恋の訪れは猫とともに   作:プロッター

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Bermuda Briefing

 桜雲が猫カフェでメグミとの出会いを果たしてから2日が経つが、桜雲の日常に変わりはなく、今日も今日とて安穏とした日だった。

 桜雲自身、あの猫カフェで偶然にも同じ大学に通うメグミの隣に座り、話しかけられてそこそこ仲良くなり、その翌日にこの広い大学で再会することができたのは、相当稀で貴重なことだと思っている。

 だが、それで桜雲は運命的な何かを確信したり、浮かれて何にも手が付けられらくなるということにはなっていない。

 確かにメグミと出会えたこと自体はすごい確率の上でのことだと思うし、桜雲もメグミのことは綺麗な人だと思っている。だから桜雲も、メグミと出会えたこと自体は少しだけ嬉しかった。

 しかしそれだけで、桜雲はメグミとの間に運命的な繋がりを感じることはなかった。そこまで浅慮な考えを桜雲はしていない。ましてや、メグミに対して慕情を抱くということもあり得なかった。

 これが高校生や中学生などの時分であれば反応も少し違っただろうし、もしかすると『勘違い』でもしただろうが、今の桜雲は大学生だ。

 桜雲は元々自他ともに認めるのんびりとした性格で、さらに歳を重ねて成人を超え、心身ともに成長したことで、考え方も大分落ち着いたものとなった。一部からは『歳の割になんかジジババ臭くなったな』とからかわれることもある。だが、それにも桜雲は笑って否定する辺り性格は相当なものだ。

 だが、桜雲はそんなメグミから『猫カフェで猫との触れ合い方をまた教えてほしい』と頼まれている身でもある。そう頼まれた時は、桜雲はほんの少しだけ『デートみたいだ』と思いはしたが、即座に違うと否定した。その程度のことでそこまで考えるのはさすがに早計が過ぎるし、意識するだけ自分が気持ち悪く思えてくる。

 だから今の桜雲は、メグミのことは『最近ちょっと仲良くなれた異性の知り合い』程度の認識にしている。メグミだって桜雲のことはそれぐらいの認識でしかないだろう。いや、絶対そうだ。

 とにかくこれ以上、メグミのことを変に意識するのはよそうと桜雲は頭を横に振る。

 

「あら、桜雲。こんにちは」

「こんにちは、メグミさん」

 

 そんな風に思っていた桜雲は、昼休みに食堂の前でメグミとばったり会った。桜雲も声をかけられて、普通に挨拶を返す。

 先に声をかけてきたメグミは、壁に背を預けてスマートフォンを手に持ち、誰かを待っている風だった。そんなメグミは、桜雲に話しかける。

 

「今からお昼?」

「うん。メグミさんも?」

「ええ、戦車道の同僚と一緒にね」

 

 そのメグミの答えに、桜雲は少しの間を挟んでから。

 

「そっか。じゃあ、また今度ね」

「うん、分かった」

 

 いくらお昼前に知り合いと会ったからと言って、そういう事情があるにもかかわらず『一緒にどうですか』と言うのは図々しい。それに、戦車道の同僚とと言うことは、何かしらの話し合いも兼ねたものになるかもしれない。そんな場所に自分がいても、ただ邪魔になるだけだ。そう思った桜雲は、ここで一度別れることにした。

 ただし、メグミが1人で昼食にするつもりだったら、桜雲は同席を自分から言うつもりだった。

 それは。

 

「あ、そうだメグミさん」

「何?」

 

 食堂に入ろうとしたところで、桜雲は足を止めてメグミに声をかける。メグミはスマートフォンではなく、桜雲のの顔をちゃんと見て反応してくれた。

 

「あの、猫カフェに下見に行くって話だけどさ・・・」

「?」

「一応、僕の方でいくつかお店を見繕って、あとでメールで教えてその中からメグミさんに選んでもらうって形で良い?」

 

