勇者の妹は勇者になれない!?   作:不協和音

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バッハ伝記sister 1から2までの物語

 天城の籠、第二王女。

 第一王女に言葉を当てるなら自由奔放…唯我独尊などが挙げられるが、妹君である彼女なら才色兼備…文武両道といった言葉が相応しい。王家としての気質なのか好奇心旺盛で向上心が高い面は母や姉と共通していたが、学問が好きで知識欲もあり…武術“風切羽”に至ってもスポンジが水を吸うが如く勢いで会得してしまった。王族としての礼節なども完璧で、まさに非の打ち所のない王女様。

 しかし、そんな彼女の尊敬する存在は、まったく正反対な姉君だった。

「お姉さまのようには叶いませんね」

 自室の窓越しに空を見上げる。それだけで絵画の様と思わせるほどの雰囲気で物思いにふける。

 金糸のように透き通った長い髪に、黒曜石を連想させる瞳は美しいが、同時に儚さを感じさせる。

 姉であり第一王女であるリンが動とするなら妹である第二王女ユイは静を体現している。そんな印象。

 姉であるリンはとにかく行動力があり、城下の街に遊びに行っては民達と触れ合っていた。それに憧れ、ユイも何度か城下に赴いたことがあるが…常に親衛隊に周囲を護衛され、彼女を高嶺の花と羨望の眼差しを向けるばかりで、姉のように接してくれる民は皆無。

 そして、そんな憧れの姉は国宝である“天雷槍”を持ち出し突然この地を去ってしまった。

 本来ならば前代未聞の窃盗罪のはずなのに、母は、最初の追っ手を出した際に「天雷による反撃を受け…」という報告を聴くと、何か納得したように頷き…それ以上は追撃しなかった。

 それが何故なのか、いくら考えてもユイの頭でさえ答えは出なかった。

 しかし母は姉のした事を怒っている訳でも失望や落胆を抱いている訳でもないことは雰囲気で解った。

 もっとも、だからこそ母本人に答えを問うことが余計出来ずにいる訳だが。

 

 衛兵達の騒ぎ立てる声が聞こえてきたのは、そんなことを考えていた時だ。

「居たか!?」

「いやこっちには居ない!」

「くそ、どこに隠れた…」

 あまりの騒々しさ。いつもなら姉が悪戯でもしたかと思うところだが、それは有り得ない。とはいえ王女の私室がある階で…苦言を申そうかと思った矢先。

 ――バン!

 作法も何もない騒音で、ユイの部屋に乱入してきたのは見知らぬ少年だった。

 ひどく慌てた様子で乱れている呼吸からも逃走者と解った。しかし何より興味を惹かれたのは額の見慣れぬ金色の一本角だった。

 少年はユイには構わず、窓を開けて逃げようとするも、叶わない。この部屋の窓はハメゴロシ構造の上、防弾硝子なので壊す事すら不可能。

「う、うああぁ……」

 半泣きで開くはずもない窓を叩く少年。そんな彼に思わずユイは告げていた。

「泣かないで。このクローゼットに。さあ早く!」

 咄嗟に中のドレスをベットに出し、空になった場に彼を隠して戸を閉める。

 衛兵が扉をノックしたのは直後だった。

「ユイ様! 失礼してもよろしいでしょうか?」

「何事なの? 私は着替えの最中なのだけど…出来れば侍女を通してください」

「っ!? ――いえ、申し訳ありません。失礼しました」

 さすがに着替え中の王女の部屋に賊が居る訳ないと思ったのか、衛兵は去る。

 ユイは緊張で鼓動が激しくなっている事を自覚する…姉と違い、嘘を吐くなど滅多にないので仕方ない。

 衛兵たちの足音が聞こえなくなるのを待ち、ユイは息を調えて声をかけた。

「もう大丈夫ですよ…怖くなかったで――」

「ウワゥッ!!」

 なるべく刺激しないようゆっくりと戸を開けたのだが、少年はユイの身体を押し倒そうと飛びかかってきた。ところが瞬時の判断でユイは掴みかかろうとする少年の腕を絡め取り、ほぼ反射的に受け流してしまい…結果、床に背を叩きつけたのは少年の方だった。

「カハッ!?」

「ああっ! ごめんなさい…突然だったから加減できず…大丈夫ですか?」

 一時的に四肢が麻痺するほどの衝撃にうめく彼を、心配そうに見下ろすユイ。

 日頃から真面目に体術の指南を受けているため身を護る癖がついているのだ。

 彼がどういった意図で、いきなり飛び掛かってきたのか解らないが…ユイにも悪気はなかったのだから、お互い様だと思おう。

「衛士と勘違いしたのかもしれませんが…女性に暴力を振るおうとするのは紳士の行ないじゃありません」

 なるべく優しい口調で、ユイは仰向けに転がっている少年に言った。だが少年はまだダメージが残っているのか口をパクパクと動かすも荒い息だけが出る。

「あの、本当に大丈夫?」

 さすがに心配になって表情を見ようとしゃがみこんだ――その時だ。

 少年の、額の角が眩しく明滅する。

「?」

 何気無く指先で明滅する角に触れた。触れてしまった。瞬間、火傷しそうな程の熱を感じ、反射的に手を引いたが熱は消えずユイの手を焼いた。

「くぅ…ッ…あぁぁぁっ」

 堪らず声を漏らすも数秒経つと熱は引いていった。

 ところが、ユイが耐えるために押さえていた片手を離すと手の甲に記号のような紋様が刻まれていた。

「なに、これ……」

「ユイ様! 悲鳴のような声が聞こえましたが何かありました!?」

 直後、扉越しに聞こえた呼び掛けに我に返る。

「いけない。ハルとルナだ…ごめんなさい、今度はそこに」

 そう言って、まだ動けない少年の体を押し込む形で寝台の下にもぐした。

「失礼します」

 ユイが身を整えるのと、扉が開かれたのは、ほぼ同時であった。

 

