「そうだ、金剛に抱き着きにいこう」
とある鎮守府の執務室で、そんなバカなことをのたまう男がいた。
いや、バカな提督がいた。
「司令官さんはバカなのです?」
直後には、ゴミを見る目で秘書艦の電が言葉を吐き捨てる。
「いやだってさ、なんか暇だし」
「暇かどうかで部下にセクハラするのはやめろなのです」
「えー。ほら、金剛ってよく『提督ぅー!』ってスキンシップするじゃん? だから、たまにはオレの方からしようかなって」
「それは他所の金剛さんの話なのです。うちの鎮守府にいる金剛さんは、『え……提督ぅ?』ってガチトーンで嫌がるじゃないですか」
「そ、そんなことないやい! あの時はたまたま金剛の虫の居所が悪かっただけだ! 今日こそは、オレが抱き着いても『触ってもいいけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!』って笑顔で返してくれるはず!」
「現実を見ろなのです、クソ司令官さん」
「曙みたいなことを言うのはやめて!?」
とは言いつつも、興奮で赤くなっている提督の顔を見れば、喜んでいることは一目瞭然だ。
露骨に顔を歪める電。
「気持ち悪いのです」
「ガチトーンはやめてください」
「でも本当は?」
「電に罵倒されるって……なんか、いいよね」
「死ね」
「敬語すらやめた!?」
今にも唾を吐き捨てそうな表情だった。
「そんなことより、さっさと仕事をしやがれなのです」
「取ってつけたようになのですをつけるなし。まあ、仕事はもう終わってるよ?」
「はっ? 妄想は仕事を終えてからにするのです」
「いやいや、本当だって。ほら、こっちに来てみてみろよ」
「……捕まえて犯さないのです?」
「さすがにしねーよっ!」
仕方ない。こいつに近づきたくないが、秘書艦だから。不本意だけど、見るしかない。
そんな心情がありありと覗ける顔で、提督の書類を手に取る電。
「マジで終わってやがるのです」
「ふっふーん。オレだってやればできるんだからな」
「じゃあ、なんでいつもは終わるのが遅いのです?」
「それは、ほら。オレが終わらないと秘書艦も帰れないじゃん? そうすると、オレのことを罵倒したり手伝うデレを見せたりしてくれるじゃん? それが楽しみで」
「こいつ最低なのです。死ね」
「また死ねって言った!」
ショックを受けたが、それはそれ。これで提督は自由の身だ。
いざ、楽園へ。もとい、金剛の元へ。
「あ、どこに行くのです!?」
「もちろん金剛のところ!」
無駄に洗練された無駄に速い無駄な動きで、ジャンプした提督。
執務室を出て、唖然とする電へウインク。
電の顔が嘔吐する五秒前に変わった。さすがに提督はへこんだ。
「それじゃあな!」
「ま、待ちやがれクソ司令官……なのです!」
秘書艦の声を無視して、提督は金剛の元に向かうのだった。
金剛は姉妹と廊下を歩いていた。
遠目から把握した提督は、危ない笑みで手をワキワキさせる。
「ぐふふ。金剛ちゃーん!」
「っ! 気合! 入れて! 殺ります!」
「うおっと、あぶね!」
金剛の背中に飛び込んだのだが、素早く振り返った比叡が反撃!
