ファーイーストから戻ってきたアルティ達は、まずフェネアン、シュレム達と連絡を取る。
すると、ルリが予想していたとおりに、ライブスタッフ並びに冒険者たちの準備が終わっていたようで、これからトンカエクスプレスを使い、アクロポリスに向かうとの連絡をもらうことになった。
「ルリちゃんが言うとおりだったね」
「当然よ、あの子たちはそれなりに優秀なんだから」
そう言いながらもどこか誇らしげな顔をするルリ。
やはり家族、彼女にとっては子供といえる者たちが褒められるのは嬉しいのだろう。
その時、二人がいる部屋のドアが開かれてセレスが入ってくる。
その顔はどこか困惑したようにも見えることからなにか問題が発生したのかもしれない。
「あの~、二人ともすみません……」
「セレスちゃん?」
「どうしたのよ、セレス? 何かあったの?」
「えぇっと、それが、そのぉ」
セレスは一瞬言い難そうに口ごもるが、意を決したように用件を告げる。
「アルティさんに来客なんです」
「わたしに?」
そう言って首を傾げるアルティ。
あの二人が来るまでまた時間があるはずだし、他に予定なんかあったかな? と不思議に思っていると、セレスから来客の名前が告げられる。
「ヒスイさんが、是非ともアルティさんに会いたいと」
「ヒスイさんが! すぐに行くね!」
そう言ってアルティはいそいそと外に出ようとする。
それを呼び止めるような仕草で質問をするセレス。
「ヒスイさん、何時にもなく険しい顔をされてたんですけど、なにか心当たりありますか?」
「え? 心当たりはないかなぁ、兎も角まずは会ってみるよ」
そう言って部屋を出ていくが、すぐに戻ってきてセレスへと質問を投げかける。
「……ごめん、セレスちゃん。 ヒスイさんって今どこにいるの?」
「あ、はい、今応接室でキリエさんと、ミコトちゃんがお相手されてます」
「締まらないわねぇ……」
そのルリの言葉に恥ずかしさからか、アルティは顔を赤くするが今度こそ部屋から出ていくのであった。
一方その頃、応接室にいる面々は難しい顔をしながら、とあることを話し合っていた。
「つまり、何? ヒスイは、そのハガンさん? という方からの依頼で此処に来たの?」
「えぇ、この間久しぶりに彼奴の元に行ったんですが、その時にアルティさんの様子を見てきてくれないか、と」
「よく無事に帰ってこれたわね、貴方。 あのダンジョンは危険な場所でしょうに……」
ミコトに呆れたように告げられると、煙管を持ち、メガネを掛けた和服を着た美丈夫のタイタニアの男性は照れたように頭を掻く。
その男性こそが、先程アルティたちの間で話題になった人物であるヒスイその人であった。
彼もまた例に漏れず御魂のうちの一人で、なおかつその中でも最古参であり、そして御魂開発者の、とあるダンジョンに括られてしまっているアルティの父親『ハガン』とは無二の親友とでも言うべき間柄であった。
「いやぁ、確かにそうなのですが、彼らがその場所を鼻歌交じりに、何度も足繁く通っているのを見てましたからね。 わたしも何度か同伴してましたし、それで慣れてしまったんでしょうね。 それにミコトさん達も同じことが出来るでしょう?」
「…………いや、まぁ、そのとおりなのだけど」
ヒスイに誂われるように告げられたミコトはげんなりしたような顔をして声を返す。
そのやり取りを見ていたキリエもまた笑いが引き攣っていた。
因みに此処で話題に上がっている彼らとは、例によって度々話題に上がっている人の良い冒険者のことである。
「それに正直な話、あのダンジョンよりも危険度が高い所にも、幾つか共に行ってましたし、わたし達も感覚が麻痺している部分がありますよね……」
「そうよね、それにこう言っては何なのだけど、わたし達よりも兄様、姉様方のほうが遥かに超人と言って差し支えなかったわよね……」
キリエの正直な感想に、追随する形でミコトもまた自身が思っていたことを告げるが、擬似的な不老不死の存在である御魂にそこまで言われてしまう冒険者が、実は話題に上がっている彼らだけではないことを彼女らは知らない。
それが幸か不幸かはわからないが……。
その時、ドアが開きアルティが部屋に入ってくるが、部屋が微妙な空気になっていることに気付き、首を傾げることになる。
「? どうしたの、皆?」
「なんでもないわ、ただ思い出話をしてただけよ」
「お久しぶりですね、アルティさん」
アルティが疑問を呈するが、ミコトがそれを煙に巻き、そしてヒスイが何事もなかったかのように、にこやかに挨拶をする。
「あ、そうだった。 お久しぶりヒスイさん、それで、今日は一体どうしたの?」
