恋の訪れは猫とともに   作:プロッター

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 メグミ、アズミ、ルミのバミューダ3姉妹が愛里寿と共に猫カフェへ行くのは日曜日で確定したが、その前日である土曜日に、桜雲はメグミと下見兼猫との触れ合い方を教えるためにその猫カフェに行くことも決まった。

 主役である愛里寿に合うような雰囲気のお店を桜雲が探した末に、桜雲は3軒の猫カフェを候補地として選び、それをメグミに伝える。その中から『ここがいい感じかな』とメグミが1軒選び、そこへ下見に行くことが決まったのは、本番の4日前のことである。

 しかし、2人の予定が合うのは土曜日、それも大学の講義が終わった後しかなかった。平日では、お互いに講義が終わる時間が違ってどちらか一方が待つことになってしまう。桜雲の方はサークルにも所属しているから、それは仕方がなかった。

 

『別に僕が待っているのでもいいけど?サークルも休むなり早引きするなりでいいし・・・』

 

 桜雲が善意100パーセントでそう言ったのだが、それに対してメグミは。

 

『私が無理なお願いをしちゃったのがそもそもだし、これ以上桜雲に負担はかけたくないから・・・』

 

 と言うわけで、メグミが気持ちだけ受け取る結果に終わった。別に桜雲はサークルの時間が減ること自体を負担とは思っていないのだが、大人しく従うことにした。

 その結果、2人の大学の講義が終わる時間がほぼ同じである土曜日に下見に行くことが決まった。

 

「お待たせ、桜雲」

「大丈夫、今来たところだよ」

 

 そして下見当日の土曜日、午後1時半。大学の正門前で桜雲はメグミと待ち合わせて、早速目的の猫カフェに向けて出発する。

 

「まさか、結構近い場所にあんなお店があるなんてね」

「まあ、できたのは割と最近らしいし、猫カフェに興味がないと行くこともないからね」

 

 筆頭候補である猫カフェは、大学の最寄り駅から電車で2つ隣の駅にあり、メグミと出会った猫カフェよりもずっと近い。しかし桜雲も言った通り、オープンしたのはつい最近なので、近くに猫カフェはないと思い込んでいた桜雲も分からなかった。

 ホームページを見た限りでは静かな雰囲気がして、どうやら『猫』に加えて『温かみのある木』をテーマにしているお店のようだ。その雰囲気は愛里寿のイメージとも合っていると思ったので、桜雲とメグミはここにしようと決めた。

 そのお店は予約が必須と言うわけではなかったが、予約をしておいた方が混んでいても優先的に案内してもらえるとのことだったので、今日は桜雲の名義で2人分の予約を念のために入れておいてある。メグミも、明日愛里寿たちと一緒に行くことを仮定してとりあえず予約をしておいた。もしもそのお店が気に入らないようならばキャンセルすればいい。

 

「大学選抜チームに入ってるって言ってたけど、今日戦車の訓練ってあったの?」

「ええ、あったわよ」

 

 大学から駅までは少し歩かなければならないので、その道のりで2人は自然と会話をする。先に話かけたのは桜雲の方で、メグミが大学選抜チームのメンバーだと知っていたので気になったことを聞いてみた。

 

「この暑い中大変だね・・・」

「慣れたもんよ・・・うん。慣れたもの」

「顔ひきつってるよ・・・無理はしないでね?」

 

 7月も秒読みに近く、気温は最近になって上がってきている。この1週間では夏日になる日がほとんどだ。

 そんな気温の中で、通気性もそこまで良くはない鉄の塊である戦車の中に何時間も留まって戦うなど、見ようによっては自殺行為だろう。だが、ちゃんと水分補給などは徹底しているらしいし、体調不良に陥った際は遠慮せずに申告するように言われていた。熱中症も馬鹿にならないので、その辺りはきちんとしている。

 

「まあ、無理はしてないわ。その辺はわきまえてるし、死んだら元も子もないんだから」

「それはよかった」

「それも問題なんだけど、やっぱり隊長には勝てないのよね・・・戦車は強いわ乗員もやばいわで」

「あはは・・・それは大変そうだね」

 

 桜雲も祖母の影響で戦車度のことは多少の興味はあったので、メグミの話には興味があった。だから話の腰を折るようことは言わない。

 

「それにメグミさんって、大学選抜チームの副官なんでしょ?だからホントに大変そうだね」

「あれ、言ったっけ?私が副官だって・・・」

「大学選抜チームって聞いてから気になってて、ネットで調べた」

「あらら・・・何だか恥ずかしいわね・・・」

 

 メグミから猫カフェを探してほしいと頼まれた日、そしてメグミが大学選抜チームに所属していると聞いた日に、猫カフェを調べる片手間で大学選抜チームのことを調べた。そこで桜雲は、メグミが大学選抜チームの副官を務めていることを知ったのだ。

 そんなメグミは、自分が副官だということを桜雲はメグミ自身の口からではなく、インターネットと言う公の情報から知った。自分が直接教えたわけではないからメグミは恥ずかしくて、変な感じがしたのだ。

 

「結構強いらしいじゃない、大学選抜チームって」

「まー、そうね・・・隊長が愛里寿隊長になった今年から強くなったって感じはするわね」

 

 大学選抜チームのサイトには、これまでの戦績も載っていた。昨年度まではそれほど特筆するべき戦果はなかったが、今年度に入ってからの戦果は、同じ大学生のチームにはもちろん、社会人のチームからも白星を勝ち取っているくらいだった。

 

「それに夏休みは、くろがね工業ってめちゃ強い社会人チームとの試合があるかもって話が上がってるし」

「へぇ~・・・もしやるんならその試合、観に行ってみようかな」

「おっ、観に来る?だったら私も頑張んないとね」

 

 桜雲も戦車道のことはちょっと興味があったので、大学生と社会人という身分が違う両陣営がどんな戦いを見せるのかは気になった。

 メグミも、親しい人が見に来るのであれば下手な戦いぶりなど見せられないので、もしその時が来たら自分は全力で戦おうと意気込んだ。

 

「でも今日は、ちょっとでもメグミさんの疲れが猫カフェで軽くなるといいな」

 

 今日の目的は下見と猫の触れ合い方を教えることだが、それでも桜雲は戦車道で疲れているであろうメグミにはぜひ猫で癒されてほしい。そう切に願っていた。

 

「そうね・・・確かにこの前初めて猫カフェに行った時は、猫が可愛くて疲れとかみんな吹き飛んじゃったわ」

「それが猫の良さなんだよね。何だか癒されるんだ」

 

 まもなく駅に到着する。駅前の広場は土曜日で世間がお休みモードなのもあって人が多い。加えて駅の近くには店も多く、大学の最寄り駅なのもあって大学生と思しき風貌の人が多かった。

 その中には、カップルらしき男女の姿もちらほら見える。

 それを見て桜雲は、メグミと話をしながらも思った。

 

(・・・僕らは、どう見えてるんだろう?)

