「宇宙開発だとッ!?」
「はい。宇宙開発です」
デュノア社での重役会議は続く。
志波真季奈が発表したデュノア社の新たな経営方針。
それは宇宙への進出だった。
「航空宇宙産業で、このフランスには宇宙船発射能力があるはずですが?」
「た、確かにそうだが……だからといって我が社は関係ない!!」
「関係あるじゃないですか。ISは本来、宇宙での活動を想定したモノですよ?」
航空宇宙産業。それは航空機や宇宙船からミサイルにロケットなど。船から兵器まで、空を飛び交う様々な製品を製造する産業のことである。
無論、IS、インフィニット・ストラトスもその一つだ。
いや。だった、と言うべきか。
「ISが宇宙用装備なのは知っている。だが、だからといってそれがなんだというのだ!?」
「……逆に聞きますが、この国の、フランスの産業で栄えている物はなんですか?」
「なに?」
「農業と工業製品です」
フランスは西ヨーロッパで最大の面積を誇る国だ。フランス本土だけで日本の1・5倍もあり、可住地の広さはおよそ3.5倍にも達する。国土面積の53.6%が農業用地であり比率的には日本の約4.5倍。国土の36%が耕作地で、18%が酪農用地だ。穀物では小麦や砂糖、トウモロコシ、酪農ではチーズの輸出で栄えている。
一方、工業では食品工業、製材、製紙、運輸、機械、電気機械、金属、石油化学工業、自動車産業などが盛んである。特に自動車工業は凄まじく、石油化学工業ではプラスチックや合成ゴムにタイヤ製造などが著しい。
「そんなことは当然知っている」
「なら、それらを製造するエネルギーは?」
「……は?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
何故ここでエネルギー? デュノア社の経営方針、宇宙開発の話ではなかったのか?
シャルロットの父であるこの男はそれでも一応は元社長。そこで考えを放棄することはしなかった。
フランスの経済を支えるエネルギー。それは何か? 簡単だ。
それは原子力エネルギーだ。電力のおよそ八割が原子力発電で、残り二割が火力発電と水力発電だ。
「それがどうし……まさか?」
気づいた。真季奈の、この少女の計画に。
「はい。デュノア社はこれより。宇宙、月面にて『ヴォワチュール・リュミエール』を発展させた太陽光発電施設を建設し電力会社に売り込みます。その利権と、建設、使用料を丸ごと頂いて大儲けです。もちろんそれらの作業にはISが必須なので国際IS委員会も巻き込みますから費用も出資する筈ですし、他国の宇宙産業も一枚噛ませろと言ってきたら特許を取って儲けます」
確かに、危険な原子炉による発電よりもクリーンな太陽光発電の方が民間の利用者も喜んで食いつく。八割の発電量の内の半分でも補えればそれだけで大儲けだろう。
しかし。
「………その計画には穴がある。我が社にはそれだけの技術力はない」
「ですので、特別顧問を用意しました」
「なに?」
「皆さん、入ってきてください」
真季奈が手を叩いて会議室の扉に声を投げる。
すると、六人の老人たちが入ってきた。
「か、彼らは?」
「紹介しましょう。彼らこそ、宇宙工学のスペシャリスト達です」
真季奈がこの場に召喚した老人たち。彼らは全て日本人だ。だが、
「タービンの源さん。チタンの徹っつあん。平滑博士。ポリマー先生。マグナコイルの忠さん。……あれ一人多い? 貴方誰です!?」
片腕が義手で長髪の老人。鼻が長くキノコのような頭の老人。顔が白菜の様に長くて鼻当てをした老人。頭にポリマーを塗りたくってテカテカし鼻の下の髭がピーンと伸びた老人。筋骨隆々、長身で肌が浅黒い剃髪の老人。
そして最後の一人。
「この回路を取り付ければISの性能は跳ね上がりますよ!」
眼鏡をかけた細身の男が紛れ込んでいた。
「…………つまみ出せ」
「………な、何をする!? 離せ! 私を誰だと思っている!? デュノア社、バンザーイっ!!!」
真季奈の指示で、怪しげな回路を持った男は黒服を着たSPにすぐさま連行されていった。
「あんな古い回路で……なんだったんですか?」
「……さぁ? どこから紛れ込んだんだろ?」
ここで初めて冷や汗をかいた真季奈。本当にあの男は誰だったのか? それはシャルロットにも分からなかった。
「さて、おかしな乱入もありましたが気を取り直して。彼らは日本でISを開発していた研究者、その初期メンバーです」
「というと、あの篠ノ之束がいた研究室か!?」
十年前。ISを開発されたと言われる篠ノ之束も当時は十代の小娘だ。当然、図面は引けても製作するための資材も、それを買うための資金も、加工するための設備も持っていなかった。よって、新米の科学者として寄る辺としたのがこの老人たちの所属していた研究チーム、「GW宇宙開発室」だった。
「彼らにはデュノア社の開発部で技術者の指導を行なっていただきます。お願いしますね? おじいちゃんたち」
「真季奈ちゃんの頼みなら断れんのぉ」
「諦めかけてた宇宙への夢。また見させてもらえるのなら断る理由はないのう」
「最高のエンジンを造ってやるわい」
「自爆装置は付けてもいいかの?」
「安心しろ。全員鍛え上げてやる」
真季奈のお願いに快く答える老人たち。というか、最後の二人ちょっと待って。何言ってるの!?