「いやぁ実は今の挨拶で、用事の半分はすでに終わってしまったんですよ」
「へ?」
思わずキョトンとした顔になるアルティを見て、ヒスイは笑いそうになるが、それを堪えて先程ミコトとキリエにしたものと同じ説明をする。
「…………と、言う訳なんですよ」
「そっか、お父さんがそんな事を……」
説明を聞いたアルティは、感慨深そうな顔をしながら腕を組み考え込む。
そして意を決したような顔をしてヒスイへと質問をする。
「それで、ヒスイさんはこれからまたお父さんのところへ行くの?」
「いえ、行きませんが?」
間髪入れずに否定の言葉をもらい、ずっこけそうになるアルティ。
それを呆れた顔で見るミコトと、苦笑しているキリエ。
そしてミコトはアルティへとツッコミを入れる。
「あのねぇ、アルティ。 ヒスイはまだ用事の半分しか終わってないって言ってたじゃないのよ」
「そ、そうだったね」
アルティはそのミコトからのツッコミにそうだった、と同意するが顔の表情が引き攣り、頬がほんのり紅潮していることから、恥ずかしがっていることが見て取れた。
「……こほん。 それでヒスイさん、他の用事は一体何なのかな?」
アルティは誤魔化すように咳をすると、ヒスイに対して問いかける。
その様子に流石に我慢できなくなったのか、ヒスイは軽く笑うと答えを返す。
「クク、いやぁ、すみません。 それでアルティさん、この頃、面白そうなことをしてるらしいじゃないですか。 わたしにも一つ噛ませてもらえないか、と思いましてね」
「面白いこと? ライブのことかな?」
「それもですが、ルリさんの所の冒険者の人たちも雇おうとしてるそうじゃないですか」
そのヒスイの言葉を聞いたアルティの表情が驚愕に染まる。
その後ミコトとキリエの方を向くが、彼女たちも寝耳に水だったようで首を横に振り、話していないことを主張する。
「ヒスイさん、一体どこでその話を……」
「それは企業秘密というやつですが、わたしは商人ですよ? 商人にとって情報は命ですからね。 色々なモノが集まるようにしているのですよ」
「そんなに……」
アルティはヒスイの顔を伺うと、彼の顔は表面上はにこやかではあるが、目の色はまるでアルティを値踏みするような鋭利なものであり、思わず顔を背けそうになるが気合を入れてそのまま見つめ合う。
すると、ヒスイは試しは終わりと言わんばかりに、雰囲気を柔らかくさせる。
そしてアルティを安心させるように話しかける。
「これなら大丈夫そうですね、いやぁ失礼しました」
そう言って彼は軽く頭を下げる。
そのギャップについていけないのか、アルティは混乱しているようだ。
「え? えぇ??」
その姿が面白かったのか、ヒスイは笑いながら話しかける。
「ふふふ、アルティさんが急に事業を拡大させるように、精力的に動いていたみたいですから。 その事は、此方としても歓迎すべきことですが、手を広げすぎると制御できなくなって失敗しますからね。 彼奴の子を露頭に迷わせるのは、流石に忍びないので試させていただきました」
言葉の意味が理解できたのかアルティは顔を紅潮させる。
そこには恥ずかしさと、ほんの少しの怒りも混じっているようだ。
「もう! あたしだって、いつまでも子供じゃないんですからね!」
「ははは、すみません。 ですが、急に人を大勢雇って管理できるんですか?」
問われたアルティは、んぐ、と一瞬詰まるものの、大丈夫だと説明する。
「それは、ルリちゃんが手伝ってくれるって言ってくれたから大丈夫です」
それを聞いたヒスイは感心したように告げる。
「ほう、それは。 彼女が手伝ってくれるなら安心ですね」
「はい、だから大丈夫です」
アルティが重ねるように告げると、ヒスイは納得したのか何度も頷く。
「なるほど、なるほど。 ならば本題に移りましょうか」
「ほへ?」
今までのことが前座であったと言わんばかりの対応に、アルティは呆けた反応を返す。
事実、彼女にとってこういう経験はないに等しかったが、永い時間、元々タイタニアは長寿であるが、その寿命を遥かに超える数百年以上の時を生きて、その中で自ら商会を開き、発展させてきたヒスイにとっては、かつて経験した出来事の一つでしかない。
この二人の相反する反応は、その経験値の違いからくるものであった。
「それで、本題なのですが、アルティさん。 わたしの商会と、業務提携する気はありませんか?」
「え! ヒスイさんの商会と?!」
アルティはその提案に驚くが、それもまた仕方のない事だろう。
