恋の訪れは猫とともに   作:プロッター

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Escalate Energy

 この暑い時期、戦車道の後で浴びるシャワーは格別だ。

 戦車の中は蒸し暑く、タンクジャケットも厚手なせいで熱がこもりやすく、ここ最近では訓練が終わったころには汗だくになってしまうのがお決まりだった。

 そこで浴びるシャワーは、汗と一緒に不快感や疲労感も流してくれるようで、さっぱりする。

 そうしてシャワーを浴び、身も心もすっきりしたメグミは鏡の前で髪を整えている。

 

「~♪」

 

 鼻歌交じりにブラシで髪を整えるメグミに近づく影が1つ。

 

「やけに上機嫌みたいじゃない」

「あら、対馬」

 

 鏡に映っている見知った仲間の姿に、メグミは大して驚きはしない。対馬は首にタオルをかけて、水筒の水を飲んでいた。

 

「メグミって、シャワーの後でそんなに真剣に髪整えることなんて、あんまりなかったと思うけど」

「ああ、そう言えばそうかも・・・」

 

 普段のメグミと言えば、シャワーの後はタオルで拭いて、その後ちょっとブラシを入れる程度だ。ここまで何分もブラシで整えることはない。

 

「何?誰かと待ち合わせでもしてるの?」

 

 対馬に問われるが、メグミは答えにくそうな顔になり、視線を対馬から鏡に戻す。だが、その態度だけで対馬は察した。

 

「・・・コレか」

「・・・そう、ソレよ」

 

 小指を立てるジェスチャーをとる対馬に、メグミは頷く。

 今この鏡の前にはメグミと対馬しかいないが、ここにいないだけでこの更衣室にはまだ多くの大学選抜チームのメンバーがいる。一応、メグミに好きな人がいるという情報はまだメグミのパーシング内だけで共有されている情報であり、オフレコだ。うっかり聞かれて情報が広がるのは避けたい。

 

「そうかそうか、順調に付き合いが進んでるみたいだな」

「まあね」

「色々、頑張んなさい」

「何をよ」

「んー・・・色々?」

 

 対馬が首を傾げ、メグミはふっと笑う。

 メグミは仕上げにドライヤーで髪を乾かし、改めて鏡を見直して問題が無いのを確認する。

 

「アズミたちはもう行ったかしら?」

「さっきね。でも、これからメグミが会う人のことは、アズミたちも知ってるんでしょ?」

「存在自体はね。顔合わせもしたし。でも、その・・・私にとってそういう人ってことには気づいてないはず」

「ほー」

 

 流石に平然と『桜雲が好き』なんて言うことは、直情的なメグミであってもできない。

それに、誰それが好きなどとは、色々拗れないために、たとえ内輪であっても言うのは控えた方がいい。

 

「ま、私たちからは言わないでおくよ。だからあんたは、心置きなく楽しんできなさい」

「ありがと、恩に着るわ」

 

 対馬と話している合間にもメグミは着替えを済ませ、それが終わると軽く手を振りながら更衣室を出て行った。

 残った対馬は、小さく息を吐きながらドライヤーを手に取る。

 

(あそこまで丁寧にお手入れするとは、よっぽど気合い入れてるんだな~)

 

 スイッチを入れると、熱風が対馬のショートヘアに吹き付けられる。直射日光の殺人的な暑さや、戦車の中の蒸し暑さとはまた違う心地よい熱に、対馬は心地よさを覚える。

 

(浮かれてるねー・・・青春してるねー・・・)

 

 髪が短いので、まんべんなく熱風を当てても時間はそれほどかからない。熱風から冷風に切り替えて、最後にドライヤーを切る。

 ドライヤーを元あった場所に戻し、対馬はまた一つ溜息を吐く。

 

(・・・いいなー)

 

 先ほどのように恋しているメグミが、羨ましかった。

 やはり対馬も、男との出会いには、恋愛には少しだけ興味があったのだ。

 

 

 メグミが待ち合わせ場所である食堂の前に着いた時、桜雲は既に待っていた。

 

「ごめんなさいね、待たせちゃった」

「全然、大丈夫だよ」

 

 桜雲は笑って手を軽く振り、メグミを出迎える。そして挨拶も手短に、2人は食券を買って食堂へと入る。

 中へ足を踏み入れた直後、メグミは辺りを注意深く見回す。アズミやルミたちが近くに座っていて、桜雲と2人でいるこの状況を見られたら確実に厄介なことになるので、いないかどうかを確認していたのだ。

 だが、その2人をはじめとした知人の姿は確認できず、メグミはホッとする。

 

「どうかしたの?」

「ううん、何でもないわ」

 

 メグミの態度が少し気になったが、桜雲は『何でもない』というメグミの言葉を信じてあまり引きずって考えはせず、豚の生姜焼き定食を受け取る。メグミも同じようにとんかつ定食を受け取って、2人掛けのテーブル席に着く。

 近くには、知り合いの姿は無い。この食堂もそこそこ広いし、そう簡単に出くわすことや、見つかることもないだろう。

 

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 

 お互いに手を合わせて食事を始めるが、ほどなくして桜雲が話しかけてきた。

 

「ごめんね、昨日は急に誘っちゃって」

「謝ることはないわ。私だって、誘われて嬉しかったし」

 

 それはどういうことか、と桜雲が訊こうとしたが、前にメグミは『桜雲とまた一緒にお昼ご飯を食べたい』と言っていたのを思い出す。

 それなら迷惑と思われていないのかも、と桜雲は少し楽観的に考えたが、それでもまだ不安は残る。

 

「誘った後で聞くのも何だけど・・・島田さんやアズミさんたち大学選抜チームの方は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。昼ご飯はいつも軽いお喋り程度で、別に大事な話をするとかそんなことはほとんどないから」

