恋の訪れは猫とともに   作:プロッター

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Careful Contact

 自宅の最寄り駅から電車で1時間とちょっと、そこからさらにバスに揺られて数十分。そんな感じでようやく辿り着いた洋風の建築物の前に、メグミ、アズミ、ルミの3人は立っていた。

 その3人が着ているのは大学選抜チームのユニフォーム。今日は日曜日で講義もなければ戦車道の訓練もないオフの日だが、どうして彼女たちは戦車道のユニフォームを着ているのか。

 

「・・・・・・お腹痛くなってきたわ・・・」

「嫌だなぁ・・・怖いなぁ・・・気が滅入る・・・」

 

 その洋風の建物を前にしてアズミがお腹を押さえ、ルミはげんなりとする。ルミはともかく、アズミはバミューダ3姉妹でもひと際繊細な性格なので、緊張が過ぎて胃を痛めることが結構あった。

 

「だったら、ちゃちゃっと済ませちゃいましょ?」

 

 そして3人の中でも肝の据わっているメグミが、何の躊躇もなく敷地内へ足を踏み入れて先へ行ってしまう。アズミとルミはそれを見て、いつまでも突っ立っているわけにはいかなかったので仕方なく後に続く。

 

「こういう時は・・・あの肝っ玉の強さが羨ましくなるなぁ・・・」

 

 メグミの後姿を見ながら、ルミが独り言つ。アズミは特に反応を示さない。

 そんなメグミは受付で、若い女性と手続きをしていた。

 

「すみません、本日11時から家元とお約束をしております大学選抜チームのメグミと言う者ですが・・・」

「畏まりました、少々お待ちください」

 

 受付の女性はどこかへと内線で連絡をして、一言二言交わすと電話を切る。

 やがて数分も経たないうちに、今度は若い男性の使用人がやってきて、メグミたちを中へと招き入れる。その使用人に従ってメグミたちは扉をくぐり、洋風の建物―――島田流戦車道本家へと上がった。

 

 

 島田流戦車道は、戦車道において日本でも格式高い流派であり、大学選抜チームの母体となっている組織でもある。

 メグミたちが所属している大学選抜チームの隊長・島田愛里寿も、その名から分かるように島田流の直系であり、島田流戦車道の後継者である。メグミたちは、その愛里寿を支える副官。

 その副官たるメグミたち3人がこうして島田流本家に呼び出されたのは、大学選抜チームの成果や状況などを報告するためだ。この報告会は毎月1度ずつ開かれているので、今日が初めてということではない。それでも、島田流家元という重要人物と話をするのは、緊張しないはずがなかった。

 3人が副官となったのは愛里寿が隊長になった今年度からであるため、そこまで回数も重ねていない。だから余計、緊張していた。

 

「こちらへどうぞ」

 

 使用人の後に続き、赤いカーペットが敷かれ、レトロな雰囲気のするランプが灯る廊下をメグミたちは歩いていく。先ほどまで胃が痛いとお腹を押さえていたアズミも、どこから目をつけられているか分かったものではないので、今は背筋を伸ばして歩いている。

 

(いつ来ても、シャレオツなところねぇ)

 

 メグミは、外見といい内装といい島田流が洋風の雰囲気を突き詰めているのは、同じく戦車道の由緒ある流派・西住流をライバル視してのことだと聞いたことがある。

 島田流と西住流は、戦術や有する戦車など多くの面で正反対の要素を持ち、そのせいか特に島田流は一方的に西住流をライバル視しているきらいがある。そのライバルである西住流は全体的に和風なイメージで、本家もそんな感じの建物らしい。それに対抗して、島田流は真逆の洋風をコンセプトにこの本家を立てたとの噂だ。

 出自はどうであれ、メグミはこの洋風の建築物も悪くないとは思っている。個人的には『和』よりも『洋』の方がそこまで厳かさは感じないし、敬愛する愛里寿の人形のようなイメージとも合っているからだ。

 

(・・・いけない。気を引き締めないと)

 

 そこで、余計なことを考えて表情を崩してはならないと思い、メグミはぎゅっと口をつぐむ。

 やがて、報告会を行う書斎兼事務室の前にやってきて、使用人がノックをして中から返事を貰うとドアを開ける。

 部屋は普通の家のリビングぐらいの広さがあり、窓際には書斎机、部屋の中央には赤を基調とした応接セットが設えてある。壁際には多くの戦車に関する本が収められた本棚、その近くには『婦人公輪』という雑誌の表紙が飾られている。それは今メグミの後ろに立つアズミが表紙を飾ったヤツだった。

 応接セットの1つであるソファにはすでに愛里寿が座っており、彼女もまたメグミたちと同様に大学選抜チームのユニフォームを着ていた。

 その愛里寿の隣に座っているのが、愛里寿の母であり、島田流戦車道の家元でもある島田千代。赤い服を着た千代は、その全体的な色の薄い感じから愛里寿の親族であることが窺えるが、正直言ってその外見は子持ちの女性にしては若々しく見える。妙齢の婦人と言うべきか。