彼が立ち上げた商会、屋号もそのまま彼の名がつけられたヒスイ商会は、資源戦争終結後に立ち上げられた現存する中では最古の商会であるために、その影響力は凄まじく、今、大商人と呼ばれている多くの商人は、元々この商会所属で後に暖簾分けという形で独立、そしてアクロニアに存在する全ての商人たちを統括する『マーチャントギルド』にも根を張る、謂わばエミル世界の経済を裏から牛耳る存在とも言える商会である。
最もその事を知るものは商人以外ではほぼ居ない、話題にも挙げられることのない一つのアンタッチャブルとして扱われているが。
「でも、ヒスイさん? 勝手に決めても良いんですか、そんな大事なこと?」
「えぇ、何も問題はありませんよ。 これは既定路線でしかありませんからね」
『既定路線?』
ヒスイの言う既定路線という言葉を聞いて、何故そうなったのかわからない三人は、異口同音し一様に不思議そうな顔をする。
それを予想していたのか、ヒスイは更に補足として告げる。
「考えても見てください。 アルティさんは、殆どの人が知らないとはいえ、失伝された御魂武器という特殊性のある技術の継承者であり、そして鍛冶師としての腕も一流と言って差し支えない」
「確かにそれはそうですね」
その言葉にキリエが同意する。
だがアルティは複雑そうな表情になっている、御魂武器という部分に思うところがあるのだろう。
「……でも、あたしは」
「何も、御魂武器を作れと言っている訳ではないので、大丈夫ですよ」
ヒスイがフォローのような声を掛けると、アルティはうん、と言いながら小さく頷く。
そして気を取り直すと、更に話を続ける。
「それはそれとして、他にもアルティさん自身の交友関係がありますね」
「あぁ、なるほどね」
その言葉に納得したのか、ミコトは頷いてみせる。
「わたし達御魂だけでも、いろいろな場所にコネがあったりするから、商売する場合は都合がいいのね」
「そういうことです。 最後のは個人的なことですが、やはり彼奴の子供だということですかね」
「お父さんの子供だから?」
「えぇ、彼奴とは仕事以外では、意外と馬鹿やったりもしましたから。 だからこそ、彼奴がアルティさんの為に動けない分、わたしが変わりに動きたいと思うくらいには、仲は良かったつもりですよ」
「……そうだったんだ」
アルティはヒスイのその言葉に感じ入るものがあったのか、下を向くと少し体を震わせる。
ヒスイはその姿をなるべく見ないように顔を背けると、安心させるように告げる。
「ちゃんと我が商会の利益にもなるという試算も出てますので、此方としては何も問題はありませんので、あとはアルティさん、貴女の返答次第です。 とはいえ、急なお話ですし、考える時間も必要でしょうから、今日のところは御暇させていただきます。 次回お会いする時に、良いお返事を期待していますよ」
それだけを言うと、ヒスイはこの場を立ち去ろうとする。
「待ってください、その話お受けします」
アルティのその言葉に足を止めるヒスイ。
そしてアルティの方を振り向くと、そこには決意した表情の彼女が真っ直ぐに見つめていた。
「そう、ですか。 いえ、よく決断してくれました。 私個人としても、そして商会としてもその決断を歓迎します」
ヒスイは徐にアルティへと近づき手を差し伸べる。
アルティもまた恐る恐るではあるが、彼に手を伸ばし二人は握手をする。
後に大企業として名を馳せることになる、『U&Hかんぱにー』と呼ばれる組織が誕生した瞬間であった。
その後二人で軽く今後のことに付いての話し合いをした後に、書面での契約を交わしヒスイは改めてこの場を去ろうとする。
「それでは今日はこの辺にしておきましょうか。 有意義な時間を過ごさせていただきました、皆さんありがとうございました」
「わたしこそ、今日はありがとうございました」
「いえいえ、此方こそ実りのある時間でしたから。 それと、今度アルティさんの所に冒険者の方々が来た時に、ちょっとした依頼もしたいのでそちらもよろしくおねがいしますね」
「? 依頼ですか?」
アルティが不思議そうに首を傾げると、ヒスイは軽く笑いながら説明をする。
「ふふ、そんなに難しい話ではありませんよ。 今回、商会はライブのお手伝いはできませんから、その代りの共同事業を出そうと言ったことですから。 依頼内容はその時のお楽しみということで」
それだけを言うと、今度こそ本当にヒスイはこの場から去っていった。
その去りゆく姿を見て、アルティは拳を強く握り決意を固めた顔になる。
アルティの顔を横目に見ながら、ミコトは彼女に問いかける。
「それにしても、そんなに力んで大丈夫なの? さっきの決断もそうだけど、ちょっと貴女らしくないんじゃない?」
