日曜日ですね(にっこり)
大丈夫、きっと家まで渡しに来てくれる女の子もいますよ。
社会人?
………それではどうぞ!
二月十三日。バレンタインの前日に、織斑一夏は五反田家に遊びにきていた。
そして、その家の長男。五反田弾の部屋にて。
「「チョコ欲しいーーー」」
床に座り込み、天井に向かって叫ぶ悲しい男たちがいた。
いや、ちょっと待てお前ら。
「………彼女いる癖に。裏切り者」
「………女の園で貰い放題だろーが。全国の男子に刺されて死ね! 糞が」
と思ったら。互いに憎悪を隠すことなくメンチを切り合って罵倒をし合う二人。なんなの? と思うことなかれ。
悲しいかな。これが、この時期に訪れる一般的な男子の姿である。
え? 違う? そんなことないよ?
「俺が欲しいのは真季奈からの本命チョコ! 毎年貰ってる義理じゃなくて!!」
「それがもうブルジョワ発言なんだっつーの!! 謝れ! 毎年お前と同じクラスだった男子と俺に謝れこのハーレム野郎!!」
弾が血涙を流しながら叫ぶのを誰が止めようか? 毎年、バレンタインで起きる惨状。それはクラスの女子のチョコレートを全て織斑一夏が独占し、モテないクラスメイトの男子(一部を除く)は義理すら貰えないという地獄絵図。
そしてこの男は言うのだ。
「義理とはわかってるけど今年も多いなぁ。食べるの手伝ってくれよ弾」と。
弾は毎年こう思う。殺してやろうかコイツ。
本命を義理と思い、女子からチョコを貰えるのが当たり前と思いこんでいるのが織斑一夏のバレンタインであった。そもそも、好きな女子がいるのでもなく、半ばシスコン疑惑もあったことでクラスメイトよりも姉の千冬からのチョコを期待していたからでもある。
が、今年は違う。
志波真季奈という本命の、チョコを渡して欲しい好きな女が出来たからである。
そしてこの五反田弾もだ。今年は彼にも彼女がいる。布仏虚。IS学園の三年生だ。チョコを貰えるかどうかなど愚問、というものだろう。
「で? IS学園じゃどうなんだよ? 女子の動きは?」
「あぁ。みんな俺を見てそわそわしてる。多分、俺の、ていうか男子の目があるから落ち着かないんだろうけど……間違いなくチョコの準備をしてるんと思う」
「よし、まずは一発殴らせろ」
「なんでだよ!?」
この時期に自分を見て戸惑う女子がいる。それで何故チョコの渡し相手が自分なのだと思わないのか理解に苦しむ鈍感系ハーレム男である。
それはさておき。
「チョコ欲しいなぁ」
「あぁ、欲しい」
一方、女子たちは。
「えー、では。明日のバレンタインに向けてチョコ作りを開始します」
「「「はーい」」」
IS学園の家庭科室にて簡単チョコ作り講座が開かれていた。
講師、志波真季奈。
受講者、セシリア以下料理が苦手な女子数名である。
「まずはオルコットさんをロープで縛ります」
「「「はい!」」」
「ちょっと待ってくださいませ!?」
いきなり驚愕の展開だった。しかし、それはセシリアだけであり、他の者たちは当然、といった風である。
「………冗談です」
「そ、そうですわよね? 本当に冗談ですわよね? ね?」
セシリアが周りに伺うが、誰一人『冗談』だと答えるものはいなかったという。
誰だって料理講座を暗黒物質の錬金講座にはしたくないのだ。
「では始めましょうか。皆さん、まずはチョコを細かく刻んで湯煎することから始めましょう」
「はい! 姐さん!」
「なんでしょうラウラちゃん?」
しれっと受講者側に参加していたのはラウラだ。料理は作れるがお菓子作りなど未経験な彼女は初めてのバレンタインに向けて頑張っていた。
「湯煎とは?」
「細かく刻んだチョコを美味しく溶かす方法です。これに失敗するとチョコの味が落ちるので慎重に行ってくださいね?」
「は、はい!」
熱で溶けるチョコレートを溶かす。簡単なようで、手順を間違えると失敗しやすい。
まずチョコに手を触れさせないこと。汚れるとかではなく、体温で溶かさないためだ。
刻むのは徹底的に小さく。理想は五mm角くらいに。大きすぎると溶けるのに時間が掛かって手間が何倍もかかる。
チョコには直接熱を加えない。焦がしてしまうし風味も落ちる。湯煎というのはこの時に行う方法で、刻んだチョコをボールに入れて、鍋などで五十度位に沸かしたお湯に漬けてゆっくりと溶かすことを言う。ここで焦ると大抵失敗するのだ。
「なので、オルコットさんは今すぐビーム・サイズをしまいなさいッ!!!」
「え? 何故ですか!?」
そこにはブルー・ティアーズの巨大な大鎌。ビーム・サイズをまな板のチョコに向けて構える阿呆がいた。
「黙れ!! 確保ーーー!!!」
「「「了解!!」」」
目を離すとすぐにこれである。チョコを刻んで溶かす。ならば、ビームの熱で溶かしながら切り刻めば一石二鳥では? というこの発想。頼むから自重しろ。
