恋の訪れは猫とともに   作:プロッター

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劇場版の大洗対大学選抜の試合パートに入ります
1話あたりの長さを考慮した結果、読みやすいように試合に関しては2話に分けることにしました。

大変申し訳ございません。


Megumi’s longest day 1

 

「ホントにあれだけしかいないのね・・・」

 

 迎えた大洗女子学園との試合。

 メグミたち大学選抜チームは、開会宣言を行う草原に並んでいる。大学選抜から少し距離を置いて、紺のタンクジャケットを着る大洗チームが並んでいた。

 だが、相手チームのメンバーは、メグミの表現した通り少なすぎる。大学選抜のメンバーがゆうに100を超えているのに対し、大洗は30人前後しかいない。それに戦車の質だって大きく異なるし、挙句の果てに試合形式は数が少ない方が不利な殲滅戦だ。

 

「それでも試合を受けるってのは、見上げた根性ね・・・」

 

 アズミの言うように、これだけ大洗に不利な条件が揃っていても、大洗は試合を辞退しなかった。勝てると思っているのか、それとも『試合をしなければならない理由』があるのか。

 

「でもあちらさん、悟ってるよ」

 

 ルミがボソッと告げる。

 挨拶をするために愛里寿の下へ歩く大洗の隊長・西住みほ、そしてそのチームメイトたち。誰もが硬く引き締まった表情をしているが、それは緊張しているからではなくて、勝ち目が全く無いと悟っているからなのが分かる。

 この試合に関しては、大学選抜の誰にとっても分からないことだらけだ。文部科学省の命で試合をすること、急に試合が組まれたこと、大洗を負かしにかかること。カールの認可だって狙ったようなタイミングだし、何もかもが分からない。

 悶々と考えていると、西住みほが愛里寿の前に立ち、礼の準備が整う。それを見てメグミたちも、自然と姿勢を正した。どれだけ試合に疑問を抱いていようとも、礼儀はしっかりとしなければならない。それは自分たちに課している義務のようなものだ。

 と、その時。

 

「・・・・・・?」

 

 風も吹いていないのに、足元の緑の草が揺れ始める。地震とも違うそれは、地響きのような感じだ。

 

「ではこれより、大洗女子学園対大学選抜チームの試合を行います」

 

 その地響きに気付いているのかいないのか、審判長は開会宣言を始めようとする。

 それを聞き、メグミたちは地響きの疑問は脇に置いて前を見る。

 

「礼!」

「「よろし―――」」

 

 

『待った―――――――――ッ!!』

 

 

 愛里寿と西住みほの礼に突如割って入ってくるスピーカーからの声。その場にいたほぼ全員がびくっと驚いた。

 

「ティーガーとパンター・・・?」

「ってことは、黒森峰か。なんでここに?」

 

 その声がした方向を見ると、土色の戦車4輌がこちらに向かってきているのが見えた。それはアズミとルミの言う通り黒森峰女学園の戦車だが、ここにいる方がおかしい。

 4輌の戦車は審判たちのすぐそばで停止し、乗員が下りてくる。その乗員の顔と服がまた、大学選抜の驚きを誘った。

 

「あれ、西住流の後継者じゃない?」

「え、西住まほ・・・?」

「なんで大洗の制服着てるの・・・」

 

 島田流と対となる西住流の後継者・西住まほ。この場で知らない者はほとんどいない。

 その彼女だが、所属する黒森峰女学園のタンクジャケットではなく、大洗女子学園の白いセーラー服を着ていた。

 事態が掴めない大学選抜をよそに、西住まほは審判長に何かの書類を見せて話をする。

 話を理解できたのか、審判長はなぜか親指をぐっと立てた。

 

「え、どういうこと?」

「まさか向こうに加勢するの?」

 

 メグミたちは未だ事態が呑み込めないが、そこへさらに別方向から戦車がやってくる。

 

「あっ、シャーマン」

 

 新たにやってきた3輌の戦車を見て、嬉しそうに声を弾ませるメグミ。

 モスグリーンの機体に、稲妻をあしらった校章が描かれているのは、彼女の母校・サンダース大学付属高校のシャーマンシリーズだ。

 

「M4とM4A1にファイアフライ・・・ケイとアリサ、ナオミの3人ね」

「よく覚えてるわね」

「母校には何度も顔見せてるし」

 

 どの戦車に誰が乗っているのかを言い当てると、アズミは感心する。言った通り母校には顔を出しているので、現在の隊長・副隊長とはメグミも面識があった。

 さらにはプラウダ、聖グロリアーナと四強校からも戦車が駆けつけてきて、まさに揃い踏みと言った感じだ。

 続けて、颯爽と姿を見せたのはアンツィオ高校のCV33だ。

 

「げ、CV33・・・」

「あれ厄介なんだよなー・・・」

 

 隊員たちの多くがそれを見て苦笑いを浮かべる。CV33はすばしっこくて、ウィークポイントも狙い辛い厄介者だ。戦った時に手を焼いたのも覚えている。

 さらに現れたのは、スマートなデザインの白い戦車。

 

「おお、BT。懐かしいな~」

 

 その戦車を見て嬉しそうに告げたのはルミ。その白い戦車・BT-42は、ルミの母校・継続高校の戦車だ。在学中は別の戦車だったが、母校の戦車を見ると心が躍るらしい。

 そして最後に、知波単学園が22輌ものチハとともに現れたが、どうやら数を間違えていたらしい。16輌が引き返し、6輌だけがこちらに向かってくる。

 

「いやいや、これ何なの?一体」

「わけわからん」

 

 流されそうになったが、試合直前にしていきなり他校の戦車が一斉に駆けつけるなど、理解できない。まさにアズミの言う通り、『何なの』という状況だ。

 そこへ、黒い制服を着る眼鏡をかけた審判が歩いてきた。

 

「ただいま到着した選手は、大洗女子学園に短期入学した者だそうです」

「はい?」

「全員大洗側として参戦すると主張し、島田隊長も承認したため、30輌対30輌で試合を行います」

「はあ・・・」

 

 あまりにも急な話で、いまいち現実味が湧かない。一緒に聞くアズミとルミも、きょとんとした顔だった。

 審判が戻っていくと、とりあえずメグミは他の隊員たちに伝える。

 

「今来た戦車はみんな、大洗の味方よ。で、向こうも30輌で試合することになったわ」

 

 かいつまんで事情を伝えると、隊員たちは怒るどころかむしろ安堵の表情を浮かべる。

 30対8の殲滅戦など聞くだけでおかしいし、当事者としても御免被りたかったので、例え国から命じられた試合であってもやる気が中々起きなかった。

 だが、こうして戦車の数が同じになったことで、平等な条件で戦うことができる。それに安心したのだ。隊員たちの表情も、メグミにはさっきと比べると明るくなっている気がする。