「そうなんだ・・・」

 

 そして食事を再開。だが、今度はすぐに会話が生まれることは無かった。

 忘れてはいないが、桜雲もメグミもそれぞれ、目の前に座っている相手のことを好きでいる。そんな人と面と向かって2人きりの状況になってしまって緊張し、どんなことを話したらいいのか分からなくなっているのだ。

 桜雲が誘った身ではあるが、何を話せばいいのを探していて結局口が開けず、ダメだなぁと桜雲は結局自分を卑下する。

 メグミも同じだったが、先に話題を見つけたのはメグミだった。

 

「そうだ、桜雲」

「?」

 

 一旦箸を置いて、メグミが桜雲を見る。桜雲も同じく、何かを話そうとするメグミのことを見る。

 

「夏休みにね、大学選抜が社会人チームと試合をすることが決まったの」

「本当?」

「ええ。相手は、くろがね工業」

 

 そのチームの名前を聞いて、桜雲が自分の記憶を手繰り寄せて思い出そうとする。

 そして、3秒足らずで思い出した。

 

「それって、この前言ってた?」

「そう、けっこー強い実業団チーム」

「うわ・・・厳しそうだね・・・」

 

 桜雲が苦笑し、メグミも『ホントにね』と言いながら同じく苦笑いを浮かべる。

 

「その試合、いつやるのかはもう決まってるの?」

「ええ。来月8月の22日よ」

「8月、22日・・・・・・」

 

 日付を反芻し、桜雲は少し考えてから。

 

「よければ観に行ってもいい?」

「ええ、もちろん。そのつもりで話したんだし、桜雲が前に『やるなら観てみたい』って言ってたんだから」

 

 メグミが言うと、桜雲は『やった』と小さく呟く。

 同時に桜雲は、自分の言葉を覚えてくれていたことに少しばかり嬉しくなる。

 

「じゃあその日は、応援させてもらうね」

「ありがと。応援してくれる人がいると、やる気も出てくるし」

 

 その応援してくれる人が、メグミにとって好きな人だからなおさらなのだが、それはとても言えない。

 そこで桜雲は、『あれ?』と疑問に思う。

 

「ということは・・・夏休みの間も、戦車道があるってこと?」

「そうよ。休みもあるけど・・・週1ぐらい」

「うわ・・・大変そうだね・・・」

 

 大学選抜チームに属さない友人にこの話をすると、大体桜雲のような反応をする。

 だが、メグミが副官となる前、大学選抜チームに入った時から、このタイトな訓練スケジュールは変わっていない。最初こそ『厳しい・・・』と何度弱音を吐いたかは分からないが、3年経った今では『キツイなぁ』程度にしか思わなくなってしまった。時として慣れとは恐ろしいものである。

 

「それじゃ、夏休みの間の練習も観に行っていい?」

「え?」

 

 再びの桜雲の提案に、今度はメグミは少し

 大学選抜チームの練習は非公開となっているわけではない。戦車道関係者はもちろん、一般人も観ることはできる。専用の簡易的な観客席も設けてあるぐらいだ。

 だから、観る分には問題は無いのだが。

 

「別にいいけど・・・何で?」

「もちろん、興味があるから」

 

 何の逡巡もなく、メグミの問いに桜雲が答える。

 その答えを聞いてメグミも、くろがね工業との試合を観たいと言うぐらいには戦車道に興味があったのだし、練習を観てみたくなるのも当然かと思う。

 

「それに、メグミさんのこと応援したいし」

 

 だが、桜雲がしれっと呟いたその言葉に、メグミも硬直する。

 ここで迂闊に口を開くと、うっかり桜雲に自分の想いを告げてしまいそうになりそうだ。

 

「・・・ありがとう、桜雲」

 

 だが、何とかしてその本音は飲み込み、感謝の気持ちは伝える。

 一方で桜雲が先の言葉を告げたのは、打算があったのではなくて、ただ純粋にメグミのことを応援したかったからだ。好きな相手であるメグミに少しでも良く見られたい、という気持ちも無いわけではなかったが、それでも応援したかったことに変わりはない。

 

「桜雲が応援してくれるのなら、私も頑張れそうだわ」

「あんまり無理はしないでね」

 

 その後は、桜雲のサークルの話をしたり、戦車道のちょっとした小噺をメグミが披露したり、他愛もない言葉を交わしながら食事の時間を和やかに過ごしていく。

 そして、2人ともに食べ終えて手を合わせてから。

 

「あ、そうだメグミさん」

「?」

 

 立ち上がろうとしたメグミに、思い出したような桜雲の声がかかる。

 

「この前メグミさん・・・お礼ってことで僕にお弁当を作ってきてくれたじゃない?」

「うん、作ってきたけど・・・」

 

 いきなり何の話を蒸し返したかと思えば、な感じだ。

 だが、あの日はメグミにとってもとても意味のある一日だったし、あの日があったからこそ今のメグミがいるわけでもある。

 

「それで、考えてたんだ。僕だけ作ってもらうのも何か悪いなって・・・」

「え?」

「だからさ・・・今度は僕が、作ってくるよ」

 

 メグミは、桜雲の顔を見たままで動きを止める。

その桜雲の申し出はメグミからすれば、不安とか迷惑とか思えないほど嬉しいことだったし、心がぐつぐつと湧き上がってくるのが自分でも分かる。

 

「ええと・・・いいのかしら?と言うか、桜雲って料理できるの?」

「うん、曲がりなりにも一人暮らしだし」

 

 その自分の提案も、料理をすることも全く負担と感じていないような桜雲を見て、メグミもあれこれ考えることを放棄する。

 残ったのは、自分のために桜雲が弁当を作ってきてくれることが嬉しいと思う気持ちだけ。

 

