真季奈は『暮桜 天マキナ』を纏い、高速機動飛行を行なっていた。
「(………まだ遅いなぁ)」
第六アリーナでのIS実習でのことである。
もうすぐISレース、「キャノンボール・ファスト」が開催される。これはそれに向けた生徒達への高速機動とはなんぞや?という教えと参加者の機体調整用の時間でもある。
そうすると、一年一組で高速機動の代名詞と言えば? となる。
つまり、志波真季奈だ。彼女にその実演の白羽の矢がたつのは仕方のないことだった。
授業が行われている第六アリーナは観客席を廃した実習専用のアリーナである。なので、円形のアリーナは試合観覧用の他のアリーナのような過度な装飾もドーム状の屋根のようなものもない。本当に、ただ、円形の広いフィールドとそれをぐるりと囲む壁の仕切りがあるだけである。しかし、IS学園が建つ人工島の中央にそびえ立つモニュメント。名前もそのままの中央タワーと繋がっていて、その支柱の一部がフィールド内に入り込んでいた。いま真季奈はそのタワーを目指して飛んでいた。
まずはフィールドを内壁に沿ってぐるっと一週。
「……うわ」
「……速ぇ」
真季奈のISの装備。エナジーウイングを発生させる超加速ウイング「
加速。
目に見えて機体の速度が一段階上がる。真季奈の姿が
「…………………」
セシリアや一夏、他の一組の専用機持ちたちもその姿を目で追う。「言いたいことは後で纏めて」。一瞬でも目を離せば見失いそうな彼女の姿から全員が知らずとそう思った。
数秒でフィールドを一周してきた真季奈はそのまま、中央タワーへと向かう。下から上へ突き上がるように上昇し頂上を目指すのが定石。それを彼女は『つまらない』の一言で却下した。
螺旋軌道を描く。
中央タワーに巻き付くように飛ぶ。高速機動による音速を超えた際に起こる衝撃がタワーを襲わないように細心の注意と一定の距離をキープする。まるで磁石の同極性による反発が働いたかのように接触する恐れのない飛行はある種の感動すら覚える。
タワーの頂上に到達した真季奈はそこで翼を広げ加速を停止させる。地上から見ている者たちはその行為に首をかしげた。
あれ? 高速機動の実演だよね? と。
「(…………ここでなら『本気』で飛んでもいいですよね?)」
空中に滞空しながら彼女が考えるのは機体の限界性能。
まだ一度も出したことのない本来の性能。
使うことに嫌悪感が沸いて仕方なかった装置。
それを使う。今ここで。なんでかって? 授業の内容が悪いんですよ。
「織斑先生。いいですよね?」
「無茶を言う」
真季奈からの呟きに近い通信に織斑千冬は苦笑する。
それは国家機密だろうが。
しかし、真季奈があの装備を使うことには意味がある。なぜならアレを造ったのは……。
「オルコット。お前の『ブルー・ティアーズ』は確か高速機動仕様に換装していたな?」
「は、はい! 『ストライク・ガンナー』を装備しています!」
突然話を振られ、セシリア・オルコットは姿勢を正して答えた。
彼女の専用機、『ブルー・ティアーズ』はその装備を「キャノンボール・ファスト」に合わせて変更していた。強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』。これによって、六基のビットの砲口を封印して機体へ連結、スラスターとすることで推進力を大幅に上げる仕様だ。
「その状態でレーザーを撃つことはできるか?」
「え? ビ、ビットは仕様変更の為、推進装置となってまりますので、手持ちの武装ですとスターライトMarkⅢ、またはスターダスト・シューターのみが行えますが」
「なら、スターダスト・シューターに機体エネルギーを全て回し合図と共に真季奈を撃て」
「えぇ!?」
「ちょっ、千冬姉ぇ!?」
「いいから、黙 っ て や れ 」
「イエス・マム!!」
五月蝿いガキどもは目で殺す、じゃない黙らせるに限る。よく勘違いされるが、私の教育方針はなにも軍隊式の恐怖統治ではないぞ? ちゃんと生徒と目と目で語り会って対話しているのだからなうん。
視線を真季奈の戻す。
あの子は機体の背部に展開させている翼、「
「織斑先生、あれは?」
シャルロット・デュノアが目ざとく質問してくる。うむ、わからないことを素直に聞いてくる生徒は可愛いものだ。教えがいがあるというものだ。しかしお前、もう少し隠そうな? あからさまに真季奈の装備を秘密を盗みたいと目が語っているぞ?
