渦宮飛鳥。
約五年前まで世界すらまたにかけた伝説級のアイドルグループ『フェリアス』のセンターを務めた少女。
その凄さはもはやアイドルだけにとどまらず映画のヒロインや声優なども務め彼女ほどあの時騒がれていた女の子は今後出ないだろうと謳われた才女。しかし彼女は突然の引退で芸能界を仲間と共に去ってしまう。
そう、これは彼女がアイドルを引退して数年後のお話。
「ラジオ、ですか?」
時はたち、私は今人生の分岐点だと思われる場所に立たされている。
私の横には夫事織村快がクスクスと笑っている。そして私と快の前にテーブルを挟んで居座る女性は手に持つ書類を強く握りこちらに顔をグイッと近づけて夜なのに関わらず大声で言い放った。
「そうなんですよ! どうしてもあの渦宮飛鳥にラジオをやって欲しいんです!」
「今は織村です」
快と結婚して当然の様に私の名前は織村飛鳥になった。
免許からパスポートに至るまで全てにもう渦宮の名前はないし、ご近所さんにも渦宮、なんて言われたことはない。東京から離れ『榛野島』という人工島に引っ越して来て静かに生活していた。
快が高校の教師になったと言うこともあり彼の初めての生徒たちと仲良くなったのがどうやら原因らしい。まあ彼らの親となると私のことを知っていてもおかしくはない。今の時代SNS一つで大きく変わってしまう様な時代だ。まあまさかまだ都市伝説だとかそういうレベルの時にわざわざこんな島にまで来て仕事の依頼をされてしまうとは思いもしなかったが。
「それでは織村さん。もう一度お願いします」
「はあ」
「うちが出すラジオに、どうか出てもらえませんか!」
「と、言われましても……ねえ?」
「まあ出ずらいには、出ずらいかな」
「よね」
何せ突然の引退宣言、その二ヶ月後に行われたライブを最後に引退をしてしまったようなアイドルだ。各々にちゃんと理由があるとは言え私が引退した理由は快の隣にただの少女渦宮飛鳥としていることという自己中心的な理由だ。今更そういうのに出ていいものだろうか。
「この案件が決まった時私は貴女しかいないと思ったんです! 今の芸能人たちでも叶わない高みにいた貴女だからこそこのラジオは完成すると私含めその会議の方々も言っていました!」
「今テレビで活躍してるような人たちを招待して会話しながら進行するラジオ、ねえ」
手元の紙の束、一枚めには大きく『飛鳥のラジオ局』と記されており捲るとだいたいそのような内容が書かれている。
さも当然の様に進行役は題名から分かる様に私、そして既に招待される側の人間も決まっているらしい。と言うか本人からの申請だそうで現アイドル界トップの内野愛花という十七の少女だ。年齢も私の全盛期の時とほぼ同じの少女は私をみてアイドルになったんだとか。
「けれど、私に話を通さずもうこれを作るのはどうなのかしら? 断られたら色々とまずいんじゃないかしら」
ぱんぱんと書類を辛く叩くと「うっ」と彼女は声を上げる。
「まして私もう芸能界には出てないような人間よ? またそこに立ちたくないって言うのも不思議じゃないと思うのだけど?」
「それもそう、ですが」
「それにね……」
「まあまあ」
私の言葉の嵐を止めたのは溜まりで未だに笑いをこらえている、というか若干こらえきれておらず少し笑ってしまっている快だ。
「この人だって別になんの考えなし来たわけじゃないと思う。と言うか彼女の上の人かな、考えなしじゃないのは。彼女も君ならできるって思ってここまで来てくれたんだし。それにーー君だって断る気はもとよりないんだろ?」
全く、私の事はなんでもわかってる夫のことが恨めしい。
せっかくそれなりに引っ張っていたのにさっきの言葉だけで台無しだ。
「……お見通しね」
「君の夫だからね。当然」
「そ、それじゃあ!」
いきなりの期待値が垣間見えるほどの表情を見せる彼女。
そう、彼女に見つけられこの紙に目を通したときから答えなんて決まっていた。ちょっとした課題の彼の許可も貰った。なら答えは一つ。
「この件、受けさせてくださいますか?」
「はい! こちらこそお願いします!」
「えーっと、もう大丈夫かしら」