 桜雲は、『メグミと猫カフェに下見に行って猫との触れ合い方を教える』と言う約束を忘れてはいない。そして、反故にするつもりもない。例えメグミとの距離がそれほど近くないとしても、その約束はしっかりと守るつもりだ。そう頼んでくれたということは、それだけメグミが自分のことを信頼しているということであるし、『桜雲の猫との触れ合い方は信用できるから』と言われて嬉しくもあったから、その信頼は裏切りたくはない。

 その約束について話そうとしていたから、桜雲は可能ならメグミと昼食を一緒にしようと思ったのだ。

 

「ええ、それでいいわよ」

「分かった」

 

 そこでメグミは少しだけ、本当にすまないとばかりの笑みを浮かべる。

 

「なんか・・・ごめんなさい。私から頼んだことなのに、あなたに任せきりにしちゃって・・・」

「ううん、気にしなくて大丈夫だよ」

 

 信頼されている身であるし、それだけ自分のことを評価してくれているということでもあるから、桜雲は特段そのことを苦痛とは思っていない。だから『大丈夫』と言えるのだ。

 

「私は素人だし・・・そういうのはプロに任せるわ・・・」

「プロだなんて、僕はただの猫好きだから」

「またまたご謙遜を」

 

 少しだけ軽口を叩き合ってから2人は笑い、桜雲は手を振って食堂へ入る。

 メグミがそれを見届けてから数分経って、アズミとルミ、そして愛里寿が姿を見せた。メグミはスマートフォンをポケットに仕舞い4人で食堂へ入る。それぞれ料理を注文して受け取ってから、いつものように4人掛けのテーブル席へ着く。

 今日の席順は愛里寿の隣にルミ、愛里寿の正面にアズミ、そして斜向かいにはメグミだ。

 またいつものように、メグミたちバミューダ3姉妹で愛里寿と親しくなるために水とおしぼり、箸を用意してあげる。しかしどこか、愛里寿は不満げだった。

 それにはメグミたちもあまり気付かず、4人で『いただきます』をする。

 

「今日のバミューダアタックも、上手くいかなかったわね・・・」

 

 食事を始めてから少しして、メグミが食堂の天井を見上げながらぼやく。それは今日のチーム内での練習試合のことを言っているのが、このテーブルに着く他の3人には分かっていた。

 昨日同様、メグミたちバミューダ3姉妹は、愛里寿のセンチュリオンに対してバミューダアタックを仕掛けた。

 今回のパターンについてだが、まずメグミを中央に据えて左にアズミ、右にルミの戦車が就く。そして愛里寿のセンチュリオンへ向けて全速前進してまた3方向から囲むのだが、今回は3輌それぞれがドリフトを利かせて曲がるのではなく、3輌とも最初にセンチュリオンへ向けて直進するのは昨日と同じだが、まずメグミのパーシングが速度をわずかに落とし、そして両脇のアズミとルミのパーシングはセンチュリオンの横を通り過ぎてからドリフトさせて向きを変え、3方向から狙うつもりだった。この攻撃の仕方は、パターンTに当たる。

 だが昨日と同じで、愛里寿のセンチュリオンは砲塔旋回と超信地旋回を存分に活かして砲撃を全て躱し、逆にメグミたちバミューダ3姉妹を全滅させた。

 

「中々上手くいかないわね・・・」

「掠りもしないし・・・」

 

 アズミとルミも同じで、どうしたものかと嘆いている。

 そして、その普通じゃないような動きを見せた戦車の車長である愛里寿は、今日は美味しそうに微笑みながらハンバーグを食べている。

 だが、3人が心底落ち込んでいる姿を見ると、愛里寿も少しだけ良心が痛んだのかメグミたちに話しかける。

 

「あの・・・でも、皆の連携力もすごかったよ。前半だって、相手を撃破するペースも前より早かったし、確実に強くなってる、と思う」

 

 その愛里寿の気遣うような言葉に、メグミたちがハッとしたような表情をする。

 それは愛里寿の言ったことに気づいたから、と言うことではない。敬愛する愛里寿に気を遣わせてしまうというバカなことをしてしまったと、3人が痛感したからだ。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます!」

