でも、正直今回キャラ崩壊が起こっている気がしないでもない……。
キリエは、先程まで居た部屋から退室して、一人家屋の外に設置してある飛行庭の操舵輪に向かってトコトコと歩いている。
そして玄関口のドアにたどり着くとそのまま開き外に出る。
その先に広がった光景は雲ひとつない、否『眼下に雲が広がる青空』であった。
それもそのはず、この飛行庭は高度千メートルの上空に位置しており、雲の隙間からはアクロポリスシティの街並みが見て取れた。
最もアクロニアの住人、特に冒険者や、それに連なる人々にとってそれはいつもの光景であり、キリエもまた以前に冒険者と共に行動していたこともあって、見慣れた光景であったために気にも留めずに、いつものように庭の先端部分にある舵へと移動していく。
キリエは操舵輪にたどり着くと、その操舵輪に併設されているパネルを操作し始める。
すると、ガコン、という音とともに少しづつ飛行庭の動きが加速していく、そしてそれはあっという間に、以前トンカに移動していた時に速度を凌駕する。
その速度に満足したキリエは微笑みながら頷くと、ほんの少しの間後ろを振り向く。
そこには先程キリエが出てきたアルティの工房兼邸宅、そしてその後ろにトンカ移動時には存在していなかった巨大な生物らしき物の姿があった。
この世界には『背負い魔』と呼ばれるカテゴリの生物たちがいる。
一種の使い魔とでも呼ぶべきこの生物たちは、その名の通り宿主となる人物に背負われた際、その宿主から一定の力を提供して貰う代わりに、宿主に何らかの恩恵を与えるという共生生物である。
そしてこの巨大生物の名は『背負い魔・ブースト』、宿主からもらった力を自らの口から吐き出し、その力を持って移動を補助することを役割としている。
その推進力は凄まじいものであり、歩行でも走行でもなく、人が水平に飛行する事が可能という時点で理解できるだろう。
しかし本来この背負い魔・ブーストは人に背負われるという事からわかるように、それ相応の大きさでしかないのだが、現在飛行庭に憑いているこのブーストは明らかにそれよりも大きすぎた。
これは元々この大きさの個体が存在するわけではなく、一部のブーストが飛行庭に興味を持ち、本人の了承を得た上で飛行庭職人の手によって改造された末の姿であり、この姿になるともう元の姿には戻れずに、飛行庭の部品として暮らすことになるが、本人たちは満足しているようなので気にしないほうが良いのだろう。
因みに背負い魔はブーストの他に、シールダーとメダマーと呼ばれる種族もいるがこの二種族は何故かエミル族にしか懐かずタイタニア、ドミニオン、DEM種族は背負うことができない。
そしてこの種族の他にも背負い魔は存在するが、そちらに関しては特殊すぎる事情があるのでここでは割愛させてもらうものとする。
そうして以前と比べてもとても速くなった速度で東へと進んでいくと、広大な東アクロニア平原からあっという間にファーイーストとの国境線であるイストー岬、そこに架かる可動橋をも超えて、今度はのどかな草原が姿を現す。
此処はモーモー草原と呼ばれ、その名前の由来となった牛型のモンスター、『モーモー』が多数生息している。
このモーモー、モンスターでこそあるが、実際には家畜としても存在し、人々にミルクや肉の供給源として重宝されたり、一部の冒険者はこのモーモーを引き連れて冒険している者もいる。
そしてそのモーモー草原を更に進むと、広大な農地と数多の建物が見えてくる。
此処こそがファーイースト、アクロニア大陸最東端に存在する国家であり、この大陸ほぼ全ての食料を供給する、文字通りの食料庫というべき重要国家である。
ファーイーストの街並みが確認できるようになると、キリエは徐にパネルの操作を始め、近くに備え付けられているマイクに向かって声を発する。
「ンン、皆さん。 そろそろファーイーストに到着しますので、準備をお願いしますね」
その一言だけを告げると、キリエは再び操舵に集中し、少し先の方に見える飛行庭の発着場へと舵を切るのであった。
ファーイーストについた面々は、まず飛行庭から降りて周囲を見渡す。