女子全員に取り押さえられたセシリアは、ISを没収され真季奈による
しばらくした後。
「皆さん、チョコはちゃんと溶けましたね?」
「「「はーい」」」
無事にチョコの湯煎が終わった面々。……無事に、えぇ無事に終わりましたとも。その過程で起きた面倒ごとなど忘れたい。すごく忘れたい。
「オルコットさんは後で補習です」
「……はい」
チョコを溶かすのに
「それでは、ここで班分けを行います。このまま固めて終りの方。デコレーションに挑戦したい方。思い切ってトリュフを作ってみたい方で集まってください」
初心者の初級・中級・上級コースである。流石に、お菓子作り初心者達にチョコケーキとかガナッシュとかを作れなんて言わない。実際、集めたところほとんどが固めて終わりな『初級』に集まっている。トリュフ? 買って食べたら美味しいよね。
「で、オルコットさん? 何故トリュフコースに?」
「え?」
「………」
「………」
「はい。ハート型のカタにチョコを流し込みましょうね~?」
「は、はーい……」
お前は一年勉強して来年作れ! と真季奈の目が語っていたという。
ちなみに、
「姐さん! ウサギです! ウサギのカタがありました!!」
「よかったですね~ラウラちゃん」
ラウラは迷うことなく『固めるだけ』コースを選び、チョコレートのブラック・ラビットを制作できて大喜びだったという。
そして男共に戻る。
「なぁ弾よ? 俺たちはなぜ商店街にいるんだろうな?」
「決まってるだろ? チョコの下見だよ!!」
お前ら、悲しすぎるだろう……。
明日が待ちきれなかった二人はバレンタイン一色に染まった商店街に来ていた。
そこに。
「恋人達の憩いの場『ドラグーン・パレス』をよろしくお願いしま~す。『ドラグーン・パレス』はバレンタイン割引をやっておりま~す。カップルでご来店されると三割引価格でご案内しま~す」
女装メイドの男の娘。柴女黒ノ子こと、人呼んでメッちゃんの呼び込みの声が響く。
「げ」
「ん? どうした一夏? ッ! おおおおおおおおおおおおお!! カワイイ子じゃねぇか!!」
え? おい待て。
本日のメッちゃんはバレンタイン間近ということもあり、メイド服がいつもと違っていた。スカートはミニで足は黒のハイソックスで太ももがちらりと見える絶対領域を醸し出す。寒くはないのだろうかと思う鎖骨から肩までが露出した半袖。頭にはイヌ耳のカチューシャを。腰には尻尾という犬っ娘メイドである。
だが男だ。
「はぁ……はぁ……可愛いですわボス……」
「なぁスコール……カメラ回してないで仕事しようぜ? な?」
「おい、オータムにスコール。サボってないで厨房に戻れ……む、織斑一夏と五反田弾か?」
喫茶『ドラグーン・パレス』から女が三人。店主のスコールはカメラでデウ……メッちゃんの姿を保存し、オータムは同僚を仕事に戻そうと、マドカは客が増えてきたことで料理を早く出せと催促に。
しかし店先で織斑一夏を見つけたことで。
「お前ら……そうか。………ホモカップル二名入店でーーーす!!」
ザワッ!? その瞬間、店の中と外が騒然とした。
「「違うわ!!!」」
あらぬ誤解を受けて動揺する二人。しかし、それよりも動揺している者がいた。マドカだ。
「隠さなくていいんだぞ? えーと、別に偏見とかないし? 応援するし?」
「なら何故目を合わせない!?」
「露骨に視線をそらしてんじゃねぇ!! 違うから! ホモじゃないから!!」
バレンタイン前日に男二人で喫茶店に来るなどなんて親密な関係なんでしょうとドン引きしながら後ずさりするマドカ。彼女もメイド服姿だが今はそんなことを気にする余裕はない。
「つまり、ゲイ?」
「「意味はおんなじだよねぇ!?」」
なおも晴れない疑惑の目。そもそもマドカにとってこの二人の関係は怪しく映っていた。彼女が欲しいと言いながら自分の周りから女を奪っていく織斑一夏から離れない五反田弾。そして女に言い寄られても一向に手を出さない織斑一夏。
「そうか……志波真季奈と布仏虚はフェイクだったか」
「お前の中の俺って今どんなことになってんの!?」
「止めて! ようやく出来た彼女を失いかねないからそれ以上話を広げないで!!」
マドカの疑惑が膨らみ、それを必死に止めようと騒ぐホモ疑惑の男二人。ハッキリ言って目立っていた。早く止めなくては、明日からの商店街ではバレンタイン公認のホモカップルとして有名になることであろう。
「そうとも! そこまでにしたまえ若きメイドよ!!」
「何奴!?」
その騒ぎを制するかのように、鋭い声が場に割り込む。その声の先には。
「そこにいる織斑一夏こと『いっちゃん』は我らが男の娘専門バーの期待の新星! 故に彼氏などまだ早いのだ!!」
「「そうよそうよ!!」」
逞しい男の娘メイドの集団があった。いや、漢の娘? というか娘?