「私たちも、頑張りますね!」

「ささ、ご飯が冷めないうちに食べちゃいましょう!」

「う、うん」

 

 メグミたちが強引に話を切ると、愛里寿も多少メグミたちの不自然さに疑問を抱くも食事を再開した。

 それからほどなくして、メグミの正面に座るルミが話しかけてきた。

 

「ところでメグミ、1つ聞かせてもらいたいんだけどさ」

 

 ルミが畏まって聞いてきて、メグミはとんかつを一切れ箸で摘み口に運びつつルミのことを見る。ルミの表情が何だかにやけていて嬉しそうに見えるので、大した話ではないだろうと、食事を止める必要もないかとメグミは思った。

 

「昨日帰る時に一緒にいた男って誰よ?」

 

 だが、ルミのその言葉には流石に箸を止めざるを得なかった。

 愛里寿は少し様子の変わったメグミのことを見て、メグミの隣に座るアズミはルミの方を見る。

 

「ちょっとルミ、それって何の話?」

「それがさぁ、昨日私が帰る時にメグミを見かけたんだけど、何とまさかの男と一緒だったのよね。それも割と仲良さそーな感じで」

「・・・・・・へぇ」

 

 興味を示したアズミに、ルミは嬉々として答える。それを聞いたアズミは、何とも愉しそうな笑みを浮かべてメグミのことを見た。

 メグミはこの2人の反応に『ふぅ』と小さく息を吐いて見せて、面倒くさいということをアピールする。

 この次に来る言葉など、どうせ―――

 

「メグミったら、いつの間に彼氏なんて作ってたの?」

 

 アズミの言葉に、メグミは今度は大きく息を吐いた。やっぱりこうなるのよね、と。

 メグミたちも20歳を過ぎ、そろそろ『その手』のことについて考え始める年頃だった。戦車道とは女性の世界であり、男がほとんどいないからこそその問題に関しては積極的で、なおかつ興味津々だった。

 それと、大学選抜チームの中には彼氏がいるメンバーもそれなりにいるので、それがなおのこと彼女たちの積極性と興味を助長させている。

 

「彼氏じゃないわよ。ただの知り合い」

 

 だがメグミは、本当のことを伝える。隠すようなことでもない。

 

「ふーん?どこで知り合ったの?」

 

 ルミは一応納得するも、まだ興味は続いているらしい。素直に猫カフェと答えるべきかとメグミは少し悩んだが。

 

「そういえば昨日、『猫カフェで知り合った』って言ってたね」

 

 するとそこで、メグミに代わって愛里寿が明かした。明かしてしまった。

 

「えっ、隊長も知ってるんですか?」

「うん・・・昨日、メグミとその人が一緒に帰ってるところでたまたま私も会って・・・」

 

 メグミは頭の中で、あちゃーと自らの額を押さえる自分をイメージする。

 愛里寿は13歳にして、大学選抜チーム隊長、島田流戦車道後継者、天才少女等多くの肩書を背負っている身である。

 だが、同時に愛里寿はその幼さ故の純粋さも持っていた。そんな愛里寿に、戦車道のことがほとんど絡まない今の時間で他人の、それも自分より年上である大人の気持ちを慮るというのは少々難しい。

 だから愛里寿は、メグミがあまり正直に言いたくなかったことを、素直に言ってしまった。

 そしてメグミは、それをアズミとルミが知ってしまったことで事態は悪い方向に転がることが読めていた。

 

「え、まさかメグミ・・・猫カフェに行ったのって・・・?」

「違うわよ。この前テレビで紹介されていたから気になって行ってみただけよ。『それ』目的じゃないわ」

 

 アズミの言葉が『男との出会いを求めて猫カフェに行ったのか』という意味を含んでいることに気づいたメグミは、全て言われる前にそれを断固否定する。そんな考えは本当になかったので、違うと言っておいた。

 ただ、結果的には桜雲と言う男と知り合えたのだから、結果オーライと言えなくもない。

 