「あたしらしくないか……。 確かにそうかもね」
そう呟きながら、アルティは薄く笑う。
だが瞳の中には、確かな決意が宿っているように見受けられた。
「皆があたしを連れ戻すために頑張ってくれたときのことを思い出したんだ」
アルティが急にそう告げると、ミコトはその真意がわからなかったのか、訝しげな表情をする。
「あの後ね、あの人にお父さんと話したことを聞いたんだ。 その時にこんな事を言ってたんだって」
そしてアルティはかつて聞かされた言葉を告げる。
「『あの子は確かに才能もあるし、大成もするだろうが、俺を超えることは出来ないだろう』って、言ってたんだって。 その時思ったんだ、お父さんに認められるのは嬉しいけど、でも、そう言われるのは悔しいなって」
「そんなことが……」
ミコトは驚いた顔でアルティを見るが、彼女はどことなく悔しそうにしながらも、更に先へという感情が見え隠れしている。
「それにさっきのヒスイさんも、あたし自身じゃなくて、お父さんを通してのあたしを見てたから。 だから、見返してやるんだ、って思ったの。 あたし自身のために、そして、あたしを助けてくれた皆に、そのことが間違いなんかじゃなかったって証明するために」
アルティが決意を告げると、それを聞いていたミコトは小さく笑う。
そして誂い混じりにアルティへと告げる。
「アルティ、貴女って意外と負けず嫌いなのね」
「んもぅ! あたしは真剣なんだからね、ミコトちゃん!」
憤慨したのか頬を膨らませるアルティと、それをまぁまぁ、と宥めるキリエ。
それを見たミコトは苦笑しながらも言葉を続ける。
「何も悪いとは言ってないじゃないの。 アルティ、貴方はこれと決めると頑張り過ぎちゃうんだから、まずは適度に息を抜かないと」
「え? うん」
ミコトの言葉に毒気を抜かれたのか素直に頷くアルティ。
その仕草を見たミコトは、更に畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「それに今、貴女は一人じゃないんだから。 わたしもそうだし、キリエも、ルリやセレス、メイもだし、此処に居ない皆だって思いは貴女と共にあるのよ? 気負いすぎて、それを忘れないで、わたし達は離れていても家族なんだから、ね?」
その言葉を聞いたアルティは、感極まったのか、目に涙を溜めながら、何度もうん、うん、と頷いていた。
「それに、確かに彼は小さい頃のアルティを知っているらしいから、保護者視点で見てしまうのは仕方がないんだろうけど、それでも下に見られているのは正直面白くないわ」
総口にしたミコトの瞳には少しの反骨心が見え隠れしていた。
「だからわたしも手伝うから、見返してやりましょう? 勿論キリエも参加するわよね?」
「えぇ、勿論ですわ。 わたしも手伝いますので、アルティさん頑張りましょう」
「……二人とも、ありがとう」
その後、三人は他の仲間達と共にこれからの事を相談していくのであった。
一方、その頃アルティの工房を離れたヒスイは自身の飛行庭へと戻っていた。
「只今戻りました」
そしてそれを一人の女性が迎え入れる。
「お帰りなさい。 それであの子はどうでしたか?」
「えぇ、元気にしていましたよ。 ちょっと誂い過ぎたのか、わたしに対して負けん気を発揮していましたが」
「あらあら、まぁまぁ」
薄紫の肩が出るタイプのワンピースを身に纏い、蒼色の長い髪を三つ編みにし頭にリボンを巻いた、どことなくアルティに似た顔立ちの女性は楽しそうに笑う。
「でも、ヒスイさん。 私達のために、変な役割を押し付けて本当にごめんなさいね」
「いいえ、構いませんよ。 彼奴との約束でもありますし、それにわたし個人としても、あの子に何かをしてあげたい気持ちもありますから」
申し訳なさそうに頭を下げる女性に、大丈夫だと告げるヒスイ。
「それよりもメルティさん、貴女こそ、あの子に会わなくてよかったのですか?」
ヒスイにメルティと呼ばれた女性は、その言葉に儚げに笑うと小さな声で告げる。
「私はあの子の小さい頃に居なくなっちゃった身ですから。 あの子も、私の顔は覚えてないでしょうし、今更、母親だよなんて顔を出しづらいじゃないですか」
彼女の言葉を聞いたヒスイは、やれやれ難儀なものだ、と内心思いながら気づかれないように小さくため息をつく。
そして彼女と出会い、引き取ることになる経緯について思い出すのであった。
時を少し遡り、アルティがまだライブや工房の人員について一人で頭を悩ませていた頃、彼は自身の書斎で、仕事を片付けていた。
そして、仕事が一段落した時に運命とも言える連絡が通信機に入ってくる。
