ここはアルティの飛行庭、その中にある執務室に相変わらずアルティは居た。
あのトンカでのルリたちとの話し合いの後、彼女からの連絡が来るまで、まずは今できることの片付けから始めようとしているようだ。
「う~ん、とは言ってもなぁ……」
「どうしたの、アルティ?」
「正直やっぱり人手が居ないことには始まらないなぁ、と思って」
そうミコトに零すアルティ。
その言葉を聞き、頷きながらもミコトはある提案をする。
「それは確かにそうなの。 でも他にも出来ることはあるでしょ?」
「出来ること?」
「ほら、ライブ会場の手配とか。 アンディさんに連絡は取ってみたの?」
「……あ、そういえば取ってなかったかも」
忘れてた、とばかりに頭を抑えるアルティ。
それを見たミコトはやっぱりと思いながらも、さらに他にもと告げる。
「後はローレライとフォルテにも目処がつくかもしれないって連絡取らないと、いざ連絡を取って、本人たちの都合が合いませんでした、ではお話にならないし……」
「それもそうだね……。 それで今のあの子達はどこにいるんだっけ?」
「確か今はファーイーストにいるんじゃなかったかしら?」
ミコトは下唇に指を当てて思い出しながら答える。
その言葉を聞いたアルティも腕を組みながら思い出そうとする。
その時部屋のドアがノックされ、それに気付いたアルティが席を立ち、扉を開けるとティーワゴンを押しながらキリエが入ってくる。
「お二人ともお疲れ様です。 休憩用に紅茶を入れてまいりました、それとアルティさん」
「ん? どうしたの?」
「デリバリー・タイニーさんからお届け物の配達がありましたよ」
そう言ってキリエはアルティに一通の手紙を渡し、その後机の上にテキパキと紅茶を配膳していく。
その間にアルティは机に戻り、もらった手紙を開封し読み進める。
「ふむふむ、なるほど」
「アルティ、誰からの手紙なの?」
ミコトがアルティに尋ねると、読んでとばかりにミコトに手紙を預ける。
もらったその手紙を読み進めると差出人がわかったようで、ミコトも納得したような声を上げる。
「ルリからの手紙だったのね、それで内容はっと……」
その手紙の内容は、まず現在のルリ・ファミリーの大体の構成は把握したこと。
そして、それに伴って派遣可能な人員の概算も終了したので、自身とセレスの二人で工房まで足を運ぶことが書かれていた。
そのことを確認し合った三人は、キリエが入れた紅茶で喉を潤しながら話し合う。
「ルリちゃんたちがこっちに来るってことだし、二人の到着を待ってファーイーストに出発でいいかなと思うんだけど、どうかな?」
「それで良いんじゃないかしら?」
「私もそれでいいとは思いますが、お二人との話し合いはどうされますか?」
その質問を聞いたアルティは、キリエにすまなそうな顔をしながら手を合わせてお願いする。
「キリエさん、そのことなんだけど……。 ファーイーストに移動してる間に話し合いをしたいから、それまで飛行庭の舵をお願いしていい?」
その言葉を聞いたキリエは、何だそんなことか、と何事もなかったかのような顔で返事をする。
「アルティさん、その程度のことであれば私にお任せください。 ちゃんとファーイーストまで操庭してみせますわ」
その言葉を聞いたアルティは、満面の笑みを浮かべて礼を告げる。
「キリエさん、ありがとう!」
「いえいえ、それよりも今はアンディさんに連絡をとったほうが良いのでは?」
そのキリエの問いかけに、そうだった! とアルティは手を叩く。
「あ、でも、アンディさんの連絡先知らない……」
「それなら大丈夫」
今まで聞き手に回っていたミコトが胸を張りながら告げる。
「こんな事もあろうかと、以前にアンディさんから教えてもらってるわ」
「さすが、ミコトちゃん!」
アルティが感極まったように告げると、ミコトは徐に自身のスカートのポケットの中から金属でできた板状のものを取り出し操作を始める。
それをアルティは不思議そうに眺めるとミコトに質問する。
「ミコトちゃん、それはなに?」
「アンディさんから頂いたものなんだけど、これを使うと遠くの人とお話できるらしいのよ」
「へぇ~、そんな物があるんだね。 でもアンディさんもどうやって手に入れたのかな?」
「何でもお父さんがキカイ関係の研究者らしくて、過去に遺跡から出土したオリジナルを研究して実用化させたらしいよ」
「へぇ、そうなんだ」
そう会話しながらも操作が完了したらしく、そのキカイをミコトは耳に当ててしばらくすると話し始める。