展開装甲を備えた六基の大型スラスター。そこからエネルギーの噴射口が展開されることでナノマシンと『光の翼』が噴出し超機動の加速を引き起こす……のだが。
スラスターの配置が変わる。六基のそれが漢字の『天』を思わせる左右対称三方向へと配置されていたのに対し、Δを反転させたような∇の形となる。
「『光り輝ける運び手』、起動」
真季奈がその形態の起動コード、『光り輝ける運び手』を言い放つ。すると、∇に配置されたスラスターの外縁からエネルギーが放出され広がり、∇の内部の逆三角形の空洞内に薄いビームの膜が張られれた。
そして、彼女は頂きから舞い降りる。
「今だオルコット! あの中心の膜を撃ち抜け!!!」
「はい!」
千冬の指示に従って、セシリアが「スターダスト・シュート」で狙いを付け、最大出力で放つ。そのレーザーは真季奈を背後から襲い、寸分違わず狙い通りにスラスター内のビーム膜に命中した。
その瞬間、爆発的な加速が発生し真季奈の機体を押し出した!
「「「きゃぁ!!?」」」
一瞬にして音速の壁を超え、ソニックウェーブを巻き起こしアリーナの大地を基盤ごとめくりあげる。それほどの加速だ。
その衝撃に必死に耐える生徒たち。彼彼女達は、
「な、なんなのですかあれは!?」
「爆発的に加速した!?」
「ていうか、抑えてくれ頼むから!!」
「姐さーーーン!!!」
「「「きゅ~~~~~~~~~!!」」」
地面にうずくまって動けないでいた。あらら。
「アレこそがエナジーウイングの本来の使用法。正式名称『光り輝ける運び手』の効果だ」
「「「この状況で説明に入った!?」」」
驚愕の生徒たち。しかし教師は取り合わない。というかこの人。この死屍累々の状況で悠然と仁王立ちである。やはり化け物か。
「シールド・エネルギーと共にナノマシンによって量子レベルのビーム膜を形成。そこにレーザーやビーム等の光圧エネルギーを浴びせることで推進力とし爆発的な加速を実現させる装置だ」
「光圧エネルギーを推進力に変換するシステム!?」
「そんなシステム聞いたことないですわ!??」
「え? え? どゆこと?」
「なんの話しだ?」
つまり、外部から推進力を得て加速する光の帆。それこそが『光り輝ける運び手』の機能である。
高速機動を続ける真季奈。しかしその速度は徐々に衰え始め、減速を始める。そして、停止。そのままふわりと地上に降り立った彼女はそのまま皆の元へと合流した。
「やはりダメですね」
「だな。もう少し調整が必要か」
「「「えー?」」」
そんな馬鹿な。あれほどの性能で駄目?
話し合う師匠と弟子。その内容が予想外すぎて理解が追いつかない。
そもそも、なんだあのシステムは?
「あの、姐さん? 今の装備は初めて見るのですが、なぜ今まで使用しなかったのですか?」
混乱する生徒たちの中、ラウラが代表して尋ねた。
「理由は二つあります。一つはエネルギー不足。もう一つは、」
「光圧エネルギー、ですわね?」
真季奈の言葉を引き継ぐ形でレーザーを撃ったセシリアが答えた。
「はい。外部から推力に転化できるエネルギーを供給しなければあの性能は出せないんです」
「? 機体のエネルギーじゃダメなのか?」
「一夏よ、ダメだから稼働時間が……」
「あ」
今まで真季奈の行なってきた超高速機動戦闘。それを可能としてきたエナジーウイングの欠点がそれ。
エネルギー消費量が圧倒的に致命的なのだ。千冬曰く、『雪片弍型』の三倍と言わしめるほどに。
「今回はオルコットさんのレーザーを照射していただきましたが、今までは機体内部のエネルギーを光圧エネルギーに変換して使用していました。しかしそれでは出力を全開で稼働させるには不十分で、限定的な範囲でしか光の膜を生成できないんです」
「つまり、さっきの加速で真季奈は機体エネルギーを光の膜の生成にしか回していなかったってこと?」
「はい。ですので、加速も『ブルー・ティアーズ』が照射したエネルギーが尽きた時点で終わったということです。まぁおかげでこちらのエネルギーには余裕がありますが」
機体エネルギーで、ビーム膜(光の翼)の生成・光圧エネルギーへの変換・光圧エネルギーの照射の三つを行っていたことで生じるエネルギーの大量消費。だからこそ、真季奈は足りない分のエネルギーを奪うのだ。単一能力、『天下騒乱』によって。
しかし忘れてはならない。エネルギーを奪う能力はあくまでも後で発現した能力。『光り輝ける運び手』の開発計画には含まれていなかった機能なのだから。