私の頭上より少し高めの場所に設置されたカメラとこれが今放送されているネットの動画投稿サイトでの動作も私の手前に置かれているタブレットで確認しつつガラスの奥から始まりの合図を貰ってから私は口を開いた。
「始まりました、渦宮飛鳥のラジオ局。進行役は私、渦宮飛鳥が受けさせていただきました。皆様は覚えていらっしゃいますでしょうか?」
と言った直後に右の部屋から少し硬いかもとスケッチブックに書かれた。もう少し砕けたほうがいいのね。少しばかりの緊張はあったらしい。
さて反応はどうかしら……おお、なんかすごい勢いでコメントが流れている。どうやらみんな覚えてくれているらしい。
中には「え、渦宮飛鳥!? 本物!?」という文字があった。まあ告知はあったものの私が進行役、というのは発表されてはいなかったし当然の反応ではある。ここら辺は私がサプライズとして伏せて欲しいと相談したためなのだが伏せて貰った甲斐がある反応につい頬が緩くなる。
「そう、私渦宮飛鳥。フェリアスのセンターだった私が進行役よ。皆覚えてくれててとても嬉しいわ。それじゃあラジオの内容から説明しようかしらね」
私は手元にある紙を一枚めくり内容を説明していく。
「まずこのラジオには今テレビやさまざまなメディアで有名な人たちを招待して会話したりするものよ。善は急げ、今回のゲストを呼びましょうか、準備はいいかしら?」
「は、はい!」
と大声を上げてバン! と大きな音を立てながら私が今いる部屋に入って来た可愛らしい少女は硬い表情でなぜか手を大きくあげていた。
「内野愛花十七歳! グラシアスというアイドルグループのせ、センターですっ!」
「あら元気ね、とても良いことよ。でも少し硬いわ、もう少し肩の力抜きましょうか。と言ってもすぐできることではないかもしれないけど。とりあえず座ってくれるかしら?」
「わあ、本当に飛鳥さんだ……」
もう目から涙出てるんだけど、大丈夫かしら。最初からこうだとこの後とかもなりかねない、わよね?
「それじゃ改めて紹介させてもらうわね。今回のゲストはグラシアスのセンター、内野愛花さん。グラシアスといえばつい先日の総選挙で堂々の一位取得を果たしたわね。おめでとう」
「い、いえ! 飛鳥さんに比べれば全然そんなことないです!」
「人の賛辞は素直に受け取るべきよ。一位を取れる時点で貴女はファンの人たちから期待と信頼を貰っているのだから、自信持ちなさい」
「はい! ありがとうございます!」
「はい。それじゃあ早速進み……え、映像?」
映像って何かしら、そんなの書いてなかったと思うんだけど。
なんて思うのもつかの間、私と彼女のタブレットに突如としてモザイクの掛かった男性とその右下にはS・Kさんと書かれていた。
……もしかして坂本圭太さん?
『僕はね、怒ってるんですよ』
なんですかその入りは。何が始まるんですか坂本さん。
『僕だってね、いきなり渦宮飛鳥のラジオ局なんてものがあるなんて言われたらね、そりゃ怒るわけですよ』
「誰ですか密告したの!」
左を見ればてへってしているディレクター。犯人はすぐ横にいた。
『これ撮ってるのちょうど放送が始まる一ヶ月ほど前なんですけどね。ある会社に撮影に行った際に何故かソワソワしている松野さんがそこにいるわけで。おっかしいなあ、なんでソワソワしてんのかなあ、と思って聞いてみたら「来月から渦宮飛鳥のラジオ局って放送をするんですよ!」なんて言われたらねえ!』
もう一回見る、見事にもう一回てへっである。
『そんなこと言われたらねえ、 こっちだって我慢できるわけないんだよなあ! 愛花ちゃん! そこにいるんでしょ!?』
「は、はい!?」
なんでゲストの事も言っちゃったのかなああの人は、横目に見ればてへっ、ではなく土下座である。一ヶ月持たなかったのね。それで偶然そこにいた坂本さんに吐いちゃった訳ね。
『内容聞いてね、ゲスト誰行くんですか? って聞いたら愛花ちゃんて聞いたときゃあその日絶対乗り込んでやろうって思ったよ! 羨ましいことこの上ないんだよなあ!』