「これだけの人材……一体どうやって」
「メル友です」
「メル友ぉッ!?」
実はこの老人達。真季奈が学校にもいかず自宅で引きこもってパソコンばかりいじってた頃に知り合ったメル友であった。真季奈は彼らと互いに研究について討論をし合い楽しんでいた。
ここだけの話、真季奈が造った人工AI「ALICE」はこのとき彼らとチャットで話していた際、老人の一人が開発していた「サム」という猫型ロボットに搭載された人工AIからヒントを得て完成したのだが……それはまた別のお話。
「それと開発資金ですが、これも問題ありません。イギリス政府からの援助を確約させましたので」
「イギリスだとッ!? そんな馬鹿な! 一体どんな手を使った!?」
ちなみに。フランスとイギリスは実は仲が悪い。というか、対抗意識が強いのだ。それは過去の歴史が物語っている。イングランド王家とフランス王家の覇権争いや百年戦争に、日常会話における単語においても互いの国の言葉が相手国の侮蔑の意味になっていたりと意外と根が深い。近年では表面上、友好国として手を取り合ってはいるが、それでも政治的判断に迫られた時には意見が対立する場面もある。
そんな相手から、隙あらばフランスを蹴落そうと画策するイギリスからどうやって資金の援助などを取り付けたのか?
その手腕にに恐れを含んだ敬意を感じ始めたところで、
「くくく、BT適正がなくとも、誰でもBT兵器が使えるようになるシステムの存在をちらつかせれば簡単でしたよ。あの国はBT兵器開発の先進国として成り上がってましたからねぇ? 他国に横流しして欲しくなければ金を出せと『お願い』すれば簡単でしたよ」
「この外道があああああああッ!!!!」
それが新技術による脅迫と聞いてすぐさま止めた。やはりこの少女は化物、いや悪魔だ……。
悪魔が椅子から立ち上がり、元社長であるシャルロットの父親に近づいてゆく。その顔に絶対の自信を浮かべ、足取りには迷いもない強者の貫禄を漂わせている。
目の前に立たれたとき、元社長だった男は本能が敗北を悟っていた。
だが、
「さぁっ! プランも! 資金も! 技術者も揃えました! それでもまだ何か文句がありますか!?」
「き、机上の空論だ! そんな計画出来る訳がない!!」
「はッ! 御託を並べるだけしか脳のない豚が! ぶーぶー文句を垂れる前に自分の考えとやらを語って見せればいいのでは!?」
力無い反論をする元社長……豚を言葉のナイフで捌きに入る真季奈。歩いて近づき、相手の足を足払いで崩して床に転がした。
「グッ、何を、ぐあっ!?」
這い蹲る豚の背中を踏み付ける。真季奈のソレを見る目はヒトを見るものではなかった。
「家畜にも劣る無能の分際で、人間様に楯突くんじゃない!」
「き、きさ」
「誰が喋って言いと!? ブーだろ、ブー!」
「ぐ、ぐああああああああああああ!!」
踏みつけた足に体重をかける。真季奈の足の下で、豚は苦悶の声を上げる。
「ちょっ、真季奈! やりすぎだよ!!」
自分の父親を足蹴にし踏み付ける真季奈に、流石のシャルロットも慌てて止める。自分としてもいい感情を抱かない男ではあるが一応は父親だ。それを庇おうとするが、
「いいんですよシャルロットさん。よく見てください」
「え?」
真季奈は一片たりとも態度を変えようとはしなかった。それどころか、見ろと言う。
何を?
「はぁ……はぁ……はぁ……どうした? この程度か…?」
父を見る。そこには、息を荒らげて震える男の姿があった。
「ふん、お仕置きが足りないようですね……気持ち悪い」
「あれぇぇ? なんかどっかで見たことあるなぁッ! この状況!!」
シャルロットは既視感を覚えた。何となく、どこかで見慣れた光景のような……? ………いやいやいやいやいやいや!!! まさか、
ま さ か !?