因みにこの通信機、機械技術が失伝しなかったタイタニア界の製品であり、更に言えばこの通信機に連絡を入れられるのは只一人、彼の相棒と呼べる人物だけである。
無論その事を知っているヒスイは、なにか問題でも起きたのかと思い、急ぎ通信機を手に取り、通信に出る。
『もしもし、ヒスイか?』
「この通信機に、わたししか出ないのは知ってるでしょうに。 それでどうしたんですか、リーリエ?」
『すまんとは思うのやけど、何も聞かずにうちのところに来てくれへんか?』
リーリエと呼ばれた女性の、通信機越しに漂わせる雰囲気に、これは只事ではないなと思ったヒスイは、即座に了承する。
「分かりました、それで具体的にどこに向かえば?」
『タイタニア界まで来てくれれば、後は使いのモンよこすから、そいつに案内させるからよろしゅうなぁ』
それだけを伝えると彼女は通信を終了させる。
その余裕の無さに、いよいよ持って何かがあったな、と思ったヒスイは急ぎ荷物を取りまとめ、店主に任命している者に外に出ることを伝えると、足早に自身の飛行庭に向かっていった。
その後、急ぎで三界を繋ぐ次元エレベーターである、天まで続く塔に向かい、そこからタイタニア界に転移、そして入口に位置する、マーメイドたちが暮らすウォーターレイアーに辿り着くと、そこには既に案内人と思われる人物が待機しており、そこからはその人物に案内されて、タイタニア界に置けるアクロポリス、『エル・シエル』へと目指していく。
しばし案内人と共にタイタニア界を進むと、球形に空間がくり抜かれた大地が姿を見せる。
此処はかつてECOタウンと呼ばれタイタニア人たちの憩いの場となっていたが、とある時に次元クジラと呼ばれる、一種の災害とも呼べる存在に空間自体をえぐり取られ、食べられるという事件があった。
その後此処は、第一種立ち入り禁止区域としてエル・シエル行政府に管理され、許可がないものは進入不可とされている。
因みに現在、その次元クジラ『クトゥルフ』と呼ばれる生命体は、とある英雄たちに撃退され残滓が残るのみとなっている。
その先を更に進んでいくと、そこには広大な平原とその更に先、地上に転移ゲートのようなものと、空中に聳え立つ巨大な建造物、これおそがタイタニア人たちの生まれ故郷であり、現在のタイタニア界の首都であるエル・シエルが姿を見せる。
エル・シエルに入り、その中に存在するとある建物の一室に案内されると、そこには、碧色の肩出しのドレスを身に纏い、緑色の長い髪をポニーテールにし、タイタニア種族特有の光輪が変化した髪飾りが頭の左右に浮遊した形で付いている、全体的にスレンダーな女性がいた。
彼女こそが、今回ヒスイを此処に呼び出したリーリエである。
彼女もまた御魂であり、そしてヒスイと同じ最古参の御魂で、アルティは覚えていなかったが、彼女とその父親との親交があった人物である。
そしてかつてのリーリエは、元々タイタニア界からエミル界に派遣された在中武官であったが、資源戦争後タイタニア界には戻らずに、エミル界で生活していた。
ある時、とある切っ掛けで次元クジラを中心とした事件に関わることとなり、最終的に討伐隊にも参加し、撃退に成功したことから、行政府からの帰還命令と言う名の、熱烈なオファーを受け、中央へと戻ることになり軍部の司令官に就任。
現在、軍部を掌握し、そして他種族に対して排他的であるタイタニア種族の中でも珍しい融和派、その中でも最大勢力である親エミル派の棟梁を務める女傑である。
「いきなりですまんなぁヒスイ。 それじゃ、行こか」
「行こか、とはどういうことです? 貴女がわたしを呼んだのでしょう?」
「ちゃうんよ、通信機だとどこから漏れるかわからんかったから言えんのだったけど、うちとあんたがお呼ばれしてるんよ」
その言葉を聞いたヒスイは驚愕する。
リーリエがそうであったように、ヒスイもまた一連のクジラ討伐事件に関わっており、またヒスイも過去に役人であったことから、二人ともタイタニア界では英雄とされている人物である。
なおその事からわかるように、ヒスイもまたオファーを受けていたが、それを受けた二人は片方がそれを受ける代わりにもう片方はエミル界に残る、と言う条件の元に承諾。
結果リーリエが復帰し、ヒスイが残るということで決着している。
それは兎も角として、現在英雄として絶大な支持を得ている自身とリーリエ、その両方を呼びつけることが出来るタイタニア界の存在。
その存在の心当たりはヒスイの中には一人しかおらず、呼びつけられる事自体があまりにも予想外だったために、彼は混乱してしまう。
