」

 

「失礼致します」

 

 

そう言って黒服さんは去って行った。もう訳が分からない。なんで僕なんかに此処までしてくれるんだ?僕はただのホームレスだぞ?しかもお宅のお嬢様に馬鹿とまで言ったのに。そんな思考が頭の中を駆け回る。この10年近くで僕の性格は大分変わったと思う。

まず、相手の言葉をあまり信用しなくなった。ホームレス生活を続けていると、正直者が馬鹿を見る事がよく分かったからだ。その結果、相手の表情や出す音で何となく心の奥底にあるナニカを感じられる様になった。

次に身体能力の向上である。あまり関係なくね?と思われるだろうがそんな事は無い。ホームレスは体が資本である。僕達の本来のやる事は朝から晩まで売れそうな物を搔き集め、僅かな賃金に変える事だ。僕が演奏を始めたここ数年よりも前は、食事をする金も無い日が殆どで、風呂なんて夢のまた夢だったのだ。

僕も小さい頃から参加したり、ユウさんに鍛えてもらった。力は付いたけど、あまり筋肉は付かなかった。ユウさんの様なムキムキの体が羨ましい。

 

 

「刹那、ご飯の時間まで何して遊びましょうか?」

 

「君は部屋に戻らないの?」

 

「帰ったら、刹那が一人ぼっちになっちゃうじゃない。それにあたしはもっとお話ししたいわ!」

 

「・・・もう好きにして」

 

 

僕はもうまな板の上の鯉。いや、蛇の口の中の蛙と言っても良いだろう。此処は何も考えずに、過ごすのが吉だ。

 

 

「・・・コキュウ、タノシイ」

 

 

刹那サイド終了

 

 

こころサイド

 

 

あたしは今、目の前の少年に必死に話し掛けていた。でないと、ふとした時に消えてしまいそうな気がしたから。

刹那を初めて見たのは、今から一年前。あたしが中学3年生の頃だった。皆を笑顔に、がモットーであるあたしは悩んでいた。もっと皆を笑顔に出来る事は無いのか、と。

嘗て、公園で泣いてたあたしに飴をくれて話を聞いてくれた人物。今のあたしの原点となったあの子との約束。その為にも、なんとしても打開策が必要だった。

悩みながら、放課後に散歩をしていたある日。公園の噴水に人だかりが見えた。何やら楽しそうだったので向かってみると、声が聞こえてきた。

 

 

『夢が一つあればいい♪カバンに詰め込んで♪』

 

 

フードを被った人物から、その声は聞こえた。それを認識した瞬間、あたしは不思議な感覚に陥った。彼の声に、歌に全てを引っ張られる。彼から歌詞が紡がれる度に、自分の感情が大きく主張する。それは周りの人達もだった。寂しく感じる歌詞は泣き、楽しい歌詞では全員が盛り上がる。演奏が終わる頃には、あたしも含めて全員のテンションが最高潮に達していた。

 

 

『・・・あっ』

 

 

興奮している内に、周りはあたし一人。フードのあの子も、周りの皆も居なくなって公園は静まり返っていた。でも、さっきまであの子が歌っていた。あたし達がいた空間だけは未だに熱気が残っている気がした。

 

 

『こころ様。そろそろ日が暮れてしまいます』

 

『ええ、わかったわ!』

 

 

黒服さんと一緒に車に乗って、あたしは帰った。そしてその夜、あたしは思いついた。

 

 

『そうだわ!あたしも音楽をしましょう!きっと皆を笑顔に出来るわ!』

 

 

そして何時か必ず、あなたと一緒に歌いたい。フードの中に隠れたきっと素敵な笑顔が見たい。そう思った。

でもあの日、あたしは・・・。

 

 

『馬鹿野郎!くそっ、かおちゃん後頼んだ!』

 

 

初めて聞いた彼の声は、激しい雨の中に凛と響いた。繋がれた手が離れる。彼は下へ下へと遠ざかる。そんな中彼は、あたしに微笑んだ。

 

 

『ちゃんと周り見ろ、馬鹿』

 

 

違う。違うの。あたしが見たかったのはそんな笑顔じゃない。待って、行かないで。

感情に対して、体は反応出来なかった。気が付いた時には、あたしは美咲やはぐみに抱きしめられていた。視界の先では、青い顔をしたままギターケースを抱える薫に花音が声を掛けているのが見えた。