 

「そういえば、アズミのところからは来なかったわね」

「ウチの学校はそこまで協力的な感じじゃないし・・・」

 

 アズミは自分の母校を思い出して、苦笑する。

 何はともあれ、大学選抜の士気も上がってきているし、これで後ろめたさもなく試合に臨むことができる。

 メグミだって最初は渋々だったが、条件がほぼ同じになった今では戦意が湧いてきている。これで憂いなく、戦える。

 メグミは、胸の中にかけるペンダントを意識する。恐らく遠く離れた場所からこの試合を観ているであろう桜雲を想い、この試合は全力で臨もうと決意した。

 

 

 戦車道連盟のホームページでは、中継が流れている。その映像を見ていた桜雲は、多くの学校の戦車が応援に駆けつけたのを見て、面白くなってきたと思う反面疑問も抱いた。

 大洗の増援として駆けつけてきたのは、ほぼ全て大洗と何かしらの繫がりがある学校だ。その学校が一堂に会し、大洗と共に戦うというのは胸が熱くなる。

 ただ、どうして彼女たちが増援に来たのかが分からない。今回の試合は対外的には『大学生と高校生の親善試合』だが、メグミの話が本当なら文科省が仕向けた試合でもある。

 その試合に、大洗と関わりがあるとはいえ結局は他の学校の戦車が増援に来るのは、謎だ。

 何がどうなっているのか分からない桜雲を置いて、試合の準備は進んで行く。

 

 

 大洗側に増援が加わったことで、大学選抜も少しだけ作戦を変えることになった。

 

『どうします?隊長』

『高校生とはいえ、相手はかなりの戦力を有しています』

 

 アズミとメグミに問われ、愛里寿は戦場を見渡す。高校戦車道四強校と中堅校が加わったことで、戦力も大分増強されている。一筋縄ではいかないだろう。

 

「まずは、プラウダと黒森峰の重戦車を倒す」

 

  手元にあるタブレット端末を操作して、この後の動きをシミュレーションする。愛里寿のセンチュリオンの乗員も、それぞれ愛里寿の指示を聞く。

 

「アズミとルミの中隊は、私と共に広く長い一列縦隊を形成し、ゆっくり前進。側面からの強襲に注意しろ。偵察は、敵と遭遇しても攻撃するな」

『了解!』

 

 はきはきとした返事と共に、偵察のチャーフィー2輌がセンチュリオンの脇を通り過ぎていく。

 

「各車前進」

『こちらルミ、了解!』

『アズミ、了解しました。前進開始』

『メグミ、中隊を併進させます』

 

 愛里寿の指示で、大学選抜の車輌が動き出す。

 いよいよ、試合開始だ。

 

 

 メグミ中隊の主な役割は、隊長車・センチュリオンの護衛。T28がいるので前線での戦闘は難しい一方、護衛も練度が低くてはできないので信頼されている証でもある。

 ゆっくりと前進している間、メグミは本隊とは離れた場所にいるメンバーに連絡を取る。

 

川棚(かわたな)、どんな感じ?」

『整備はきっちりされてるし、問題ないよ』

 

 相手は、今回有無を言わさず使うように言われたカール自走臼砲の車長・川棚。メグミと同じくサンダース出身で親交もあった。

 そして彼女を含め、カール自走臼砲の乗員は、全員くろがね工業戦で寝返りを目論んだ明智(あけち)のパーシングの乗員だった。

 あの時は、明智の指示だったからとはいえ、自分たちの仲間に向けて発砲したことをひどく悔やんでいた。結果、くろがね工業とのつながりが無かったのと、深く反省していることから情状酌量として罰則はなかったが、家元の千代から『次はない』とくぎを刺された。

 

「・・・無理はしないでね」

 

 今回彼女たちがカールに乗ることになったのは、彼女たちのパーシングが車長不在で機能しないからなのと、川棚がカールのことを(あくまで知識として)調べていたからだ。

 合理的な判断故のことだが、あのくろがね工業戦のせいで、試合そのものにトラウマができていないか、メグミは不安だった。

 

『・・・大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう』

「・・・・・・カールのこと、よろしく頼むわね」

『了解。できることなら使いたくはないけど・・・』

 

 最後の言葉は、メグミも同感だ。いくら国の命であっても、あんな大人げない兵器を使うことには正直首を縦には振れない。

 

 

『敵中隊、高地北上中。頂上到達まで、推定5分!攻撃しますか?』

「取らせておけ」

 

 偵察に出ていたチャーフィーの加賀(かが)の報告に、愛里寿は端的に答える。

 そしてタブレット端末を取り出して、次段階の作戦の指示を出す。

 

「アズミ中隊。高地麓西の森林を全速で前進。敵と遭遇した場合はこれを突破し、中央集団後方を脅かせ」

 

 

 

「了解。中隊各車、全速前進」

 

 愛里寿の指示を受け、アズミは即座に命令を出す。

 これまでは一列横隊でゆっくり前進していたが、ここからは縦隊に変えて森を抜ける。

 

「向こうは狙い通りに動きますかね・・・」

「分からないわ。相手が終始予想通りに動くなんてないし」

 

 砲手の真庭(まにわ)が不安げに呟く。

 だがアズミの言うことも真庭は理解できる。それは前のくろがね工業戦だけでなく、これまでの試合で学んできたことだ。

 

「・・・カール、使うんですよね」

「言われた以上はね」

 

 大洗・・・大洗連合の車輌数は大学選抜と並んだが、急ごしらえのチームなので複雑な戦略は取れない、と愛里寿は読んだ。

 大洗は隊を3つに分けて高地とその左右の麓から近づき、さらに高地からの砲撃で大学選抜を足止めして一気に叩くつもりだ。

 それならば大学選抜は高地をわざと大洗側に取らせ、アズミとメグミの中隊で足止めし、そこへカールの砲撃を叩き込む。他の中隊がいたとしても、ルミの中隊が足止めさせる。推測に基づく作戦だ。

 

「正直・・・カールに護衛が要るせいで本隊の戦力が削がれるのって、本末転倒だよね・・・」

 

 装填手の美作(みまさか)が不満そうに零す。それはもっともだと、アズミも思う。

 昨日、いきなりカールを使えと言われたせいで、チームの編成まで変える羽目になった。

 当初は3つの中隊にパーシングを8輌ずつ、アズミとルミの中隊にチャーフィーを2輌ずつ、そして遊撃に2輌、さらにメグミの中隊にT28で30輌のはずだった。

 だが、チャーフィー1輌をカールに変え、その護衛にパーシングを3輌充てねばならなくなった。従って、本隊の戦力は下がったことになる。

 

