「愛宕に膝枕されたい」
仕事が一段落ついた時。
執務室のソファで休憩しながら、そんな残念な欲望を垂れ流す提督がいた。
「率直に言ってキモいのです」
笑顔でクッキーを摘んでいた電が、げんなりした顔に変わった。
「いやいや、キモくないだろ。え、愛宕に膝枕されたいって普通の願望だよな?」
「仮にそうだったとしとも、司令官さんが言うと気持ち悪いのでアウトなのです」
「ええ!? それはズルくない? ただの人種差別じゃん」
「差別ではなく、善良な人とその他を分けた区別なのです」
「つまり、オレはその他ってことなのか? あ、イケてる司令官だから?」
電が憐れむ目で首を振る。
「ここまで清々しいと、一周回ってやっぱりクソ司令官さんだと思うのです」
「それ回ってなくね? 回ったなら尊敬してくれよもっと」
「はっ」
「鼻で笑った!?」
「寝言を言うにはまだ早いのですよ」
「さらに追撃!?」
落ち込む提督を無視して、クッキーを頬張る電。
「それで、どうしていきなりそんな妄言を言ったのです?」
「妄言じゃねーし。いやさ、このソファは柔らかいけど物足りないじゃん。そこで愛宕に膝枕してもらえば、とっても癒されるかなって」
「司令官さんの物足りなさのために、部下にセクハラしないで欲しいのです」
「愛宕なら大丈夫だって! きっと、『んもぅ、意外と甘えん坊なのですね』って頭を優しく撫でてくれるはずだし」
「司令官さんの頭の中はぱんぱかぱーんなのですか?」
「それバカにしてない!?」
「頭がぱんぱか、ぱかぱーんなクソ司令官さんでも言葉の裏は読み取れるのですね。凄いのです!」
冷めた表情で拍手をする電だった。
さすがに提督も、むっと反論したくなる。
「あのさ、もっとオレを敬ってくれても良くない? というか、いくらオレでも罵倒され過ぎると泣いちゃうんだけど」
「とは言いつつ?」
「心が嬉し涙を流しているかな、なんて」
「死ね」
「だから辛辣すぎるって!?」
「腸に魚雷をぶち込んでやろうかなのです」
「発想がこえーよ!」
なんだかんだ言って、電の悪口に頬を赤らめている気持ち悪い提督だった。
電が死んだ目に変わる。
「司令官さんの艦娘やめてもいいですか?」
「ガチトーンで言うのはやめてください」
「本当は?」
「艦娘をやめないでください」
「え?」
「え?」
目を丸くした電が、涙目の提督を見つめる。
「死ねって言われると?」
「い、電に言われるなら嬉しいかな」
「頬を染めるな気持ち悪いのです。……私が艦娘をやめると?」
「泣きわめく。鎮守府が崩壊するほど泣いて走り回る」
「うわぁ……」
心底軽蔑した表情を浮かべると、電は露骨に顔を歪めた。
「え、なにその反応」
「クソ司令官さんの面倒さに嫌になっただけなのです」
「なんで!?」
「自分の胸に聞いてみやがれなのです」
「オレの胸より電の……いや、なんでもないわ」
ふっと憐れむ提督に、額に青筋を浮かべた電。
艤装を出し、無言で主砲を向ける。
「ぶち殺す」
「ごめん許して」
「死ね」
「だから敬語おおおっ!?」
執務室は火の海に包まれたのだった。
電から逃げ切った提督は、娯楽室に来ていた。
予想通り、愛宕が椅子に座って雑誌を読んでいる。
「あーたご!」
「あら? どうしたの、提督?」
「突然だけど、膝枕して!」
「え、絶対に嫌ですけど」
「なんで!?」
まったく迷わない即答だった。
「だって、提督。上司としてはそれなりに尊敬していますけど、人としては目にも入れたくないほど嫌いですし」
「え……?」
割とショックな提督だった。
愛宕は首を傾げ、あっと微笑む。
「ごめんなさい。今のは嘘よ」
「そ、そうだよね! いやぁ、愛宕があまりにも真顔で言うからびっくりしちゃったよ」
「うふふ」
「あはは」
「それで、用は済みました? だったら、もう話しかけないでください」
「えっ」
突然の無表情での宣告だった。
「間違えました。他に用があるんですか?」
「い、いや、ないけど」
「そうですか。じゃあ、もう邪魔しないでくださいね」
「ア、ハイ」
雑誌に視線を戻した愛宕。
塩対応を通り越した塩素対応に、提督の心は割と崩れかけていた。
電以外の言葉は、結構傷つくのだ。
「うぅ。出直してこよう……ん?」
愛宕の雑誌を覗いてみると、恋愛指南特集の記事だった。
「え? 愛宕って好きな人がいるの?」
「好きなのは提督よ?」
「え?」
「え?」
愛宕と顔を見合わせ、首を傾げる。
「でもさっき、オレのこと嫌いって」
「それは、この雑誌に好きな人にはあえて辛く当たるべきって書いてあったからね」
「な、なぁーんだ! そういうことだったのね。いやー、オレはてっきり、愛宕に嫌われているのかと思ったよ!」
「うふっ、そんなことはないわよ。提督のことは、だ~いすきだから」