「あ、そうだメグミ」

「はい、何でしょうか?」

 

 そこで愛里寿が話しかけてきてくれた。これで上手いこと話が逸れるといいのだが。

 

「昨日帰ってから、お母様に相談して・・・猫カフェに行ってもいいって」

「お許しが出たんですね。よかったです!」

 

 島田流家元でもある母に、愛里寿はちゃんと話をしたようだ。その流れでメグミが誘ったことも家元は知っているだろうし、いずれメグミの下へ連絡が来るだろう。メグミも家元とは何度も会っているし連絡先もお互い知っているのでそれは別に問題はなかった。

 

「それでね、次の日曜日なら大丈夫なんだけど、メグミはどう・・・?」

「あ、はい。勿論です!私はいつでもOKですので!」

 

 敬愛する愛里寿とのお出かけであれば、いつだろうと大歓迎の無問題(モーマンタイ)だ。メグミは二つ返事で頷く。

 と、そこでアズミとルミが『ちょちょちょちょちょ』と横やりを入れてくる。

 

「待って―――いえ、よろしいですか隊長?」

「?」

 

 思わずアズミが素の口調で話しそうになるが、すぐに普段愛里寿に接するときのような敬語に戻して愛里寿に話しかける。

 

「その、私とルミも・・・ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ」

 

 アズミの不安そうな質問に、愛里寿は小さく笑って頷く。それでアズミとルミの表情も明るくなった。

 

「ほ、本当ですか?」

「ありがとうございます!」

 

 アズミとルミは揃って頭を下げる。そして2人は、メグミに向けて目配せをする。

 

((抜け駆けは許さないわよ))

 

 その視線にはそんな意図が含まれていることはメグミも分かっていたし、メグミも抜け駆けする気などなかったので、『分かった分かった』とばかりに肩を竦めて白いご飯を口に含む。

 ここにいるメグミ、アズミ、ルミに限らず大学選抜チームの面々は、愛里寿と自分たちとの間にある壁をどうにかして取り払って親しくなりたいと思っている。

 それは全員共通だが、このバミューダ3姉妹の間に限り『誰か一人だけが愛里寿を独占する状況は認めない』という掟が存在する。それに抵触しようものなら、たとえ親しい間柄であろうとフレンドリーファイアも辞さない心構えだ。

 

「それで、メグミ」

「あ、はい。何ですか?」

 

 そんな不可視の小競り合いに気づかない愛里寿は、純粋な瞳と共に質問をメグミに向ける。メグミも一度アズミとルミの目配せから一度意識を逸らして愛里寿の方を向く。

 

「どんな猫カフェに連れてってくれるの?」

 

 その質問に、メグミは言葉を詰まらせる。隣に座るアズミ、正面に座るルミもそれは純粋に気になったようで、2人ともメグミのことを邪な感情抜きに見つめる。

 

「あー・・・それは当日のお楽しみということで」

「そうなんだ・・・楽しみにしてるね」

「ええ、どうぞお楽しみに!」

 

 メグミの苦し紛れの答えに愛里寿は笑って頷き、アズミとルミも『楽しみにしてるわよ~』と言いながらそれぞれ焼き鮭定食とカツ丼を食べるのを再開する。

 

(・・・危なかった)

 

 だが、内心でメグミは大きく息を吐いて安心していた。

 まさか、愛里寿たちと一緒に行くその猫カフェを決めるのはメグミではなくて知り合いの桜雲で、しかもまだ決まっていないというのは、誘った張本人であるメグミには言えるはずもない。

 そして、ここまで言った以上はちゃんとしたお店でなければならないだろうし、メグミは心の中で桜雲に『いいお店をお願い』と念じる。

 頼んだ身で太々しいことは重々承知の上だ。だから後日、何かしらのお礼をした方がいいということは、最初に頼んだ時からメグミは考えていることだった。

 

 

 

「・・・・・・っ」

 