机の上で強く拳を握る坂本さん。あちゃあ、あれはスイッチ入っちゃってる時のあれだ。よく番組とかで一緒の時のあれだ、懐かしい記憶の後、躊躇なく爆弾は投下された。
『罰として、皆の希望だろう飛鳥ちゃんとデュエットで歌って貰いましょう。渦宮飛鳥と内野愛花で、『永遠に』どうぞ』
「私巻き込まれた!?」
最後にはとびっきりの笑顔で締められた映像。そして突如として流れる永遠にの前奏。
「え、えっと、大丈夫かしら? 歌える?」
「はい、丸暗記しています!」
「頼もしいわね、それじゃあ歌いましょうか」
なんか坂本さんに乗せられた感じで大変腑に落ちないがそうなってしまったのはしょうがない……私、歌えるかしら。そこだけが心配だ。
とりあえず歌って感想は、私、下手になったな、だ。
ある程度は身体は覚えてくれていたようだが声の出し方こんなのだっけだの、ここは少し低く出せば良い場所でもそのまま歌ってしまったりとなかなかに悲惨だった。今度快を連れてカラオケにでも行こうかしら。
「さすが飛鳥さんですね! とても綺麗な声でした!」
「ありがとう。それじゃあ出鼻はくじかれちゃったけど始めましょうか。まずは定番の質問コーナー、題名はゲストと答える飛鳥の質問コーナー! まんまね」
紙をめくり内容を確認、と言っても何回も見たから内容はほぼ丸暗記しているのだが。
内容はいたってシンプル、今放送している動画サイトのコメントの中の質問の中から数個選びゲストと共に答えていくコーナーだ。これのいいところは予め用意された質問ではなくコメントにダイレクトに送られてくる質問を返すという事だ。私達で決めていいっていうのはなかなかに嬉しいものだ。
「それじゃあ早速行きましょうか。どんどん送ってね、ってことで最初は愛花ちゃんの質問から行きましょうか」
「へ?」
「一応アイドルの先輩だからある程度のことは答えれるわよ?」
「い、いいんですか!?」
「勿論、何かある?」
「そ、その、撃退法とかはどうしていたんでしょうか!?」
「撃退法?」
「はい! その、夜遅い時とかは極力タクシーとかみんなで帰るようにしてるんですけどそれでも、いるじゃないですか」
「ああ、なるほどね」
アイドル、それもまして国一ともなれば度を過ぎたファン、そうでなくともまあそういう目で追ってくるファンは少なからずいる。
「取り敢えず、投げ飛ばしてたかしら」
「へ?」
「人間って重心が前にある時横からいなすように腕引くと意外と簡単に投げられるのよ。ビックリよね」
「投げ、宙をまうあの……?」
「こういう仕事柄視線には慣れるでしょ? そういう人の視線ってなんっていうかこう、強いのよ。すぐわかるから後は構えるだけね。あ、でも普通に逃げたほうがいいわよ? 場合によっては警察行ったほうがいいかもしれないわね。それに大人数で帰るっていうのもいい選択肢ではあるけれどできるのなら、信頼できる男の人とかと一緒に帰りなさい、安心できるわ」
「さ、さすが国一アイドル」
「今は貴女でしょう?」
「そうでした」
さてそろそろコメントもいっぱい……おお、流れが早い。コメントが読めないほどに早い、取り敢えず指先でコメントを止めてちょうど指差したコメントから返そうとタブレットに指を置いた。
「最初の質問、今まで何をしていたんですか、ね」
「あ、それ気になります!」
「そう?」
「はい! 本当に突然だったじゃないですか、それに今もツイッターとか見るとよく言われてますよ」
「本当? もう五年も前なのに」
「それぐらい皆飛鳥さんのことが好きなんですよ!」
「そ、そうかしら? まあ質問には答えましょうか。簡単に言うと、ニート、かしら?」
「ニート!?」
「だって大学なんて行ったりしたらまた騒がられるじゃない。だから内職探して家の中で生活してたわ。外に出ることもそんなになかったわね。それで最近になって引っ越ししたの。あ、場所は秘密ね?」
「内職、ですか」
「変かしら?」
「いえ変ではないんですけど、落差というか」
「案外楽しかったわよ? いい経験だったとも思うもの」
「なるほど、勉強になります」
「ふふ。それじゃ次に行きましょうか。次は、恋人はいましたか、ね。まあ正直に言うともう夫いるわよ、私」