それからはとても長く感じた。フードの人物。ゴーストの正体が10年前に行方不明になった薫と千聖の幼馴染の刹那だった事。それを知ったあたしは目の前が暗くなるのを感じた。呼吸が定まらない。視界が眩む。それを気力で抑え込む。

あたしは加害者だ。被害者ではない。そんな事をする権利はあたしには無い。本当は今この場で謝りたい。でも、この場の空気をなんとかする為にもあたしは何時も通りに振舞った。それから刹那の元へ駆け付け、皆と話をしてから。あたしは薫と千聖に謝罪した。

自分の出来る精一杯の謝罪。これで許してもらおうなんて思わない。もしかしたら薫がハロハピを辞めるかもしれない。でも、それが怖いからなんて思うのは下の下だ。頭を下げてからどれだけ経過しただろう。あたしの体は不意に、二つの体温に包まれた。

 

 

『こころ。謝るのは私達もだよ。本来なら、あの場で君に注意するべきだったのは紛れもないメンバーの私達だ。それに刹那が助けてくれなかったら、こころがどうなっていたのかも分からない』

 

『ずっと、その気持ちを抱えていたのね。気付いてあげられなくてごめんなさい』

 

『『生きててくれて、ありがとう』』

 

 

あたしは泣いた。二人は許すどころか謝って来たのだ。泣いてはいけないのに涙が止まらない。こんな中でも、皆がそこまであたしを想ってくれていた事を嬉しく感じてしまう。

それからあたしは薫に言われた。

 

 

『こころ。今回の事は確かに忘れてはいけない。でも、君は君のままでいてくれ。私達は、どんな時も笑顔で誰かを笑顔にしたいと思うそんな君に惹かれたんだ。もしこころが間違いそうになった時は、絶対に私達がその手を掴む。もう絶対に放さない』

 

『いいの・・・?これからも、あたしと一緒にいてくれるの?』

 

『当然さ。私達は全員揃ってハロー、ハッピーワールド!なんだ。だからこころ。何時もの様に笑っておくれ。皆の中には、君だって入ってるのだから』

 

 

また泣いてしまった。泣いて泣いて泣き疲れたあたしは、ベッドの上で目を覚ました。隣には薫もいる。それがとても嬉しかった。それからは何時も通りに過ごす事が出来た。そんなある日、刹那が起きたと連絡があった。あたしは誰よりも先に刹那の元へ向かった。本当は薫達にも来てほしかったけど、電話で断られてしまった。

 

 

『こころがまず行くと良い。私達が居ると言いにくい事もあるだろうしね。その間、私は千聖と優雅なティータイムと洒落込もうか』

 

『これから仕事なの。お茶なら一人でしてちょうだい』

 

『フッ・・・儚い』

 

『弦巻さん。刹那は優しい子だからきっと笑顔で許すわよ。顔は良いから、惚れない様に気を付けてね』

 

 

受話器から聞こえる二つの声に感謝してあたしは刹那の元へ向かった。あの時のお礼と謝罪の為に。でも、あたしは怖くて謝罪の言葉を出せず、有耶無耶にしたまま家の隣に建てた病院まで来てしまった。

そして現在。ずっと話し掛けてると、刹那は疲れた様で寝転がったままボーッとし始めてしまった。

 

 

「・・・どうして何も言わないの?」

 

 

ふと口から出た言葉。僅かに震える手を抑えながら刹那に聞いた。刹那はあたしに視線だけ向けると、こう言った。

 

 

「え、何か罵ってほしかったの?君って変態?」

 

「違うわ!?その、あたしの所為でそんな体になって、恨んでないの?」

 

「全然」

 

「えっ・・・」

 

 

即答する刹那にあたしは戸惑う。そのまま彼は続けた。

 

 

「確かに最初は馬鹿野郎って思ったけど、結局こうなったのは僕の自己責任だし。そもそも僕泳げないしね。生きてたのマジで奇跡だわ」

 

「なんでそんな馬鹿な事したの!?」

 

「君が馬鹿って言うなよ」

 

「ごめんなさい・・・でも、あなたの命の方が危ないのにどうしてそんな事を」

 

「君がもし、死んでしまったらたくさんの人が悲しむ。でも、僕なら死んだ所で特に問題は無いでしょ?まあ、そんな事考える前に体が動いてたから」

 