「・・・ホントにいいの?」

「うん。すぐってわけにはいかないけど・・・」

「それじゃ・・・楽しみにしてるわね?」

「よし、分かった」

 

 桜雲が言いたかったことはそのことだけのようで、桜雲は食器を持って立ち上がる。メグミも後に続いた。

 

「昨日急に誘っちゃった僕が言うのも変だけど、メグミさんは戦車道優先で良いからね?」

「ええ、分かったわ」

 

 食器を返す途中で桜雲が申し訳なさそうに話す。

 メグミとしては、確かに昼休みは愛里寿たちと食べることが多く、戦車道の話も時折する。だがそれは、絶対というわけではない。アズミとルミも、たまに自分の戦車の乗員たちや、戦車道絡みではない友人と食べることもある。

 だから正直、愛里寿たちとの食事を優先することもないのだ。

 

「じゃあ、桜雲」

「?」

「また明日も・・・・・・一緒に、どう?」

「うん、いいよ」

 

 メグミにとって勇気ある一言に、桜雲はあっさりと答える。メグミはそれに拍子抜けし、同時に桜雲は自分との食事をそこまで特別と思っていないのかもしれないと不安になる。

 だが、桜雲だってメグミから再び昼食に誘われたこと自体は飛び跳ねるぐらいに喜ばしいことである。それがメグミに知れて拒絶されるのが怖くておくびにも出していないのだが、結果的にそれはメグミに不安を植え付けることになってしまった。

 

「それじゃ、また明日ね」

「ええ、また明日」

 

 食堂の前で2人が別れるが、2人の足取りは軽やかで、微かに笑っていた。

 それだけで、先ほどの時間がそれぞれにとってとても楽しいひと時だったのが、他人からも分かった。

 

 

 

『バミューダアタック、パターンSで行くわよ!』

「了解!」

 

 無線から聞こえるメグミの掛け声にアズミが応え、操縦手の早島(はやしま)の手によってパーシングが加速する。

 掛け声の主であるメグミのパーシングは、アズミのパーシングの左隣を走る。ここからは見えにくいが、ルミのパーシングはメグミのパーシングのさらに左隣にいるはずだ。

 しかしアズミは、今は前しか見ない。これから戦う相手を前に余所見などしていては、一瞬でやられる。

 

『今!』

 

 メグミの合図を聞いた早島は、操縦桿を倒してパーシングを左にドリフトさせる。

 今回のバミューダアタックは、3人のパーシングがそれぞれ同じ方向、同じ角度、同じスピードで目標の脇をドリフトして移動し、3輌で狙い撃ちするスタイル。これはルミが提案したものだ。

 ただし、今目標としているセンチュリオンの車長・愛里寿は、コンマ5秒ほどの初動で相手がどんな動きをするのかを瞬時に予測し、最速で対処してくる。

 戦車が横滑りにドリフトし、世界全てがスローモーションとなっているように錯覚する今も、センチュリオンは信地旋回を始めてこちらを1輌ずつ屠る態勢に入っていた。

 こうなった今できることは、砲撃して少しでもセンチュリオンを撃破しようとすることしかない。

 既に装填手の美作(みまさか)は装填を終えているので、アズミの指示1つでいつでも砲撃できる準備ができていた。

 

「撃て!」

 

 アズミが指示を出すと、即座に砲手の真庭(まにわ)がトリガーを引き砲弾を放つ。

 だが、愛里寿はそれを読んでいたようにセンチュリオンを超信地旋回させて砲弾を避け、返すように砲撃。3輌の中で一番端にいたアズミのパーシングに直撃し、はじかれるようにスピンして動きを止めた。

 軽い音ともに白旗が揚がるが、それでもアズミはセンチュリオンから目を逸らさなかった。悔しがるよりも、行く末を最後まで見届けて次のために何か活かせることはないかを見つけるために。

 そのおかげで、アズミの眼はしっかりと捉えることができた。

 

 

 『ギィン!』という音とともに、センチュリオンの側面装甲を何者かの砲弾が掠めたのが。

 

 

 

「!」

 

 これまで掠りもしなかったセンチュリオンに、誰かの砲弾が掠った。

 一体それは、誰の戦車のものなのか。

 

「・・・・・・メグミね」

 

 しかしアズミは、直感的にその砲撃がメグミのパーシングによるものだと気づいた。ここ最近の伸び具合からして、その可能性が高かったからだ。

 そのメグミのパーシングも、今やセンチュリオンの砲撃を受けて黒煙を上げてしまっていたが。

 

『島田チームの勝利!』

 

 審判役の隊員からの通信が入り、戦車の中の空気が緩む。それぞれは肩や首を回したり、溜息を吐いたりして緊張をほぐすが、その中で通信手の鴨方(かもがた)がアズミに話しかけてきた。

 

「さっきの音・・・隊長の戦車に当たったんですか?」

「・・・正確には、掠ってたわ」

 

 先ほどのセンチュリオンに砲弾が掠った音は、他の乗員にも聞こえていたらしい。鴨方だけでなく、他の乗員も先ほどの音のことについて話していた。

 

「まさか、あの隊長のセンチュリオンに掠らせるなんて・・・誰の戦車です?」

「多分・・・メグミよ」

 

 早島の質問にアズミが答えると、納得したようにうなずいた。

 

「確かに、メグミさんのパーシング、ここ最近は力を伸ばしてますからね・・・」

「ああ、今日もそうだったね」

 

 真庭と早島が話すが、確かにここ数日メグミのパーシングは力を伸ばしつつある。1つの模擬戦での撃破数を見れば、メグミのパーシングが一番多い。

 そんなメグミのパーシングの方を見れば、乗員たちはそれぞれ拳と拳を合わせて、健闘したのを喜び合っていた。メグミと、砲手の平戸に至ってはハイタッチを交わしている。

 センチュリオンを撃破したわけでもないのだが、今まで掠りもしなかったのだからあれだけ喜ぶのも仕方がないと思う。

 