「文句は後。試合が終わったらミーティングなり自由時間なりでぶつけなさい」

「了解・・・」

 

 美作は頭を掻きながら頷くが、アズミだってその気持ちはわかる。カールなど使うメリットがほとんどないのに、押し付けるように『使え』と言われたのだから不快にもなる。そして、愛里寿にストレスをかけさせただけでも万死に値する。

 そんなことを考えていると、通信が入った。

 

『こちら10号車・橿原(かしはら)。3時方向に敵戦車発見。距離およそ200、チハ6輌、シャーマン3輌、M3リー1輌』

「中隊各車。3時方向に回頭、攻撃開始」

 

 思考を試合モードに切り替えて、指示を出す。確かに、右方向には戦車が多数いた。

 アズミたちの命は、西方に展開する敵部隊の突破と中央集団の逆包囲。攻撃しない手はない。

 

「愛里寿隊長の読み、ビンゴですね!」

 

 真庭が砲塔を旋回させながら、得意げに声を上げて発砲する。それを皮切りに、中隊のパーシングが一斉に砲撃を始める。戦車の中が砲撃の影響で激しく震える。

 

「5分で抜けるわよ」

『了解!』

 

 アズミが告げると、乗員たちは威勢のいい返事をする。

 

 一方、アズミ中隊に属する1輌のパーシングの車長・佐倉(さくら)は、戦っている敵戦車を見て感慨深そうに頷く。

 

「チハか・・・懐かしいな」

 

 佐倉は、知波単学園出身だった。突撃に偏りがちな戦法に異を唱えていたが、『伝統を蔑ろにする気か』と無下にされていた。だが、それなりの戦果を挙げていたことと、(知波単にしては)柔軟な発想力を持っていたところを認められて大学選抜にスカウトされたのだ。

 

(同郷の仲間と戦うのは忍びないが・・・これも戦いなのでな)

 

 試合の経緯には疑問が残るが、それでも試合をする以上は真剣に挑まねばならない。例え相手が母校の戦車であっても。

 

『中隊各車、攻撃用意』

 

 このアズミからの合図は、中隊全体で一斉に攻撃する合図。

 佐倉の車輌の装填手も装填し、砲手は砲撃を待つ。その間に敵チームがようやく反撃を開始するが、林の中で視界が狭いのか当たらなかった。

 

『攻撃開始』

 

 アズミの指示で一斉に攻撃を始め、直後に移動を開始する。相手を怯ませている間に脇から通り抜けるのだ。

 向こうもこちらを行かすまいと発砲するが、この距離で林の中で動いている戦車に命中させるのは難しい。

 

『ファイアフライ、足止めしておきましょう』

「了解」

 

 アズミから追加の指示が出て、佐倉は頷く。情報によれば、あのサンダースのファイアフライには、高校生でもずば抜けて腕のいい砲手が乗っているらしい。だから脅威は早めに摘んでおくべきだろう。

 高校生の情報を知っているのも、アズミたちから『高校生の戦術も取り入れられるかもしれないから』と言われて調べていたからだ。まさか、高校生と試合をするとは思わなかったが、意外なところで役に立った。

 ともかく、佐倉は他の車輌と協力してファイアフライを狙い、手出しできなくする。

 すると、佐倉たちの戦車の進路脇から数輌の戦車が出てきた。車輌はチハだけで、先ほど確認したM3やシャーマンはいない。とすれば。

 

「吶喊か」

 

 もはや因習とも言うべき知波単の戦術。機会を誤らなければ強力な一手となるのに、今や隙あらば突撃しようという状態だ。そこを何とかすれば知波単は強くなれると、佐倉は常々思っていた。

 

「灸を据えてやらんとな。撃て」

 

 佐倉が指示を出すと、前方にいたチハに向けて発砲する。命中し、チハは白旗を揚げた。

 続けて、後続のパーシングが発砲と体当たりをチハ新砲塔に同時にやってのけて、撃破した。

 撃破された2輌の戦車を、佐倉は忌々しそうに見ながら先を行く。

 

 中隊の少し後ろ側にいたアズミは、中隊から2輌撃破の報告を受けるとすぐに愛里寿に伝える。その間も周囲に目を向けていると、M4A1シャーマンがこちらに向けて動き出しているのに気づく。追撃するつもりだ。

 

「5時の方向、M4A1シャーマンに飽和攻撃。追撃を阻止するわよ」

『了解!』

 

 言うや否や、中隊のパーシングとチャーフィーが砲身を後ろに向けて、M4A1シャーマンと、近くにいたM3に向けて一斉に攻撃する。しばらく攻撃を続けた後、M4A1シャーマンが滅多打ちにされてすぐには動けなくなったのを確認すると、無線機を手にする。

 

「こちらアズミ中隊。麓西方敵部隊を突破。南側より回り込んで、高地を登ります」

『了解』

 

 そこでアズミは時計を見る。最初の攻撃を始めてから、5分弱の時間が経っていた。

 

「みんな、上出来よ。次もよろしく」

『はい!』

 

 

 メグミの中隊は、高地をゆっくりと登り始める。既に頂上でプラウダと黒森峰の重戦車が陣取っているのが見えるが、この距離では発砲しても届かない。

 

『カール小隊、発砲を許可する。座標・・・』

 

 愛里寿がついに、カールに発砲指示を出した。カールに対する発砲指示だけ全体通信なのは、着弾位置に巻き込まれないようにするためだ。

 そして、その通信を聞いてメグミの戦車の中は沈痛な雰囲気に染まる。

 

「・・・・・・何か、嫌だな」

「そうですね・・・・・・」

 

 しょげた口調で対馬と平戸が顔を見合わせる。カールを押し付けられたことは腹立たしいし、そんなレギュレーションギリギリの車輌を使って大洗を叩きのめすことが、気持ちいいはずがない。

 

「・・・」

 

 メグミだって同じように辛かった。あんな車輌を使うことと、その車輌にくろがね工業戦で多かれ少なかれ心が傷ついた仲間を乗せたことが。

 

 

 カールの車長・川棚は、愛里寿から発砲許可と攻撃座標を受け取ると、それを砲手の島原(しまばら)に伝える。

 カールが今まで認可されなかったのは、砲塔の角度調整、発砲、装填などを元々は車輌の外でする必要があったからだ。

 しかし、今川棚たちの乗っているカールは砲塔の角度調整と装填が自動で行われ、車長席と砲手席が車体の下部に設えてあり、乗員が外に出る必要が無い。これで障害はクリアしていた。