 

「座りなさい」

「「「失礼します」」」

 

 千代のにこやかな笑みと共に告げられた言葉に、メグミたちは口を揃えて一礼しソファに座る。無意識に唇が真一文字になり、背筋も伸びる。

 ここまで案内してきた使用人がメグミたち3人の前に置かれたカップに紅茶を注ぐが、3人はそれに目もくれない。そして紅茶を淹れ終えると退室してしまった。

それを見計らい。

 

「さて、まずはこの暑い中来てくれて、ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 千代が最初の挨拶をするが、アズミは首を横に振る。メグミたちもかすかに笑い会釈をする。

 とはいえ、季節は既に7月、夏本番へと向かっており気温も上がってきている。厚手のタンクジャケットで出歩くのはメグミたちも正直言ってキツかったが、そんなことをこんなところで愚痴ってはなるまい。

 

「さて・・・それでは始めましょうか」

「はい。本日はよろしくお願いします」

 

 千代が仕切りなおすと、バミューダ3姉妹の中でもリーダー格のメグミが頭を下げて挨拶をする。それに倣いアズミとルミも礼をして、愛里寿もぺこりと頭を下げる。

 報告するのは、ここ1ヶ月の大学選抜チーム内での訓練の内容と、各戦車の乗員含めたスペック、練習試合の成果などを書類を傍らに話す。さらに、各中隊ごとの練度と大学選抜チーム全体での練度、戦い方の変化などを私見を交えて隠すことなく伝える。

 その説明は、隊長である愛里寿と、副官であるメグミたち3人で行ったが、粗相をしたりはしていないようで、千代もしっかりと相槌を打ってくれている。

 

「―――といった具合です」

「・・・なるほどね」

 

 一通り報告を終えると、千代は手に持つ扇子で口元を隠して小さく息を吐く。ひと段落してホッとしたのだろう。

 

「愛里寿はどうかしら?他に何か、気になるところでもある?」

「いえ、私からは・・・・・・特にありません」

 

 千代の愛里寿に対する話し方は、親が子に対するようなものに聞こえる。

 だが反対に、愛里寿の千代に対する言葉遣いはどこか他人行儀なものだった。

 島田流家元と、大学選抜チームの隊長という立場上仕方ないのだが、それでもメグミたちはどこか寂しさを覚えていた。普段はどうなのかは分からないが、血の繫がりのある親子だというのに、こうした距離を感じさせる話し方をしているのが。

 

「そう・・・なら、報告はもう十分よ。ご苦労様」

「いえ、これが私たちの仕事ですので」

 

 メグミたちはお辞儀をする。頭を上げると、ルミが広げていた書類をファイルに戻していき、テーブルの上は陶磁器のティーカップとポットだけが残る。

 

「では私からも・・・あなたたちに1つ、伝えることがあります」

 

 千代が姿勢を正したので、メグミたちも背筋を自然と伸ばす。既に背筋は真っ直ぐだったのだが、それでも気を引き締める意味を込めてそう努める。

 

「来月の22日、くろがね工業と大学選抜チームの試合を行うことが決まったわ」

 

 その言葉に、メグミたちは息を呑む。

 くろがね工業は、メンバーが社会人で構成されたいわゆる実業団チームの1つであり、実業団の中でも抜きんでて強いと言われているチームだ。直近の成績では、関西地区2位を誇っていたはずだった。

 高校戦車道の情勢は少し前までは気にしていなかったが、社会人の戦車道については、何度か試合をしたこともあったので情報は集めてきていた。だから、くろがね工業がどれだけ強いのかは分かっている。

 それは愛里寿も同じだろうが、彼女の表情は微塵も変わっていない。その試合をするという話を既に聞いていたのか、相手が誰だろうと狼狽えるまでもないというのか。

 

「あなたたち大学選抜チームは、島田流を体現していると言っても過言ではないチーム。島田流の名に恥じぬよう、心して試合に臨むようになさい」

『はい!』

 

 千代の言葉に、その場にいる大学選抜チームの全員が力強く返事をする。

 その返事を聞き届けると、千代は何とも上品な仕草で紅茶を飲む。メグミたちも少し喉が渇いていたので、紅茶を頂くことにした。

 ほろ苦い紅茶の風味を堪能しながら、メグミはさっきのくろがね工業との試合のことを思い出す。

 

(・・・桜雲も、誘ってみようかしら?)