 

 桜雲はそこでちらっと、メグミの姿を改めて見る。メグミの服は、上は白のチュニックに、下は紺のサブリナパンツ。割とシンプルな装いだったが、メグミの服装があまりにも気合の入ったものだと逆に桜雲がいたたまれなくなるので、それについては安心だった。

 とはいえ、今の桜雲とメグミは私服であり、フォーマルな服装ではない。よって、見方によれば桜雲とメグミが周りに『そういう関係』とみられる可能性も十分あった。

 だが、桜雲は首を横に振る。

 自分とメグミはそんな関係ではない。そう思うのも全ては他人の勝手で、ただ桜雲自身がそう思い込んでいるだけだ。それに囚われるのは馬鹿馬鹿しい。

 同じサークルのメンバーとして柊木と出掛けたこともあったが、その時は特段意識するようなことはなかった。

 しかしなぜ、今日メグミと一緒にこうして歩いている時に限って意識してしまうのか。

 その意識する理由がなんとなく見えてきたところで、桜雲とメグミは駅の自動改札を通ったのだが、桜雲のICカードがチャージ不足で改札が甲高い電子音と共に閉じてしまった。

 

「・・・・・・チャージしてくる」

「どうぞどうぞ」

 

 呆れたような笑みを浮かべるメグミに見送られながら、桜雲はすごすごとチャージをする。

何とも幸先が悪い。

 

 

 電車に揺られることおよそ15分、桜雲とメグミは目的地の猫カフェの最寄り駅に着いた。2人が最初に乗った大学の最寄り駅の周りも店が多くてそこそこ賑わっていたが、ここはそれ以上に店が多くて活気がある。ターミナル駅ほど大きくはないが、それなりに発展していた。

 駅周辺には飲食店のほかにも洋服店や靴屋、本屋など色々あってショッピングも楽しめるようになっていた。この辺りも、明日愛里寿と出掛ける時に立ち寄ってみるといいかもしれない。

 

「ペットショップ?」

 

 猫カフェまでの道のりの途中で、メグミはその店―――ペットショップを見つけた。道に面したショーウィンドウには犬や猫の写真が貼られていて、外からも見えるような位置に仔犬と仔猫がそれぞれ入ったケージが置いてあった。

 メグミはペットショップ自体目にすることがそれほどなかったのか、ペットショップまで近づいてショーウィンドウ越しに中のケージを見る。ケージの中の仔犬と仔猫は、メグミに気づいてじっとメグミのことを見上げる。

 だが桜雲は、メグミには申し訳なかったがこれから行く猫カフェの予約の時間もあったので、寄り道をするのが少し難しかった。

 

「気になるなら、帰りに寄ってみようか」

「そうね・・・ちょっと入ってみたいかも」

 

 桜雲に促されて帰りにここに寄ることが確定し、メグミは名残惜しそうではあるがショーウィンドウから離れて再び桜雲と並んで猫カフェへと向かう。

 やがて、駅周辺の喧騒から少し離れた大通り沿いにある、2階建ての白い建物の前にやってきた。2人が最初に出会った猫カフェはおとぎ話の世界にあるような外見だったが、目の前にあるのはそれとは打って変わって近代的なデザインだった。

 

「ここ、かしら?」

「うん」

 

 メグミも桜雲と最初に会ったあの猫カフェを覚えているから、そことは正反対の印象を抱かせる外見の建物に引っ掛かりを覚えたようだ。

 だが、白い壁に取り付けてある銀製の看板に刻まれた店の名前は確かに目当ての猫カフェのものだったし、店の外見もホームページに載っていた写真と同じである。間違いなくこの建物が、今日2人が下見をする猫カフェである。

 

「それじゃ、入ろうか」

「今日はよろしくお願いしますね、先生?」

「その呼び方は止めてよ・・・」

 

 今日ここへ来たのは下見と、もう1つはメグミに猫との触れ合い方を改めて教えるため。それにちなんでメグミは桜雲に対して敬語で話し、さらには『先生』と呼んだのだ。

 そんなメグミに苦笑しながら、桜雲はステンレス製のドアを開けて店に足を踏み入れる。

 そして、中の様子を見て近代的という外見の印象もまた一変した。

 

「・・・へぇ・・・いい感じね」

 

 中のイメージは一言で言うと『木』だった。カーペットが敷かれたフローリングはもちろん、物置らしき部屋のドア、椅子やテーブル、時計や戸棚が優しい色合いの木製のものだった。それに加えて天井を見れば、木の梁が意図的に見えるようになっていて味わい深く感じる。

 そしてそんな木をベースにした空間に、猫はいた。フローリングに寝転がって暢気にあくびをする三毛猫がいれば、壁の高い位置に設えてある木の板でできた猫用の通り道から桜雲たちを見下ろす黒猫、さらには木でできたキャットタワー―――角などはやすりで丸めてあって猫がケガをしないようになっている―――に座っているキジトラの猫もいる。

 キャッチコピーは『猫と温かみのある木が織りなす安らぎの空間』と銘打たれていたが、確かに『木』と言う自然的なものと猫の組み合わせは割とマッチしていた。見ているだけで、何だか心が癒される。

 だが、ただ店の中を見に来ただけではない。

 

「すみません、15時から予約していた者ですが・・・」

「あ、はい。ありがとうございます~」

 

 会計用のカウンターから桜雲が声をかけると、中年ほどの女性スタッフが応対をしてくれた。予約の内容を確認してもらい、そして前回同様料金を先に支払う。ここでは桜雲が先んじてメグミの文の料金も払ったのだが、それについてメグミが何かを訴えるような目で桜雲を見ていたことには、当の桜雲は気づいていない。

 そしてスタッフから、利用にあたっての説明を受けた。

 基本的なルールは同じだが、前とは違ってこの猫カフェは猫の抱っこが許可されている。その要素も、初めて行くであろう愛里寿にはいいかもしれないと桜雲とメグミは思っていた。