 だが、それを差し引いてもカールの運用性は悪い。速度は遅いし、装甲もペラペラ。一撃でも喰らえば一巻の終わりだ。

 

『角度調整、装填完了。いつでも撃てます』

「よし、撃ち方用意」

 

 島原から通信を受けると、耳を塞いで発砲準備に入る。

 5秒待ってから。

 

「撃て!!」

 

 その指示を出した瞬間、全身を強く押しつぶすかのような音と衝撃が身体を襲い、そして揺さぶられる。耳を塞いでいても音は流れ込んできて、脳が悲鳴を上げる。小窓から発砲の衝撃で舞い上がった土煙が入り込んできて、川棚は小さくせき込む。

 カールの主砲口径は600mm。発砲するだけで周囲に多くの音と振動を撒き散らすので、そのすぐ下にいる乗員が受ける衝撃など筆舌に尽くしがたい。

 

「う・・・すごいなぁ・・・」

 

 未だ衝撃が抜けきれず、川棚は呻く。

 そして発砲してから数秒後に、遠くの方で着弾したであろう低い音が聞こえてきた。

 

『命中無し。次弾装填、仰角プラス1度』

「了解。次弾準備!仰角、プラス1度!」

『了解・・・』

 

 愛里寿から指示を受けて川棚はそれを伝えるが、島原はまだ衝撃が抜けきっていないのか声が小さかった。

 カールは砲弾装填を自動化しても、やはり砲弾自体が重いので装填にかかる時間も長くなる。普通の戦車の砲弾装填が10秒足らずで終わるのに対して、カールは大体5分前後。これも、デメリットの1つだ。

 

『装填準備よし、仰角修正完了、撃てます』

 

 5分経ってからようやく、準備が整った。

 

「撃ち方用意!」

 

 前段階の指示。

 

「撃て!」

 

 また5秒待ってから、発砲指示を出すと耐えがたいレベルの音と衝撃に身体が揺さぶられ、川棚は目を固く閉じる。

 そして、遠くから同じく着弾した低い音を聞こえてきた。

 

『パンター2輌撃破。次弾装填、仰角マイナス1度』

「了解。パンター2輌撃破したわ。次、行くわよ」

『・・・・・・車長』

「何?」

 

 川棚が指示を出したが、帰ってきたのは島原の震えるような声。

 どうしたんだと思ったが、島原はこう告げた。

 

『何か・・・・・・すごく、心が痛いです』

 

 本当に、心からそう思っているという気持ちが伝わるような言葉。

 

「・・・今は試合中よ。私情は挟まないで」

『はい、すみません・・・・・・』

「・・・でも、私も同じ気持ちよ」

 

 川棚だってそうだ。

 こんな兵器を使って戦うなんて、正々堂々戦っている感じがしない。まるで大洗の結束を踏みにじるような気がして、本当に心が痛い。

 先ほどの砲撃で、パンターが2輌撃破された。誰が乗っているのかは知らないが、そのパンターに乗って正々堂々と戦おうとした彼女たちを侮辱してしまったように錯覚する。

 

「・・・ごめんなさい」

 

 良心が耐えきれず、川棚は通信を切って1人謝る。

 そんな間にも、島原はきっちりと砲塔角度の調整と装填を終えていた。

 たとえ良心が痛んでも、今は大学選抜チームの一員として戦っている。試合に参加している以上は戦わなければならないし、手を抜くことも許されない。

 そして試合に私情を挟むとどうなるか、それはくろがね工業戦でその身をもって実感した。

 あの時のようなことは、もうごめんだ。

 だから今は、自分の心が傷ついていくのをじっと堪えて、試合に臨まなければならない。

 

「撃ち方用意!」

 

 

 

 頂上に陣取っていた大洗の中隊は、カールの砲撃とメグミ・アズミ両中隊の逆包囲を受けて前方斜面を下り始める。どうやら、麓東方に展開している中隊との合流を図るらしい。

 メグミとアズミの中隊はこれを追い、カールが支援砲撃をしてくる。

 

「鬱陶しいわね・・・」

 

 だが、その支援砲撃を鬱陶しいと吐き捨てるのは、メグミ中隊のパーシング車長・矢巾(やはば)(彼氏持ち)。

 カールは、愛里寿の指示で撤退する敵中隊に向けて追撃しているのだが、カールの着弾による被害範囲が広いため、注意しなければ巻き添えを喰らう。味方の攻撃にも注意しなければならないのが、矢巾は気に食わなかった。

 そんなことを考えていると、また近くでカールの砲撃が着弾し、パーシングの中がびりびりと震える。

 

「ヒューッ、おっかない!」

「気は抜かない」

 

 砲手が興奮気味に声を上げるが、矢巾はそれを宥めつつ前を見る。

 前方には砂利道を逃走する敵中隊。その最後尾はプラウダ高校のT-34/85だ。この戦車に向けて、矢巾を含めた大学選抜が集中砲火を浴びせている。中々命中はしないが、これも時間の問題だろう。

 と、その時。そのT-34が不意に横に逸れた。そこには別のT-34がいて、最後尾とすれ違うのを確認すると、そのT-34は大学選抜めがけて前進を始めて発砲してくる。だが、それもパーシングの全面装甲に弾かれた。

 

「撤退の時間稼ぎかしら?」

 

 そうだとしても、時間稼ぎは最後尾にいたさっきのT-34がした方が良いはずだが、なぜ無事だったこのT-34がそれをするのか。

 と思っていたら、T-34が大学選抜めがけて突進してきた。

 

「後退!」

 

 発砲しながら前進してくる戦車など、相手が高校生であっても危険だ。操縦手に指示をすると、パーシングは急ブレーキをかけて停車し、すぐにバックする。後続のパーシングも異変に気付き、後退しだす。

 

「何この戦車、自滅する気?」

 

 このT-34の動きからは、強敵を前にする恐れ、躊躇いが感じられない。自分も生き残ろうとする時間稼ぎならば、行動のどこかしらにそれがあるはずなのに。

 矢巾の言う通り、このT-34は自滅覚悟で突っ込んできている。

 だが、その意思を叩き潰すかの如きカールの砲弾が、上空から直撃した。

 

「あぶなっ!?」

 

 砲手が思わず叫ぶ。

 T-34は矢巾のパーシングの近くにまで接近していたので、目と鼻の先でカールの砲撃が着弾した。その衝撃と音は今まででも一番強い。一歩間違えれば、巻き添えでやられていた。

 

「もう、ホンットに危ないわね!」

 

 空に向かって矢巾が苛ついた声を上げるが、それはカールに聞こえるはずもない。無駄だと分かっていても、あんなものを導入させた文科省が憎たらしかった。

 

 