「会社を傾けるしか能のない豚が! 人間様と同じ格好をしてるんじゃない!!」
「あひぃん!」
罵声と共に顔を踏み付ける。その時シャルロットは見た。父の顔に、僅かな笑が浮かんでいることを。
「さっさとわたしを新しい社長と認めたらどうなんです!? ほら! ブ-と鳴いて返事してみせろ家畜がッ!」
「ぶ、ぶひぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「ブーだろうが! 豚の分際で二つ以上の言葉を使ってんじゃねぇ!!!」
あ、これいつもの一夏と真季奈じゃん。
「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
「つまり、貴方のお父さんはドMなんですよ」
「ゴメン、僕の理解を超えてるんで帰っていい?」
「ダメです♥」
その笑顔はとても怖かったという。
真季奈が調べ上げたデュノア社社長であったこの男のプライベートデータ。そこには彼の性格や……性癖もあった。
「………行きつけのお店のリストの中にSM倶楽部の名前があったときは流石にわたしも引きましたよ」
「……………………………(誰か助けて)」
今日、真季奈が喋った事の中で一番の衝撃が父親の性癖……シャルロットは心の中で泣いた。助けを求めようと周りを見る。
集まった上役たちは……目をそらしやがった。
腹違いの兄は……こいつも目をそらしやがった。
お前ら、知ってたな!!!
「まぁ、ある意味織斑一夏を好きになったシャルロットさんは、お母様に似たんですねー」
「そ、それはどういう意味かな?」
あ、止めて。やっぱ今の質問はナシで……。
「さっき話したSM倶楽部の女王さまだったんですよ。貴方のお母様」
「うわーーーーーーーーーー!!! うわーーーーーー!!! ヤメテーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
両手で自分の耳を塞いで涙目で首を振るシャルロット。今一番可哀想なのは彼女で間違いなかった。
「ふ、その通り。私は女王様に蔑まれて悦びを感じる男。いわゆる紳士さ」
「いや、それ変態紳士」
真季奈に訂正と言う名のツッコミを入れられるシャルロットの父。この男、今だに真季奈に踏みつけられていた。
「私がシャルロットの母親と知り合ったのは、まだデュノア社で次期社長となるための教育を受けているときだった。……激務だったよ。だからこそ、癒しを求め、疲れた体に鞭打つためにあの倶楽部に通いつめたものだ」
「物理的に鞭打たれてどうするんですか」
「そこで理想の女王様に私は出会った。シャルロットの母さ。私は瞬く間に恋に落ち、鞭を受けた身体が熱くなるのを感じた」
「そりゃ痛いんだから体も熱くなるでしょう」
「既に妻子ある身ではあったが、私は何度もアタックした。もっとも、いつも攻撃的だったのは彼女だったがね」
「いや、そんな情けないこと自慢げに言われても」
「もう止めてぇぇ」
突如始まった父と母の成り初め話を聞かされる娘には『拒絶』の思いしかなかった。彼女の中で、先立った母の理想像が音を立てて崩れさっていく。
「彼女が死んだと知ったとき、私は絶望したよ。もうあの情熱的な痛みと快感を与えてくれないなんてと!」
「もうお前黙れよ!!」
「落ち着けシャルロット!!」
母との思い出をパイルバンカーで打ち砕かれたような気分でシャルロットは父を見る。今すぐぶん殴りたかった。それを止めたのが腹違いの兄だ。振り上げた拳を必死に止めている。何気に、これが兄妹初めての触れ合いだった。酷い。
「そして身寄りの無かったシャルロットを引き取ったとき、私は密かに期待してたんだ!! 新たな女王様が現れてくれることを!!」
「ふーん」
シャルロットさん、目が怖いです。
「なのにお前は! 私を見下すどころか純情ぶってしっぽを振る牝犬だった!! 私の、私のドキドキを返せ!!」
「うん、鉛玉に込めて撃ち込んでやるから待っててね?」
「シャルロット! 気持ちはわかるからこらえてくれ!!!」
ISを展開して銃を突きつけるシャルロット。サテライトキャノンが完成していたらそれを向けそうな勢いだった。お兄さん、ホント頑張って。
「しかしお前の内なる女王様は必ず眠っていると思った私は、お前にスパイという無理難題を与えてIS学園に送り、見事その冷徹な! ゴミを見るような目で帰ってきてくれた! さぁ! 私を罵ってくれ愛しい娘、いや女王様!!」
「死ねぇええええええええええええええええええええええ!!!!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああはぁああああああああん!!!」
とうとうシャルロットの我慢が臨界点を超えた。兄に抑えられた腕ではなく、足に装着したISパーツを飛ばしてぶつけた。真季奈? 直前で逃げた。
「この変態がっ!! そりゃお義母さんもブチ切れるわッ! 僕を目の敵にするよ! 全部お前の性癖が悪いんじゃないかぁああああああ!!!」
「そう! それだ!!! それを待っていた!! これぞ幸せの絶頂ッ!!」
「ちくぅしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
罵っても、蔑んでも相手は悦ぶだけ。こんな理不尽があったろうか?