 その同時刻、食堂で桜雲は妙な寒気に襲われて身体をブルリと震わせた。

 何か、自分のあずかり知らない場所で自分へのハードルを上げられたような、自分に対する期待値が高まったような、そんなことが起こったような気がする。

 嫌な予感が働いた、とも言えた。

 

「どうかした?」

 

 すると、桜雲の正面に座っていた、桜雲が所属する動物サークルの同い年の女子・柊木(ひいらぎ)が心配そうに声をかけてきた。どうやら、桜雲の身体が震えていたのは見えていたらしい。

 

「ううん、何でもないよ。ただちょっと寒気がしてね・・・」

「大丈夫?もうすぐ夏本番なのに風邪なんて・・・」

 

 とりあえず寒気がしたということだけは伝えると、柊木は本当に心配そうにそう言ってくれた。その心遣いだけでも桜雲は嬉しい。

 この柊木だが、知り合ったのは動物サークルに入った1年生の頃なので、旧知の仲と言うほどでもない。ただ、同じサークル内の同時期に入った同い年と言うことで何かと話す機会も多く、割と仲は良い方である。こうして2人で昼食を摂っているのも、1人で食べていた桜雲を見かけた柊木が声をかけてせっかくだからと同席したからだ。

 桜雲は、中辛のカレーを食べて寒気が走った身体を少しでも温めようとする。

 

「ところで、桜雲君」

「何?」

「この前の日曜も、猫カフェ行ったの?」

 

 桜雲が猫好きだということ、そして休日は猫カフェによく行くということはサークルのメンバーも大体知っている。勿論柊木も知っているからそう聞いたのだ。

 

「うん、前にテレビで紹介されてたお店にね」

「それで、どうだった?」

「いい場所だったよ。まるで、絵本の中から飛び出したみたいなお店だった」

「へぇ~・・・面白そうだね」

 

 柊木も興味を示してくれたので、桜雲はとりあえず安心した。これで『変なの』とでも言われれば、もしや自分の感性がおかしいのでは?とちょっとばかり不安になりかねないからだ。穏やかな気性の桜雲でも流石に不安になることはある。

 それと、猫カフェつながりで桜雲が雑談程度の感じで柊木に話しかけた。

 

「そういえば、知り合いから『いい猫カフェ無い?』って訊かれてね」

「?」

「どこを薦めようか迷ってるんだけど・・・柊木さんはどこかいいトコ知らない?」

「私は犬専門だからね~・・・」

 

 桜雲と柊木の所属する動物サークルのメンバーは、大体皆それぞれに好きな動物がいて、その動物に関することを専門的に研究している。桜雲と柊木を例に挙げれば、桜雲は猫、柊木は犬という具合だ。他にもフクロウとかハムスターとかインコが好きで専門しているメンバーもいるが、猫は桜雲の専門だ。だから正直、専門じゃない柊木に訊いてもそれは答えるのが難しいのは分かっていた。

 

「ごめんね、変なこと訊いて」

「ううん、気にしなくて平気。でも、そうねぇ・・・」

 

 桜雲が謝るが、柊木は笑って首を横に振る。そして何かを考えるように、箸を宙で回す。

 

「『いいお店』っていうよりも、『その人に合いそうなお店』を選んだ方がいいんじゃないかな?」

「・・・・・・?」

「例えば、その頼んできた人が落ち着いた感じの人だとしたら、賑やかな雰囲気のお店を薦めてもあんまり溶け込めなくて楽しくなさそうだし・・・どころか気を悪くさせちゃうかもしれないからね」

 

 柊木の話は、猫カフェに限った話ではない。人にはそれぞれ自分に合った場所と言うものがある。落ち着いた人には静かな場所が、明るい人には賑やかな場所が性に合うということが多い。無論全員がそうと言うわけではないが、少なくとも今桜雲が薦めようとしている人に限ってはその通りだと思う。

 

「そうかも・・・うん、そうだね」

 

 猫カフェを探してほしいと言ったのはメグミだが、メグミは愛里寿と打ち解けるために一緒に猫カフェに行くと言っていた。そんな愛里寿は活発な雰囲気ではなく、静かで落ち着いた感じがする。だから、そんな愛里寿に合うような落ち着いた雰囲気のカフェにした方がいいかもしれない。