そこには上空からは見えなかった、畑の世話をする人々や、元気に街中を駆け回る犬たちに、いろいろな人に指示を飛ばす動物の耳と尻尾をつけ、バトルドレスとでも言うべき華やかさを感じる軽装鎧を身にまとい、美しい装飾と碧色の宝玉が拵えられた刺剣を携えた、長髪の女性が見て取れた。
そして指示に一息ついたのか、女性は安堵した表情を見せていたが、アルティたちの存在に気がついた途端、鎧をまとっているとは思えないほどの速さで、駆け寄ってくる。
「アルティさん、師匠、お久しぶりですわ~! ……ふぎゃっ!」
途中で石ころにでも躓いたのか、盛大に転びズザザー、と見事なまでのヘッドスライディングを披露することとなっていたが。
そしてヘッドスライディングの状態でアルティたちの元にたどり着くと、ムクリと起き上がる。
その鼻頭は赤くなっており、傍から見てとても痛々しかった。
「アイタタタ、ですわ。 うぅ、まさか転ぶだなんて、恥ずかしいところを見せてしまいましたわ……」
「あ、ええと、大丈夫、エリーゼちゃん……?」
赤くなった鼻頭を抑えて、涙目になっている女性と、それを気遣うアルティ。
そのアルティに心配されている、エリーゼと呼ばれた女性は、携えた刺剣に拵えられている碧色の宝玉からわかるように、彼女たちと同じ御魂であり、そしてその中では珍しい現代に生まれた年若い存在である。
と、言うのも彼女は、かつてのファーイースト王国の貴族の末裔であり、とある時に家訓である、『裕福な家に生まれたものは、その分人々のために尽くさなければならない』という教えを実行するために、家宝である刺剣を持って実家を飛び出した過去を持つ。
そしてその刺剣こそが御魂武器であり、彼女自身元々お嬢様であることから、武器を扱う訓練等は一切受けたことはなく、旅先においてモンスターに襲われる人を助けたは良いが、素人が撃退できる訳もなく、なんとか襲撃されていた人を逃がすことはできたが、武運拙く討ち死にする事になる。
そこで御魂武器に取り込まれ、新たな御魂として生まれ変わる事となったのだ。
その後も、御魂になった、即ち自身が一度死んだという事実には気付かずに、家宝から不思議な力を授かったと思い込んだ彼女は、そのまま旅を続行。
ファーイーストに一度戻ってきた時に、とある事情で再び死にかける事となるが、偶然か必然かアルティと、後に師匠として教えを乞うことになるルリと出会うことになり、現在へと至る。
「あ、いたいた。 エリーゼさ~ん」
その時後ろからエリーゼを呼ぶ声が聞こえ、エリーゼが後ろを振り向くと、そこには作業服を着た光り輝く翼と、タイタニアを思わせる光輪を頭上に掲げた栗色の髪の女性が、滑空しながらこちらに近づいてくる。
その姿、正確にはその女性を知っているアルティは思わず驚きの声を上げる。
「あれ? ステラちゃん! どうして此処に?」
「あら、アルティさん。 お久しぶりです!」
そうアルティに、にこやかに挨拶する女性。
彼女の名はステラ・ロア、今回此処でライブを行っているローレライと同じロアの仲間であり、ロアを一つの家族として見るならば彼女は末っ子という事になるが、彼女自身の生まれた物語の特性から、とてつもない潜在能力を秘めている。
最も本人は、今の生活が楽しいらしく、その力を行使することは基本的にはない、それこそ世界の危機が起きない限りか、もしくは人々の生命が脅かされない事態が起きない限りは。
「皆さんもローレライちゃんのライブを見に来たんですか? わたしは今回ライブのお手伝いさんをしてるんですよ」
「へぇ~、そうだったんだ。 わたし達は、ローレライちゃんとフォルテくん、それとアンディさんに用があって来たんだ。 それはそうとして、ステラちゃん、今日はルチフェロちゃんと一緒じゃなかったんだ?」
「ルチフェロちゃんですか?」
そう言った彼女は困った顔をしながら更に告げる。
「今日ルチフェロちゃんは、仕事が立て込んでて……。 わたしは偶然手漉きになってたのでこうやってお手伝いに来てたんですよ」