「……シャルロットさん」
「ま、真季奈ぁ」
いや、あった。ここに、自分と同じ痛みを知る少女がいた。
「ようこそ、こちら側の世界へ」
「う、うわああああああああん!」
こうして、シャルロットの日常は終わりを告げた。
そしてこんにちは。変態生活。
変態一家の騒動も一応収まり。改めて会議は終わりを告げる。
「まぁ色々ゴタゴタしましたが。わたしが社長で文句のある方はいらっしゃいますか?」
「「「いえ、ありません社長」」」
満場一致で真季奈のデュノア社社長の就任が可決された。やはりというか、あの変態の変態による変態騒動が決め手となったようである。
「真季奈はひょっとして……これを狙ってあんなことを?」
「はて、なんのことでしょうか?」
疲れた顔でシャルロットは真季奈に尋ねる。真季奈はとぼけるが、絶対にわざとだ。断言できる。
あの後、シャルロットの父は妻であり自分の義母によって連行されていった。叱っても喜ぶ相手をどう処罰するのか是非とも聞いて置きたかったがなんだか怖いから今度にしよう。そう思った。
とはいえ、これで会議は終わった。これからやることも山積みだし、さっさと次の仕事に取り掛かろう。
そう思ったとき、
「あ、先ほどはありがとうございました。お兄さん」
「あ、いや。こちからこそ、我が家の恥しい所を見せて恐縮です。社長」
兄が、真季奈に挨拶に来た。
思えば、この兄とは碌に喋ったことがなかった。避けられている。そう感じたからだ。でもしかし。その原因がアレだったとしたら………。
「(この人も苦労してたんだなぁ)」
変な親近感がわいた。多分疲れているせいだろう。
「あの、兄さん。また、その……父さんのことで相談してもいい?」
「……あぁ。任せてくれ。アレは家族にとっても最重要議題だ」
やはり苦労している。というか、兄はまともなようだ。よかった。
「シャルロットさんはいいお兄さんがいて羨ましいですね。お兄さんも、これから営業部長としてバンバン会社の売り込みを頑張ってもらいますから覚悟してくださいね!」
真季奈が僕を見て、兄を見てからそう言った。その彼女の顔には珍しいくらい眩しい笑顔が張り付いていて……?
「真季奈………また何か悪巧みを考えたの?」
「どういう意味ですか!? 違いますよ!!」
驚いた。純粋な笑みだったみたい。かなりレアなものを見たんじゃないだろうか?
真季奈が資料を抱えて走って行く。次の仕事に向けて開発室に移動するのだ。彼女はまだまだやることが一杯だ。僕よりも。
「………可憐だ」
「え”!?」
え? 兄さん!?
「なぁシャルロット……真季奈さんは、今付き合っている男はいるのか?」
「いいいいないけど!?」
前言撤回! この人もまともじゃない!!!
真季奈のドSっぷりを見てこの発言。デュノア家の闇は深かった。
うん、ごめん。シリアスなんてなかったんや。
デュノア家の男はM男。
だってシャルロットの母親がまともなわけないじゃない。大企業の社長を手玉にとってるんですよ? いろんな意味で。
今回登場した老人たちG(ジジィ)チーム。これは『ムシャ○伝』という漫画に出てきたキャラです。街の鉄工所レベルの設備で宇宙まで単機で打ち上げることが可能なパワードスーツ(FAZZ+ウイングガンダムゼロEW)を造り上げ、ツインバスターライフルまで装備させちゃったジジイたちです。モデルはまんまGWの科学者五人。変な回路を持ってたのはご存じテムさんです。
さて、今回気を付けたのは、シャルロットの父と兄に名前をつけずに書く事です。兄は原作にはいませんが、父親はいつか名前が出ると信じて……でないかな?
そして一夏はシャルロット兄に勝てるかな(笑)
次回はからS学園で特訓編に入ります。
しれでまた会いましょう!