 

 以前、桜雲は『くろがね工業との試合をするのなら観に行きたい』と言っていた。それに『戦車道にもちょっと興味がある』とも言っていたし、誘ったらきっと喜んでくれるだろう。

 その桜雲が喜ぶ様子を思い浮かべると、少しだけ頬が緩んだ。

 

「あら、何を嬉しそうに笑ってるのかしら?メグミ」

「えっ、あ、すみません・・・・・・」

 

 千代に指摘されて、メグミは『しまった』と内心で思う。紅茶を飲んで、気が緩んでしまっていたか。

 メグミはすぐに謝罪するが、千代はころころと笑っている。だが感情の読み取れないようなその笑みは、背筋が凍るような恐ろしさも秘めていた。アズミとルミ、そして愛里寿もまたメグミの方を見ていたが、彼女たちは反対に怪訝な顔だ。

 

「くろがね工業との試合が、嬉しいのかしら?」

「ええっと・・・・・・そうですね。はい、私たちの実力を発揮する機会なので、楽しみですね」

 

 とりあえずメグミは無難な答えを返しておく。ただ、メグミの脳裏に浮かんでいるのは桜雲の顔だった。

 

「・・・まあ、そう言うことにしておきましょうか」

 

 どうやら、メグミの考えていることは他にあるとお見通しのようだ。メグミは、じんわりと自分の顔に熱が集まってくるのを実感する。

 すると千代は『あ、そうそう』と両手を合わせながら話しかける。その様子はもはやお茶を傍らにお喋りをする主婦に見えた。

 

「この前は、愛里寿を猫カフェに連れて行ってくれてありがとう。愛里寿も帰ってきてから、色々と嬉しそうに話してくれたわ」

「お母様、それは・・・・・・」

「いえ、隊長もリラックスしていたようでしたので、良かったです」

 

 千代とメグミのやり取りに、愛里寿は赤面する。あのの猫カフェに行った日の夜に、千代に嬉々として話をしたことが今思うと恥ずかしいのだろう。

 そんな愛里寿の様子を見て、メグミたちは心の中でだけその可愛らしさを堪能しながら、紅茶を静かに飲む。

 

「しかし、猫カフェねぇ・・・随分また、ニッチなところを選んだわね」

「あ、それは・・・」

「ああ、違うわ。怒ってるわけじゃないのよ?それに、愛里寿が自分で行きたいって言ったのも聞いたから」

 

 ここからはどうやら、先ほどまでの堅苦しい話し合いではなく、軽いお喋りの場になるようだ。多少気持ちに余裕が生まれるが、それでもどんな粗相も許されないことに変わりはない。こういう時こそボロを出さないようにしないと、とメグミたちは気を引き締める。

 

「メグミが猫カフェに行ったのが気になって、と愛里寿は言っていたけど・・・確かに私も興味があるわね」

「たまたまテレビの特集で取り上げられていて、それで気になったんですよ」

 

 そもそも猫カフェに行こうとしたのは、致命的な女子力の無さを痛感してどうにかしようと思ってのことだったのだが、それは言わない。

 そこでまたメグミの思考が、脇道にずれる。

 

(桜雲と出会ったのも、そのおかげなんだけどね・・・・・・)

 

 あの特集を見て、メグミ自身が行こうと思い至らなければ、桜雲に出会うことは無かった。少しでも日にちや時間がずれてしまっていたら、桜雲と出会い話をすることは無かったし、こうして親しい間柄となることさえもできなかった。

 メグミが桜雲のことを好きになることだってなかったのだ。

 

「そう・・・私も行ってみようかしら・・・?」

「是非行ってみるといいですよ。とても楽しいですし、癒されますので」

 

 メグミは微笑みながら、千代に薦める。桜雲のことはともかくとして、猫と触れ合うと気持ちが落ち着くし、何より心がほだされる。

 あの猫たちと遊んだこと、その感触や温もり、そして桜雲と過ごした時間のことを思い浮かべながら、メグミは一口紅茶を飲む。温かく、そしてほろ苦かった。

 

 

 明けた月曜日。その日も、大学選抜チーム内で模擬戦が行われていた。

 大学が所有している草原地帯の練習場の中を多くの戦車が縦横無尽に行き交う中、ルミのパーシングが相手チームの戦車を1輌撃破した。

 

「よし、次!」

「はい!」

 

 ペリスコープ越しに撃破を確認すると、ルミは砲手の野々市(ののいち)に次を狙うように指示する。

 すると、またしても戦車の砲撃音と装甲が砕ける音が別方向から聞こえた。

 

「メグミか」

 

 外の様子を見れば、赤い四角形のパーソナルマークが描かれていたパーシングの砲身から白煙が上がっていた。あのパーソナルマークは、メグミのものだ。

 

「今日だけでもう5輌目ですねー」

「今日はずいぶん飛ばしてるな」

 

 ルミの言葉に、装填手の小松(こまつ)が間延びした声で反応する。野々市も同意見らしく、照準器に顔をくっつけ頷きながら発砲した。

 今日の模擬戦は15対15の殲滅戦なので、メグミだけで相手チームの3分の1の戦車を撃破したことになる。普段のメグミは1試合あたり大体2~3輌だから、それよりも多い。

 

七塚(ななつか)、向こうのチームは残り何両?」

「えっと・・・パーシング2輌にチャーフィー1輌、センチュリオン1輌の4輌」

 

 通信手の七塚が報告したところで、また外から戦車が撃破された音が聞こえてくる。見れば、チャーフィーが黒煙を上げて擱座したところだった。

 そしてその近くには、メグミのパーシングがいる。

 