「『光り輝ける運び手』は本来、地上ではなく宇宙での仕様を想定した装備なんですよ」
「「「宇宙??」」」
真季奈の言葉に首をかしげる他の者たち。だってそうだろう。いきなり話が宇宙なのだ。だが、それは何もおかしなことではない。
何故なら本来、インフィニット・ストラトスとは……。
「……
真季奈が見上げ、仰ぐ先にそれはあった。
有史以来、人類が。いや、それ以前よりも地球そのものが恩恵を受ける無限のエネルギー源。
天空に輝く、太陽が。
「束様、何を見ているんですか?」
「ん? 真季奈ちゃんの機体データだよ、くーちゃん」
篠ノ之束とクロエ・クロニクル。彼女たちが隠れ住む秘密研究所。地球上の『どこか』に存在するそこで彼女達は生活していた。
束は私室で椅子に腰掛け空中ディスプレイを展開し、ある機体の解析データを見ていた。
志波真季奈の『暮桜 天マキナ』のデータである。
「それは確か、衛星カメラから観測したデータですね? ……また随分えげつない改造を施しているようですが」
束の横から表示されたデータをのぞき込んで言うくーちゃんことクロエ。その内容に思わず顔をしかめた。余りにも醜悪、ゲテモノと呼べる程の代物だったからだ。
「確かに、これほどに攻撃力に特化した機体は珍しいけどね。でも、束さんが気になるのはそこじゃないんだ」
「? では何を?」
「『光り輝ける運び手』」
それは真季奈の強さの一端。しかし、彼女にとってはそれだけではない。
あの翼の製作者は、篠ノ之束なのだから。
「真季奈ちゃんがゴーレムⅠを倒した時から気になっていたんだ。その輝く翼、あれは束さんが造った『光り輝ける運び手』だって。でも、アレを地上で使うメリットよりもデメリットの方が大きかったから、馬鹿なことをしてるなーっていう程度にしか思っていなかったんだ」
「? それは何故? あれほどの加速性能、十分に驚異だと思いますが?」
「五割の性能も発揮できないのに?」
「なッ!?」
クロエの疑問に束は不敵な笑顔を浮かべて答える。そう、『光り輝ける運び手』は本来、宇宙用装備。地上ではその性能を完全に発揮することは無理なのだ。
「地球にはね? 空気抵抗とかそれに耐える為の機体強度といった様々な弊害があるでしょ? でも宇宙にはそれがない。加速を始めれば理論上、『光り輝ける運び手』は無限に加速し続けることができるんだ」
「む、無限ッ!?」
そう、宇宙には何も無い。空気もなければ、重力もない。加速した物体を繋ぎ止め、遮るモノは何も。
しかし同時に、生命が生きる手段もない。
「だからISを造ったんだ。人類が宇宙空間で活動するためのバリアーを備えたパワードスーツ、『インフィニット・ストラトス』を」
「ですが……」
「うん。ISは戦闘用、戦争の代理ゲームを行うための兵器にされちゃった」
ISが開発・研究されていた本来の理由。それは宇宙開発。果てなく広がる未知の開拓地への進出。その為の翼。
「だけどISも万能じゃない。機械である以上、内蔵バッテリーに制限もあるし、個人が装着するパワードスーツだから宇宙空間での孤独にも苛まれちゃう」
ハイパーセンサーによって宇宙空間に漂うデブリ等の危険物の発見、仲間との位置情報の確認などは行えるようになった。
それでも人間は孤独には耐えられない。コア・ネットワークが開発されたのはそれが理由。もしも何かしらのトラブルに巻き込まれて宇宙を漂流することになったら? 帰還の確率は? 通信手段は? コア同士が情報を交換しあい、互いの位置情報を連絡し合うことでその問題は解決された。
人類が宇宙で活動する条件は整った。後はどこまで飛べるか、であった。
生命保護の為のエネルギーを確保しなければいけない以上、推進剤及び稼働エネルギーは最低限に設定しなければならない。その結果、航続距離は短くなる。
遠くへ行きたい。まだ見ぬ世界へたどり着きたい。しかし、その為の翼を羽ばたかせるエネルギーが足りない。
ならば、他所から持ってくるしかない。
そこで目を付けたのが『太陽』。人類が使っても使い切れないエネルギーの塊。
太陽エネルギーといえば熱エネルギーや光エネルギーなどがある。しかし、束が選んだのは『太陽風』だった。これは電気を帯びた粒子が太陽から放出されたもので、毎秒100万トンもの質量が太陽から放射されている。これは地球磁場に影響を与え、オーロラの発生の原因の一つとなっているが……まぁそれは関係ない。
この太陽風。地球には大気の壁、オゾン層によって放射は抑えられている。もしもそれがなければ地球に直撃して範囲内の電子機器を破壊し、大損害を与えるだろう。