「こんにちは、アンディさん。 突然の連絡すみません、実はライブのことでお話が……。 ええ、そうです。 目処が付きましたのでご連絡をと……。 そうですか、お二人もそこに。 分かりました、それでは改めてお伺いする時に連絡いたしますね。 よろしくおねがいしますね」
話が終わったのか、ミコトはキカイを耳から離すと小さく息を吐く。
そしてアルティの方に顔を向けると声を掛ける。
「アンディさんとの連絡はついたわ。 アンディさん、今フォルテたちと一緒にファーイーストにいるそうよ」
「ファーイーストに?」
そのアルティの言葉に首肯してミコトは答える。
「今ちょうどあちらで二人が依頼を受けて、ライブの準備を行っているそうよ。 そしてその二人のお手伝いとして同行しているみたいね」
その言葉に納得したのか、アルティは掌をポンと叩き合わせ頷く。
「なるほどね。 それならルリちゃんと会ってからファーイーストに向かっても問題ないのかな?」
「それはどうかしら? ライブが何時始まるかはまだわかってないみたいだし、早め早めに行動したほうが良いと思うわよ」
「そっかぁ、それじゃ予定通りにルリちゃんたちがこっちに来たら移動でいいかな?」
そう言ってアルティは、背筋を伸ばして体をほぐしリラックスさせる。
そしてその日は雑務をこなした後に、そのまま休むこととした。
翌日、朝起きたアルティはキリエが用意してくれた朝食に舌鼓を打ち、準備を整えた後に仕事を始めようとした時に来客の連絡が来る。
その来客についてアルティはミコトに確認を取ることにした。
「お客さんが来たって聞いたけど、もしかしてもうルリちゃんが来たの?」
「ええ、そうよ。 今は応接室でキリエに相手をしてもらってるわ」
「随分早いというか、昨日の今日で来るとは思ってなかったよ」
「私もなのよ。 でも、なにか理由があるみたいでね。 それで急いで来たみたい」
二人は食堂から話しながら歩いていると、すぐにルリ達がいる応接室にたどり着いたので、そのまま部屋に入るとそこにはどこか困った顔をするキリエと、憔悴したルリとそれを必死に励ますセレスの姿がそこにはあった。
その光景に思わずといった感じで目をこするアルティとミコト。
そして二人が来たことに気づいたキリエは、視線で助けを求めてくる。
「えっと、どういう状況?」
あんまりと言えばあんまりな光景にアルティは思わずといった感じで声を出す。
その声で二人が来たことに気づいたルリは視線をそちらに向けるが、その視線にも先日の覇気はなく、いかにもくたびれた様が見て取れる。
「……あぁ、アルティ、数日ぶりね。 この前言ったように、下僕たちの把握はだいたい終わらせたのだけどね……」
そう言ったルリは疲れたようにため息をつく。
「把握できたことはできたのだけど、正直規模が大きすぎてね……。 どうしたものかと思ってたのよ」
「規模が大きい?」
アルティが首を傾げながらそう問いかけると、ルリは大きく頷き、そして直後にまた大きくため息をつく。
それを見たセレスは、慌ててルリの頭を撫でながら慰める。
「まぁまぁルリさん。 あの人たちに釘はさせた訳ですし、今回のような暴走はもう起きませんよ」
努めて笑顔を作りながらルリに告げるセレスだが、その笑顔もどこか引き攣って見えることから、もしかしたら本人も半信半疑なのかもしれない。
それを見ていたミコトだが、敢えてその光景を無視してルリに話しかける。
「それでルリ、人員はどれくらい融通できるのかしら?」
「ちょっと、ミコトちゃん……」
その言葉に慌てたアルティは小さくミコトに囁くが、その言葉も無視してルリの返答を待つ。
「まったく、ミコトは容赦がないわね。 友達が傷心してるんだから気遣っても良いんじゃないの?」
「あら、同情されて慰められるのがお望み? 本当にそうして欲しいのならそうするけど?」
ルリの言葉にミコトが薄く笑いながら皮肉げに答えると、ミコトは降参とばかりに両手を軽く上げる。
その顔に少し笑みを浮かべており、多少の気は紛れたようだ。
「本当に容赦がなくなったわね。 アルティの手伝いをするようになって、少し変わったんじゃないの貴女?」
「それはそうよ、この仕事は責任が纏わり付くし、何よりもアルティはどこか抜けてるからその分、わたしがしっかりしないと」
「ミコトちゃん?!」
そのミコトの言葉を聞いたアルティがショックを受けているが、ミコトはどこ吹く風とばかりにえっへん、と胸を張り誇らしげにしている。
その光景を見たルリはもう限界、とばかりに大笑いする。