「これで、あと3輌です」

「んで、あれで6輌目と」

 

 さらに遠くからまた別の撃破音。距離からして、メグミの戦車ではない。

 

『こちらアズミ、パーシング1輌撃破』

「よし、後は2輌か」

 

 どうやらあの戦車はアズミが仕留めたようだ。ルミは握りこぶしを作るが、アズミからの通信はまだ終わっていなかった。

 

『ねえ、ルミ』

「ん?」

『今日のメグミ・・・すごいわね』

「気づいてたか」

『そりゃあ、ね』

 

 前とは比べ物にならないペースで敵を撃破していたら気づくだろう。特に、同じ副官で親しいアズミとルミはなおさら。

 そして当然、相手チームの隊長を務めている愛里寿だってこの戦果は知っているはずだ。

 すると、そこでまた通信が入る。

 

『こちら末広(すえひろ)!敵パーシング1輌撃破も相打ちです!すみません!』

 

 メイプル高校出身のパーシング車長・末広の報告に、ルミは『ご苦労さん』と答える。

 彼女は元々ルミの中隊に所属しており、この模擬戦でバミューダ3姉妹と愛里寿を除いて最後まで残っていたのだから、実力はそれなりに高い方だろう。

 

「これで残りは、私たち3人と愛里寿隊長だけね」

『そうね・・・ここまでは予想通りだけど・・・』

 

 試合終盤に残っているのは、愛里寿のセンチュリオンとルミたちのパーシングだけなのはもはや当たり前になってきていた。他の戦車がどれも弱いというわけではなく、むしろ強い。だが、この4輌はそれ以上に強いのだ。

 

『よし、アズミ、ルミ!バミューダアタックの準備!今日のパターンはFで行くわよ!』

「『了解!』」

 

 バミューダ3姉妹の中でもリーダー格のメグミの弾むような指示に、ルミとアズミは力強く返事をする。最終局面なので無駄話もそれぐらいにして、アズミからの通信は切れた。

 それにしても、メグミの指示もどこか張り切っているようにルミには聞こえた。

 

「くろがね工業との試合が決まって、張り切ってるのかね?」

 

 操縦手の珠洲(すず)が、パーシングを所定の位置へ向けて動かしながら言う。

 くろがね工業との試合が決まったことは、今日のミーティングで周知済みである。

 その試合に参加する戦車はまた後日決めるつもりだが、恐らくバミューダ3姉妹の戦車が出るのは確実。つまりメグミの戦車も当然起用されるだろう。

 今日メグミたちの戦車が絶好調なのは、選ばれた気になって張り切っているからか、それとも選ばれるように努力しているからなのか。だがどちらにせよ、それだけで今日いきなり急に強くなるとは、ルミは考えられなかった。

 

(何かいいことでもあったのかな?)

 

 しかしルミはそれぐらいに留めておいて、昼休みの時間にでも聞いてみるかと思考を切った。

 目の前には、愛里寿の乗る漆黒のセンチュリオン。

 あの戦車と戦う時は、余計なことを考えていると一瞬でやられる。

 だからルミは、センチュリオンを見据えてメグミの合図を待った。

 

 

 結局、今日のバミューダアタックも愛里寿には及ばず手痛いカウンターを喰らってしまった。新しいパターンを試しても成功しないので、愛里寿にはずっと勝てないのかもとメグミたちは錯覚する。

 

「メグミ、今日は随分とすごかったわね」

「え、何が?」

 

 模擬戦の後のミーティング、さらにシャワーで汗を流して私服に着替えてから、メグミたちは食堂へと向かう。その途中でアズミがメグミに話しかけた。

 

「何って、今日の模擬戦よ。あんたの戦車、6輌も倒したじゃない」

「ああ、あれね」

「急にどうしたの?くろがねとの試合が決まって張り切ってるの?」

 

 それはルミも同じく疑問に思っていたので、メグミに訊いてみる。

 

「あー、うん。それもあるんだけど・・・・・・まあ、色々ね」

「「?」」

 

 珍しく要領を得ない答えに、アズミとルミは首を傾げる。

 もちろんメグミは今日、乗員たちの調子がいいことには気づいていた。あれほどの成果を上げていたことに驚いていたのはメグミも同じだ。

 気になったので模擬戦の後で聞いてみたが、それに代表して答えたのは操縦手の深江。

 

『あんたにも春が来たんだなぁと思うとね』

 

 かすかに笑いながら答えていたが、つまりはそう言うことだった。

 同じメグミの車輌の乗員として、そして男とあまり縁がない戦車乗りとして、メグミに好きな人ができたのが嬉しいのだ。それが、それぞれのポテンシャルをより大きく引き出したのだろう。

 にわかには信じがたいが、感情によって人それぞれの能力に変化が現れるというのはよくある話である。今回は悪い感情に動かされたわけではないし、悪影響を及ぼしたわけでもないので責めることはできなかった。

 