「そんな・・・」

 

 

薫の言ってた事は本当だった。刹那は自分の命に対する評価が低すぎる。きっと似た事があれば、迷いなく同じ行動を取るだろう。あたしでもわかる。夕陽刹那は、どこか壊れている。そんなあたしの感情を悟ったのか、刹那は言った。

 

 

「僕がイカレてるのは昔から分かってる。でもね、僕だって何も全ての誰かを助けたいなんて思っちゃいないよ。僕は飽く迄も自分の手が届く範囲の守りたいと思った人しか助けない。生憎と、聖人君子でも無いんでね」

 

「でも、助ける時はそんなになってまで・・・」

 

「するさ。僕に出来る事ならなんでも。絶対にその手を掴む。でなきゃ、死ぬ程後悔するから」

 

「後悔・・・」

 

「人は万能じゃない。ましてや僕なんてただのクソガキだ。出来る事なんて限られてる。結局僕は、一番守りたかったものさえ取りこぼした。だからこそ、自分の出来る範囲で守れるものには全力を尽くすんだ」

 

 

刹那は拳を握りながら、悔しそうな表情でそう言った。そんな刹那の頭をあたしは撫でる。今まで異性と真面に話して来なかったから少し気恥ずかしさがあったが、手を止める事はしなかった。

 

 

「刹那は、凄いわね。あたしなんかよりもずっと・・・」

 

「そんな事は無いと思うけど・・・こころより人望無いし」

 

「凄いわ!リサ達から聞いたの。Roseliaの皆を説得したって。カッコよかったってあこも言ってたわ!」

 

「あの人達はまた軽々しく言っちゃうぅ・・・」

 

 

刹那は顔を紅くして頭を抱えてしまった。どこか可愛らしく見えて、笑ってしまった。そんなあたしを見て、刹那が嬉しそうな顔をした。初めて彼の楽しそうな顔を見た気がする。

 

 

「やっと、笑ったね」

 

「あたしはずっと笑顔よ?」

 

「いや、あんな無理した笑顔されても・・・」

 

 

どうやらあたしの笑顔はどこかぎこちなかったらしい。

 

 

「君が何を思ってたのかは大体分かるよ。手、ずっと震えてたし」

 

「それは・・・怖くて。あなたが何処かに行っちゃいそうで」

 

 

感情が漏れる。顔を俯かせて、震える腕を見つめる事しか出来なくなったあたしに刹那の方から溜息が聞こえた。きっと失望された。そんな事を考えていると、両頬を掴まれて、無理やり上げさせられた。目の前に刹那の顔が映る。女性のあたしから見ても羨ましい程に綺麗な黒髪。目は燃える様な赤色で、肌は健康的な白さを保っている。

思わず見惚れるあたしに刹那は言った。

 

 

「弦巻こころ。今目の前に居るのは誰だ?」

 

「えっ・・・刹那?」

 

「今、君は僕にどうされてる?」

 

「頬を触られてる・・・?」

 

「そうだ。じゃあ・・・」

 

 

今度はあたしの腕を掴んで、刹那の左胸。つまりは心臓に押し当てられた。そこからはトクン、トクンとリズムよく鼓動が刻まれるのを感じた。

 

 

「弦巻こころ、僕は死んでいるか?」

 

「いいえ・・・生きてる・・・生きてるわ!」

 

「そうだ、僕は生きてる」

 

 

そう言って刹那は震えるあたしの手を優しく握った。

 

 

「だから君がもう気にする必要は無いんだ。約束する。僕は死なない」

 

「ごめんなさい・・・あたし・・・あたし・・・!」

 

「泣かないで。もう、怒ってないから」

 

 

抱きついて、泣くあたしを刹那は抱きしめ返して撫でてくれる。どうしてこの子はこんなにも優しいのだろう。優しすぎて、そのまま身を委ねそうになってしまう。彼の優しさに甘えてしまいそうな自分を抑え込む。

でも、そんな思いは・・・。

 

 

「やっぱりこころには笑顔の方が似合ってるからさ。気にせず笑っててほしいんだ。・・・ダメ?」

 

 

無防備な笑顔からの思わず抱きしめたくなる困り顔に、あたしは折れるしかなかった・・・。千聖、この子の笑顔は確かに危険だわ。

手の震えはもう、止まっていた・・・。

 

 

こころサイド終了

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