「あはは」
ほっと安堵した提督だった。
愛宕は雑誌を机に置いて、あっと微笑む。
「ごめんなさい。今のは嘘よ」
「え!? どこからが嘘なの!?」
「ぱんぱかぱーん♪」
「いやいやいや!? 誤魔化さないでくれよ!」
「それにしても、ここは暑いわねぇ。これだけ暑いなら、薄着でも良いわよね?」
突然脱ぎ始めようとする愛宕。
「おお!」
思わず身を乗り出した瞬間、部屋に高雄が入ってきた。
高雄は愛宕を見て、目を丸くする。
「愛宕、なんて格好を!?」
「いたっ。んもぅ~、なにをするのよ、高雄」
「当たり前よ。部屋の中でもちゃんとしないと。ほら、提督だって司令官らしく……」
「も、もう少し脱いでもいいんじゃないか?」
「していないわね。あー、あの、提督?」
「はっ!?」
白い目の高雄に気がつき、提督は慌てて取り繕う。
「うおっほん。なにかね、高雄君。私は今、素晴らしい光景を見るところだったのだが」
「……」
「うふふ、いやーん♪」
「最低ですね」
「いや待って!? 今は愛宕が言っただけで、オレはなんにも悪くないよね?」
「ぁん! やめてったら!」
「クズね……と言って差し上げますわ」
「だからオレはなにもしていないだろう!?」
楽しげな愛宕に対して、高雄の視線は氷点下に突入していた。
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。提督は、私達のおっぱいにメロメロなだけなんだから」
「なら仕方ないわ。提督は下半身でしか物事を考えられないものね」
「ねえ、なんか酷い言われようじゃない?」
泣きそうな提督に、愛宕はいやらしい笑みを向ける。
「それで、提督は私の膝枕をご所望なんですよね?」
「へぇ。そうなんですか、提督?」
「い、いやまあそうだけどさ」
ずいっと顔を近づけてくる愛宕。
「じゃあ、愛宕の膝枕を味わってみる?」
「え、マジで!?」
「うふふっ。良いわよ~。私って夜の戦いも得意なの♪」
「よ、夜の戦いだと」
唾を飲んだ提督の元に、高雄も顔を寄せる。
「私も膝枕をして差し上げましょうか?」
「高雄も!? 嘘じゃない?」
「なんでもおっしゃってくださいね」
「な、なんでもだと」
鼻の下が伸びる提督を見て、二人は面白そうに笑っていた。
「提督って本当にわかりやすいですね」
「子供みたいです」
「そうそう。オレって子供だからさ、愛宕達の膝枕がないと眠れないんだよ。だから、膝枕して!」
「え~どうしよっかなぁ。提督の頭は一つしかないので、高雄に膝枕をしてもらうなら、私の膝枕はいりませんよね?」
「え?」
「そうですね。愛宕が膝枕をするなら、私が膝枕をする必要はありませんね」
「え!?」
体を戻した二人は、ニコニコとしながら肩をすくめていた。
「うふふっ。どうします、提督?」
「私と愛宕。どちらから膝枕をしてもらうか」
「ふ、二人同時というのは……?」
「だーめ。欲張っちゃいけませんよ、提督」
「提督たるもの、優柔不断では許されませんからね」
「ぐ、ぐぬぬ……」
愛宕か高雄か。
どちらも甲乙つけがたいため、即答できない提督であった。
「はい、時間切れ~」
「選べなかった提督には、膝枕はしてあげません」
「えぇ!? そんなぁ……もう一回! もう一回だけチャンスを!」
「残念ですけど、本当に時間切れなんですよ」
愛宕達に駆け寄ろうとした提督の足元が弾け、天井付近まで飛んだ。
当然提督は頭をぶつけ、人形のように崩れ落ちた。
「あら」
愛宕達はなにもしていない。
床を持ち上げた、電がやったことだった。
「ふぅ……任務完了なのです」
「相変わらず、電は神出鬼没ねぇ」
「司令官さんを止めているうちに、勝手に身についた処世術なのです」
「そ、それは大変でしたね」
高雄が頬を引き攣らせながら、ロープで提督を縛る電に声をかける。
「いつもこんなことを?」
「もう慣れたのです。そのうち二人も慣れますよ」
「慣れたくないような、もう手遅れのような……」
「そう? これはこれで楽しいから、いいじゃないの」
「というわけで、司令官さんは連れていくのです。愛宕さん、膝枕はしなくていいのですね?」
電が確認すると、愛宕は蠱惑的な笑みを浮かべる。
「私、提督に膝枕はしたくありませんので♪」
「……わかったのです。では、これで電は失礼するのです」
「ご、ご苦労さまです?」
曖昧な高雄に笑いかけた電は、雑に提督を持って娯楽室をあとにするのだった。
「それにしても、高雄が乗ってくれるとは思わなかったわ~。意外と、提督に気があったりするわけ?」
「さあ、どうかしら?」
「あらあら、仲間が増えたのかしらね?」
「秘密……と言って差し上げますわ」
そんな二人の会話を、耳に入れながら。