「でも今日のメグミ・・・本当にすごかった・・・。私も、『もしかしたらやれるかも・・・』ってちょっと思ってた」

「いえいえ・・・でも今日も勝てませんでしたし・・・・・・やっぱり隊長には敵わないです・・・」

 

 愛里寿も、メグミの戦果には驚いていたらしい。『負けるかもしれない』という不安をあの愛里寿に植え付けただけでも上出来だ。

 

「もしかしたら・・・いつか私のセンチュリオンがメグミに倒されるかもしれない」

「・・・精進しますね」

 

 愛里寿はそれを悔しそうには言わず、むしろ心から楽しみにしているとばかりに小さく笑った。その『受けて立つ』というような笑みに、メグミも戦車乗りの血が少し騒いで、同じように笑って返す。

 その様子にアズミとルミは、嬉しさと悔しさがごちゃ混ぜになったような表情になった。

 さて、とメグミはそこで思考のスイッチを切り替える。

 深江の言っていた『春が来た』とは、メグミに好きな人ができた―――桜雲に恋をしたということだ。

 この先もメグミは桜雲と向き合っていくと決めたし、いつか絶対にこの想いを告げるとも心に決めていた。

 その気持ちは、気づいてからすぐに電話で対馬に伝え、そしてそこから深江達乗員全員に伝わった。彼女たちもその話は聞いてはいたので別にいいのだが、今思うと少し恥ずかしい。

 ただ、同じ戦車乗りとして、男とあまり縁がなく恋をすることも難しかったから、対馬や深江は今のメグミを応援してくれている。そして、今日のように嬉しさが戦車道にも表れた。

 喜ばしいような、恥ずかしいような、甲乙つけがたい現状だ。

 

「あっ、メグミさん」

 

 そんなことを考えていたら、渡り廊下の曲がり角で偶然にも桜雲と出くわした。以前正門前で会った時もそうだったが、この広い大学の敷地内で偶然出会うとは、何たる偶然にして幸運か。

 

「こんにちは、桜雲」

「「え?」」

 

 メグミは普通に挨拶をするが、それにアズミとルミが理解できないとばかりに揃って声を洩らす。

 

「島田さんも、こんにちは」

「・・・こんにちは」

「「は?」」

 

 それには気づかず、桜雲は前にも顔合わせ程度に挨拶をした愛里寿にも声をかける。愛里寿も桜雲のことを覚えていたが、やはり少し怖いのかメグミの陰に少し隠れて挨拶を返した。それにもアズミとルミは解せず、声を揃える。

 

(あ、しまった・・・)

 

 そこでメグミは、事の重大さに気づいた。

 この中で桜雲のことを知らないのはアズミとルミ。

 そして桜雲が真っ先に挨拶をしたのはメグミ。

 

 これは間違いなく、いじられる。主にメグミが。

 

 

 

 

「隊長、お箸をどうぞ」

「隊長、お手拭きを持ってきました」

「隊長、こちらにどうぞ」

「・・・・・・・・・」

 

 もはや定番となりつつあるメグミたちの世話を受けて、愛里寿が若干不満そうな顔をしつつも席に座る。それに桜雲は気づいていたが、話しかけるのもちょっと憚られた。

 さて、メグミたちと会ってから一触即発な空気になってしまったのだが、桜雲はこうして昼食の席をメグミたちと共にすることになった。誘ってきたのは意外にも、ルミだった。

 メグミたちが愛里寿の食事の席をセッティングし終えると、ようやく全員が席に着く。

 

「えっと・・・改めまして。桜雲って言います」

「よろしく、桜雲。私はアズミ」

「ルミよ。よろしくね」

 

 初対面同士の桜雲とアズミ、ルミが挨拶をする。先ほどは若干気まずい空気だったが、今2人はにこやかに桜雲に向けて笑っていた。

 しかし、同じように笑っている桜雲の隣に座るメグミは、少しだけ厳しい顔をしていた。

 

「メグミさん、どうかしたの?」

「へ?」

「いや、何だか怖い顔をしていたから」

 

 そのメグミにいち早く気付いた桜雲が声をかける。

 心配そうにのぞき込む桜雲の顔を見て、厳しい顔が緩みメグミは少し頬の温度が上がってくるが、目元を抑えて大丈夫な風を装う。

 

「ううん、何でもないの。ありがとうね」

「それならいいけど・・・」

 

 桜雲は安心するが、そこで。

 

「へぇ~」

 

 桜雲の正面に座るアズミが何かに納得するかのような、間延びした声を出した。表情も相まって、妙に色っぽい。

 

「2人とも、結構仲が良いみたいね。タメで話してるし」

「ええ、僕らは同い年ですから」

「だったら、私にも敬語は必要ないわよ?メグミと同い年だし」

「私もオッケーだよー」

「分かった。それじゃあよろしくね、アズミさん、ルミさん」

 

 アズミの申し出にルミも便乗し、桜雲は小さく頷いてから敬語を外した。

 それは一見穏やかなやり取りだが、メグミはマズいと危惧している。アズミとルミとはかれこれ3年ほどの付き合いになるから、この2人がこの状況でどう動くのかは手に取るように分かった。