 それと、猫用のおもちゃを店側が用意しているが、遊ぶのは専用のスペースの中だけ、とのことだ。猫によっては激しくおもちゃで遊ぶタイプの子もいるので、ちゃんとした場所で遊ばせないと他の客に迷惑がかかるかもしれないからだった。

 時間は2時間で、料金にはワンドリンク代も含まれていたので桜雲とメグミはその場でアイスコーヒーを注文した。

 そしてようやく、桜雲とメグミは靴を脱ぎ、手の消毒をしてから猫のいるカフェスペースへと入る。空いていた2人掛けのテーブル席へと向かっている間、猫たちは興味深そうに桜雲とメグミの姿を目で追っていた。2人とも初めてここへきて猫たちも見たことがないから、警戒しているのだ。

 そうして猫たちの視線を感じながら桜雲とメグミはテーブル席に着く。椅子も木製ではあったがちゃんとクッションが敷いてあったのでお尻が痛くなるということにはならない。

 

「雰囲気とかは結構いい感じだね」

「そうね・・・隊長も喜んでくれそう」

 

 店の中を見渡して、桜雲とメグミは安心したように頷く。そしてそのメグミの反応を見て桜雲も、この店を候補に挙げた自分の判断がひとまずは間違っていなかったことに内心で安堵した。

 

「さて、それじゃ猫との触れ合い方を教えるわけなんだけど・・・」

「はい、よろしくお願いしますね」

「やめてってば・・・」

 

 メグミが頭を下げてきたので、桜雲は笑って手を横に振る。桜雲も今までこうして誰かから改まって頭を下げられて教えを請われたことなどなかったから、反応に困る。それに大それたことを教えるわけでもないので、そうやって畏まるとペースが狂う。

 

「何から教えればいいのかな・・・」

 

 桜雲が悩んでいると、ちょうどそこへタイミングを見計らったかのようにグレーの猫が、とことこと桜雲の足下へやってきた。せっかくなので、桜雲はこの猫で触れ合い方を教えようと決める。

 メグミもその猫に気づいて、視線をそちらに向けた。

 

「えっと、まず最初に・・・猫って初対面の人とか動物には警戒してるんだ」

「ふんふん」

「猫カフェの猫は割と人慣れしてるからそこまでじゃないけど・・・・・・」

 

 そこで桜雲は、まずいつもやっているように低い位置から人差し指を伸ばして、猫の鼻に近づける。

 

「でもまずはこうやって・・・指を鼻に近づけるんだ。それで匂いを嗅いで顔を擦り付けてきてくれたら、警戒してないってこと」

「ほう」

「顎の下に手を出すのも一つの手みたいだけど、これだと中々警戒心は解けないと個人的には思ってる」

「ほほう」

 

 やがてグレーの猫は桜雲の指に顔を擦り付けてきた。まず最初の段階、警戒心を解くことには成功した。

 メグミはその様子を真剣に見ながらも、桜雲の言葉に熱心に耳を傾けている。

 

「これなら、この子はもう警戒してないよ」

「へぇ、なるほどね・・・・・・」

 

 メグミは音を立てないように椅子を移動させて、桜雲と猫がより見やすい位置へと移動する。音を立てさせないその配慮に桜雲は心の中で感動しつつも、猫との触れ合い方を教えるのを続ける。

 桜雲は猫の顎の下を軽く指で掻くと、猫は気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと低く鳴き始める。喉が震えているのが桜雲も指で感じ取り、リラックスしているのが分かった。

 

「ゴロゴロ低く鳴き始めたら、大分リラックスしてるってこと。あとは猫が好きな耳の付け根とか、鼻の上とか、頭とかを優しく撫でてあげるといいよ」

「ふむふむ・・・」

「と、一通りこんな感じで大丈夫かな・・・?」

「ありがとね、丁寧に教えてくれて」

 

 猫との触れ合い方を一通り教えたところで、猫を撫でながらメグミに話しかける。メグミはちゃんと聞いていたようで、桜雲に向けて笑いかけてくれた。その笑みを見て桜雲は照れ臭くなったが、平静を装ってグレーの猫の前脚の付け根部分を持ち、メグミの足下に猫を移動させる。

 

「じゃあ、メグミさんもやってみる?」

「うん」

 

 メグミは、桜雲がやっていたように低い位置から指を猫の鼻の前に差し出す。猫は、先ほどと同じように差し出された指に鼻を近づけて、匂いを確かめるように鼻を小さく動かす。そして安心したらしく、猫は自らの顔をメグミの人差し指に擦り付ける。

 

「わぁ・・・」

 

 猫が指に顔を擦り付けているのを見て、メグミは小さく声を洩らす。

 以前行った猫カフェでも、この前の大学の敷地内でも、こうして猫は反応を示してくれた。だがメグミからすればまだ猫と触れ合った経験が浅いため、何度か経験したことであってもまだまだ新鮮なことだ。そして何よりも、猫と接するのが不慣れなメグミの行動にちゃんと反応を示してくれたことが嬉しい。

 嬉しくなってメグミは、さらに顎の下を指で掻く。ほどなくして猫がゴロゴロと低く鳴き始めて、リラックスしてきたのを感じ取った。

 続けてメグミは耳の付け根部分でも撫でてあげようかな、と思ったところで猫が新たな動きを見せた。

 

「あら?」

 

 まず猫は、脚を少し曲げて体勢を低くした。

 そしてそのままぴょんと飛び上がって、メグミの膝の上に乗ってきたのだ。

 

「っ!?」

 

 突然のことに驚くメグミ。何せ猫が自分の膝の上に乗ってくるということが初めてだからどうすればいいのか分からないし、猫の体重を唐突に、そして直に感じ取って困惑する。

 

「さ、桜雲・・・・・・」

 

 助けを求めるように桜雲に声をかけるが、桜雲は『どうどう』と両手を前に軽く出す。

 

「猫を驚かせないように、脚はあんまり動かさないで」

「で、でも・・・・・・」

 

 桜雲がアドバイスをするも、メグミはまだ落ち着かない。

 一方で猫は暢気なもので、困惑している様子のメグミのことを円らな瞳で見上げている。

 とりあえずメグミは、未だ驚きから抜け出せてはいないものの時分を落ち着かせる意味も込めて、膝の上に座る猫の頭を優しく撫でてやる。

 すると猫は、そのメグミの手つきが気持ちよかったのか、メグミの膝の上に身体を丸めて寝転がった。

 