「さ、そろそろ行きましょ?」

『はい!』

 

 アズミが一声かけると、乗員全員が返事をしてそれぞれ外へ出る。

 軽やかに地面に降りたアズミは、メグミの下へと歩み寄る。

 

「メグミ、すごいじゃない。まさか隊長の戦車に傷をつけるなんて」

「ああ、ありがとアズミ。平戸はもちろん、みんなのおかげよ」

 

 メグミは誇らしそうに自分の戦車の乗員を見る。そのメグミの顔には一切の驕りは無く、あのセンチュリオンに一矢報いることができたのは自分の仲間のおかげだと、顔に書いてあった。

 メグミは直情的なところがややあるが、だからといって自分の仲間の手柄まで自分のものと思う我田引水な性格をしてはいない。そんなことでは副官など務まらないし、そもそも戦車乗りには向かない。

 

「・・・・・・あ」

 

 そこで、メグミの視線がセンチュリオンを降りた愛里寿とかち合った。

 愛里寿は、模擬戦が始まる前と同じように凛々しくも愛らしい表情をしていたが、何かメグミに言いたそうにも見える。

 

「今日のお昼はどうするの?」

「そっちで食べるわ」

「そ」

 

 アズミが質問したのは、一昨日、昨日とメグミが珍しく愛里寿たちとは別で昼食にしたものだから、気になったからである。

 

「愛里寿隊長も、何か言いたそうだしね」

 

 どうやら先ほどの愛里寿の顔には、アズミも気づいていたらしい。

 今日の模擬戦は、恐らくは愛里寿にとっても思うところのあるものだったに違いない。

 メグミが記憶している限りでは、愛里寿が大学選抜チームの隊長に就いてから、センチュリオンは傷を負ったことなどない。撃破などもってのほかだ。

 だから、今日の掠り傷は愛里寿にとっても初めてのことである。その初めての傷を負わせたメグミには、愛里寿も何か話したいことがあるだろう。この後行われるミーティングで言及されるかどうかは分からないが、戦車道の時よりは軽い雰囲気の食事の席では話がしたいと思っているはずだ。それはメグミも分かっている。

 

(・・・・・・桜雲には、明日話そうかな)

 

 今日、メグミは桜雲と一緒に昼食にしようと約束をしてはいなかった。

 メグミは今日もまた桜雲と一緒でもよかったのだが、桜雲の『戦車道優先で良い』という言葉も捨て置くことはできなかったので、その言葉に甘えてメグミは2日に1度は愛里寿たちと食べることに決めた。

 けれど、今日の成果は桜雲にも話したかった。桜雲は既に愛里寿がどれだけ強いのかということは知っているし、これまで掠り傷1つ負ったことがないというのもメグミは話したことがある。

 だから、今日その愛里寿のセンチュリオンにメグミのパーシングが傷を負わせたことが如何にすごいことなのかを、桜雲にも伝えて喜びを分かち合いたかった。

 ただ、もちろん今日の成果にずっと浮かれて鍛錬を怠るつもりはない。次は掠り傷ではなくて、確実に命中させる。あわよくば撃破したいが、その前にまずは弾を当てることだ。

 心の中で次の目標を立てたところで、同じく戦車を降りたルミと合流し、ミーティングに使う会議室へと向かった。

 

 

 

「それは・・・すごいね」

「でしょ?」

 

 その翌日、メグミは自分で決めた通り桜雲と一緒に昼食を摂っていた。

 細心の注意を払って自分の知り合いが周りにいないことは確認済みなので、メグミは心置きなく桜雲との昼食を楽しんでいる。

 

「だって、撃破することも、傷1つ付けることもできなかったんでしょ?それはすごいよ」

「うん、私も驚いた。結局撃破することはできなかったけど、私たちはてんやわんやの大騒ぎだったわ」

 

 盛り上がる気持ちも桜雲には分かる。今までずっと届かないと思っていた相手に、致命傷には至らずとも傷を負わせることができたのだから、まさに万々歳。それに相手が相手なのもあって、その喜びはひとしおだろう。

 

「でも、なんでそんなに急に強くなったんだろうね?だって、今までできなかったんでしょ?」

「あー・・・・・・ホント、何でなのかしらね?やっと努力が実を結んだから、かしら?」

 

 まさかその理由が、今自分の目の前にいる桜雲が一端にあるなど、メグミは言えるはずもない。

 

「それじゃ、この調子で島田さんのセンチュリオンを倒すことができるかも?」

「ん・・・・・・それはちょっと、難しいかも」

「え?」

 

 やけに消極的なメグミの言葉に、桜雲も戸惑う。てっきりこの調子で行けると思ったのだが、何か心配なことがあると言うことか。

 

「昨日掠り傷を付けちゃったせいで・・・隊長も警戒を強めてるっぽいのよ」

 

 メグミが言うには、今日は愛里寿のセンチュリオンの動きがいつもよりも俊敏になり、また前のように傷1つ付けることもできず返り討ちに遭ってしまったのだ。

 それはメグミの言った通り、昨日のことがあって愛里寿がより注意深くなったからだろう。

 だから、その愛里寿に1発当てるということ、あまつさえ撃破することは、難しくなってしまったのだ。

 

「・・・・・・僕は戦車には乗れないから、ただ応援するしかない。だから頑張って、メグミさん」

「ありがと、それだけで十分よ」

 

 箸を置いて、桜雲がメグミのことを見る。

 

「それじゃ、前言ったお弁当だけど・・・・・・」

「?」

「明日にでも作ってこようかな」

 