 ちなみに愛里寿だが、桜雲たちのやり取りを気にしつつもハンバーグを食べていた。

 

「でも、隊長も桜雲のことを知っていたんですね?」

「・・・前に、メグミが一緒に帰っているところを見かけて」

 

 ルミが隣に座る愛里寿に訊くと、愛里寿はちらちらと桜雲のことを見ながらたどたどしく答える。

 その瞬間、ルミとアズミの顔がぴかっと光ったように見えた。メグミの中で『しまった』と電流が走る。

 

「へぇ、そっかそっか。桜雲だったのか」

「え、何が?」

 

 合点がいったとルミが頷くと、桜雲はルミのことを見る。

 

「いや、前にメグミが男の人と一緒に帰ってるのをちらっと見てね。それが桜雲だったのかって」

「あ、そういうこと」

 

 さらにルミの言葉から、アズミは記憶を掘り起こす。

 

「それじゃ、メグミが猫カフェで知り合ったって言ってたのも桜雲なのね?」

「うん、そうだと思うけど・・・」

 

 そこで桜雲は、メグミの方を見る。確認を込めて。

 

「・・・ええ、そうよ。私が猫カフェで会ったって言うのも、ルミが見たって言うのも、桜雲のこと」

 

 アズミとルミが『ほっほう』と言うような感じでにやける。よくない兆候だなと思いながら、メグミはラーメンを啜った。

 

「なるほどねぇ・・・ようやく腑に落ちたわ」

「?それならいいけど」

 

 アズミがうんうんと腕を組みながら頷く。その態度が少し引っかかったが、桜雲は深くは考えずにカレーを食べる。

 

「・・・メグミもようやく、桜雲と付き合い始めたってことね」

 

 アズミの前振りなしの唐突すぎる言葉に、メグミは思わず咽てしまい、愛里寿はぴくっと肩を震わせる。桜雲はびっくりして『大丈夫?』とメグミに声をかけた。

 

「友達として」

「紛らわしい言い方しないで!」

 

 とってつけたようなアズミの一言に、メグミがかみつく。ここが食堂でなければ、今頃ここは水を打ったように静まり返っていただろう。

 アズミはその反応が面白いのかくすくすと笑い、ルミが『からかうのも大概にな~』と軽く注意する。そんなルミも同じく笑っているので、彼女もまた面白がっているのは目に見えた。

 

「全く・・・驚かせないでよ」

「そうだよ、アズミさん」

「ごめんなさいね。前はメグミ、ただの知り合いとしか言ってなかったから」

 

 水を飲んで落ち着いたメグミが不満そうに告げる。桜雲も苦笑して目を向けるが、アズミは少しも反省していないように笑ったままだ。

 そんなメグミと桜雲の心は。

 

((緊張した・・・・・・))

 

 2人は当然知る由もないが、メグミと桜雲はお互いに隣に座っている人のことが好きである。ただでさえ距離が近くて、おまけに冗談とはいえそんなことを言われると動揺するしかない。元々抱いていた緊張感も割り増しとなってしまう。

 

「隊長、どうかしましたか?」

 

 そこでメグミが、愛里寿の方を見る。桜雲も見てみれば、彼女はぽかんとした顔で2人―――メグミと桜雲のことを見ていた。

 

「あ、ううん・・・何でもないよ・・・」

「そうですか?」

「何か気になるのなら、言ってみていいよ?」

 

 桜雲が優しく話しかけると、愛里寿は少し俯く。

 アズミとルミは、愛里寿が男と関わりを持ったのも初めてだと思う。元々、愛里寿は13歳の身で大学に通っているから孤立しがちであり、同じ大学の男と縁があるようではなかった。メグミたち大学選抜チームの面々が、不埒な男を愛里寿に近づけないように細心の注意を払っているからでもあるのだが。

 だから、こうして愛里寿が桜雲という男との繫がりができかけているのが、初めてで、新鮮に見えた。

 

「・・・2人は、猫カフェで知り合ったんだよね?」

「ん?うん、そうだよ」

 

 愛里寿は、ハンバーグを食べる手を止めて桜雲の方を見る。先ほどのようにちらちら見るのではなくて、視線を合わせていた。

 

「桜雲は・・・猫が好きなの?」

「そうだね。動物全般好きだけど、一番猫が好きだな」

 

 愛里寿の質問に、桜雲は即答する。この手の質問は、桜雲にとってはもう慣れっこだった。

 

「意外だなー」

「え?」

「男の人って、ライオンとか犬とか・・・こう、かっこいい系の動物が好きなイメージがあったから」

 

 とんかつを食べていたルミの言葉ももっともだと、桜雲は思う。明確なものではないが、男らしいイメージのある動物と、女性的な感じのする動物がある。桜雲の所属する動物サークルの男子は、大体が犬や鳥(主に猛禽類)が好きだったりする。桜雲の好きな猫は、若干女性的なイメージだ。