なんとか避けて邪魔者を睨みつける。
「なんで邪魔するんだ!」
「当たり前です! いくら司令でも、金剛お姉さまには指一本触らせません!」
「Oh……! 姉想いの妹に、私嬉しいネー!」
感動する金剛は横に置く。
提督と相対するのは、犬のように唸る比叡と、オロオロとしている榛名、そしてゴミを見る目で見下ろす霧島の三人。
「今日こそはお前と決着をつけて、金剛に抱き着いてやる!」
「そんなことはさせません! 司令が抱き着いたら、金剛お姉さまが孕んでしまいますっ!」
「そうです。これ以上我々のお姉さまに近づかないでください。穢れます」
「あの、二人とも? そこまで言わなくても……」
天使榛名を除いた二人は、厳しい顔で提督を睨んでいた。
提督も難しい顔で、二人のおっぱいを凝視していた。
「くっ……二人も捨てがたい」
「どこを見ているのですか!?」
「ボイスレコーダーの音量大丈夫? チェック、1、2。よし、告訴の準備はいつでも万端です」
「待てまてまて! 霧島はなんでそんなものを持っているんだよ!?」
「電さんから『クソ司令官防犯グッズ』として渡されたのですが、なにか?」
「電の仕業か!」
家畜を見る目でスイッチを押した霧島。
これでは憲兵さんのお世話になってしまう。つい最近も、電に通報されたばかりなのだ。
でも迎えに来てくれた時の、電の辛辣な顔はそれはそれで。いやダメだ。さすがにそこまで堕ちてはいけない。
自分の行動を棚に上げるクズ提督だった。
「HEY、榛名? どうして、私の目を隠すネー?」
「しっ! お姉さまは見ちゃいけません!」
割と榛名も辛辣な気もするが、きっと気のせいだ。榛名は天使だし。
なぜか泣きたくなった提督は、比叡に狙いを定める。
「まずは比叡に抱き着く!」
「いやあああ来ないでください!」
「ぐへっ!?」
提督は吹っ飛ばされて、壁に激突した。
白目を剥いてピクピクしている。
「はぇ?」
反撃したのは金剛姉妹ではない。
提督の後ろでハンマーを振り抜いた、電だった。
「ふぅ……なんとか間に合ったのです」
「え、電ちゃん!?」
「司令官さんになにもされなかったですか?」
「あ、はい。大丈夫でしたけど」
ビクビクしながら、比叡は電が持つ巨大ハンマーを指さす。
「あのー、これは?」
「司令官さん撃退グッズなのです。妖精さんに作ってもらったのです」
「いやでも、壁がクレーターみたいにへこんで」
「……? これはピコピコハンマーを大きくしただけなのです。優しいハンマーなのです!」
笑った電がハンマーを持ち直すと、ズドンと床がへこんだ。
比叡の頬も恐怖でへこむ。
「では、妖精さん。いつものようにお願いするのです」
電がパンパンと手を叩けば、どこからともなく妖精が湧いてきた。
『まーただよ』
『よっこらせっと』
『やるかー』
『あらほらさっさー』
妖精は大工装備になっていて、えっちらほっちらと壁や床の修復を始める。
「お礼の間宮さん特製の甘味は、司令官さんのへそくりから出しますので」
『うおー!』
『やるぞー!』
『えいえいおー!』
明らかに、妖精のスピードが上がった。
「これが噂の、修理妖精ですか。提督が壊した備品を瞬く間に直す妖精」
「HEY、一体なにが起こってるネー?」
「あ、ごめんなさい!」
慌てて榛名が手をどけ、金剛は辺りを見回す。
倒れ伏す提督を見て、目を見開いた。
「提督ぅー!? なにがあったネー!?」
「ぐふっ……おっぱい」
金剛に抱き起こされた提督は、幸せそうな表情だった。
「死んだらダメなのネ! 私はまだ、提督と結婚していないのデース!」
「あれ? お姉さまって提督と結婚したいのですか?」
榛名が尋ねると、当然と金剛は頷く。
「私は提督にゾッコンラブラブなのデース!」
「それにしては、提督にキツく当たっていたりしませんか?」
「そうすれば提督が喜ぶと、電から教えてもらったからなのですネー!」
ギョッと振り向いた榛名に、電はにこりと優しく微笑んだ。
慌てて目をそらされ、電の頬が引き攣った。
「ふん! 司令にお姉さまは渡さないのです!」
「同感ですね。司令にはもう少し良識というものを学んでいただかなければ」
「榛名も大丈夫じゃないかもです……」
金剛以外の好感度は概ね低かった。
「それじゃ、司令官さんは電が連れていくのです」
「電? どうして、提督の足を持っているのデース?」
「こうして運ぶと、司令官さんが喜ぶからなのです」
「なるほどなのネー! また一つ勉強になりましタ!」
純粋な金剛は騙されたが、比叡達は上司の扱いにドン引きだった。
ハンマーを肩に担いだ電は、片手で提督を引きずりながら金剛姉妹と別れる。
「ふんふふ〜ん」
鼻歌とともに、執務室に向かう。
『うれしそうなのです』
『どくせんできたから?』
『おー』
『なるほどー』
『ちじょうのもつれー』
「なにか言ったのです?」
周りでウロウロとしていた妖精を睨むと、悲鳴を上げて逃げられた。
そんなに怖いかな、と電は少し落ち込んだ。
「まったく、仕方ないクソ司令官さんなのです」
言葉とは裏腹に、電の頬は緩んでいるのだった。