 

「教えてくれてありがとう」

「ううん、礼には及ばないよ」

 

 桜雲は柊木にお礼を言ってから、またカレーを食べ始める。そして柊木も箸を手にとんかつを食べるのに戻る。

 桜雲は、帰ったらもう一度、猫カフェを調べようと思った。勿論メグミから頼まれた昨日から調べてはいたが、今度は柊木のアドバイス通り愛里寿に合った落ち着いた雰囲気の猫カフェを探すことにしよう。

 

 

 そんなことを桜雲が考えている一方で、メグミたちの話題は。

 

「聞きましたか、隊長?」

「?」

「今年の高校生大会、どんでん返しだったみたいですよ」

「ああ、そのニュースは私も聞いたわ」

「ええ、ルミに同じく」

「・・・うん、私も昨日ニュースで観た」

 

 『高校生大会』だけで愛里寿とアズミ、ルミには伝わった。

 それは、つい先日行われた第63回戦車道全国高校生大会の決勝戦のことだ。大学生となったメグミたちにとってはそこまで重要なものではないが、その決勝戦は、いや今年の高校生大会は大学生であるメグミたちにとっても目を見張るものだった。

 と言うのも、まずその決勝戦の対戦カードは高校戦車道最強と言われる黒森峰女学園と、奇跡の快進撃を見せてきたという大洗女子学園。特に大洗女子学園は、20年ぶりに戦車道を復活したばかりの無名校だが、決勝に至るまでに戦車道四強校のサンダースとプラウダを破ったのだ。その戦績を見ると『奇跡の快進撃』という表現にも頷くほかないし、注目せざるを得ない。

 そしてそんな大洗と黒森峰の決勝戦を制したのは、またしても大洗。それも試合中に重駆逐戦車エレファントとヤークトティーガーを立て続けに撃破、さらには史上最強の超重戦車マウスさえも破った、まさにどんでん返しだった。

 そして試合内容もさることながら、さらに関心が高まった要素はその番狂わせを見せた大洗女子学園の戦車隊を率いる隊長だ。

 

「どうして西住流の子が大洗に?って思ったけど」

「分からないわね・・・母校のことは知ってるけど、高校生はちょっとノーマークだったし・・・」

 

 誰に向けたわけでもないルミの問に、アズミが首を横に振る。メグミもお手上げと両手を広げて首を横に振り、愛里寿は小さく考え込む。

 その大洗女子学園を率いていたのは、元黒森峰女学園の隊員だった西住みほ。今ここに座る全員が身を置き、そして愛里寿の母親が家元である島田流と双璧をなす、日本でも由緒ある戦車道の流派・西住流の直系の娘である。

 そのみほは、本来であれば西住流が後ろについている黒森峰女学園に所属しているはずだった。にもかかわらず、みほは大洗女子学園の生徒として、隊長として高校生大会に参戦した。それが一体どうしてなのかはメグミたちにも分からない。それは西住流、黒森峰女学園、大洗女子学園の内部事情や何やらの複雑な経緯故のことなのだが、それはメグミたちの知るところではなかった。

 

「でも、さっきちょっと戦車道ニュースサイト覗いてみたら、すごいことになってましたよ」

「?」

「ほら」

 

 そう言いながらメグミは、スマートフォンを取り出して画面を点け、愛里寿に見せる。

 ニュースサイトのほとんどの記事は、その第63回戦車道全国高校生大会のことばかりだ。その中でも目立っているのは、やはり大洗女子学園の優勝、もしくはそれまでの軌跡についての記事だ。閲覧数、注目度数も他と比べると高い。

 

「こりゃ、時代が動くかもね?」

 

 ルミが同じサイトを見ているのか、スマートフォン片手にけらけらと笑いながら告げる。その様子は明らかに今回の高校生大会を他人事、対岸の火事のように捉えている。実際、ルミたちは大学生で、高校生の大会の結果が自分たちに影響を及ぼすことはほぼないので本当に他人事だから、誰もそれを咎めはしない。