そして宇宙にはそんなものはない。ISとて、膨大な太陽風を直接浴びれば破壊されることは間違いないだろう。しかしそれは交通事故に会う可能性ぐらいの確率でしかない。すでに宇宙に浮かぶ人工物、宇宙ステーションや人口衛星といったものはその対策を行なって長期間の活動を続けているのだから。
だからこそ、束が開発したのは太陽風を受け止めて進む『帆』だった。太陽風を受け止め、推進力に変える。これが完成すれば機体エネルギーを消費せず無限に加速し続けることも不可能ではなかった。
しかし、ISでの宇宙開発は中止となった。
理由は、搭乗者の安全性。
どこまでも、先へ、遠くへ。
無限に加速し、光速にまで達すると想定された『光り輝ける運び手』の性能。そんなものを使って無事に帰還ができるのか? と。
人間は機械と違ってエネルギーを抑えて行動することなどできない。水と食料、排泄など『生きる』ために必要なことは山ほどある。機体だけどこまでも行けても搭乗者は帰って来れない。
「だから私は無人機を開発したのさー。人が乗らなければISという『方舟』はどこまでも飛んでいけるからね」
「ISが方舟、ですか?」
「そ。私達、選ばれた人類だけを乗せて新天地を目指す方舟。『光り輝ける運び手』はそのための光の帆……展開装甲というダミーに隠した本当のISの姿」
マッキーはそれを戦闘用に使ってるけどね? と束は笑うが、内心は驚いていた。彼女が自分の技術を使っていることが不思議だったからだ。彼女は私を、私の造った技術を嫌っていると思ったからだ。
ISの宇宙進出。先の問題の解決案ならいくらでもあった。
例えば宇宙ステーション。探索を進めた先で補給ポイントを設け、そこを活動拠点として範囲を広げていく案、
例えば巨大宇宙船。IS単機での宇宙探査は確かに危険だ。ならば、母艦を作ってあげればいい。
例えば惑星のテラフォーミング計画。月や火星の環境を地球に近づけ、宇宙探査の拠点とする。同時に地球の人口問題と資源問題もクリアー出来る。
その為の計画は世界に向けて提案した。
でも却下された。
夢物語だ、と。
当時の私はただの天才少女だった。それが『天災』少女となったのは『白騎士事件』から。
世界に私の計画がただの夢なんかじゃないと知らしめたかった。
技術はある。欲しいのは資金提供と研究施設だと。そしてそれはある意味、確かに叶った。
ISを兵器として開発しろと。
その瞬間、私の『夢』は音を立てて崩れさった。
だから私はコワス。私の夢を否定したこの世界を。
かつて神は、悪逆を重ねる増えすぎた人類を滅ぼすために方舟を作らせ、自分が選んだ人類の一族と全ての動物たちのつがいだけを選び、それら以外の全てを大洪水で洗い流した。
『ノアの方舟』と語り継がれるその伝説は不思議と束の中で当然に思えた。
愚かな命に価値などない。ならば、それを造った神の裁定で滅ぼすのは当然の権利だと。
なら私は?
ISを創った篠ノ之束なら。
IS社会のきっかけを創った私なら。
私が楽しくないこんな世界を壊す権利はあるのではないか?
そして目指すのだ。
新天地を。
「『方舟』」はもう宇宙に打ち上げた。後は、乗り込む生物の選定さ!」
それは彼女のような優れた人類。優れすぎた頭脳。異常な身体能力。
それを生み出すために暗躍し、優れた血を集め続け掛け合わせてきた一族。
その末裔。
志波真季奈。
そして私のお腹の中に宿った、同じ血を受け継ぐ………。
「ふふっ、家族みーんなで新しい世界に行こうねー」
腹部をさすり、まだ名も無き我が子に語りかける束。その目はどこか虚ろだった。
「………束様」
クロエには彼女のそんな姿を見つめることしかできなかった。
真季奈の高速機動の要、エナジーウイング。その正体がこれです。
『ガンダムSEED DESTINY』のデスティニーガンダムやストライクフリーダムの光の翼、ではなく、『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 Δ ASTRAY』(長い!)に出てくるターンデルタアストレイの光の翼です。後にこれは、ガンダムアストレイレッドフレーム改に移植されました、まぁ、同じくエネルギー不足で可動は不十分でしたが。
束さんが久々に登場。今回はちょっと彼女らの計画を。
『ノアの方舟』って意外とえげつない。神様って悪魔よりも人類を殺してますよね?
あれ? デウスはどこ行った?
次回でまたお会いしましょう。
感想待ってます。