「加賀のほっぺたを突っつきたい」
楽しい昼食の一時。
食堂の一角で、そんなアホなことをのたまう提督がいた。
「司令官さんはアホなのです?」
前の席でお子様ランチを食べていた電が、可哀想な者を見る目になった。
「いやー、電だってわかるだろ? 加賀のほっぺたをぷにぷにしたいって」
「満腹になって頭お花畑になったのです?」
「ち、違うわい! たださ、こう、ピーンとやりたくなって」
「司令官さんの思いつきで部下にセクハラしないで欲しいのです」
「えー、いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃないし」
「元から低かった司令官さんの好感度が減るのですよ」
「えっ」
提督は目をぱちぱち。
電は不思議そうに首を傾げる。
「なにか変なことを言ったのです?」
「オレの好感度って低いの?」
その言葉に、電がにっこりと優しく微笑む。
「良い精神病院を紹介してあげるのです」
「ねえ待って!? 今の質問のどこに紹介する要素があった!?」
「クソ司令官さんはお気楽で羨ましいのです」
「それ褒めてないよね? 褒めてないよね?」
「ゴキブリの生命力程度には褒めているのですよ」
「ただの悪口じゃねーか!」
提督は悲しみで泣いた。
電は愉快そうに笑っていた。
「それで、現実を直視したお花畑司令官さん。加賀さんのことは諦めたのですか?」
「え、それとこれとは話が別だけど」
提督の涙が引っ込み、電の笑顔も消え失せた。
「やっぱりクソ司令官さんはクソ司令官さんだったのです」
「だから曙みたいなこと言うのやめて」
「クズ司令官さん」
「霞みたいにすればいいってわけじゃないからね?」
とは言いつつも、息が荒くなっている提督を見れば、興奮していることがすぐにわかった。
電が吐きそうな顔に変わる。
「気持ち悪いのです」
「ガチトーンはやめてください」
「そんなこと言いながら?」
「電に攻められると気持ちいいかな……なんて」
「死ね」
「また敬語をやめた!?」
「犬の糞を踏んでくたばりやがれなのです」
「地味に嫌なこと言わないで!」
汚物を見るような表情だった。
「そんなことより、ご飯中の艦娘にちょっかいを出すのはやめて欲しいのです」
「それもそうか」
良識のある提督だった、変なところで。
電が嬉しそうに微笑む。
「ようやくわかってくれたのですね」
「ご飯を食べ終えた加賀にちょっかいを出すわ」
「……」
電の表情が死んだのだった。
加賀がご飯を食べ終えるのを見計らい、向かいの席に提督が座った。
「……なに?」
「いや、今日はなにを食べたのかなって」
「唐揚げ定食だけど、それが?」
「へー。唐揚げ定食か。鳳翔さんが作る唐揚げ定食は美味しいもんね。オレも定期的に頼んで食べちゃうよ」
「あ、そう」
にべもない。
興味が薄い表情で、加賀は緑茶を啜っている。
「それでさ、加賀のほっぺたを触ろうかと思って」
「ごほっ!?」
「だ、大丈夫か?」
駆け寄ろうとした提督を睨み、布巾で加賀はテーブルを拭く。
「バカなの?」
「なんで加賀も電と同じことを言うわけ?」
「ほぼ全員同じことを言うと思うけど」
「あっはっは。さすがにそんなことはないって。加賀はバカだなー」
「哀れね」
「ん? なんか言った?」
「べつに、なにも」
憐憫の眼差しを送っていた加賀は、湯呑みを置いて提督を見やる。
「で、本気なの? いえ、正気なの?」
「なんで言い直したか気になるけど、本気で正気だよ。オレは、加賀のほっぺたをぷにぷにしたい」
「どうして、私なの? 他に頬を触るべき子がいると思うのだけれど」
「いや、オレは加賀がいいんだ。加賀じゃなきゃダメなんだ」
真剣な顔の提督に、加賀は驚きを見せた。
微かに頬を赤らめながら、サイドテールの髪を触っている。
「……そ、そう。私がいいのね、そう」
「それに、加賀ってチョロそうだし」
「頭にきました」
「なんで!?」
正直に言ったら、ゴミを見る目で加賀が言葉を吐き捨てた。
「五航戦の子なんかと一緒にしないで。私はあんなにチョロくないわ」
「いや、瑞鶴より加賀の方がよほど」
「黙りなさい。殺すわよ」
「だから、なんでそんな辛辣なの!?」
あれは本当に艦載機を使う顔だ。
上司に対して、戸惑いもなくぶっ飛ばす気しかしなかった。
「ふんっ。私がチョロくないって教えてあげるわ」
「えーっと。どうやって?」
「手始めに、提督に向けて艦爆を投下します」
「え!?」
「鎧袖一触よ。心配いらないわ」
「いやいやいや! オレの命を心配して!?」
「みんな優秀な子たちですから、一瞬であの世にいけるわ」
「嫌だよ!? まだ死にたくないわ!」
提督が必死に説得すると、なんとか加賀は諦めてくれた。
「ちっ。仕留め損なったわ」
「ねえ? どうしてうちの鎮守府は提督に対して殺意ある艦娘ばかりなの?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなさい」