「あ・・・・・・」

 

 その仕草に、慌てていたメグミの心も落ち着く。その寝転ぶ猫を見て、メグミの心がふんわりと和む。

 

「嫌だったら下ろしてあげるんだけど・・・どうする?」

「・・・・・・ううん、平気。大丈夫よ」

「そっか」

 

 乗ってきた当初は下ろしたいと思っていたが、こうして膝の上で気持ちよさそうに寝転ぶ姿を見るとそんな気もなくなる。

 メグミが猫の背中やお腹を優しく撫でると、手のひらから猫の体温やお腹の緩やかな律動が伝わってくる。

 そして猫が寝転がる膝の上からは、猫の体温と重みがはっきりと伝わってくる。

 

(可愛いな・・・・・・)

 

 その手と脚から伝わってくる猫の感触、そしてメグミの目に映る気持ちよさそうな猫の姿に、メグミはふと思う。

 

(この子も・・・・・・『生きてる』のよね)

 

 この小さな猫と言う動物も生きていて、命がある。自分とは身体の大きさが違えど、ちゃんと命ある存在だ。そんな当たり前のことを、メグミは今こうして自らの膝の上に猫を乗せて撫でていることで、再認識した。

 そこでスタッフが、最初に頼んだアイスコーヒーを持ってきてくれた。だが、そのスタッフもメグミの膝の上で寝転がる猫を見ると、極力音を立てないようにアイスコーヒーをテーブルに置いて戻っていく。

 桜雲は静かにアイスコーヒーをストローで啜り、メグミも猫を起こさないように下半身を動かさず同じくアイスコーヒーを飲む。

 

「この子、どうしようかしら・・・」

「起きるまでそっとしておくんだけど、完全にリラックスしきっちゃってるね」

 

 メグミも桜雲も困ったように笑う。膝の上の猫は片方の前脚を投げ出してメグミの膝に身体を預け、目を閉じて心地よさそうに眠ってしまっている。

 

「そうやって膝の上に乗った時は、ゆすったりしないでそっとしておくんだ。それでさっきみたいに優しく撫でてあげればOKだよ」

「うん・・・分かった」

 

 先ほどメグミが猫を撫でたのは、自分を落ち着かせる意味合いが強かった。だがそれも経験者である桜雲が言うにはOKだったので、ある意味ラッキーだった。

 それからしばらくの間、メグミは膝の上で眠ってしまった猫を優しく撫でる。時折、だらんと投げ出された前脚にの肉球をぷにぷにと触って、形容しがたい感触を楽しんでいた。

 そのメグミの向かい側で、桜雲はメグミの様子を視界に収めつつ、近寄ってくる猫と軽くじゃれ合う。人嫌いの猫や気性の荒い猫はいないようで、その辺りも明日メグミが愛里寿と一緒に来るにはいいかもしれない。

 一方でメグミは、今なお膝の上で寝転がる猫を見ながら、実に穏やかな気分だった。その猫を撫でるのも、安らかな寝顔を眺めるのも、メグミにとっては全てが自分を癒してくれる要素だった。戦車道で疲れ凝り固まった心が、じんわりと絆されていくような、解かされていくような感覚を覚える。

 

「おもちゃで遊ぶスペースもあるけど、どうする?」

 

 大分長い時間、メグミが猫を膝の上に寝かせていて、そして猫も起きる気配がないので、どうするべきかと思いメグミに聞いてみる。おもちゃでの遊び方も一工夫あるのでそれを教えようと思ったのだが、メグミが今を楽しんでいるのだったらそれでよかった。

 

「そうね・・・教えてもらおうかしら。この子の寝顔も十分に堪能できたし」

「そっか。それじゃ、あっちへ行こう」

「でも、この子はどうしよう・・・」

 

 メグミも猫とどうやって遊べばいいのか少し気になっていたのでそろそろ移動しようと思ったのだが、膝の上のグレーの猫はとりあえず目を覚ましたがそれでも下りようとはしない。

 

「じゃあ、抱っこして連れて行こうか」

「抱っこって・・・どうすればいいの?」

「大丈夫、ちゃんと教えるから」

 

 不安そうなメグミに桜雲がやんわりと告げると、メグミも教えてもらえると知ったのか安心したように微笑んで桜雲のことを見る。

 

「まずは・・・左手を猫のお尻・・・尻尾の付け根辺りに添えて」

「うん・・・」

 

 桜雲に言われた通り、メグミはおずおずと膝の上に寝転がる猫の尻尾の付け根の部分に左手を添える。

 

「こう?」

「そうそう。それで、右手は猫の首の後ろぐらいにそっと置いて・・・」

「こんな・・・感じ?」

「そうそう」

 

 おっかなびっくり言われたように首の後ろに右手を添えると、メグミは少しだけ前屈みの状態になる。

 

「それで、そのまま立ち上がってみて」

 

 桜雲に促されて、メグミはその体勢のままゆっくり立ち上がると、人間の赤ちゃんを抱っこするような形で猫を抱きかかえることになった。

 すると、猫は自然とメグミの胸に前脚を添えて落ちないように自らを支える。そして、メグミの顔を見上げて『にゃー』と小さく鳴いた。

 

「・・・・・・ふふっ」

 

 自分の顔がだらしなく緩んでいることは、メグミも分かっている。その顔が桜雲に見られているということも分かっているが、それでもこの顔をどうにかするというのは難しい。それほどまでに、自分の胸の中で至近距離から見上げてくる猫の可愛らしさは破壊力抜群だった。

 

(・・・・・・)

 

 そして、そんな愛らしい猫の姿を見て笑っているメグミを見て、桜雲は自分の胸の鼓動が妙に早まっているのを感じた。

 今のメグミのように、猫をはじめとした動物と身近に触れ合って楽しそうな、嬉しそうな表情を浮かべる人には見慣れたはずなのに、そして今のようにときめくこともなかったはずなのに、どうしてそのメグミの姿を見るとこうも胸が高鳴るのだろう。

 その胸の鼓動が早まる理由が桜雲にはまだ理解できていないが、とにかくまずはメグミを連れて猫とおもちゃで遊ぶスペースへと向かう。

 