 お弁当―――公平にという意味で桜雲が弁当を作ってくるというのは、メグミは覚えていたし、それを楽しみにもしている。

 その楽しみにしていることが明日になるとくれば、メグミのやる気も湧いてくるものだ。

 

「・・・明日ね。それなら、私も頑張れるわ」

 

 メグミが小さく拳を握って、桜雲はそれを見て小さく笑う。

 

「ところで桜雲って、そう言うお弁当を誰かに作ったことはあるの?」

「ううん、無いよ」

 

 即答する桜雲。

 もしここで桜雲が『ある』と言えば、メグミはがっかりしていた。そうだとすれば、桜雲は誰にでもやっていることであって、メグミだけが特別というわけではないのだから。

 だから、桜雲の答えを聞けただけでメグミは嬉しかったというのに。

 

「メグミさんにだけ、特別だ」

 

 そこまで言われてしまっては、メグミは。

 

「・・・そう」

 

 満面の笑みになってしまうのを必死に堪えて、はにかむように笑って誤魔化す。

 桜雲は、メグミのことを好いていて、特別に想っていたからこそ、先の言葉を言ったのであり、嘘はない。

 だが、実際に言うのはとても恥ずかしさを伴うものだ。面と向かって『あなたが特別』と言うのがこれほどまでに恥ずかしいものだとは。

 

「・・・よし、決めた」

「え?」

 

 メグミが食器を持って立ち上がり、桜雲を見下ろす形になるが笑って告げる。

 

「明日、頑張るわ。愛里寿隊長に、一発お見舞いして見せる」

「おお、急にやる気になったね・・・」

 

 メグミは、ニッと笑う。

 

「だって、あなたが私のことを特別って言ってくれたじゃない。だからあなたの期待に応えるために、頑張るわ」

 

 真摯な瞳で告げられて、桜雲は言葉を失った。意見・反論などできるはずもない。

 メグミの言葉がトーンチャイムのように桜雲の心に響く。

 

「・・・・・・頑張って、メグミさん」

「ええ、頑張るわ」

 

 ただ、食堂を出た後の2人は、それぞれが言われた言葉を思い出してしまって、嬉しいという気持ちが抑えきれず笑みを浮かべていたが。

 

 

 ギラギラと鋭い夏の日差しが、キューポラから身を乗り出す愛里寿に容赦なく降り注がれる。

 だが、愛里寿はそんな日差しなど気にせず涼しい顔で目の前を見る。

 黒煙を上げたパーシングが何輌も擱座しており、残りの相手チームはバミューダ3姉妹のパーシングのみ。

 反対に、愛里寿のチームもセンチュリオン以外は皆やられてしまっていた。だが、他の戦車がどれも弱いというわけではない。最後まで残った向こうのバミューダ3姉妹の練度が高いだけだ。

 しかし、それを差し置いても、今日はいつもと違う。

 

「残り3輌です」

 

 通信手の信濃(しなの)が、センチュリオンを含めた味方が撃破した戦車の情報を照らし合わせて、残存車輌数を報告する。その3輌が、あのバミューダ3姉妹だ。

 

「ここからが・・・正念場ですね」

「ああ、気は抜けん」

 

 装填手の三笠(みかさ)と砲手の大和(やまと)が顔を合わせて話す。三笠は気合を入れているのか、指をポキポキと鳴らしている。大和は照準器を覗いたままで、いつでも撃てるように準備をしている。

 

「あの3人の練度は上がってきている。各自留意して、それぞれの役目を果たせ」

『はい!』

 

 冷静な愛里寿の指示に、乗員たちが頷く。

 このセンチュリオンの乗員は、愛里寿が大学選抜チームに入ってから自分で選んだメンバーである。それぞれの実力は折り紙付き、大学選抜チームの中でも指折りの強さだ。

 その強さは、“一昨日まで”の戦いでセンチュリオンが傷1つ負うことも無かったのが証明している。故に、このセンチュリオンはチーム内でも『難攻不落』と呼ばれてきた。

 だが先日、このセンチュリオンに初めて傷をつけた者がいた。

 

「4時方向に敵戦車3輌」

 

 戦車の気配を感じ取り、愛里寿が端的な指示を飛ばす。その指示だけで乗員全員は臨戦態勢に入り、操縦手の霧島(きりしま)が超信地旋回を素早くこなしセンチュリオンを4時方向に向ける。

 こちらへ向かってくるのは3輌のパーシング。

 その中でもとりわけ愛里寿が警戒しているのは、赤い四角形のパーソナルマークが描かれたメグミのパーシングだ。彼女のパーシングこそ、愛里寿のセンチュリオンに初めて傷を負わせたものである。

 愛里寿もあの時は、一瞬ではあるが『ヒヤッ』とした。

 掠り傷程度で済んだが、少しでも位置がずれていたらただでは済まなかったかもしれない。

 だから昨日今日と愛里寿は警戒を強め、乗員にもメグミの戦車には十分注意するように通告をしておいた。

 それでも、今日の模擬戦はまた違った。

 

(・・・メグミの中隊に手こずらされたな)

 

 模擬戦であるため参加したのは一部にすぎないが、メグミの中隊が試合終盤まで多く残っていたのだ。

 メグミたち副官3人の配下にあるパーシングは、大体が愛里寿のチームの戦車と相打ち、もしくは愛里寿側が打ち勝つのがほとんどだった。

 しかし、今日はその3人の配下にあるパーシング、特にメグミ中隊に属していた戦車がしぶとく生き残ってきた。どころか愛里寿のチームの戦車を立て続けに倒し続け、普段は最終局面まで撃つことがない愛里寿のセンチュリオンも動かなければならないほど、粘り強かった。

 どうしてメグミの戦車、そしてメグミの中隊がこうして急に練度が上がってきているのだろう。愛里寿はそんなことを試合の中でも戦う片手間で考えていた。

 これだと思う原因は愛里寿にも分からないが、ここ最近で変わったことと言えば思いつくことはある。

 メグミが最近知り合い、そして付き合いが増えてきている桜雲という男だ。

メグミが桜雲と知り合ったのはつい最近と言っていたし、それはメグミの戦車の練度が上がってきた時期と一致している。

 

(・・・一体、どんな関係があるんだろう?)