先程から彼女たちの間で話題に上がっているルチフェロという人物も、ステラたちと同じロアであり、現在ステラとルームシェアをして暮らしている。
そしてこの二人はアクロポリスの人間からは、複数の仕事を掛け持ちする鉄人として知られ、二人とも職場では救世主、そしてルチフェロという人物は見た目の愛らしさからマスコットとしても扱われている。
「それで、お三方に用があるという事は……」
「ステラさーん、エリーゼさんいましたかー?」
その時遠くからステラを呼ぶ声が聞こえると、ステラはしまったというような顔をして、矢継早にエリーゼとアルティに告げる。
「そうだった! エリーゼさんを探しに来てたんだった! アルティさん、失礼しますね! エリーゼさんも来てください!」
そのままエリーゼの手首を掴み、声が聞こえた方向に向かおうとするが、そう言えばといい、急動作で止まりアルティに一言だけを告げる。
「今お三方は、町役場前にいると思うので、そこに向かえば大丈夫と思いますよ! それでは!」
そう言うと、今度こそ声が聞こえた方向に急いで向かっていく。
因みに手首を握られていたエリーゼはその急展開、急加速に着いていくことが出来ずに、顔を白黒させながら引き摺られていった。
「……一体何だったのかな?」
「……さぁ?」
残された面々の心境は、アルティとミコトのこのやり取りに集約されていた。
その後、暫くして気を取り直したアルティ達は、ステラが言っていた町役場を目指して歩いていた。
そして付近に近づくと、ステラの情報通りに目的の三人の姿が見えてくる。
ラフな服装に編み込んだ髪型の男性、アンディ。
ギターを持った金髪、軍服にも見える衣装をまとった美男子、フォルテ。
そして、ハーブとマイクが合体したような楽器を手に持った、上半身は水着のような服を、下半身は人ではなく魚の姿で空中に浮かんでいる、まさしく人魚そのものの姿である、ローレライ・ロア。
その三人は、お互いに向き合いながら話し合っている。
もしかしたらライブに関する打ち合わせをしているのかもしれない。
そしてこちら側を向いていたローレライがこちらに気付いたようで、大きく手を振り出すと、何事かと後ろを振り向いた二人もこちらに気付いたようで、彼女と同じように手を振る。
手を振られたアルティ達も同じように振り返して、その後近づいていく。
「お久しぶり! 色々と問題が解決しそうだから来たよ!」
そうアルティが元気よく声を掛けると、ローレライが待ってました、とばかりにアルティに声を掛ける。
「お~、つまり、ついに全国津々浦々に旅に出るんですね? やりますねぇ~、ご褒美代わりにヒレいります?」
そう言って彼女は頭についているヒレの飾りのようなものをきゅぽんと外しアルティに差し出してくる。
「一体なんの話ししてるのかな?! それとヒレはいらないからちゃんと付けて!」
アルティにツッコまれたローレライは、ちぇ~、と言いながら他の子達にも差し出してみるが、全員から受け取り拒否されると、心底残念そうに再び付ける。
「ヒレ美味しいんですよ? ちゃんと後から生えてきますし、それに人魚の肉には不老長寿の効果があるとかないとか……」
「いや、流石に知り合いの体を食べる気にはなれないよ……。 後わたし達は元々不老だよ?」
そのアルティの脱力したツッコミに、他の面々はうんうん、と頷き同意する。
その全員の姿にショックを受けたのか、ローレライはよよよ、と言いながら泣き崩れたが、誰がどう見てもウソ泣きであり、スルーされていた。
スルーされているとわかったローレライは、すぐに泣き真似を辞めて再びふよふよと浮かび上がる。
「むむむ、これは手強いですね……」
「いや、あんた、一体何と戦っているのよ……?」
そう今度はルリがツッコミを入れると、ローレライはしょんぼりして告げる。
「うぅ、しょんぼりです。 ガックシです。 この星は滅亡します……」
「本当にあんた、何と戦ってるのよ!」
ルリが今度は力強いツッコミを放ち、肩を怒らせて息を荒くしていると、アルティがまぁまぁと諌める。
「えぇと、それでローレライちゃん、本題に入っていいかな?」
「アンディさんが言っていた工房でのライブのことですね?」