 カールの砲撃が始まってから、観客たちが悪態をついたり、ブーイングを飛ばしたりと、会場の空気が悪くなってきている。それは中継を観ているだけの桜雲にも分かった。

 そうなるのも、桜雲は仕方ないのではないかと思う。

 大洗は予想外の増援が来たとはいえ元々不利な条件で戦うはずだったし、当初は圧倒的に大学選抜が有利だった。それなのに、あんな得体の知れない車輌まで持ち出して大洗を叩きのめそうとしているのが、観客たちは腹立たしいのだろう。

 自分の大切な人が所属している大学選抜を応援する身の桜雲としては、勝手なことは言えない。むしろ今は大洗に同情しているし、罵声を聞くと胸が痛む。

 本当に、なぜあんな車輌を使わせるのか、どうしてこんな試合をするのか、分からなかった。

 

 

 自滅覚悟のT-34の時間稼ぎに時間を取られたが、撤退する敵中隊とはそこまで距離が離されておらず、すぐに追いつくことができた。

 

「KV-2か。あれは足が遅いからな」

 

 追撃するパーシングの車長・新発田(しばた)は、前方に見える大きな砲塔の戦車を見て失笑する。

 最初に他校が増援として駆けつけた時は驚いたが、まさかKV-2を持ってくるとは思わなかった。あれの152mm榴弾砲は厄介だが、足は遅いし発砲間隔も広い。カールやT28ほどではないが、あれも使い勝手が悪い戦車に当たるだろう。

 そんな戦車を持ってくるとはどんな了見だと思ったが、あれのおかげで最後尾のT-34も足が遅くなっている。再び新発田たちは、T-34に向けて発砲を再開する。

 だが、そこでまたしても異変が起きた。

 

「なんだ?」

 

 前方にいたKV-2が停車して旋回し始め、それを最後尾のT-34が追い越す。

 

「また時間稼ぎか。一体あのT-34にはどれだけの大物が乗ってるんだ?」

 

 先ほども思ったが、なぜ時間稼ぎに最適なはずの最後尾のT-34を逃がすのだろうか。実に不合理だ。逆にあのT-34にどんな人が乗っているのか気になってくる。

 だが、『独裁体制』と揶揄されることもあるプラウダ高校戦車隊なら、隊長格の人間が乗っているのだろうなと思った。

 

「道を塞ぐ気だ、履帯を狙え!」

 

 KV-2が旋回して、道を塞ごうとしているのに気づく。砲手にすぐ履帯を狙撃するよう指示を出すと、砲手は正確に履帯を撃ち抜いて動きを止めるのに成功した。

 しかし、それだけでは大人しくはならずに152mm榴弾砲をこちらに向けて撃ってくる。狙いは逸れ、新発田たちは臆さずに進み続ける。

 

「お?」

 

 突然、KV-2を追い抜いたはずのT-34が停止して旋回し、KV-2と共に大学選抜に向けて発砲し始める。KV-2だけでは足止めできないと思ったのだろうか。

 

『追撃隊、攻撃を続けなさい』

「了解!」

 

 アズミから追撃続行の指示が入る。新発田は元々メグミ中隊所属だが、追撃のためにセンチュリオンの護衛からこちらに回されて、アズミ中隊と共に追撃している状況だ。

 向こうの砲撃は厄介だが、まだ距離は大分開いているので命中はしない。よくて掠る程度だ。これなら問題なく、あの2輌は撃破できるだろう。

 なんてことを考えていたら、撤退していたはずのIS-2が、雨で濡れた砂利道をドリフトしながら現れた。そしてT-34を守るように前に出て、その過程で発砲し、一緒に追撃していた別のパーシングに命中させる。

 

『11号車・佐倉、行動不能!』

「この距離で当ててきた・・・?」

 

 アズミ中隊の佐倉がやられ、新発田は驚く。

 IS-2の射程は確かに長いが、あの距離で、雨で視界が悪い中、ドリフトしながら命中させ、撃破させるとはすごい腕だ。

 

『プラウダのIS-2・・・「ブリザードのノンナ」よ。あれは早めに撃破するべきね』

「そうか、あれが・・・」

 

 アズミの通信に、新発田も冷や汗をかいて笑う。あのIS-2の砲手が、大学選抜にも名が知れている高校戦車道随一の腕を誇る砲手だ。それなら、先ほどの狙いすました狙撃も頷ける。

 

『プラウダの戦車はここで全滅させるわよ!』

「了解!」

 

 アズミの指示で、全体砲撃を開始する。

 多くの戦車は装甲の厚いKV-2に砲撃を集中させ、他でT-34とIS-2を狙う。だが、IS-2はT-34を守るような位置にいるため攻撃は届かない。

 そして、今度はIS-2が大学選抜に向けて前進してくる。片方の予備燃料タンクを撃たれて炎を上げるも、速度は衰えない。

 

「IS-2を足止めするぞ!」

 

 新発田が前進するように指示を出し、パーシングをIS-2に対して垂直になるようにぶつけて動きを止める。だが、それでもIS-2は履帯を回して前に進もうとする。

 

「小癪な、機銃撃て!」

 

 砲手が機銃で狙うが、もう片方の予備燃料タンクを破壊するぐらいしかできない。主砲をぶつけられて狙いを定めることもできず、地味に厄介だ。

 

『9号車・湯梨浜(ゆりはま)。7号車の後ろからIS-2を狙って。引き付けてる今がチャンスよ』

『了解!』

 

 IS-2を足止めしている様子を見たのか、アズミが仲間に援護を求める。

 そして湯梨浜のパーシングが新発田たちの後ろから姿を見せて、照準をIS-2に定めて即座に発砲する。それと同時にIS-2も発砲し、相討ちになった。

 

「よし、追撃再開!」

 

 IS-2が動きを止めたことで、新発田のパーシングも動けるようになった。前にズレて、再び残ったT-34とKV-2に向けて発砲を始める。

 だが、T-34はどうしたことか急に動き出して砂利道を逃げて行った。

 代わりにKV-2に集中砲撃をした結果、どうにか撃破することには成功したが。

 

「追いますか?」

『いいえ、多分追いつけないでしょうし』

 

 新発田は聞いたが、アズミは首を横に振った。

 追撃は、ここまでだ。

 

 

『アズミ中隊より報告。敵中隊は逃走、麓東方の部隊との合流を図っている模様です』

『被害状況』

『敵中隊のパンターを2輌、T-34とIS-2、KV-2を各1輌撃破しました。追撃隊からはアズミ中隊よりパーシング9号車、11号車の計2輌が落伍』

『私の下へ戻れ。ルミ中隊と合流し、敵を一気に叩く』

『はい!』

 