 

 その変わったことが分かっても、どうしてそれでメグミが強くなれるのか、愛里寿は分からなかった。

 愛里寿は関係者やチームメイトからは天才少女などと持て囃されてはいるが、年相応に男女の関係についてはまだ疎く、完全に理解することができてはいない。

 その桜雲とは、愛里寿は2回ほどしか顔を合わせてはいないが、その場には常にメグミがいて、そしてメグミと桜雲は仲がよさそうに見えた。

 ともかく、メグミたちが強くなってきたことと桜雲には何らかの関係があるのかもしれない。

 

「敵戦車接近」

 

 愛里寿が告げると、三笠が砲弾を装填する。

 大和が照準器を覗き込み、前方から迫ってくる3輌のパーシングを照準に収める。十分に撃破できる距離まで近づいてから撃てばいい。それに霧島の腕があれば、近づいてきても超信地旋回で弾を避けられる。

 やがて、接近してくるパーシングのエンジン音が上がり、加速してきた。

 

「前進」

 

 短い指示に応じた霧島が、センチュリオンを前進させる。すぐにシフトチェンジして速度を上げ、こちらからもパーシングの方へと接近する。

 今までメグミたちがバミューダアタックを仕掛けてくる時、センチュリオンはずっとその場に留まったまま、超信地旋回や砲塔旋回など最低限の動きで回避してきた。

 なのに今日、こうしてセンチュリオンから近づいていくのは、愛里寿の中でちょっとした胸騒ぎがしたからだ。動かないままでいたら、やられるかもしれないと。

 

「回避行動」

 

 正対しているパーシングの砲身を見て、愛里寿は指示を出す。何をどう回避すればいいのが具体的な指示はなかったが、それでこのセンチュリオンの乗員には通じる。

 センチュリオンの車体が左にすっとズレた直後、黄色いひし形のパーソナルマークのアズミのパーシングが発砲して砲弾が横を通り過ぎていく。

 だが、バミューダ3姉妹の戦車の動きはそれだけで終わらず、ドリフトをしてセンチュリオンの後ろに回り込もうとする。

 

「停止、旋回。2秒後に1時の方向へ発砲」

 

 センチュリオンが動きを止め、超信地旋回と砲塔旋回を駆使して旋回速度を速める。

 その間に青い三角形のパーソナルマークのルミのパーシングが発砲するが、これも当たらない。そんなルミのパーシングに照準が定められ、愛里寿の指示から丁度2秒後に大和が発砲し、ルミのパーシングを撃破した。

 

「旋回、3秒後に12時の方向」

 

 さらに指示を出し、超信地旋回をするが砲身は12時の方向へ固定され、今度はアズミのパーシングの砲撃を避ける。お返しとばかりに、アズミのパーシングへ発砲して撃破した。

 

「旋回、4秒後に10時の方向、それで終わる」

 

 これで残りは、気になっていたメグミのパーシングだけだ。どう出るのかは気になったが、気を取られずに冷静に処理するべきだ。

 霧島が超信地旋回をしてメグミのパーシングから来るであろう1発を避けようとし、三笠が装填、大和が砲塔を旋回させてメグミのパーシングに照準を合わせようとする。

 

 

 その直後、『ゴンッ!!』という鉄を打つような音と衝撃が、センチュリオンの乗員たちを襲った。

 

 

 

「えっ?」

 

 驚いた声を上げるのは信濃。そして恐らく、霧島も、大和も、三笠も声に出してはいないが内心では驚いているだろう。

 それは愛里寿も同じだった。

今の音と衝撃は、間違いなく砲撃を受けたから。

 掠り傷ではない、命中だと。

 しかし白旗は揚がっていない。まだこのセンチュリオンは撃破されたわけではないのだ。

 音と衝撃がした数秒後に、我に返ったのか大和が照準を改めてメグミのパーシングに向けて発砲する。その砲弾は見事命中し、メグミのパーシングはスピンして停車し、白旗を揚げた。

 

『・・・・・・・・・』

 

 だが、模擬戦の決着がついても、愛里寿の戦車の中は異様な空気に包まれていた。誰もが、勝利したというのに、疑念や困惑の表情を浮かべている。

 そんな中、愛里寿は戦車から1人降りて、愛機・センチュリオンを見上げる。

 

「・・・・・・あ」

 

 これまで傷つくことなどなかったのに、センチュリオンの右側の履帯を覆う装甲が凹んでしまっていた。当たり所が悪かったら、恐らくはこの程度では済まなかっただろう。もしかしたら、撃破されていたかもしれない。

 

「・・・・・・・・・」

 

 続けて愛里寿は、メグミのパーシングへと目をやる。

 キューポラから身を乗り出していたメグミは、腕を伸ばしてうつぶせになるように上半身を倒す。その後ろから、対馬が笑って抱き着いていた。

 

「・・・・・・本当に、強くなったんだ」

 

 疲れた様子のメグミを見ながら、愛里寿はポツリと呟く。

 その愛里寿の声には多少の羨ましさを孕んでいるようだったが、愛里寿のセンチュリオンの乗員にも、誰にもその声は届かなかった。

 

 

 

「で、その主役様がいないってのはどういうことよ」

 