「……リーリエ」
「落ち着きぃな、別に怒られるわけやないんやから」
そう言って温和な微笑みを見せるリーリエではあるが、その雰囲気は少し、いやかなり強張っている。
それも仕方がないことだろう、タイタニアにとって、その存在は天上の者であるのだから。
「それじゃあ、行くで。 あんまりお待たせする訳にもいかんからな」
「えぇ、行きましょう」
リーリエの言葉に同意して二人は目的地が存在する行政府が存在する塔、エル・シエルロビーへと向かう。
エル・シエルロビーに着くと、すぐさま案内人が現れ二人を丁重にとある部屋へと案内する。
案内された二人が部屋に入るとその中には一人の少年が居た。
タイタニアとはまた別の翼を生やし、羽飾りのようなものを頭につけ、髪を全て後頭部に流したその少年は、二人が来たことに気づくと歓迎する。
「やぁ、二人ともよく来てくれたね。 感謝するよ」
「いえ、うちらこそ呼んでいただいて光栄です。 それで今回の招集の意図をお伺いしてもいいですか、タイタニアドラゴン」
リーリエにタイタニアドラゴンと呼ばれた少年。
彼の、人としての姿は力をセーブした所謂省エネモードというべき状態であり、本来の姿はドラゴンの名の通り、翼竜としての姿を持つ。
そして彼はその名の通り、タイタニアのドラゴン、『世界竜』『守護竜』とも呼ばれる世界の守護者として君臨する、即ちタイタニア種族にとっては神の如き存在である。
「うん、ごめんね。 今回の事、実は僕もよく知らないんだ。 僕も君達を呼んでくれ、と頼まれた口でね」
「頼まれた、ですか?」
ヒスイが訝しげに口に出すと、タイタニアドラゴンはうん、と頷くと同時に視線を上に向ける。
「どうやら、その呼びつけた張本人が連絡を寄越したみたいだから繋げるよ」
タイタニアドラゴンがそう告げると、突如二人の頭の中に存在感の大きな声が聞こえてくる。
【お、繋がったか? お前たちがタイタニアドラゴンが言ってた二人組で良いんだな?】
「そうだよ、エミルドラゴン」
そのタイタニアドラゴンの言葉に、二人は驚愕する。
エミルドラゴン
タイタニアドラゴンと同じ守護竜であり、三界の守護竜の中でも最強との呼び声高いエミル世界の守護者である。
なお本人は現在とある事情により、力の大半を使いとある場所を封印している。
その場所の名は通称『くじらダンジョン』と呼ばれ、件の次元クジラの力の残滓であり、その中は狂気で渦巻き、普通の人間では精神が焼き切れ発狂すると言われる場所であり、そしてアルティの父親、ハガンが括られている場所でもある。
驚愕している二人にエミルドラゴンは謝罪をしつつ用件を告げる。
【急に呼んですまないな、俺から二人にちょっとお願いがあってな】
「…………お願い、ですか?」
なんとか精神を落ち着かせたヒスイが返答をする。
すると、エミルドラゴンは二人にとって更にとんでもない爆弾を投下してくる。
【俺の近くにいる鍛冶師、ハガンって言ったか? そいつのところが騒がしいからちょいと見てみたら、冒険者っぽくない人間が一人居るし、その鍛冶師も俺に向かってなにか言ってるみたいだが、俺はここから移動できないから代わりに確認してくれないか?】
お前たち彼奴の知り合いなんだろう、とエミルドラゴンが問いかけると二人、とりわけヒスイが思わずといった感じでエミルドラゴンに問いかける。
「彼奴が! 無事なんですか?!」
【いや、それがわからないから確認してくれって言ってるんだが……】
呆れたようにエミルドラゴンが告げると、ヒスイも落ち着いたのか申し訳ありませんと告げる。
【俺としても、彼奴には暇つぶしや、作った武器も色々役に立ってたから気になるんだよ。で、二人とも行ってくれるか?】
「それは、是非もありませんが、なにか問題があったとして、ここから移動して間に合うか……」
ヒスイはエミルドラゴンからの依頼を了承しつつも、懸念を口にする。
「確かにそうやねぇ、うちらの足では時間かかるやろうし……」
リーリエもその事に同意すると、エミルドラゴンはそのことは大丈夫だと告げる。
何か秘策があるようだ。
【それじゃ、タイタニアドラゴン頼むわ】
「まったく、僕はタクシーじゃないって言ってるのに……」
タイタニアドラゴンはブツブツ言いながらも、律儀に自身の力を行使する。
「さてそれでは二人とも、行きは僕が現地まで送ってあげるから、帰りはエミルドラゴンに送ってもらってね」
そう言うと二人の足元に膨大な魔力と、複雑な魔法陣が展開される。
二人はその展開の速さについて行けていないようだ。
だが、タイタニアドラゴンはそんな二人を問答無用で送り出す。