そうローレライが真面目に返答すると、アルティの後ろからぶちっ、と何かが切れたような音が聞こえてきたような気がして、後ろを振り向くと、そこには全身を震わせているルリの姿があった。
「あ、ん、た、ねぇ~! 真面目に出来るなら真面目にしなさいよー!」
「きゃ~」
キレたルリがローレライに飛びかかるが、彼女はそれを躱し、空中を泳ぎながら逃げ出して、ルリがそれを追いかける鬼ごっこが突如始まり、皆はそれぞれ、呆れたり、慌てたり、煽ったりなどの思い思いの行動を始めていた。
暫く続いた鬼ごっこはルリの勝利で終わり、改めて話が始まった。
なお、負けたローレライは近くで簀巻きにされて転がされている。
「このままでは太陽さんさんに焼かれて照り焼きになってしまいます。 誰か助けて、ヘルプミー。 ぴちぴち」
そう言いながら、陸に揚げられた魚よろしく、ピチピチと跳ねるローレライ。
案外彼女は、まだ割と余裕があるのかもしれない。
「え、えっと、それでライブの件だったよね。 アルティちゃん」
「う、うん」
その姿を努めて無視して話を進めようとする、金髪の美男子フォルテとアルティ。
しかし頬に流れる一筋の汗から無視できていないことは一目瞭然だった。
その二人を見て、助け舟を出すように話しかけるアンディ。
「それで、ライブ会場の飛行庭は前と同じように僕が用意するとして、ライブスタッフさんは集まったのかい?」
「それなら大丈夫よ、あたしの所から人を出すことが決まったから」
アンディの質問に、胸を張りながら自信満々に答えるルリ。
ルリのその答えに、ガッツポーズをするアンディ。
「おお! つまりこれで、またアクロポリスで大々的にライブを! 皆にローレライさんの可愛さを伝えられんだね! 伝えられる! この想い!」
感極まったのかそのまま万歳三唱を始めるアンディ。
それを見て冷や汗をかきながら、アンディに話しかけるフォルテ。
「あの~、アンディ君? そのライブ、僕も出るんだけど……」
「ん? そんなの当たり前じゃないか! 君も勿論仲間なんだし、一緒にライブを盛り上げてもらわないと!」
そう言い切った後に、今度は高笑いをし始めるアンディ。
その姿を見て全員が引き気味だったが、フォルテだけはどこか嬉しそうであった。
「そうですよ~、フォルテ。 仲間なんだから、皆で楽しく歌うんだぜ~」
という声が皆の足元から聞こえてきた。
全員が足元を見てみると、そこには先ほど簀巻きにされて放置されていたローレライが、いつの間にか這いずって此処まで来ていたのだった。
「びちびち、びた~ん、這いずっていきましょ~」
「…………いや、だからって、本当に這いずってくることないでしょうが!」
しばし放心していたが状況を飲み込めたルリは、慌ててローレライにツッコミを入れつつも簀巻きを解き、彼女の全身を軽くはたき始める。
「あぁ、もう! 汚れが付いちゃってるじゃないの!」
悪態を吐きつつも、甲斐甲斐しく世話をするルリを見て他の面々は、笑い始める。
そこへ、先程慌てて去っていったステラとエリーゼがこちらへとやってくる。
「あぁ、居た、みなさーん、ライブリハーサルの準備できましたよー!」
その言葉を聞いた三人は申し合わせたように、ステラ達の元に向かっていくが、フォルテだけは振り返るとアルティたちに話しかける。
「じゃあ僕たちは此処でのライブをしてくるから、後の話はアップタウンに戻ってからまたしようね」
「うん、わかった。 ファルテくんも頑張ってね! それじゃ、行ってらっしゃい!」
アルティが大きく手を振りながらそう告げると、フォルテもまた元気よく行ってきます! と、返事をし、早く早く、と急かす仲間達に元へ駆け寄っていき、そのまま進んでいった。
「それじゃ、わたし達も一度戻りましょうか」
「そうね、それにもうそろそろシュレムとフェネアンの方も準備が終わってるかもしれないから、連絡を入れないとだしね」
ルリからそう言われたアルティは、それじゃ尚更急がないとね、と告げると飛行庭発着場へと歩みを進める。
他の子達もそれに倣い、進んでいくのであった。