 時間は少し流れて場所も変わり、昼休みの食堂。テーブルに着いたルミは憮然とした口調でそう告げた。

 今このテーブルに着いているのはルミとアズミ、そして愛里寿のみ。普段は一緒にここにいるはずのメグミが、今ここにはいない。

 そのメグミこそが、ルミの言う『主役様』だ。

 

「ここ最近、どこぞの誰かと一緒にご飯を食べてることは知ってたけど、今日もか」

「あの子・・・自分がどれだけのことをしでかしたのか分かってるのかしら?」

 

 アズミも自分の頬に手を当てて、心配そうにやれやれと首を横に振る。

 アズミの口ぶりでは、メグミがとんでもないことをやらかしたように聞こえるが、メグミがしたことは『良いこと』だ。

 

「まっさか、隊長のセンチュリオンに、掠り傷どころかあんなデカい傷をつけるなんてね」

「私の戦車の子たちも、度肝を抜かれたわ」

 

 メグミのパーシングが、愛里寿のセンチュリオンに砲弾を命中させた。

 撃破には至らなかったものの、これまであそこまで綺麗に命中することなどなかったのだから、十分すごいことだ。

 

「なのに、なーんでそのメグミ様はここにいないのかね」

「隊長だって色々と話したいことがありますよね?」

「えっと・・・・・・うん。メグミとは、ちょっと話したかったかな」

 

 唐突に話を振られて、愛里寿は少しばかり目をぱちくりさせる。それでも告げた答えに、アズミも『ですよねぇ』と演技臭いほどの相槌を打った。

 

「隊長もこういってるのに、メグミときたら・・・」

「いやぁ、いったい誰なんだろうね?隊長よりも優先するような人とは」

「誰なのかしらね?ホントに」

 

 顔を見合わせるルミとアズミは、やれやれと首を横に振る。

 そこでようやく、愛里寿が自分から会話に参加した。

 

「・・・2人とも、どうして嬉しそうなの?」

 

 ルミもアズミも、笑っている。笑いながら先ほどのような会話をしていたのだ。それも、全て分かっているようなニヤニヤした笑みを浮かべていて、発言と表情が一致していない。

 愛里寿に訊かれ、アズミは少し考えてから愛里寿に話しかけた。

 

「隊長は今日・・・いいえ、メグミのパーシングがここ最近で力を伸ばしている理由について、何かご存知ですか?」

 

 質問に質問を返すような形になったアズミの言葉に、愛里寿は少し考える。

 それは愛里寿自身でも少し考えていたことだったので、答えは割とすぐに見つかった。

 

「・・・もしかしたら、メグミが最近仲良くなったっていう、桜雲?」

 

 答える途中で自信がなくなってしまったが、言い終えた直後にルミがぱちんと指を鳴らす。指パッチンは彼女の得意技だ。

 

「その通りです。十中八九、桜雲が原因ですよ、あれは」

 

 アズミも同意見らしく、笑って頷く。

 

「何せ、メグミに力がついてきたのは、桜雲と知り合ったここ最近という時期とほぼ同じですもの」

「でも・・・それだけで戦車や中隊全体の練度が上がるものなのかな・・・」

 

 愛里寿が解せないでいるのはそこだ。

 例えメグミが桜雲と知り合って、さらにそこに何らかの理由があるのだとしても、それでメグミの戦車や中隊が強くなるとは思えない。戦車を動かし戦っているのはメグミだけではないし、中隊もメグミの意思と直結しているわけではないのだから。

 

「恐らくですが・・・・・・メグミの戦車のメンバーも、メグミと桜雲が出会えたことを嬉しく思っているのでしょう。そして中隊の面々も、恐らくそれには気づいている」

「・・・どうして?」

 

 心身状態でパフォーマンスが変わるというのはよくある話だ。だから愛里寿も、メグミに何か嬉しいことがあったことを嬉しく思い、乗員たちや中隊のメンバーもコンディションが良くなって結果的に戦車と中隊全体の練度が上がっていると考えれば、筋は通ると思っていた。

 だが、そこまで他の面々も嬉しくなるようなこととは、いったい何だろうか?

 

「まだ確証はありませんが・・・メグミは恐らく、桜雲のことが気になっているんでしょうね」

「気に、なってる?」

 

 アズミのぼかした表現では愛里寿もまだよく分からないらしい。いかに天才少女であっても、『そのこと』についてはまだ疎かった。

 そこでルミが。

 

「つまり、メグミは桜雲のことを好きなんじゃないかってことです。1人の異性として」

 

 核心を突いた。

 食堂の中は未だざわめきに包まれていて、彼女たちの会話に耳を傾けている人など全くいない。

 しかし、その言葉を聞き間違うことなく聞き届けたアズミはニコッと笑い、ようやく意味を理解することができた愛里寿は、口を小さく開けた。

 

「同じ戦車に乗る仲間に、中隊長のメグミにようやく春が来たから、皆も嬉しくなったんでしょうね」

「ま、大学選抜チームの練度向上に、メグミには十分協力してもらいましょう」

 

 もちろん、アズミとルミの言っていることが全て真実とは限らない。だが、信憑性があるように愛里寿には感じた。

 

「じゃあ、メグミがここにいないのも・・・?」

「恐らく、桜雲繫がりでしょうね」

「全く、どこで何をしているのやら・・・・・・」

 

 アズミとルミが天を仰ぎ、白い天井を見る。

 愛里寿も同じように上を見たが、あるのはやはり白い天井だけ。メグミと桜雲がどこで何をしているのかなど、答えが示されているはずなどなかった。

 

 

 

「・・・暑い」

 

 その食堂から少し離れた中庭。木陰のベンチに座ったメグミが空を見上げて声をひねり出す。季節は夏真っ盛り、太陽は激しく自己主張をしており、容赦ない光を地上に向けて放っている。