>物語は、続きます。<

 

「ユイ様ぁ? 入るですよー? 良いですかー?」

「そんな風に訊ねてないでさっさと入りなさい!」

 対照的とも言える間延びした声とハキハキした声と共に、ふたりのメイドがユイの自室に入ってきた。

「何かありましたぁ? 呻き声のようなお声が聞こえてきましたけど…あ、怖い夢でも見られましたかぁ?」

 のんびりゆったりとした…よく言えば穏やか。悪く言えば緊迫感を削ぐ声音の主は、ユイの専属侍女で、ソラの妻でもあるルナ。

「何を呑気な…状況をよく観察してから物を言いなさい! ユイ様は眠っておられないし…聞こえてきた声は苦痛を訴えるようなものでした。何か問題でも?」

 こちらは見目麗しい女性なのだが、ハキハキした物言いに加え常に鋭い眼光を湛える凛とした佇まいは、只者ではないことを体現している。城内の全メイドの動向を厳しく管理・統括するメイド長。ユキの妻でもある白い長髪が濃紺の服に映えるハルだった。

 この二人は第二王女であるユイ専属のメイドだ。

 普段から常に隣室に待機しているのはルナであり、メイド長であるハルは基本城内を見回り各メイドを指揮していることの方が多いのだが…間の悪いことに、隣室に居合わせたらしい。

「こんなに無造作にドレスを寝台の上に広げて…何をなさっていたのですか?」

 厳しい女教師のような雰囲気で問われ、ユイは思わず反射的に答えた。

「ち、ちょっと着替えようかと思いましたの。その…汗を掻いてしまって」

「そうなんですかぁ? なら私達を呼んで貰わないと…お手伝いしますのにぃ」

「先程のお声は?」

「ゆ、指…そう、小指をね…ベッドの角にぶつけてしまったの。心配させてごめんなさいね」

「あらら~、それは、痛いですものね」

 にこやかな表情でルナは納得したようだが、ハルは訝しげな視線で室内を観察していた。そして呟く。

「窓が少し汚れていますね」

 その言葉に背筋が凍る。彼女は観察眼が凄い。常に埃ひとつ残すことなく部屋を掃除してくれる彼女だからこそ、気づいた違和感。

「そ、そう? ドレスを出すときに埃が舞ってしまったのかもしれません」

 本当は、少年が窓を叩いた時に手垢がついたのだろうが…それを言うわけにもいかないだろう。

 まだ何か言いたげな様子のハルだったが、それを呑み込むように息を吐く。

「お暑いようなら、少し薄手の着衣を御用意します」

 そう言われてハッとする…ベッドに散乱しているドレスのほとんどはパーティー用の高級品だった。

「そうですわね、お願い」

 ハルは黙って一礼すると退室する。

「それじゃあハルちゃんが戻ってくる前にドレスを片付けますねぇ~」

 間延びした声とは裏腹に手慣れた様子で散乱していたドレスを次々とクローゼットに戻してゆく。

 おっとりしてはいるが、仕事はこなせる有能侍女。

 しかしやや天然なところがあるのか、ときたまドジな側面がある。――と思った矢先。寝台から手に取ったドレスの裾を踏み……

「きゃあ!」

 どてん、と前のめりに倒れ床に顔を打ち付けた。

「だ、大丈夫?」

 気遣い、しゃがみこんだ時に気づく。ルナが顔を寝台の方へ向けていたのだ。

 つまり寝台の下――少年を隠したところに。

 見つかった。瞬間、緊張と冷や汗で背筋が凍る。

 ところがルナは特に驚く様子もなく、起き上がりながら返事をした。

「大丈夫ですよぉ。それよりごめんなさい…ドレスにシワがついてしまいましたー、すぐに手入れしますので、お借りしますねぇ?」

 そう言うと眼鏡を直し、ドレスを抱えて隣室に向かった。ルナが扉を閉めたのを確認して、ユイは寝台の下を覗く。ところがそこに少年の姿はなかった。

「あ、あら?」

 他に隠れられるスペースなどない私室を見回し、困惑の声を漏らしてしまう。

 すると、直後に背後から声が掛かる。

「ここだ」

「え! えっ!?」

「――お前の影の中だ」

 言われて足下に伸びる影を見ると…顔だけを出した少年と見つめ合った。

「ええっ!? どうやってそんなところに…いつの間に」

 仰天しているユイをどこか冷静に観察し彼は言う。

「操影術も知らないのか…それとも伝わってないのか…しかし言語理解が可能となったという事は、やはり刻印は成立したわけか」

「とりあえず、出てこられては? そんなに狭い場所では窮屈でしょうし…」

「いや。先のふたりもすぐ戻るのだろう? 魔法力を持たない相手なら見抜かれる心配もない。ほとぼりがさめるまでは潜む…お互い詳しい話はあとでな」

 そう宣言し、少年の頭が再び影の中に消えると…

「おっ待たせしましたぁ~ シワは取れたので片付けますねぇー♪」

「ユイ様。こちらをどうぞ」

 それぞれドレスを持ったハルとルナが入室してきたのだった。

 

>物語は、続きます。<

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