 

「それはよく言われるよ。周りの男子は犬派なのに僕一人だけ猫派ってこともあった」

「犬が好きか猫が好きか、って質問?」

「そう、それ」

 

 アズミの口ぶりからして、この話題は1度経験したことがあるらしい。

 

「女みたいだ、ってからかわれたこともあったなぁ。まあ、今もそんな感じはしてるけど」

「でも、あんまり気にしない方がいいわよ?」

 

 自嘲気味な桜雲の言葉に被せるようにそう言うのはメグミ。それに桜雲だけでなく、アズミとルミ、愛里寿もメグミの方を向く。

 だが、今のメグミに映っているのは桜雲だけだ。

 

「誰がどんな動物を好きになるかなんてのは人それぞれだし・・・何かを好きだって思うことは絶対恥ずかしがることじゃないから」

「・・・メグミさん」

「だから、落ち込むことはないと思うわよ」

 

 桜雲は別に、『女みたい』と言われたことに腹を立ててはいないし、特別落ち込んでいるわけでもない。

 だが、メグミからそんなことを言われると、勝手に心が温まり、そして嬉しくなってくる。

 

「それに・・・・・・あなたが猫を好きだったからこそ、私と知り合えたわけだし・・・」

 

 そして、そんなメグミの消え入るような声を、桜雲は確かに耳にした。

 そう、桜雲が猫が好きで、猫カフェに行く趣味を持ち合わせていなければ、メグミと出会うことだってなかったのだ。

 桜雲が、メグミのことを好きになることだってなかった。

 

「・・・そうだね、その通りだ。ありがとう、メグミさん」

 

 桜雲が笑ってそう返すと、メグミは少し恥ずかしくなってきてしまったので、顔を背ける。

 

「・・・2人とも、仲良さそうだね」

 

 その桜雲とメグミの様子を見て、愛里寿がぽつりと呟いたので、2人はハッとする。

 そして目の前には、何とも微笑ましいものを見る目をするアズミとルミ。

 

「いやぁ、お熱いようで」

「青春してますなー」

 

 茶化され、2人は互いに顔を合わせることもなく食事を再開する。恥ずかしくて、顔を合わせることなんてできやしない。

 

「ってことは、メグミがあれだけ猫を手懐けられたのも、桜雲に教えてもらったから?」

「・・・・・・ん、そうね。教えてくれたの」

「へー、やっさしいのねぇ」

 

 メグミが視線を合わせず、アズミの質問に答える。その答えを聞いたルミが桜雲に向けて、にかっと爽やかな笑みを向ける。

 桜雲は、そのルミに対して曖昧な笑みを浮かべて返した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、メグミはその様子を横目に見て、猛烈に胸がもやもやし始めた。啜っているラーメンの味がしなくなる。

 この気持ちは、恋をしている今だからこそ抱くことができる―――

 

「ああ、大丈夫よメグミ。別に他人の男を取るような真似はしないから」

 

 メグミの変化に気づいたルミが、いち早く弁明のような冗談を言う。

 

「だからそんなのじゃないってば」

「はいはい」

 

 メグミは否定するが、ルミが間の抜けた返事をする。

 こうして男と交流を知られると、弄られたり茶化されたり面倒なことになるのが予想できたから、知られたくは無かった。

 この上、メグミが桜雲に好意を寄せていることを知られたら、どうなることか分かったものではない。

 ただ、こうして図らずも桜雲とまた一緒に昼食を摂ることができたのは嬉しいので、それについては嘆かない。

 一方で桜雲も、ここでメグミを除く女性2人と愛里寿1人を相手にするのが少々きついので、カレーを食べ進める。

 桜雲が女性と一緒に食事をするのは初めてではない。サークルのメンバー男女混合で食事会をしたことがあるし、この前も柊木とサシで昼食の席を一緒したことがある。それでも男女比1:4は初めてだから、桜雲自身緊張はしている。

 しばらくの間は食事に集中していたが、カレーが残り一口ぐらいまで減ったところで、桜雲は1つ思いついた。その時には、流石にメグミに対し感じる恥ずかしさや気まずさも薄くなっていた。

 

「あ、そうだメグミさん」

「ん、何?」

「今度さ―――」

 

 と、そこで桜雲はここにはアズミとルミ、愛里寿もいるんだということを思い出す。これから言うことを考えれば、確実にアズミとルミにからかわれるのが目に見える。

 この短時間で桜雲は、メグミがアズミ、ルミと親しい間柄だということは分かったので、からかわれるのも日常なのかもしれない。だが、そうなるのは桜雲はそこまで好きじゃないし、メグミももしかしたらあまり好きではないのかもしれない。

 

「・・・いや、何でもないよ。ごめんね」

「う、うん・・・・・・そう」

 

 それを考えて、桜雲は会話を打ち切ってしまった。メグミも、何か釈然としないようではあるが、一応は納得する。

 だが、その桜雲の行動はかえって仇となってしまった。

 