 しかし愛里寿は、そのことを高校生のことだからと処理することはなかった。

 

「・・・でも、サンダースとプラウダ、黒森峰に勝った大洗の戦い方も気になるし、もしかしたら私たち大学選抜チームにも取り入れられる技術があるかもしれない・・・」

「そうですね・・・試合の動画や記事ぐらいは見ておいた方がいいかもしれません」

 

 愛里寿の言葉にメグミも頷く。

 

「でしたら・・・ほかの学校の試合も観ておきますか?あくまで参考程度に」

「そうねー・・・まあ、観といて損はないか」

 

 アズミがさらに付け加えて、ルミも腕を組みながら目を伏せる。

 大学選抜チームはその母体となっている島田流の影響もあって、多種多様な戦術を積極的に組み込む傾向がある。ワンパターンな戦術だけに頼らず多くの戦法を取ることで、相手に対策を取らせずに翻弄させる戦い方は、島田流戦車道が『変幻自在の忍者戦法』と謳われる所以である。

 だから愛里寿の、奇跡の優勝を遂げた大洗女子学園の、ひいては高校戦車道の戦いを調べておくというのも間違ったことではない。それでメグミたちも否定や意見したりはせず、賛同した。高校戦車道を参考にするというのはあまりないことだが、ルミの言った通り『時代が動く』かもしれないし、自分たちでは考えつかないような作戦がもしかしたら見つかるかもしれないので、丁度いい機会だ。

 

「ただ・・・あまり根を詰めすぎてはだめですよ、隊長?」

 

 アズミが気遣うように愛里寿に話しかけ、メグミとルミもうんうんと頷く。その3人を見て、愛里寿はわずかにはにかんだ。

 昨日、愛里寿は『休日も勉強をしている』と言っていたのを3人は覚えている。その本来の勉強に加えて高校戦車道の試合まで確認するとなれば、休む時間もさらに少なくなってしまうだろう。

 いくら愛里寿が普通の13歳の少女とは違うと言っても限度はあるので、そこがアズミたちは心配だった。

 

「・・・うん、気を付ける」

「ですので次の休日は、ゆっくり羽を休めましょうね」

 

 メグミが愛里寿に言うと、愛里寿も頷いてくれた。

 やはり次の休日に愛里寿と猫カフェに行くことにしたのは正解だったと、メグミは思う。

 昨日の話でも分かったが、とかく愛里寿は戦車道に対する意欲が誰よりも強い。だから少しは戦車道以外の何かで息抜きをさせないと、まだ幼い身体の愛里寿はどこかで身体を壊してしまう。

 それに、戦車道以外のことをあまり知らない愛里寿に、もっと『外の世界』を知ってほしかった。

 

(・・・・・・よし)

 

 メグミは心に決めた。次の休日の猫カフェで、愛里寿を楽しませようと。

 だから、桜雲からいいお店を聞いて、そして猫との触れ合い方をマスターして、愛里寿にも猫の可愛らしさを知ってもらおうと。

 桜雲には迷惑をかけてしまうが、相応のお礼はするつもりでいる。叶えられる範囲で、何でもするつもりだ。

 

 

 

「・・・・・・っくし!」

 

 メグミがそう心の中で決意したところで、桜雲は1つくしゃみをした。

 

「ちょっと、本当に大丈夫?」

「ん、大丈夫だよ。問題ない・・・はず」

 

 またも柊木に心配をかけてしまったが、桜雲自身は風邪をひいているような感覚はない。どこかの誰かが噂でもしたのだろうと、深くは考えなかった。

 

 

 サークル活動を終えて、桜雲が部屋に戻った時にはすでに時刻は18時を回っていた。夏になって陽が伸びてきているので、時計を見なければまだそこまで遅くなっていないと思いそうになる。