叫びをあげたのはその店の店長であり、なんと合法ショタ(三十九歳)だった。見た目小学生の彼が似合いすぎるメイド服を纏うのにはいかなる波乱万丈な人生があったのだろうか……。
「…………一夏、お前……」
「そうか。やっぱりお前はそっち側だったか……」
「おーけい、話し合おう。だから待ってくれ」
ススッっと一夏から距離を取り始めた弾とマドカ。駄目だ。完全に織斑一夏は二人の信用を失っている。
ちなみにこの突如現れた女装メイド軍団。彼女?等はこの商店街で同じく店を構え、一夏もバイト経験のある『男の娘バー』の従業員達である。何故メイド服のままなのか? そこに理由を求めてはいけないのである。
「いっちゃんピンチだね!」
「うるせぇよ!」
元凶のメッちゃんがにこやかに言う。一夏を男の娘に誘ったのはこいつである。
「この街にメイド店は二つも不要! 今日こそは決着を付けようぞ、『ドラグーン・パレス』!!」
「ふん、人手不足だったところを助けてやった恩を忘れて言うことか! 『男の娘バー』!!」
男と男。メイドとメイドが睨み合う。同じ商店街で店を構える者同士。しかしそこには譲れないものもある。
同じメイド。されど男。しかし客が求めるのはより良いメイド。
ならば、この街にメイドの店はこれ以上要らぬ!!!!
そこへ!!!
「メイドと聞いて!!!」
「「お前たちは!!?」」
なんと、夜の蝶がもう一つ姿を現す。
SとMの道に足を踏む入れたメイドの終点。『@クルーズアダルト』のSMメイド軍団である!!
その最前列に堂々と構えるは店長であり店の女王であるボンテージメイド。パピヨンマスクに隠されたその素顔の下で、彼女は不敵に笑う。
「この街の真のメイドとは私たちのこと! ご主人様に奉仕し調教することこそが本懐よ! その為に貴様らなどもはや不要!」
「なんだって!?」
「そしてそこの少年には光るものを見た! 是非とも我が下でメイド道を調教してあげるわ!!」
「ひぃ!?」
パピヨンメイドの眼光が一夏のドMを見抜く。その恐るべし看破力。彼女の目を逃れてMに目覚めなかった男はいない。
「おのれ、いっちゃんは渡さん!」
「いっちゃんは真季奈の下僕だから誰にも渡さないぞ☆」
「さぁ! 調教してあげるわ坊や!!」
「俺を巻き込むなぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」
色物メイド軍団が織斑一夏に殺到し、商店街は戦場になった。
明日はバレンタイン。織斑一夏はIS学園でこの場を逃げ切り、ホモの疑惑とメイドへの道から開放されるためにチョコを求める。
織斑一夏は女の子が、志波真季奈が大好きなのだから。
そして翌日。
バレンタインはやってきた。
五反田食堂にて。
「だ、弾くん! バレンタインのチョコ……ってきゃっ!?」
「虚さん!!」
手作りチョコを弾に渡すためにやってきた布仏虚。五反田家の家族にいろんな意味で衝撃を与えたその彼女は、彼氏でありチョコの渡し相手の五反田弾の突然の抱擁によって顔を真っ赤に染める。
「俺、虚さんが好きだから! 愛してるから!! ホモじゃないから!! だから捨てないでください!!!」
「何があったの!?」
なんやかんやで。二人の中はより一層深まったらしい。
生徒会室では。
「簪ちゃ~ん! お姉ちゃんからのチョコレートよ!!」
そこには、ウェディングケーキ程のサイズのチョコケーキがあった。
「……ありがとうお姉ちゃん。これ、私からのお礼!」
パーーーン! 突然の平手が姉の頬を張り倒す!