「・・・ここじゃ話しにくいこと?」

「あー、それは・・・えっと・・・・・・」

 

 愛里寿に純粋な瞳を向けられて、桜雲も少し動揺する。

 

「あら、いったい何を話そうとしたのかしら?」

「いいんだよー?別に恥ずかしがらなくっても」

 

 結局、アズミとルミにからかわれることに変わりはなかった。メグミは黙り込んでしまったし、愛里寿は興味深そうだったし、アズミとルミはグイグイ来るしで、桜雲が最後のカレーの一口を食べるのは、ずっと後のことになった。

 

 

 その日の帰り道、メグミは小さく息を吐いた。

 今日は実に疲れた。戦車道はこの暑い時期は余計疲れるものとなるが、それ以上に昼休みの一幕が疲れた。

 メグミの車輌の乗員全員だけでなく、アズミとルミにまで桜雲とのかかわりを知られてしまったのは、少し痛い。今後、今日のようにからかわれることが目に見えるから。

 少し前までのメグミと同じで、アズミとルミも言ってはなんだが女子力はそれほど高くはない。そして、対馬たちと同じで男にあまり縁のない戦車乗りだから、男との出会いを求めている。

 そんな彼女たちからすれば、最近になって男とのつながりができたメグミは羨望の的であり、同時にいじり甲斐のある絶好のおもちゃだ。

 メグミ自身、自分の性格と出身校の校風ゆえに盛り上がることが嫌いではないものの、自分が中心になって、しかもそれで自分がからかわれるのは御免被りたかった。

 しかしもう過ぎてしまったことだし、これから先もまたあの2人に色々言われるんだろうなと思い、また嘆息する。

 桜雲と出会ったことに後悔などは、毛頭していないが。

 

「っと、電話か」

 

 ポケットに入れていたスマートフォンが電話を知らせる。画面を見て誰からの電話かを確認するや否や、考えることなく『応答』をタップする。

 

「もしもし?」

『こんばんは、メグミさん。今、ちょっと平気?』

「ええ、大丈夫」

 

 電話の相手―――桜雲の声を聞くと、メグミの唇が自然と緩む。

 

『お昼ご飯の時に話そうと思ったんだけどさ・・・』

 

 メグミはそれで、あの時桜雲が何か言いかけて止めたのを思い出す。どうやら、あそこでは話せそうになかったことのようだ。

 

『明日のお昼も・・・メグミさんと一緒してもいい?』

 

 なるほど、それは確かにあの2人の前では話せそうにないなと思う。メグミ自身は気にしないしむしろ大歓迎だが、その言葉は捉え方次第では恋人的な意味で付き合っていると思われるから。

 

「うん、いいわよ」

『そっか・・・よかった』

 

 桜雲が安心したような声色になる。

 メグミだって、抵抗などない。自分が好きでいる人から食事に誘われることが、嬉しくないなど、鬱陶しいなど、思うはずもない。

 桜雲のことを好きでいるからこそ、その人と一緒にご飯を食べて、一緒の時間を少しでも長く過ごしたかった。

 

『それじゃ、明日の・・・・・・12時過ぎぐらいかな。食堂の前で待ち合わせよう』

「了解よ・・・あ、そうだ」

『?』

 

 電話が切れそうになるが、今度はメグミが桜雲に話しかける。

 

「明日のお昼・・・私とあなたの2人だけの方がいい?」

 

 もしかしたら、桜雲も今日のアズミとルミの弄りに疲弊しているかもしれなかった。桜雲は終始朗らかな笑顔を浮かべてはいたが、内心どう思っていたのかは分からない。

 

『あー・・・うん、そうだね。その方がいいかも』

「OK、分かった」

 

 そしてメグミが『それじゃあ明日ね』と言おうとするが。

 

 

『・・・・・・むしろ、最初からそのつもりだったし・・・』

 

 

 桜雲の紡いだ言葉に、メグミも歩みを止める。

 かあああっ、と顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 

『・・・って、ごめんね。変なこと言って。それじゃ、また明日ね』

「う、うん・・・・・・」

 

 そして、電話が切れる。

 今のメグミの頭には、2つの言葉が漂っていた。

 1つは『また明日』。これまで別れる時は、明確に次はいつ会おうと言葉を交わしたことは無かった記憶がある。だから、明日もまた会えると分かって、メグミはホッとしていた。

 そしてもう1つは、『最初からそのつもりだった』という言葉。

 何の変哲もない言葉に聞こえるだろうし、もしかしたらメグミの考えている意味とは違う意味が込められていたのかもしれない。

 だが、それでも今は、良い方向に考えて、期待することを許してほしい。

 桜雲もまた、メグミと2人だけでの昼食を望んでいた。

 メグミのことを、想ってくれているのだと、考えることを。




メイプル高校出身のパーシング車長の名前は、
メイプル高校の本籍地である北海道の地名から、
ルミのパーシング乗員の名前は、
母校・継続高校の本籍地である石川県の地名からそれぞれ戴きました。

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