「それじゃ、二人とも行ってらっしゃい」
その言葉とともに、足元の魔法陣が激しく輝き出し、思わず二人は目を閉じると、その力の奔流に飲み込まれてこの場から消失する。
二人が目を開けると、そこは先程タイタニアドラゴンが居た部屋ではなく、視界のあちらこちらに足場と窓が存在し、どこが空で、どこが地上かわからない空間が展開されていた。
此処こそがくじらダンジョン、それの最奥部に位置する『深淵』と呼ばれる場所である。
そこで二人は誰かの怒鳴り声が聞こえてくることに気付く。
その声の主のもとへ急いで向かうと、そこには一人の女性を抱きかかえた、額にバンダナを巻いた一人の男性がひたすらに助けを求めていた。
ヒスイはその男性の元に駆け寄ると、かがみ込んで焦ったように声を掛ける。
「おい! ハガン、どうしたんだ! 大丈夫か!」
その男性、いかにも私服といった感じのシャツとズボンを付けたボサボサ髪の男性、ハガンはヒスイが来たことに気付くと、そちらに顔を向ける。
その顔はひどい有様で、涙と鼻水を垂れ流し、クシャクシャに歪んでいる。
ハガンは自身のその惨状は全く気にせずに、ヒスイへと助けを求める。
「ヒスイか! 頼む、彼女を助けてくれ!」
そこでヒスイと、遅れて到着したリーリエは、ハガンが抱きかかえ、苦しそうに息をしている女性を見て驚愕する。
その女性、薄紫の肩出しのワンピースを身に纏い、青い長い髪を三つ編みにして、頭にリボンをした彼女のことを見たことがあったからだ。
彼女の名はメルティ、ハガンの妻であり、アルティの母親である。
だがこの光景は本来ありえないものだった、何故なら、彼女はアルティが幼い頃に亡くなっているからだ。
「一体どういう……。 いや、今はそれよりも!」
ヒスイは疑問を覚えるが、それよりも今はすることがあると思い、自身の御魂武器をである杖を手に取ると、魔力を込めて結界を作り出す。
すると、外界から遮断されたからか、常に感じ続けていた圧迫感が消え、メルティの呼吸も落ち着いたものに変わってきた。
「ハガン、久しぶりやなぁ。 それで、これはどういうことなん?」
結界の維持に意識を割いているヒスイの代わりにリーリエが問いかけると、メルティの体調が良くなったことに安堵していたハガンは、多少の余裕を取り戻したのか、まずは袖で自身の顔を乱暴に拭うとその問いに答える。
「……あぁ、リーリエか、久しぶりだな。 遂に技術を完成させたまでは良かったんだがな、此処がどういう場所か、忘れてたせいでこのザマさ」
「このザマ……。 それ以上に技術を完成されたって、まさか……」
「あぁ、御魂技術が遂に俺の理想とする場所にたどり着いたんだよ」
以前御魂についての説明を覚えているだろうか。
実はあの説明には誤りがある、正確に言うならばその説明は、ハガンが表向き研究のための予算を確保するために、当時の上層部にそう語った話であり、実際は向かう先は似たようなものではあるのだが、理念というものが真逆のものだったのだ。
開発者のハガンが目指すところは、死者蘇生であり、自身の連れ合いであり、アルティの母であるメルティの蘇生こそが目的だったのだ。
それに至った動機も、自身がアルティの父親として何を出来るかを悩んでいたこと、自身がただの武器職人でしかなく、アルティに対して良い父親ではなかったこと。
その当時研究が活発だった魔法大国であったノーザン王国において、タイタニア界から憑依と呼ばれる文字通り他人に自身を憑依させ、その宿主となった人物のサポート、並びに能力を強化する技術が入ってきたこと。
その技術を応用すれば、死んだ人間の魂魄を封じ込めて新たな器に移し替えることが出来るのではないかと考えた彼は、それを当時の上層部に理になる形で報告。
予算をもぎ取り研究を開始した。
そこで彼に誤算があったとするならば、その研究に愛娘であるアルティが、父親に自分を見てもらいたいという気持ちで参加し、頭角を現したことと、そして彼女が当時上層部に話した建前を信じたというところだろうか。
なおかつそこで彼がアルティの自分を見てもらいたい、と思っていたことに気付かなかったことで更に不幸が加速することになる。
開発チームでは親子として接することはなく、また鍛冶師としても家族ではなく師弟関係という感じになってしまい、アルティは少しづつその精神を摩耗させていく。
そして御魂武器という兵器は完成するが、それはハガンが望むものではなく、更に研究を、と二人は家族として疎遠になっていく。
その果てに、アルティは父親が望むものを完成させることが出来ない自身に絶望し、自ら命を絶つことになる。