「ありがとうございます!!」
「まったく、こんな大きなケーキ邪魔なだけなのに。本音、これを切り分けて食堂のデザートに提供して。勿論バレンタインの特別価格で」
「はい!」
恍惚の表情で溢れる愛を抑えきれない生徒会長こと更識楯無と、それを平然と受け流す妹、更識簪。
その使用人にして生徒会メンバーである布仏本音は。
「(はやくまともな彼氏作ろ)」
この変態空間からの脱却を心に誓ったという。
織斑一夏は。
「あ、織斑く~ん! はい、バレンタインのチョコレート!」
「うん、ありがとう」
「お、織斑くん! あ、あのチョコ、受け取ってください!!」
「ありがとう。美味しくいただくよ」
学生寮を、三歩歩けばチョコに出会う。そんな頻度で女子からチョコレートを受け取っていた。
「ほほう、大収穫じゃないですか」
「真季奈か……」
そこへ現れたのはTシャツに短パン、生足というラフな格好の志波真季奈だった。
廊下での想い人との邂逅。なのに、織斑一夏の顔は優れない。
手の中には山と積まれたチョコレート。しかし、対する少女は無手。チョコも何も持っていなかった。
この日、まだ彼女からチョコはもらっていない。
「そう言えばデウスは見ませんでした? 織斑先生とナターシャさんがチョコを食べさせて既成事実を造るって探していたんですが」
「アイツはメイド連合の調停に行ってると思います、ハイ」
「……え? なんですソレ?」
昨日生まれたメイドの集う会合です。深く触れないであげてください。彼は死にたいほど疲れている。
「そんなにチョコを貰ったんですね。ちなみに誰に貰ったとかちゃんと覚えてます?」
「あーうん。箒に鈴にシャルにセシリアにラウラと、あとはクラスの皆に隣のクラスの………」
「あ、もういいです」
「さいですか」
要するに、女子みんなからである。爆ぜろ。
「……真季奈からはないの?」
「欲しいんですか? 図々しい」
「グサッとくるお言葉ありがとうございます!!」
そんなに貰っておいて何言ってんだこいつ? と言う視線が一夏に突き刺さる。嬉しいが悲しい。なにせ、本命からのチョコがないのだ。ならば、この大量のチョコなど元よりの市販品のチョコレートの価値しかない。
「あげましょうか?」
「えッ!? くれるの!!? 貰います! いただきます!! ありがとうございます!!!」
この食いつきよう、正しく必死。しかしこれが、この日この瞬間の、バレンタインの男子の姿である。
「それじゃぁわたしの部屋に来てください」
そう言われれば迷うことなく付いていくのが惚れた弱みというもの。
一夏は真季奈に導かれるまま宿直室、真季奈の私室へとついて行った。そして何故か、床に座らされた。……正座で。
「あの、真季奈すわん?」
「黙って座ってなさい」
その部屋は暖房が効いていた。冬だから当たり前だ。それでも室温は高かった。つまり、暑かった。
「はい、チョコレート」
「え?」
ゴトッっと音がした。ゴトッ、である。
一夏が見たのは青い手さげポリバケツ。その中に、茶色いチョコレートが溶けた状態でなみなみと溢れていた。
「あの、これは……?」
「昨日つくった手作りチョコです」
「いや、溶けてるよね!?」
そう、これは昨日真季奈が講師を務めた料理教室で湯煎したチョコレートだ。それが固まらないよう、テンパリングをワザと失敗し、専用の温度調節用の機械を造ってフォンデュの状態で保管した品だった。
「………あの、まさか、これを飲めと?」
バケツをラッパ飲みする姿を想像し、一夏は青ざめる。なにその拷問のようなバレンタイン!?
「違いますよ?」
「え?」
そう言うと真季奈は、
ズボッ! と、
「え?」
裸足の片方を、チョコのなみなみと入ったバケツへと突っ込んだ。
「……いや、え?」
「察しが悪いですね」
バケツに足を突っ込んだまま、近くにあった椅子を寄せて腰をかける真季奈。その前に正座する織斑一夏に、チョコに漬けた足を引き抜いて向けると、
「舐めろ」
「ありがとうございます!!!!!」
それから先は……。
もうこの商店街は末期だと思います。
一夏にご褒美が過ぎるとおもいましたか? 考えてください。一箇月後のホワイトデーを。
三倍返しという恐ろしい言葉を。 貰ったチョコの数と値段×三倍=○○円。学園の女子の人数……あっ(察し。
ちなみにぷらもんのバレンタインのピークは小学生でしたね。クラスの女子全員に貰ってましたが、まぁ義理です。その中に、嫌いな男子にもお返しが豪華だからチョコを渡す、と言っていた女の子がいたのですが……怖いですねぇ。
手作りチョコレート。
溶かして固めるだけ。今作でもチラッと書きましたが、これは本当に大事。
失敗すると固くなりすぎたりするんですが……歯が割れるかと思いました。
それではまた次回お会いしましょう!