「おー、なんかいい感じね」

「なんか安心するような気がするね」

 

 そのスペースは他とは違ってフローリングではなく畳張りになっており、木製の卓袱台が2台置かれていて和風な感じがする。加えて猫と畳の組み合わせは妙に合致しており、日本人としての心をくすぐってくる。

 畳スペースに足を踏み入れると、メグミはそっと猫を畳に下ろしてあげた。

 そして桜雲は、スタッフから借りた猫じゃらしを猫に見せると、途端に猫の視線がその猫じゃらしに固定された。

 

「猫向けのおもちゃは割とたくさんあるけど、これが一番猫の興味をひきやすいからね」

「ほんとね・・・この子、もう完全ロックオンしてるじゃない」

 

 そこで桜雲はしゃがんで、猫の頭上で猫じゃらしを左右にひらひらと揺らす。先端には白い綿がついておりその根元には小さな鈴もついているため、振るたびに『チリンチリン』と音が鳴る。

 するとグレーの猫は、猫じゃらしを捕まえようとするかのように前脚を上に挙げて宙で振る。桜雲が猫じゃらしの高さを、猫の前脚が届く程度まで下げると、猫は綿の部分を両前脚で掴みガジガジと噛む。その仕草さえも可愛くて、桜雲とメグミの表情が綻ぶ。

 

「とまあ、こんな感じで遊んであげるのもいいんだけど・・・」

「?」

 

 そう言いながら桜雲は、猫を優しく猫じゃらしから引き離す。

一方でメグミは首を傾げた。猫じゃらしでの遊び方と言えば桜雲が見せたようなものぐらいしか分からなかったからだ。

そして桜雲は、猫のすぐ近くの畳に猫じゃらしの綿を軽く叩きつける。

 

「!」

 

 途端にグレーの猫が、まるで獲物を狙う寸前のように身体を畳に伏せて、綿をじっと見つめている。

 続けて桜雲が猫じゃらしを素早く振り綿が畳を這うように左右に動くと、猫もまたそれを捕まえようとして素早く左右に動いて綿を追う。

 

「はー・・・すっごい身軽ね・・・」

 

 畳の上を左右に素早く動かしたり、時には猫じゃらしを上にぱっと挙げて猫をジャンプさせたりして見せると、メグミは感心したようにそう呟いた。

 少しの間そうやってアクティブに猫を遊ばせた後は、また猫の前で軽く猫じゃらしを左右に振って猫をじゃれつかせつつ、メグミに話す。

 

「猫の本能的な感じで、こうやって素早く動くものには敏感なんだ」

「へぇ~」

「じゃあ、試してみる?」

「うん、楽しそうね」

 

 猫じゃらしをメグミに渡し、それをメグミは猫の前で左右に揺らす。グレーの猫は両の前脚を使って猫じゃらしを素早く掴み、ガジガジと噛む。

 そのグレーの猫を見ながら、メグミはポツンと呟く。

 

「なんか・・・いいわね。こういう、無邪気な姿って」

「でしょ?」

 

 桜雲も笑って、メグミの言葉にうなずく。

 今の目の前のグレーの猫のように、人間には見られない、動物ならではの純真無垢で天真爛漫な姿が愛らしいから、ブームになるほど魅了される人が多いのかなとメグミは思う。現にメグミも、猫に魅了されてその世界へ引きずり込まれそうだ。

 メグミが畳の上で猫じゃらしを素早く動かすと、猫は前脚を振ったり素早く飛び跳ねたりして必死に掴み取ろうとする。その猫の必死で、素早い動きが面白くてメグミは思わず笑ってしまう。

 

「面白いでしょ?」

「ええ、ホントね」

 

 メグミが猫じゃらしで楽しく遊んでいると、桜雲が毛糸球を1つ持ってやってきた。メグミが『それをどうするの?』とばかりに首を傾けると、桜雲は猫の傍に胡坐をかいて座り、そして猫に向けて毛糸球を軽く転がす。

 

「猫はこんな感じの小さなボール・・・特に毛糸球とかが好きなんだよね」

 

 すると猫は、毛糸球に興味を示し、前脚で毛糸球を転がして遊びだす。先ほどまで猫じゃらしで遊んでいたというのに、何とも移り気なものだ。だがその毛糸球で遊ぶ猫も可愛くて、2人はしばしの間グレーの猫が遊んでいる様子を眺める。

 

「本当に詳しいのね・・・教えてもらってよかった」

「いやいや、大体は人から聞いたり調べたのだから・・・・・・」

「それでもみんな覚えてるんでしょ?それだけでもすごいわ」

 

 メグミが正座をして、毛糸球と戯れる猫の背中を軽く撫でながら桜雲に話しかける。桜雲からすれば本当に褒められたことではないので手を横に振るが、それでもメグミは褒めてくれた。

 

「桜雲は猫を飼ってたって言ってたけど、飼い始めた頃からずっと好きだったの?」

「あー・・・最初はちょっと怖かったかな」

「え?」

 

 2人の傍で毛糸球で遊ぶグレーの猫の背中を軽く撫でながら、桜雲が苦笑いを浮かべた。

だが、メグミは猫好きだと言っていたはずの桜雲のその言葉に少し驚いた。ずっと猫が好きだと思っていたのだが、どうも違うらしい。

 

「猫を飼い始めたのは僕が幼稚園に通っていた頃だったんだけど、その時はまだ猫・・・と言うか動物があまり好きじゃなかった」

「なんで?」

「なんて言ったらいいのかな・・・不気味な感じがしたんだ」

「あー・・・・・・なんとなくわかるかも」

 

 桜雲は言葉を探しても上手い言い方を見つけられなかったようだが、メグミはなんとなくではあるもののその桜雲の気持ちは分かった。

 メグミも小さい頃は、犬や猫を少し苦手としていた記憶がある。それは動物が自分たち人間と同じで生きてはいるものの違う種であって、それでいて幼少の自分たちと同じような大きさだったから、何か言い知れぬ不気味な感じがしたのだ。

 

「でも飼ってるうちに猫がいるのが当たり前になって・・・それで次第に、可愛いって思えるようになったんだ」

「・・・・・・へぇ」

「言っちゃえば、家族みたいなものなんだよ。ウチの猫は」

 

 メグミは今も、実家でもペットを飼っていたことがないので、桜雲の言う『猫がいるのが当たり前』という感覚は分からない。ましてや、家族のようなものというのもどんな感じなのかはわからない。