「え!?」
「ほら、指輪だってつけてるし」
そう行って彼女に左手の薬指を見せる。そこには銀色に輝く指輪、快と結婚した時からほぼ肌身離さずつけているそれに彼女は驚愕していた。こうなるって分かってるから秘密にしていたのだと、今更快の気持ちが理解できた。コメント欄を見るともはや嵐だ。先ほど以上にコメントが読めないスピード。指で止めると物見事に賛辞ではなくいつからとかそう言う疑問だ。
「夫のことにはそんなに触れることはないと思うけれど、まあ優しい人よ。私が拉致された時病院に入院するくらいにはボロボロなのに助けに来て、それで不良八人ぐらいを倒して私のとこに来て渦宮さんは渦宮さんだ! 誰とも違わないただの女の子なんだぞ!? なんていうぐらいにはね」
「拉致!? 話が壮大すぎる……」
「大事な記憶よ。こんなことができる人だから、いつも心配しちゃうけどね。さて次で質問は最後ね、内容はっと……今のアイドルをどう思いますか、か。流れに反していい質問ね」
てっきり流れで快のことだと思ったら違ったのに少し驚く。それといつの間にかコメントがおめでとうとか幸せに、などのコメントであふれていて素直に嬉しくなる。
「いいと思うわ、なんなら私たち以上に輝いているんじゃないかしら。きっと超えられるわ、頑張ってね?」
「はい! 頑張ります!」
「いい返事ね、じゃあ次のコーナー行きましょうか。まあこれは私がしたかった事なんだけど。渦宮飛鳥の料理を振る舞いたい部屋」
「料理! 手作りですか!?」
「勿論、さっきキッチン借りて作ったの。餃子の皮で作ったクレープ」
机の上に置いていたバスケットを開くとそこには包みに入った見た目はまんまクレープだが、具材を包んでいるのは餃子の皮だ。これが意外といける、中に入れているものがものならデザートにだってできるし何よりお手軽だ。
「どうぞ」
「わあ! どれにしようかな!」
「オススメはピザ味かしら」
「ならそれを下さい!」
「はい、召し上がれ」
中からピザ味のを出して彼女に差し出しすと先程までの遠慮がちな姿勢はなく受け取った後すぐに口にしてくれた。
「どう、美味しい?」
「美味しいですよこれ! 感触はまんまクレープですね!」
「そうでしょ? 餃子の皮って意外と使えるのよ、クレープにしなくても普通にピザみたいにできるしね」
「他にはどんな味があるんですか?」
「ツナマヨとか、後は照り焼きとか。野菜の盛り合わせみたいのもあるわよ」
「どれも美味しそうです……」
「遠慮なく食べてね。それじゃあ最後といきましょうか。短いラジオに来てくれてありがとう、最後はゲストが私をどう思っているかを聞くコーナーです。はい、どうぞ」
「え!? 振りが雑い!」
「そうかしら?」
「そうですよ! 明らかに雑いです!」
「そうでもないかもしれないわよ?」
「いいえ雑いですね!」
「最初よりいい返事ね。それなら返せるかしら。私のこと、どう思ってるの?」
何気に一番気にしていること。
世間にいる私がアイドルであることを知っている人達は果たして私のことをどう思っているのか、を。その為に先ほど快と言う夫がいると言う情報も提供した。その上で、私がどう思われているかを知ってみたいのだ。この先、私がちゃんとしていけるかどうかは、これで決まる。
「すごいな、と思います」
「何処が?」
「さっき一緒に歌った時に私まだまだなんだな、って思いました。数年前に見て聴いたあの歌声は全く衰えてなくてとても綺麗でした」
「そうかしら?」
「はい、本当に帰ってきたんだなって思いました。だから皆が思ってることを私が代わりに代弁出来ればと思います」
「あら、というと?」
「お帰りなさい、飛鳥さん!」
「ずいぶん嬉しそうだね」
「わかる?」
「勿論。いい子だね、彼女」
「またこの家に来るわよ、あの子。料理教えて欲しいって言ってくれたわ」
「飛鳥に習うなら上達間違いなしだ」
「ええ、腕によりをかけて、ね」
「おかえり」
「ただいま」
やりたかっただけです申し訳ございません!
また見てくれると嬉しいです、では!