「オレの胸より加賀の胸を触りたい」
「……」
「無言で弓を構えるのはやめて!?」
艤装を構えていた加賀は、舌打ちをしてから消す。
「ワガママな上司に疲れるわ」
「上司を殺そうとする部下にオレが疲れるわ」
「だったら、もう他の子にセクハラをするのはやめなさい」
「それは無理。これがオレの生きがいなもので!」
胸を張った提督を見て、加賀はそれはもう深いため息をついた。
「どうして、私はこんな提督の艦娘なのかしら。泣きたくなってくるわね」
「マジトーンで言われると、こっちまで悲しくなるからやめてください」
「泣きたくなってくるわ」
「わざと繰り返して言うのはやめて!?」
提督が泣いていると、トレイを持った赤城が近づいてくる。
「こんにちは、二人とも。食後の雑談ですか?」
「やめて、赤城さん。この人が勝手に話しかけてきただけよ」
「ちょっと辛辣すぎない?」
「そうですよ。提督と楽しそうに話していたじゃないですか」
加賀の隣に座った赤城は、ニコニコしている。
そのフォローに、提督は赤城への好感度が上昇した。
「それは……提督がセクハラをやめないって言うから」
握っていた赤城の割り箸が、粉微塵に折れた。
「あら、これは失礼。そうなんですか、提督?」
新たな割り箸を取りながら、赤城がニコニコして尋ねてくる。
その質問に、提督は赤城への恐怖心が上昇した。
「そ、そうだけど?」
割り箸で摘んでいた里芋の煮物が、粉微塵に崩れ落ちた。
「申し訳ありません。少し、力が入りすぎちゃいました」
「し、仕方ないよな! ミスは誰にだってあるし」
「赤城さん?」
不思議そうな加賀を無視して、赤城は提督に微笑みかける。
「提督。あまりおいたをしてはいけませんよ?」
「い、いや、これはオレの生きがいで──」
「いけませんよ?」
「だから、それは──」
「いけませんよ?」
「あの、赤城さん?」
「いけませんよ?」
「……ハイ、善処します」
提督が頷くと、赤城は嬉しそうに笑った。
「よろしい。それではご褒美に、私のほっぺたを触らせてあげます」
「え、マジで!?」
「赤城さん!?」
思わず立ち上がり、赤城のほっぺたを凝視する。
もちもちでふわふわでやわやわそうな頬だ。触りたい、めちゃくちゃ触りたい。
「ええ、もちろん」
「じゃ、じゃあ早速!」
「待ちなさい」
赤城の方に行こうとするが、加賀に睨まれてしまった。
「どうした、加賀?」
「貴方、さっきは私の頬を触りたいって言っていたじゃない」
「いやでも、加賀は触らせてくれないって言うし、だったら赤城のほっぺたをぷにぷにしようかなって」
「頭にきました。艦爆ぶつけるわよ」
「なんで!?」
驚く提督を無視して、加賀は赤城に目をやる。
「赤城さんも、無理をしなくていいのよ。自分が犠牲になる必要はないわ」
「無理はしていません。ここで提督を満足させないと、溜まりに溜まり切った欲望が爆発するかもしれないでしょ? だから、被害が少ないうちに要求を呑んであげるべきなんです」
「それは、そうだけど。でも提督のことだから、赤城さんの頬にやられて、欲情して襲いかかるかもしれないじゃない」
「大丈夫。もしそうなったら、提督の股間を切り落とすので」
「あの、そろそろ泣いていいですか?」
涙目で内股になる提督だった。
赤城に説得されて、加賀は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……やむを得ないわね。私達で身を呈して、他の艦娘に被害が行かないようにしなければ」
「そういうことです。さ、提督。いつでも触っていいですよ?」
「いや、そこまで言われちゃうと、怖いというかなんというか」
とは言いつつも、鼻息荒く赤城のほっぺたに手を伸ばす提督。
しかし、どこからともなく現れた糸で全身を包まれ、天井に吊るされてしまう。
「えっ?」
赤城達がやったわけではない。
机の下から出てきた、電の仕業だった。
「ふぅ……サービスタイムは終了なのです」
「あのー、電さん? これは一体?」
「『クソ司令官撃退グッズ』なのです。司令官さんが艦娘に手を出そうとしたので、誠に遺憾ながらこうするしかなかったのです」
「嘘だ! めちゃくちゃ楽しそうな笑顔じゃないか!」
「酷い風評被害はやめてください。それでは、加賀さん、赤城さん。電はこのクソ司令官さんを反省部屋に連れ込まなきゃいけませんので」
電がそう告げた瞬間、提督の顔色が目に見えて青ざめていく。
「嫌だー!? あそこだけは行きたくな──ぐほっ!?」
電がハサミで天井から糸を切り落とした。
そのままむせる提督を肩に担ぎながら、唖然とする加賀に声をかける。
「それじゃあ、またなのです」
「え、ええ」
背後で陶器が砕け散る音を耳に入れた電は、軽やかな足取りで食堂をあとにするのだった。