 それと、次第に可愛く見えてくるというのも、メグミは少し違った。

 メグミも桜雲と同じように小さい頃は少し動物が好きではなかったが、この前初めて猫カフェに行った時は怖いと思うことなどなかったし、今はこうして普通に接することができる。それは大人になっていくうちに自然と動物に対する忌避感が薄れていったからだ。

 

「世話とかは大変だったけど、それでも嫌になったりはしなかった。可愛く見えてくると、世話も自然と楽しくなってくるし」

 

 すると、グレーの猫は胡坐をかいて座る桜雲の脚の間にやってきて、先ほどのメグミの膝の上に乗った時と同様に身体を丸めて寝転がる。しかし桜雲は狼狽えず、静かに猫の顎の下を指で掻く。

 

「・・・じゃあ、桜雲は猫を嫌いになったりはしなかったの?」

「そうだね・・・。怖いとは思っても、それで遠ざけたりはしなかったよ」

 

 『猫の方から近づいてくるし』とちょっと冗談めかしに言いながら、桜雲は猫の背中を優しく撫でる。猫も撫でられて気持ちがよくなったのか、目を細めて『くぁ』とあくびを一つ。

 するとメグミが、桜雲の傍に座る位置をずらして、桜雲の脚で寝転がる猫の頭を優しく撫でた。

 桜雲は、突然メグミが距離を詰めてきたことに少しだけドキッとする。甘い香りが漂ってきて、意識せざるを得なくなる。

 なぜこうもメグミのことを意識してしまうのかと桜雲は心の中で自らに問いかけるが、そんな桜雲の心中など分かるはずもなくメグミは桜雲に話しかける。

 

「桜雲ってさ・・・本当に、優しいんだね」

「?」

 

 メグミの言う『優しい』とは、どれに対するものなのだろうか。猫に対する接し方か、メグミへの猫との接し方を教えたことだろうか。

 だが、そのどちらでもなかった。

 

「だって、猫が怖くても逃げたり遠ざけたりしないで、接してきたんでしょ?『もういやだ』って拒絶したりすることだってあるのに、桜雲はそうはならなかったんだから」

「・・・・・・そうかな。僕はただ、自然と猫が好きになっていっただけだし」

 

 何かに対して怖いと感じると、人は『怖いから拒絶する』か『怖くても頑張って向き合う』と言う2択を迫られる。桜雲は後者の選択をしたわけだが、それは別に褒められたことではないと桜雲自身では思っていた。桜雲からすれば、それは自然と選んだ選択肢であったのだから。

 

「それでも私は・・・怖いものから逃げないで向き合うっていうのは誰にでもできることじゃないと私は思ってるわ」

 

 メグミが笑いかけてきて、桜雲はその顔に意識がいとも簡単に固定される。

 やっぱり自分は何かが変だと、桜雲は思う。

 これまでも、誰かから褒められたところで桜雲は『ありがとう』と感謝の気持ちを抱きつつそう言うことができたのに、メグミに言われるとそれだけでは収まらない。

 そう言われて嬉しいと思うほかに、顔が熱くなってきて、それに心も何だか温かく、穏やかな気持ちになる。

 どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう?

 

「でもホントに可愛いわね~♪」

 

 そんな桜雲の気持ちにメグミは気づかず、メグミは優しくグレーの猫の頭を撫でる。そのメグミの撫でる手つきが心地良いのか、猫は身体をわずかによじる。

 メグミの猫を撫でる手つきも、この前初めて会った時と比べると遥かに上達している。猫が気持ちいい場所を的確に撫でていて、猫をリラックスさせることができていた。これなら、明日の本番でも大丈夫だろう。

 だが桜雲は、隣に座るメグミの手つきよりも、メグミと言う女性を意識してしまっていた。

 

 

 時間いっぱいまで他の猫と触れ合ったり遊んだりして、メグミは桜雲から教えてもらった猫との触れ合い方をほぼマスターすることができた。元々身体で動かし方を覚える戦車に乗っているからか、同じく身体で覚える猫との接し方も容易に覚えることができたらしい。

 そうして触れ合い方を練習しつつ猫と遊んで2時間が経過し、2人は猫カフェを出た。

 

「もうこんな時間・・・楽しすぎて時間が経つのが早く感じちゃった」

「そうだね、楽しかった・・・。明日はいけそう?」

「ばっちりよ。教えてくれたおかげで、明日は上手くできそう」

 

 駅へ向かうまでの間、明日の本番のことを話す。

 今日の目的はあくまで、明日愛里寿と一緒にあの猫カフェに行くにあたっての下見と、猫との接し方や遊び方を学び会得することだ。途中からちょっと楽しくなって遊んでしまったが、その当初の目的を忘れてはいない。

 時刻は夕方の5時を過ぎ、だんだんと空が茜色に染まり始めている。夏なので陽の出ている時間は伸びてはいるが、それでも暗くなるのは割とすぐだろう。

 そんな空の下で来た道を戻っていると、来る途中でメグミが気になっていたペットショップが目に入る。

 

「あ、寄って行ってもいい?」

「うん、いいよ」

 

 メグミが確認を取ってから入店し、桜雲もそれに続く。

 店の中のスピーカーからは明るめのBGMが流れており、壁には犬や猫などの動物のシルエットが描かれている。ペット用の餌や遊び道具、ケージなどが販売されていて、店の中全体が外とは違う匂いがした。

 

「思えば、ペットショップなんて初めて来たかもしれないわ・・・」

「まあ、動物にそこまで興味が無かったり、飼っていたりしないとそんなに縁は無いだろうしね」

 

 物珍しそうに中を見回しながらメグミは店の中を進み、桜雲はその後に続く。やがて2人は、ペットを販売している一角にやってきた。壁に埋め込まれるように置かれているガラス張りのケージには仔犬や仔猫が入れられていて、近づいてきたメグミと桜雲に視線を向けた。

 だが、メグミがまず注目したのは、その近くのケージに入れられていた別の動物だった。

 

「え、カワウソ・・・?こういう子まで売ってるの・・・?」

「最近になってね。こういう変わり種の子も増えてきたんだ」

 

 カワウソと言う動物自体はニュースで度々話題に上がるから、メグミは知っている。だが、個人でペットにできるということは知らなかった。

 よく周りを見てみれば、インコや文鳥などのオーソドックスな動物に混じって、ミーアキャットやフェレットという珍しい動物までいた。今まで自分の持っていた『ペットにする動物』のイメージを超える動物がいて、メグミは心底驚き『はー』と言いながら動物たちを眺める。