 アズミと愛里寿の通信を聞いて、メグミは小さく息を吐く。

 ひとまず西の森林エリアと高地撤退で合わせて7輌撃破できた。序盤にしては上出来だろう。

 くろがね工業戦での序盤は逆に大学選抜が追い詰められていたので、今回の試合でそれを挽回することはできたと思う。高校生にまで後れを取るわけにはいかないのだ。

 さて、偵察に出ていたチャーフィーの車長・足利(あしかが)によれば、森林エリアでアズミ中隊と交戦した敵部隊は、高地から撤退した部隊と同じで湿地エリアでルミ中隊と交戦中の中隊と合流するつもりらしい。

 だから愛里寿の下へと戻り、メグミたちと共に湿地エリアへと向かう。今度は護衛の自分も参加するのだろうと、メグミは予想した。

 

 

 高地の東側の湿地エリアで、ルミ中隊は敵部隊と交戦中だ。

 もう随分と長いこと撃ち合いを続けているが、お互いから撃破車輌はまだ出ていない。ルミ中隊の目的が敵をここに足止めさせることなので、目的自体は既に達せられている。しかし、どうせなら1輌くらいは撃破したいというのがルミの正直な気持ちだ。

 

「向こうも中々やるわね・・・」

 

 ルミが独り言つと、すぐ近くにカールの砲撃が着弾した。すさまじい音と振動を発生させ、土煙が高く巻き上る。

 

「カール、こっちへ支援を始めたみたいですね」

「みたいね。フレンドリーファイアは勘弁してもらいたいけど」

 

 砲撃音を聞いて装填手の小松(こまつ)が呟く。

 愛里寿から、既にメグミとアズミの中隊がこちらに向かってきているのは聞いている。敵中隊の撤退も終わった今、支援砲撃はこちらに向いているのだ。

 大洗女子学園は、過去の試合のデータから局地戦が得意とされているが、遮蔽物ごと敵を粉砕するカールがいる限りそれもできないと、大学選抜は読んでいる。

 だから、カールが無事でいる限りは大洗も下手に動けない。もしかしたら、今撃ち合いを続けているここで勝負が決するかもしれなかった。

 

「ん?」

 

 その時、ルミの目に戦車の集団が映った。駆逐戦車ヘッツァー、八九式中戦車、それにCV33とBT-42。軽量級の戦車ばかりの小隊が、別方向へと移動し始めている。

 その向かう先は、ちょうどメグミたち本隊がいる方角だ。

 

「あれ、撃ちます?」

「いや、陽動かもしれない。本隊に任せて、私たちは目の前の敵に集中しよう」

「はい」

 

 砲手の野々市(ののいち)が訊いてくるが、ルミは首を横に振る。今戦っている敵中隊は、隊長車のⅣ号戦車がいて、聖グロリアーナや大洗の主力戦車が揃っていて強い方だ。あの4輌が陽動ならば、あれに気を取られている隙にこっちがやられるだろう。

 戦力の揃っている本隊の方へ向かっているので、本隊に任せることにした。

 

七塚(ななつか)、本隊に連絡。敵の編成も忘れずにね」

「はい!」

 

 通信手の七塚に連絡を一任し、ルミは改めて目の前の戦場を見る。

 カールの砲撃が大きな土煙を上げて、地響きまで引き起こしている。そして、両軍の間あたりを先ほどまでウロチョロしていたCV33に代わって、聖グロリアーナのクルセイダーがちょこまかと走り回っている。

 だが、カールの砲撃を受けると大人しく元の位置に戻っていくので、見ていて愉快でもあり、また鬱陶しかった。

 

 

 

『4輌前進してきます。恐らく、隊長車狙いかと。指揮系統を混乱させるつもりか、破れかぶれなのか・・・』

 

 ルミ中隊との合流を図るメグミとアズミの中隊、そして愛里寿。そこに向かってくるのは、ルミたちから連絡があった4輌の小隊。報告と同じ構成だが、本隊に殴り込みをかけるにしては戦力不足だ。特に八九式とCV33など、できることは全くと言っていいほどない。

 

「各車発砲、隊長に近寄らせるな!」

 

 メグミは発砲指示を出す。どんな戦車だろうと、こちらに向かってくる戦車は容赦なく撃つ。これは殲滅戦だから、例え戦力にならなそうでも1輌でも多く撃破すればこちらが有利になる。

 2中隊が、一斉に大洗の小隊に向けて発砲する。しかし、着弾して土煙が晴れた後には、戦車の残骸どころか何も残っていなかった。

 

「消えた・・・?」

『陽動だ。させておけ』

「はい」

 

 4輌の戦車が跡形もなく消えたことを愛里寿は気にしなかったが、メグミは逆に引っかかる。

 着弾する直前で、あの4輌はわずかに進路を東に変えていた。そして、その東には山岳エリアがあって、さらにそこにはカールがいる。

 

「こちらメグミ。4輌東に向かって移動中。車種は八九式、ヘッツァー、CV33、BT。念のために注意しておいて」

 

 念のため、カールを護衛する小隊に連絡を入れておいた。

 本当にカールを目指しているとは限らないが、それでも用心に越したことはない。

 

 

 

「本隊から連絡。敵小隊4輌がこちらに向かって進撃中。各自警戒するように」

『了解』

 

 カール護衛小隊の隊長・宇城(うき)は、連絡を伝えると周囲に気を配る。風で草木が揺れる音や、遠くの戦場の砲撃の音が小さく聞こえるが、敵戦車の気配はない。

 

『こちら川棚。間もなくカール、発砲します。砲撃に備えるように』

「了解」

 

 すぐそばに聳えるカールの車長・川棚が、小隊全体に警告をする。それを受けて、宇城は戦車の中に戻ってキューポラを閉じる。

 カールの砲撃の威力はすさまじく、周囲に大きな音と振動を与え、土煙を巻き上げる。

 一番最初の砲撃でそれに気付かなかった宇城は、身体を乗り出していたら土煙をもろに被って盛大に咽た上に目にホコリが入って泣きそうになった。

 それ以後、砲撃の時はひと声かけるように川棚に伝え、宇城自身は戦車の中に引っ込むことにした。

 

「全く、カールはこれっきりにしてほしいな・・・」

「お上の力は嫌ですねぇ・・・」

 

 宇城が愚痴をこぼすと、砲手の美里(みさと)が苦笑する。

 その直後、戦車の外からカールの砲撃による轟音が聞こえ、戦車がびりびりと震える。美里の覗くペリスコープも、短い時間だけ土煙で塞がれた。

 

「こうして砲撃の度に引っ込まなきゃいけないし、じれったいわ」

「マスクでもつけていればいいじゃないですか」

「息が蒸れる」

 