 靴を脱いで部屋に上がり、時計を見て夕食の準備にかかる時間を大まかに計算し、その準備をするまではメグミに頼まれた通り猫カフェを探すことに決めた。

 早速もろもろの準備を終えてパソコンを立ち上げる。だが、その途中でスマートフォンが電話の着信を告げた。親からかな、と思いながら画面を点けると『着信:メグミさん』と表示されていて、どうしたんだろうと思いつつも電話に出る。

 

「もしもし?」

『あ、桜雲?ごめんね、今大丈夫?』

「うん、大丈夫だよ。それで、どうかしたの?」

 

 桜雲が早速本題へ移ろうとすると、メグミは『えーっとね・・・』と何とも申し訳なさそうな声を洩らす。電話越しにその声を聞いた桜雲は『本当にどうしたんだろう?』と心配になる。

 

『あの、愛里寿隊長と猫カフェに行くって話だけどね・・・その日が、次の日曜に決まったの』

「日曜日ね」

 

 メグミの言葉に、桜雲は部屋の壁に掛けてあるカレンダーを見る。次の日曜日と言うことは、あと5日だ。

 

『だからね、その前に下見に行きたいと思ってるんだけど・・・桜雲が都合が合う日っていつ?』

「・・・・・・あー」

 

 桜雲はもう一度、カレンダーを見る。その日曜日までの間には、大学の講義が入ってしまっていて終日暇、休みと言う日がない。

 となれば。

 

「ごめん。1日空いてるって日はないなぁ・・・講義の後ぐらいしか時間がないや」

『そうなの・・・・・・どうしよう・・・?』

 

 困った様子のメグミ。そんな彼女に、桜雲は落ち着いて補足をする。

 

「でも、猫カフェには夜までやってる場所が多いよ」

『あ、そうなの?』

「うん。だから、夜までやってて、それでいていい感じのところを見つけて、都合が合う日にそこで下見にしようか?」

『そうね・・・・・・』

 

 桜雲の提案に、メグミは少し考える。10秒にも満たない沈黙ののち。

 

『分かったわ。それでお願いしてもいい?』

「うん。それじゃ、すぐに探してみるよ」

『ええ、お願いね・・・』

 

 そこで桜雲が電話を切ろうとしたところで。

 

『ねえ、桜雲』

「何?」

 

 切る直前、メグミが桜雲を呼んだ。それで桜雲も、『通話終了』をタップしようとするのを止める。そして、再びスマートフォンを耳に当てて、メグミの言葉を待つ。

 やがて、メグミは。

 

『ごめんね、あれこれ注文付けちゃって』

「ううん、メグミさんは気にしなくて平気だよ」

 

 メグミの謝罪の言葉に、桜雲は首を横に振りながら否定する。

 また少し、お互いの間に沈黙が訪れたが、メグミは確かに桜雲に聞こえるように告げた。

 

『ありがとね』

 

 その短い言葉だけで、桜雲はメグミの感謝の気持ちが十分に伝わった。

 

「・・・ううん、どういたしまして」

 

 そして『それじゃあね』と桜雲が言って、メグミも『うん、それじゃ』と言って電話が切れた。

 だが、電話が切れた後も少しの間、桜雲は手の中にあるスマートフォンを見つめる。

 先ほど『ありがとね』と言われた時、桜雲はメグミの感謝の気持ちを汲み取ったと同時に、心の内が温まるほど嬉しくなった。それは感謝の気持ちを伝えられると嬉しくなるという当たり前のこともあったが、何か別の『気持ち』が桜雲の中にポツンと咲いたような感じがしてならなかった。

 

「・・・・・・さてと」

 

 スマートフォンを机に置き、パソコンの画面を見る。既にデスクトップ画面に移っており、いつでも調べる準備はできている。桜雲はキーボードを軽やかに叩き、早速条件に合う猫カフェをインターネットで探し出す。

 この日だけは、夕食の準備もそっちのけにして、猫カフェを探し続けた。

 メグミの信頼と希望に応えるために。




次回はちょっと戦車の描写が少なめですので、
予めご了承ください。

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