 その中でもひと際異質なのは。

 

「何、この子・・・?」

「ミミズクだね」

「・・・・・・飼う人、いるの?」

「いるんだよこれが・・・」

 

 木の切り株のような置物の上に佇んでいる、濃い灰色の大きな鳥は桜雲の言った通りミミズク。ぎょろっとした丸い眼と嘴、(動物は基本そうだが)感情の読み取れないそんな顔をしたミミズクは、いるだけで存在感と威圧感を醸し出している。

 

「もはやちょっとした動物園ね・・・」

「あはは・・・それは言えてる」

 

 他にもウサギやウズラ、カメレオンまでいるので、『ちょっとした動物園』と言う表現も間違ってはいなかった。

 そうして動物を見ていると、メグミはふと思ったことがある。

 

「意外と・・・」

「?」

「お手頃価格なのね・・・」

 

 ペットを飼ったことがないメグミには、ペットは大体値が張るものかと思っていた。しかし、ほとんどの動物はその予想を下回るほどの値段だった。特に文鳥など、1羽が1万円もかからないのが驚きだ。

 

「・・・そう思うでしょ」

 

 だが、メグミのその言葉を聞いた桜雲は、少し悲しみを帯びるような感じの言葉を洩らした。これまでとは違った様子の桜雲に、メグミは思わずそちらを見る。

 

「でも実際、ペットを飼うのには結構お金がかかるんだ。ペットにする動物自体が安くても、餌代とか手入れとか、病院での健康診断の費用とかね」

「あー・・・・・・要するに、維持費ってこと?」

「ぶっちゃけるとそうだね。戦車で例えると・・・・・・戦車そのものがどれだけ安くっても、燃料とか弾薬、新しいパーツとかメンテナンスにもお金はかかるでしょ?」

「あっ、確かにそうね。うん、分かりやすい」

 

 ペットを飼ったことがなくて薄っすらとしか分からないメグミ。だが、そんなメグミに桜雲が戦車で例えると一気に分かりやすくなった。

 メグミの顔が明るくなると、桜雲は壁際のガラスケージへと向かう。メグミもその桜雲の隣を歩く。メグミが桜雲の顔をちらっと見ると、その顔が少し悲しげなのが見えた。

 

「でも、そのお金がかかるってことを知らないまま、『安いから飼おう』って結構衝動的に飼う人もいてね」

「そうなの・・・」

「それで・・・・・・お金がかかるってことを知って捨てる人もいるんだ」

「・・・・・・」

 

 ガラスケージの前にたどり着く。つぶらな瞳をした仔犬や仔猫たちが、ガラスの向こう側から桜雲とメグミのことを見つめている。その姿にメグミの心は少しだけ和むが、先ほどの桜雲の言葉を聞いてみる目も少し変わった。

 

「ペットを飼う時には、相応の覚悟が必要なんだよ」

 

 ガラスケースの中にいるずんぐりむっくりな体躯のグレーと白の猫―――スコティッシュフォールドに、桜雲は人差し指を向ける。猫カフェの猫とは違ってそこまで人に慣れていないせいか、反応は薄い。

 

「だって、たとえ自分より小さくても・・・生き物を、命ある動物を飼うんだから」

 

 先ほどの猫カフェでメグミの膝の上に猫が乗った時、猫のぬくもりやお腹の律動、身体の重みを感じて、メグミは猫にもちゃんと命があって、自分と同じように生きているという当たり前のことに気づいた。

 桜雲の言葉に、メグミは確かにその通りだと頷く。

 そして実際に飼っていたことがあるからこその桜雲の言葉に、メグミは重みを知った。

 

「・・・それもやっぱり、猫を飼ってて分かったの?」

 

 桜雲の隣に立ってスコティッシュフォールドを見据え、メグミは桜雲に訊く。

 

「うん・・・飼っていた猫から教えてもらったよ」

「・・・・・・」

 

 スコティッシュフォールドを見る桜雲の目は悲しそうだったが、それでも笑っていた。

 そんな桜雲のことを、メグミは―――

 

「桜雲って」

「?」

「本当に・・・・・・すごい人だって思う」

 

 今度は、メグミの真剣さを帯びた言葉に、桜雲は指を下ろしてメグミのことを見る。

 メグミは微笑んではいるが、それでも瞳には真っ直ぐな意思を宿しているように、桜雲は見えた。

 

「それだけ生き物のこと、命のことを大切に、真剣に考えているのは私からすればすごいことよ。何せ私は、ずっと戦車戦車で、そんな当たり前のことにもついさっきまで気づけなかったんだから」

「・・・・・・」

「そのことに、桜雲はずっと前の自分の経験から気付いていて、学んでいて、そしてそれを今日までずっと真剣に考えてきていることも、誰にだってできることじゃない」

 

 だから、とメグミは区切ってから、桜雲に向けてにこっと笑った。

 

 

「私はあなたのこと、すごい素敵な人だって思う」

 

 

 そのメグミの言葉に、桜雲の身体が一瞬で熱くなった。

 そのメグミの言葉が、桜雲の心に弓矢のようにとんと刺さった。

 その言葉を聞いて、桜雲の中の引っ掛かりが消えてなくなった。

 どうして自分がメグミのことを意識してしまっていたのか、その理由に気づいた。

 

 

 再び電車に乗って大学の最寄り駅まで戻ってきたころには、夏になって陽が伸びていたとはいえすっかり暗くなってしまっていた。

 

「今日はありがとうね、色々教えて貰っちゃって」

「ううん、僕も楽しかったし」

 

 陽が落ちてしまった住宅街を、桜雲とメグミは並んで歩く。生ぬるい風が時折頬を撫でていく。

 

「それと、ごめんなさい・・・。急に変なこと頼んで、苦労をかけちゃって。何かお礼をさせてほしいんだけど・・・」

「お礼なんて、そんな・・・。僕も楽しかったし、好きでやったことだから」

 

 桜雲はメグミの申し出をやんわりと断るが、さらにメグミは『いやいや』と首を横に振る。

 

「それでも、私から頼んであなたに手間をかけさせちゃったのは本当のことだから。何かお礼をさせてほしいわ」

「いや、でも・・・」

 