その時に御魂武器自体は存在していたことから、アルティは御魂として一命を取り留めることにはなるが、だからといって愛娘が命を断ったという事実が変わるわけでもなく、その事実に発狂したハガンは狂気に飲み込まれ、そう言った存在が最後にたどり着く地であるくじらダンジョンに囚われ、死ぬことも許されずにエミル族にとっては、永劫とも言える時を過ごすことになる。
そしてその時から遥かな未来にて、御魂として蘇り、そして再び黄泉路へと旅立とうとした愛娘を救うために現れたかつての親友と、人の良い冒険者の手によって娘は救われ、自身もまた少しとは言え正気を取り戻し、地道に研究を進め完成させたのだ。
そして技術を完成させた後に実際に妻を蘇らせたまでは良かったのだが、自身が狂気に染まっていることを忘れていたのも影響して、此処がどういった場所なのかを失念し、結果メルティはこの世界の劇薬とも言える空気で衰弱し、ハガンは此処を動くことがかなわないために、ひたすらに助けを泣き叫んでいたところを偶然エミルドラゴンが発見し、タイタニアドラゴンを通じて二人に連絡が入ったという訳だ。
その事を聞いた二人は、思わず膝から崩れ落ちそうになるが、それを気合で押し止める。
「ハガン、お前というやつは……」
最も呆れと諦観がこもった視線は向けていたが。
それを受けたハガンは狼狽えながらも反論する。
「し、仕方がないだろう! 俺からしたらそんな数百年も経ってるなんて感覚はないし、その時間、俺にはなんともなかったんだからな!」
「いや、だからって言うてもなぁ……」
リーリエからも同様の視線をもらって流石に観念したのか、ハガンは肩を落とす。
その時、二人の目にはハガンの体の異変を見ることとなる。
その異変とは、彼の体から小さな粒子が飛びだったり、ほんの少しの合間であるが透けたりなどしたのだ。
「お、おい、ハガン! 今のは何だ!」
思わず口調を荒げて問いかけるヒスイであったが、対するハガンは平静そのものといった様子で返答する。
「あぁ、これか? この頃こんな事が起きるようになってな。 もしかしたら俺も長くないのかもな」
冷静に、あるいは諦観をもって告げる彼に、ヒスイは更に声を荒げ用するがその前に更にハガンが言葉を紡ぐ。
「ヒスイ、リーリエ、済まないがちょっと頼まれてくれないか」
その言葉を聞いたヒスイは不承不承としながらも話を聞こうとする。
「…………なんだ?」
「女房を、外の世界に連れて行ってくれないか? 俺はここから離れられないんだ。 変わりというわけじゃないんだが、こいつに今の世の中を、成長した娘を見せてやってくれ、頼むよ」
その悲しげな声に息を呑む二人。
その二人の心境を知ってか知らずか、ハガンはさらに続ける。
「俺はきっともう持たない、俺はいい旦那でも父親でもなかったが、それでもこいつとアルティが幸せであるなら良いんだ。 だからこいつも、アルティと同じ世界で幸せにしてやってくれ、それこそが俺の望みなんだ。 だから、頼むよ」
「…………わかった」
「ちょっと、ヒスイ!」
ハガンの言葉に了承を告げるヒスイと、それを聞いて彼に呼びかけるリーリエ。
しかし彼の表情を見て息を呑む。
彼の表情は親友に対してか、それとも自身に対してか、または世界に対してなのか憤怒に染まっていた。
「だが一つ条件がある」
「なんだ?」
「もしもの時は、お前を引き摺ってでも外の世界に連れ出すぞ、ハガン!」
その言葉を聞いたハガンは笑い出す。
そんなことが不可能なのは、こいつ自身が一番知っているはずなのに、と。
「ははは! それじゃあ、その時はよろしく頼むよ、ヒスイ」
「待っていろ。 必ず果たす」
「あぁ、約束だ。 それじゃ彼女を頼む」
ハガンからメルティを背中に移してもらうと、安定するようにおんぶし直す。
そしてヒスイは、リーリエを護衛として、このダンジョンの最奥部に存在するエミルドラゴンのもとに向かい、かのドラゴンの手によってエミル世界へと降り立つのであった。
その後、ヒスイの手がかかった病院にメルティを搬送し、極秘裏に治療を施すこと数日後、彼女は無事に目を覚まし、名目上ヒスイの秘書として雇い、現在に至る。
そうしてあの時の事に思いを馳せていると、メルティはどうしましたか? と、問いかけてきたので、軽く笑顔を見せながら大丈夫ですよ、と返答をして彼女を下がらせる。
彼女がこの場から居なくなった後、ヒスイは空を見て呟く。
「ハガン、わたしはお前の事を諦めたわけじゃないからな。 最後まで諦めるつもりはないぞ」
そう独り言を呟くヒスイの顔には決意に満ちていた。