 軽口を叩き合いながら、宇城はキューポラから身を乗り出してまた周囲を警戒する。

 メグミからの連絡によれば、こちらに向かってきている敵小隊の戦車はどれも軽量級だ。それに、ヘッツァーとBT-42はともかく、八九式とCV33については戦力にならない。カールを囲むように展開してはいるが、そこまで神経を尖らせる必要はないだろう。

 

「?」

 

 その時、モーターの駆動音が森の方から聞こえてきた。パーシングやカールのものではないとすれば、敵の戦車のものだ。

 

「こちら宇城、敵戦車接近の兆候あり。各車警戒を―――」

 

 小隊全体に警戒を促そうとした直後、森から姿を見せたBT-42が崖を飛び越えて、宇城達がいる干上がった湖の小島に着地した。

 

「は!?」

 

 闖入者のダイナミックな出現に宇城の顎が外れそうになるが、BT-42は車体後部から白い煙幕を発生させつつ360度のドリフトを決めて視界を奪う。

 そして、パーシングではない砲撃の音が煙幕の中から聞こえて身構える。だが、撃破されたのは別のパーシングだった。

 

「小隊、追うぞ!」

『何ですか今の!?』

「継続高校のBT-42。あれに乗るのは大体ひねくれ者でドライブテクは高い!」

 

 一緒に追うパーシングの車長・倉石(くらいし)が訊くと、宇城は忌々しそうに答える。

 宇城の出身高校は、西住流が後ろにつく黒森峰女学園。だが、戦車乗りとしての腕が伸びずに一度は戦車に乗ることを辞めた。だがその腕は平均以上ではあったので、島田流からスカウトを受けて最終的に大学選抜に入隊した。

 ともかく、宇城は黒森峰在学中に継続高校と試合をしたことがある。その時もあのBT-42に翻弄されて手を焼いていたし、BT-42に乗るのは大体変わり者だと聞いていたから、BT-42にはいい思い出が無い。

 

「私は左から行くから、倉石は右から追いなさい!」

『はい!』

 

 BT-42の速度はパーシングよりも早いので、後ろから追うだけでは追いつけない。だから、2方向から攻めることにした。

 だが宇城は、廃線となった鉄道の石橋を上を戦車が走っているのに気づいた。それは、メグミからの連絡にあった小隊の残り3輌だった。

 そして、今カールは単独となっているのを思い出す。

 

「しまったー!」

『大丈夫!木っ端みじんにしてやるわ!』

 

 思わず声を上げるが、カールは心配無用と頼もしいことを言ってくれる。

 そして直後に、カールの砲撃音が小島から聞こえてくる。あの軽量級の戦車なら、3輌束になってもカールの砲撃1発で倒せる。宇城はそう確信していた。

 

『躱された!』

「え」

 

 だが、川棚からの通信は『外れた』というもの。そこまで距離が離れていないはずなのに砲撃を躱すとは、どんな動体視力だ。

 そして外れたカールの砲撃は石橋に命中し、崩落を起こす。そしてBT-42はその崩落の中を通り抜けていく。

 

「ばっ、バカ!」

 

 崩れる石橋を見て、倉石は叫ぶ。

 BT-42は瓦礫の隙間をすり抜けていったが、倉石のパーシングは瓦礫に激突して急停車した。何とか瓦礫を押しのけようとしてもびくともしない。

 

「後退!」

 

 仕方ないので後退して体勢を立て直そうとしたが、遅れて崩れてきた瓦礫に砲身が押し潰されてひしゃげ、撃破判定を受けてしまった。

 

「おーろ、ちぐしょう!何やてんだ!」

「何言ってるんです・・・?」

 

 失敗したカールに腹を立てて、倉石はつい地元で喋る津軽弁で不満を洩らすが、乗員からツッコまれた。

 宇城は、その様子を見届けつつも、BT-42を倒すために乗員に指示を出す。

 

「速度を限界まで上げて!BTに体当たりを仕掛けるぞ!」

「了解!」

 

 言うが早いか、操縦手の牛深(うしぶか)は速度を上げてBT-42に近づけさせる。死角から仕掛けたので、BT-42は回避できず、体当たりを喰らう。そしてBT-42の履帯は切れ、激しく横転しながら窪地に落ちた。

 

「やったか?」

 

 宇城はパーシングを窪地に近づけさせて、BT-42の様子を窺おうとする。

 だが、すぐさま窪地からBT-42が飛び出してきた。

 

「えっ!?何、履帯無しなのに!?」

 

 BT-42の履帯は確かに切ったはずだ。だが、あの戦車はぴんぴんしているし、むしろ先ほどよりもスピードが上がっている。過去に戦った時は履帯が切れたことなどなかったからは初耳だ。

 

 

 

「ごめんなさい、倉石・・・」

 

 砲撃を外し、倉石を間接的に撃破してしまったことを悔やむ川棚。

 だが、先ほどの砲撃の土煙の中から八九式とヘッツァーが姿を見せたので、川棚も気を引き締める。しかしよく見ると、八九式の後部にCV33が載っていた。

 『何をするつもりだろう』と思っていると、八九式の前部が反り上がってきた。スピードを上げた結果、CV33の重みでバランスが少し崩れているのだろう。そして直後、八九式が急ブレーキをかけて、慣性の法則に従ってCV33がカールめがけて宙を舞う。

 

「面白いことしてくるわね・・・!」

 

 川棚が嬉しそうに呟き、CV33が機銃を撃ってくる。

 しかし、いくらカールの装甲が薄いと言っても機銃で撃ちぬけるほどではないので、CVの攻撃は虚しく弾かれるだけになり、CV33は上下逆さになって着地した。

 

「よし、まずはCVと八九式を撃破するわよ。砲角調整、俯角2度」

『了解』

 

 川棚の指示に島原は返事をする。先ほどよりも幾分か気持ちは上向きになってきたのか、返事ははっきりとしていた。

 兎に角、CV33はすばしっこくてウィークポイントを的確に狙うのが難しいので、ここで仕留めておくべきだ。

 カールをCV33に近づけて、砲塔角度を調整し始める。

 すると、CV33は履帯を回転させ始めた。ひっくり返っているので何もできず、滑稽に悪あがきをしているようにしか見えない。

 だが、ふと前を見ると、八九式が後退し始め、ヘッツァーが八九式を追い抜いてこちらに向かってきていた。

 そしてCV33の履帯が回転しているのを見て、彼女たちが何をしようとしているのかに気付く。

 

「砲角上げて!」

『え?』

「早く!」

 

 川棚の焦るような指示に圧され、カールの砲角が上がり始める。

 そして、ヘッツァーはCV33の履帯をカタパルト代わりにしてカールめがけて飛び上がる。

 しかもヘッツァーは、完全にカールの巨大な砲身を照準に定めていた。

 