「あっはははは! 本当に貴女、変わったわ」
「当然よ、大切な家族を支えられるんだから、頑張って変わるに決まってるじゃない」
「……家族、か。 そうよね、変わって当然ね」
「そうよ、特にルリ。 貴女は彼らとの生活も大切にするって決めたんでしょう? ならちゃんと家長として見てあげないと。 なんてったってわたし達は年長者なんだから」
ミコトからの言葉を聞いて、ルリははっとした顔をした後に、破顔する。
その顔を見る限りは悩みは小さくなったか、あるいはなくなったのかもしれない。
そして改めてミコトの方を向き、頭を下げて感謝の言葉を述べる。
「ミコトには昔から世話になってばかりね。 本当にありがとう」
その言葉を告げるルリの表情は晴れ晴れとしたものであり、先程の憔悴した様が嘘のようであった。
「どういたしまして」
そう答えを返すミコトの表情も、笑いながらもどこかほっとしと感情が見て取れて、彼女自身もまたルリの心配をしていたことがわかる。
そしてミコトはコホン、とわざとらしく咳払いをした後に改めてルリに話しかける。
「……それで、ルリ? 結局人員はどれほど融通出来るのかしら?」
「あぁ、そうだったわね。 それについては後で詳しく詰めることになると思うけど、今確実に言えるのはライブスタッフ用の人員なら問題なく回せるだけの数の確保は可能よ」
ルリの答えを聞いたアルティとミコトは、良かった、と胸を撫で下ろす。
その姿を見たルリは二人にある質問をする。
「二人に聞きたいのだけれど、今回のライブスタッフの子たちって、アルティが工房で正式に雇うってことでいいのよね?」
「? うん、それはまぁ当然そうなんだけど、それがどうかしたの?」
アルティはミコトのその問いに、不思議そうに首を傾げながらも肯定する。
その答えが望むものだったのか、彼女はさらに二人に対してある提案をする。
「そこで物は相談なのだけど、そのライブスタッフの子たち以外にも雇う気はないかしら?」
「スタッフ以外の子を?」
「そう、以外の子たちを。 この工房、今景気は良いけど人手不足なんでしょう? だからその不足分を雇ってみてはどうかと思ってね」
それを聞いたアルティは、嬉しそうながらも、どこか複雑そうな顔をするとルリに問いかける。
「あたしとしてはありがたいんだけど、ルリちゃん、そんなに人を出して大丈夫なの?」
「それなら問題ないわ、というよりもこちらとしてはどんどん使ってほしいのよ」
「どういうこと?」
「さっきルリが言ってた規模が大きすぎるというのと関係があるのかしら?」
ミコトが下唇に指を当てながら考え込み、一つの予想をルリに尋ねてみると、それが正解だったのか、彼女は大きく頷きその通りと答えを返す。
「えぇ、正直な話、改めて調べてみると政府内部以外にも、一族で移住してきてたり影響力のある人間が周りを感化させてたりなんかで、把握できただけで街一つ作れそうな人数がいることがわかったのよ……」
「そんなにいたの……?」
アルティは想定外の数字に顔を引き攣らせながら無意識のうちに声を出す。
それを見たルリは、このままではまずいと思いアルティを安心させるために声を掛ける。
「アルティ、全員雇えってことじゃないから大丈夫よ。 あの子たち自身もそれぞれ職に就いてるから。 その中で冒険者やってる子だけを推薦しようと思ってるのよ」
「それって、フェネアンさんとシュレムさんのこと?」
「でもルリ、あの二人は貴女の側近扱いではなかったかしら?」
アルティは先日案内してくれた二人の名前を出し、ミコトがさらに補足をしてルリに尋ねると、彼女は頷きながらも、それだけじゃないと告げる。
「あの子たちだけじゃなくて、他にもわたしが知らないところで冒険者やってる子が結構居たのよ。 その子たちの中にはタタラベ職の子も居たからここでなら働きやすいかもと思ってね」
「なるほどね」
「それで可能ならその調整をしようと思ったのよ。 それでアルティ、時間は大丈夫かしら?」
「あたしは大丈夫だけどルリちゃんは良いの?」
「勿論大丈夫よ。 あぁ、あとわたしとセレスはしばらくここに住むからよろしくね」
「うん、わかっ……。 え?」
ルリの言葉を聞いたアルティは、反射的に了承しようとしてその言葉の意味が理解できなかったのか、呆けた声を上げる。
その姿を見たルリは、いたずら成功とばかりにクスクスと笑い、セレスもまた少し申し訳なさそうにしながらも小さく笑っている。
キリエは特に動揺したふうには見えず、予め聞いていたのかもしれない。