 本当に、暑い。

 

「大丈夫?やっぱり食堂で食べた方が・・・」

「いやいや、流石に今日ばかりは誰かに見られるのは避けたいわ」

 

 隣に座る桜雲が、水筒に入った冷たい麦茶を紙コップに注いで、メグミに渡す。それをメグミは遠慮もなく受け取ると一呷りで飲み切った。何とも良い飲みっぷりである。

 今日誘ったのは桜雲の方だが、この暑さに最初は『食堂で食べた方が涼しい』と提案した。しかしメグミは、先ほどと同じ理由で中庭で食べることを頑として譲らなかった。

 

「ふぅ・・・ありがと」

「無理しないでね?」

 

 桜雲がもう一杯麦茶を注いでメグミに渡し、肩に提げていたバッグから赤と白のチェック模様の包みを取り出す。メグミは包みを受け取り、目で『開けていい?』と断りを入れてから包みをほどいていく。

 姿を見せたのは、木目調の模様が入った弁当箱。蓋を開ければ、白いご飯とから揚げ、甘辛く炒めたキャベツ、ほうれん草のおひたしがバランスよく収められている。

 この桜雲が作ってきた弁当こそが、今日メグミが愛里寿たちとの昼食をパスしてまで桜雲と今ここにいる理由だった。

 

「すごい、美味しそう・・・」

「そう?それはよかったな」

 

 桜雲も自分の分を取り出し、さらに使い捨てのおしぼりと箸をメグミに渡す。

 

「召し上がれ」

「それじゃ遠慮なく、いただきます」

 

 箸をとり、まずは唐揚げを一つ食べる。

 

「ん、美味しい!」

 

 メグミは思わず、弾むような声を上げてしまう。それを桜雲は嫌がりもせず、恥ずかしがりもしなかった。

 

「よかった・・・一応得意料理だし」

「桜雲は普段から自炊してるんだっけ?」

「うん、節約にもなるし」

「そうなんだ?」

 

 節約、と聞いてメグミも興味が湧く。

 桜雲に弁当を作って以来、メグミが自分で夕食を作るのは週に1~2回程度になった。しかし、節約できるのであれば、これからは自発的にやってみるべきではないかと思う。メグミも貧乏というわけではないが、それでも締めるところは締めていきたいと思っている。

 炒めたキャベツを食べて、メグミが小さく息を吐いて空を見上げる。

 

「どうかしたの?」

「ちょっと・・・現実味がないっていうか・・・」

 

 メグミの変化に気づいた桜雲が声をかけるが、メグミは変わらず空を見上げたままだ。

 

「愛里寿隊長のセンチュリオンに、1発当てたのよ。掠り傷じゃなくて、ホントに、命中」

 

 メグミがデリンジャーのように指を立てて、桜雲を見る。

 そして、一瞬遅れて。

 

「本当に?すごい!」

 

 桜雲が嬉しそうに声を上げた。

 掠り傷を負わせただけでも上出来なのに、次は当てると決意した昨日の今日で命中させるとは。愛里寿がどれだけ強いのかは桜雲も聞いているからこそ、本当にすごいと思った。

 掠り傷を負ったことで警戒を強めているはずなのだから、そんな愛里寿のセンチュリオンへ命中させたのだからやっぱりすごい。

 

「いやぁ、すごいなぁ。何だか僕まで嬉しくなるよ」

「私だって、すごいと思ってる。でも、ちょっとやり遂げて気が抜けたっていうか・・・」

「お疲れ様、だね」

 

 メグミを労わるように、言葉をかける桜雲。そんな桜雲に、メグミは小さく笑みを返す。

 ふと空を見上げたメグミは、弁当箱を膝の上に置いて言葉を洩らす。

 

「・・・夏ねぇ」

 

 ギラギラ照り付ける太陽も、青空に浮かぶ入道雲も、右肩上がりの気温も、全てが夏と感じさせる要素だ。

 

「・・・もうすぐ、夏休みだね」

「戦車道の訓練漬けだけどね・・・」

 

 やたら感傷的になったメグミを元気づけようと言葉をかけた桜雲だが、逆効果にしかならなかった。

 

「えっと、また訓練で疲れたりしたら、また猫カフェでリラックスしようよ」

「あ、それはいいかも」

 

 桜雲の提案も悪くはない。ちゃんと戦車道の訓練がない休日はあるから、その日にでも行くといい気分転換となるだろう。

 それなら。

 

「それじゃ、その時はまた一緒に行きましょ?」

「うん、分かった」

 

 メグミが桜雲に告げると、一も二もなく桜雲は頷いた。

 

(あれ)

 

 だが、その直後で桜雲は気づいた。

 一緒に、ということは今度もまたメグミと2人でということ。それも、今度は下見や予行演習などとは違う、純粋に猫カフェを楽しむこと。

 それはすなわち、本当にデートに近いと言うことに。

 軽く返事をしてしまったことを恥ずかしく思うが、それも悪くはないと思ったので、桜雲は今更断ることができなかったが。

 

(あ)

 

 メグミも言った後で、桜雲が考えていたのと同じように気づいてしまった。

 しかしメグミも、撤回するつもりはない。桜雲と2人で出かけることはむしろ望むところだった。その時が来るのはいつかは分からないが、その日のことを楽しみにしておくことにしよう。

 セミの鳴き声が響き、昼休みの時間が過ぎていく。青空に浮かぶ白い雲も、風の向くままに流れていく。

 本当に夏真っ盛りを感じさせ、そして夏休みが近づいてくるのを実感させてくれる。




アズミのパーシングの乗員は、
母校・BC自由学園の本籍地である岡山県の地名から、
愛里寿のセンチュリオンの乗員は、
旧日本海軍の軍艦の名前から戴きました。

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