「撃て―――」

 

 川棚の発砲指示も届かず、ヘッツァーが先に発砲してカールの砲身内で弾薬が炸裂、カールの砲弾も誘爆し、砲身内で爆発を起こした。

 

「っ!?」

 

 カールが発砲した時と比べれば衝撃は小さいが、それでも音と衝撃は激しかった。

 そして爆発音に混じって、白旗が揚がる小気味よい音が聞こえた。

 

「・・・カール自走臼砲、撃破されました!」

 

 川棚が小隊長の宇城に伝えると、小さく溜息を吐く。

 だが、その顔は悔しげではなくて、むしろ清々しいようだった。

 自分たちは、自分たちなりに奮戦した。例え無理を通したような道理の車輌に乗って、大洗の戦車たちを蹂躙し、罪悪感を抱きながらも戦った。

 そのうえで撃破されたのだから、悔しくない。どころか、この悪質な車輌を撃破してくれて、感謝していた。

 

「健闘を祈るよ・・・みんな」

 

 それは、大学選抜チームと大洗、両方に向けての言葉だ。

 

 

 

「カール、撃破されました!本隊と合流します!」

 

 川棚からの報告を受けた宇城は、先に本隊に報告してから合流のために逃亡を図る。

 だが、結局撃破できていないBT-42が後ろからしつこく迫ってくる。このままではどこかで撃破されるか、BT-42を引き連れて本隊と合流することになる。

 危険な賭けかもしれないが、ここで撃破することにした。

 

「私の指示で停止して。美里、砲塔1時の方向に。停止したら発砲して」

「「了解!」」

 

 美里と牛深が返事をする。宇城はBT-42が近づいてくるのをじっと見続けて、十分距離が詰まってきたところで。

 

「停止!」

 

 合図とともにパーシングが急ブレーキをかけて、BT-42は止まると思わなかったのかそのまま追い抜く。そして、数十メートルほど離れたところで停止した。

 

「撃て!」

 

 指示を出すと、すぐに牛深が発砲する。その砲弾はBT-42の左転輪を破壊した。

 

「よし!」

 

 白旗が揚がってないが、とりあえず足は奪った。これでもう動けないだろう。

 と思っていたら、BT-42は右転輪だけでバランスを取り、そのまま宇城たちのパーシングめがけて突っ込んできた。

 

「嘘!?砲撃準備早く!」

 

 驚きもほどほどに、次の砲撃の準備を進ませる。その慌てぶりもあってか、砲撃準備はすぐに整った。

 

Feuer(フォイアー)!」

 

 思わず母校の癖で、ドイツ語で発砲指示を出してしまったが意味は通じた。だが、こちらの砲撃と同時に向こうも発砲し、お互いに命中する。

 結果、相討ちとなった。

 

「・・・カール小隊、全滅しました。BT-42と相討ちです、すみません」

 

 宇城は弱々しく報告し、溜息を吐く。撃破されて悔しいのもあるが、驚きが連続して精神がすり減っていた。どこもケガはしていないが、心は大分参っている。

 

「・・・疲れた・・・」

 

 

 

 

「カール及び護衛小隊全滅、BT-42を撃破したとのことです」

『気にする必要はない。そもそもカールなど我々には必要ない』

 

 愛里寿の無機質な返事に、メグミは口をつぐむ。

 一応、カールを使ってほしいという文科省からの要請には答えた。元々カールの起用に肯定的ではなかった愛里寿含めた大学選抜は、カールの撃破に関しては『あーあ』程度にしか思っていない。

 だがメグミは、カールという車輌自体はどうでもいいが、カールの乗員・川棚たちのことは事情を知っているから人一倍気にしていた。今回のことをどう思っているかが不安だったので、試合が終わった後で話を聞こうと思う。

 

『大洗、移動を開始。追撃しますか?』

「追撃はするな。ルミ中隊、パーシング4輌を本隊に戻して残りの3輌で大洗を尾行しろ」

『了解!』

 

 カールは撃破され、空からの脅威はなくなった。大洗が移動を始めたのは、自分たちに有利な場所での戦闘に持ち込むためだろう。

 大洗が有利に立てる場所と来れば。

 

「恐らく、廃遊園地です」

「あそこは局地戦がやりやすいわね」

 

 アズミもメグミと同意見のようだ。タブレット端末で廃遊園地の地図を見ると、思った通り複雑で奇襲や不意打ちにはもってこいの地形だ。

 とすれば、どこから侵入するかだ。

 

「アズミ中隊から3輌、南正門に陽動を回せ。チャーフィーも1輌そこに配備。煙幕を使え」

「はい!」

「ルミ中隊からは4輌、西裏門から侵入しろ」

『了解!』

「残りの車輌は東通用門からT28を先頭に侵入。敵の偵察に気付かれないよう遊園地の外壁に沿って進め」

「分かりました!」

 

 一番広い入り口は南正門だが、向こうも大所帯の大学選抜はそこから入ると読んでいるだろう。だからその裏をかいて、一番狭い通用門から侵入を図る。丁度T28もいるので、気付かれてもすぐには対処できないはずだ。

 

『全軍遊園地跡に移動』

 

 やがて、大洗を尾行していたルミから連絡が入り、目的地は決まった。

 

「真鶴、先に行って。あなたの足じゃ他と一緒に進んでいると間に合わないわ」

『了解』

 

 メグミはT28の車長・真鶴(まなづる)に連絡をしておく。

 無線機を置くと、メグミはふぅと息を吐く。ここまでメグミはまだ他と比べるとあまり発砲はしていないが、気がかりなことが多くあってもう疲れている。

 遊園地へ向かうまでの間は、少しだけ、ほんの少しだけ心をリラックスさせることにした。

 

『次会う時に、またいっぱい話そう』

 

 脳裏によぎる、昨日の夜に桜雲と交わした電話。その時、桜雲はそう言ってくれた。

 次会えるのは、恐らく合宿から帰ってからだろうが、それでもまた今日の夜は電話しようと思う。勿論長話をする気はないが、試合についての簡単な感想でも話したい。桜雲もこの試合は中継を観ていると言っていたし、桜雲から見た試合の総評的なことも聞いてみたい。

 そんな試合の後のことを考えると、メグミの唇が自然と緩んだ。




次回も試合パートが続きます。
申し訳ございません。

カール護衛小隊の隊長が黒森峰出身というのは、
ガイドブックで『突発的な事態に弱い』とあり黒森峰の校風と似ていると思ったからです。
あくまでこの作品のオリジナル設定ですので、本気にはしないでください。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。

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