「え、でも、ルリちゃん、トンカの方は大丈夫なの?」
アルティが恐る恐るといった感じで問いかけると、ルリは大丈夫と答えを返す。
「何も問題はないわ、あちらの方はちゃんと纏めてきたから。 それにアルティ?」
そう声を出したルリの顔は先程とは違い悪戯をする前の子供のようにニヤニヤと笑い、アルティはそれを見てに身構えるが直後に霧散させることになる。
「貴女、人が居ない状況で急に大量の人が入ってきたとして、まとめ上げることが出来る?」
「無理です」
急に真顔になって返答するアルティ、その状況を想像したのか顔色に関しては少し青くなっていた。
それを見たルリは小さく笑いながらさらに告げる。
「でしょう? だからそこをわたしがしてあげるって言ってるのよ」
「ルリちゃん、ありがとう~!」
アルティはそう言いながら感極まってルリへと抱きつく。
突然抱きつかれたルリは目を白黒させて、他の面々はそれを見て笑っていた。
そしてキリエはもう大丈夫そうだと判断して、アルティへと声を掛ける。
「それではアルティさん、私は操舵の方に行ってきますね」
しかしアルティには聞こえていないのかルリを抱きしめ続け、そのルリはもがいている。
代わりにミコトがキリエに返事をすると、アルティをルリから引き剥がしにかかる。
「キリエ、お願いね。 ……それと、アルティ! いい加減離れなさい!」
その様子に苦笑しながらキリエは部屋を退室する。
その後セレスも参加してしばらくドタバタしていたが、ようやくアルティも正気に戻りルリを放して一段落することができた。
「まったく、アルティ! 嬉しいのはわかるけど、はしゃぎ過ぎ!」
「あはは、ごめんなさい……」
ミコトに叱られて頭を垂れるアルティ。
その後ルリの方を向きごめんなさいと頭を下げると、ルリは過ぎたことだと謝罪を受け取る。
ただ、少し息切れをしていたが……。
アルティの謝罪が終わったのを見たミコトは、やれやれといった感じでため息を吐いていたが、それはそれとして、とルリに話しかける。
「それにしても、ルリのそこは変わらないわね」
「うん? 変わらないって?」
ルリ自身はわからないようで首を傾げているが、他の面々はわかったようでウンウンと頷いている。
そしてルリはまだわからないようなので、ミコトは薄く笑いながら答えを告げる。
「相変わらず身内にはとことん甘いってこと」
「んなっ!」
それを聞いたルリは素っ頓狂な声を上げて、顔を赤くする。
そして照れ隠しに腕を大げさに動かしながら声を荒げる。
「本当に! だからシュレムやフェネアンもだけど、あんた達わたしの事どう思ってんのよ!」
「どうって、身内には甘くて、なおかつ世話好きなお母さん気質?」
そうミコトに一刀両断されて、思わず押し黙るルリ。
しかしその姿は全身真っ赤になった状態で、コミックなら湯気が立ち昇っているかもしれない。
「それに冒険者の子たちをここに就職させたいのも、遠くで危険なことさせるよりもルリ自身の目に入る範囲で、安全に仕事をさせたいからなんでしょう?」
ミコトがさらに追撃の言葉をかけると、ルリは口をもごもごとさせる。
本人はなにか言い返したいようだが、声が出ないようだ。
そこでアルティがルリに優しく声を掛ける。
「ルリちゃんのその意志、あたしはすごいと思うよ」
「……アルティ?」
「だってそれはルリちゃんが、家族のために自分ができることを精一杯してる事なんだから。 だから、ルリちゃんを慕っていっぱい人が集まったんでしょう?」
「そう、なのかしら」
「そうだよ、そうじゃないとフェネアンさん達も『ルリ様のために!』なんて言って頑張ってなかったと思うよ」
アルティからの言葉を聞いたルリは、はにかみながらも笑顔を見せる。
「そう、ね。 それならわたしもあの子たちに負けないように頑張らないとね」
「まぁ頑張りすぎて倒れないようにね。 もしルリちゃんが倒れちゃったら、家族みんなで大騒ぎになるだろうし。 あ、勿論わたしも心配するんだからね」
「わかってるわよ。 ……アルティもありがとうね」
そう笑いながら礼を告げるルリ。
その時、ガコンという音とともに飛行庭が少しづつ動き出すのを感じる一同。
どうやらキリエが操舵輪にたどり着きファーイーストに向けて出発したようだ。
「飛行庭も動き出したし、それじゃ雑談をやめて改めて話し合いを始めましょう?」
ミコトのその言葉に一同は頷きファーイーストに着くまでに詰められるところまで詰めようと、しばしの合間改めて話し合いをすることにしたのであった。