 メグミが引く様子はない。このままでは膠着した状態が続いてしまうだろうと思った桜雲は、大人しくここで折れることにし、メグミの厚意に甘んじることにした。

 

「それじゃあ・・・・・・メグミさん」

「?」

「僕と・・・・・・」

 

 足を止めて、桜雲がメグミのことを見て切り出す。メグミも足を止めて桜雲のことを見るが、その桜雲が穏やかながらも真面目そうな顔をしているのを見て、メグミは『まさか・・・?』と桜雲の次の言葉を考える。

 メグミだってもう21歳だし、『そのこと』について割と真剣に考え始めている今日この頃である。だからこの2人きりの状況で、その真剣そうな雰囲気で、そんな話し方で桜雲が告げる次の言葉に妙な緊張感と、淡い『期待』を抱く。

 

「僕と・・・・・・」

「・・・・・・うん」

「友達になってください」

「え」

 

 だが、桜雲の告げた言葉はメグミの予想とは違った。まさか、『友達になってほしい』とは。

 そして、その桜雲の言葉を聞いてメグミは。

 

「ふふっ・・・なんか改めて言われると、ちょっと恥ずかしいわね・・・」

「?」

 

 メグミはちょっとだけ笑うメグミ。

 だが、ちょっとだけ『悲しかった』。

 

「でも、そうね・・・・・・」

 

 これまでのことを振り返ると、『猫カフェを探してほしい』とか『猫との接し方を教えてほしい』と頼んでしまったのは厚かましいとは思う。けれど、タメで話をすることができて、下見とはいえ2人で一緒に出掛けたのは友達らしいともいえる。

 アズミたちにはこの前は桜雲のことを『知り合い』と言ったが、そう思い返してみると桜雲との関係は友達と言うにふさわしいものだった。

 

「・・・・・・うん、いいわよ」

 

 メグミがふわりと笑う。

 そのメグミの表情に桜雲は一瞬見惚れて動けなくなるが、すぐに自分の意識を奮い立たせてメグミに話しかける。

 

「それじゃあ、メグミさん。これからも・・・よろしくね」

「・・・・・・ええ、よろしく」

 

 そうして2人は途中の交差点で別れ、それぞれが自分の暮らすアパートへと戻っていく。

 その途中でメグミはふと思った。

 

(もう遅いし、一緒に晩ご飯でも食べてくればよかったかな)

 

 今日行った猫カフェの料金は、メグミの分も含めて全て桜雲が払ったので、メグミは今日電車に乗る時以外で財布を取り出していない。

 それと、今日のために桜雲に苦労を掛けてしまったことに対するお礼は結局できていないから、何かしらの形でお礼はしなければと思った。

 戦車道を歩んでいると、自分で言うのもなんだが礼儀や貸し借りについてしっかりしなければと思うようになる。戦車道がそもそも礼儀礼節を重んじる淑やかな女性を育成することを目的としているのだから、間違っているわけではないのだが。

 そこでまたメグミは、別のことを考える。

 

(・・・・・・なんでさっき、期待しちゃったんだろう)

 

 メグミは桜雲のことを『のんびり屋』と評していたが、同時に『ちょっと頼りない感じがする』とも思っていた。のんびりした感じが、柳に風とは少し違うが、ゆらゆらしていて不安定な感じがして、頼りなさそうに見えたのだ。

 しかし今日、桜雲と一緒に過ごしてその認識も改めざるを得なかった。

 桜雲はやっぱり猫が好きだったけど、怖いものを遠ざけずに頑張って向かい合う強さを持っていて、動物のことをちゃんと考えていて、命の大切さもまた知っているということが分かった。

 

 桜雲にも芯の通った考えがあって、大切にしている感性があったのだと。

 全然不安定でも頼りなさそうでもなかったのだと。

 そしてそれは、メグミの中にはない考え方で、それでいてとても重要な考え方だった。

 

 そんな桜雲から『友達になってください』と言われる直前、メグミはある『期待』をしていた。その期待していたこととは口に出すのも恥ずかしいことだったが、どうしてそれを期待していたのか。

 そしてその期待が外れてしまった時、なぜメグミはちょっとだけであっても『悲しい』と感じてしまったのか。それは、桜雲がメグミのことをそこまで親しい人と見ていなかったのもあるだろう。

 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 もっと『別のことを』期待していたからではないだろうか?

 

(あー、もう・・・ちまちま考えるのは性に合わないってのに・・・)

 

 頭を振って歩く速度を速める。

 自分の中の正体不明の『期待』についてはさておき、やっぱり何かしらのお礼を桜雲に返さないとメグミの気が済まない。桜雲は『気にしないで』と言うのだろうが、これだけはさせてほしかった。

 何か、目に見える形でのお礼の方がいいだろうけど何にするべきかな、と考えながらメグミはアパートへと戻っていく。

 

 

 桜雲はアパートに戻って玄関のドアを閉めると、明かりも点けずにドアに寄り掛かる。

 

「・・・・・・そうかぁ」

 

 暗い天井を見上げても、先ほどメグミと過ごした時間、交わした言葉を鮮明に思い出すことができる。

 先ほどのメグミとの外出は、猫カフェの下見と、猫との触れ合い方を教えるためだということは当然分かっていた。

 だが、それでも桜雲はどこか浮かれているような感じがした。

 猫カフェに行く前も、自分とメグミが一緒に歩く姿が周りからはどう見えているのだろうと気になった。いざ猫カフェに行った時は、猫と遊んでいるメグミを見て温かい気持ちになってしまったり、メグミとの距離が詰まったことに鼓動が早まったり。そして最後にペットショップで、メグミに評価されて他の人から褒められた時は得られないような高揚感を抱いた。

 他の人と接した時とは違う、メグミと接した今日に限ってそんな気持ちになったのは、一体なんでだろうと自分でも分からなかったが、さっきのメグミの言葉でそれもようやく分かった。

 

『私はあなたのこと、すごい素敵な人だって思う』

 

 その言葉でようやく、桜雲は自分の心の中にある気持ちに気づいた。

 メグミのことを強く意識していたその理由を考えると、自分もまだ年相応には若くて、青くて、『それ』には興味関心が残っていたんだと改めて思った。

 ともかく、今日自分の中にあることに気づいたこの気持ちは、間違いなく本物だ。

 

 

 

 ―――僕は、メグミさんのことが好きだ。

 

 

 


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