張飛がアサシンならライダーは?
その疑問にお答えします。
・ウロボロス
尾を飲み込む蛇の図。永遠性、死と再生、循環の象徴とされる。
一匹の蛇が自らの尾を食むウロボロスと二匹の蛇が互いの尾を食むウロボロスの二種類があり、後者の場合は大抵“∞”の形を描く。
†
東京渋谷区。
日本有数の繫華街であるがこの街はその足元に淀みを封印している。
それの名前は渋谷川という。渋谷を流れる川であるが、普段はその殆どがアスファルトの下に封じ込められている為、人の目に映ることはない。
であれば、一般人が立ち入ることも殆どないということは言うまでもないだろう。
しかし、この日は珍しく渋谷川には来客があった。一人は男で一人は女。
男の方は如何にも軽薄そうな若者で名を相良豹馬という。彼はその名こそ名乗らなかったがユグドミレニアに属する魔術師だった。
そして、他方はどこか憂いを感じさせる蠱惑的な女であった。女――六導玲霞は相良豹馬が行う儀式の生贄に選ばれてしまった哀れな犠牲者であった。六導玲霞は娼婦であった。シリアルキラーは往々にして春を売る女を標的に選ぶというが、生贄を用いる魔術師もまたそういった女を標的とした。
そういった女は大抵の場合天涯孤独であるために捜索願が出されにくい。秘匿性を重んずる魔術師にとっては誂え向きの生贄なのだ。
玲霞は豹馬の暗示にかかり意識を失っていた。そして最後まで覚醒しないまま、儀式が終わると永遠の眠りに着く筈だった。
英霊召喚。嘗てイギリスを震撼させた人類史上初の劇場型殺人の主役、ジャック・ザ・リッパーを招く為にその殺人の状況を再現する。たったそれだけの為に。
「答えよう。汝れは
しかし、豹馬の前にあった現実は違った。
湿ったコンクリートの上に描かれた血の召喚陣。そこに立っていたのは明らかにジャック・ザ・リッパーではなかった。
それは男か女か曖昧な美貌の人物であった。目が眩むような輝く銀の髪を腰まで伸ばし、透き通るような白い肌をしている。月を思わせる銀の瞳は涼やかで如何にも優し気だ。漆黒の鎧を纏っていたが、少しばかり奇妙な出で立ちであった。両肩の肩当てがない。そして肩当ての下の服も布地がなく浮き出た鎖骨が艶めかしく映る。
この人物の趣向なのか? 答えは否だ。この人物の体の形では肩に鎧はおろか衣すらまとうことが出来ないのだ。
何故ならこの人物の肩には蛇の頭が生えていたのだから。
飾りなどではない。両肩一匹ずつの蛇はそれぞれが生きている。
相良はその英霊の名に――両肩に蛇を有する魔王に心当たりがあった。その為に結論することが出来た。これがジャック・ザ・リッパーではないと。
「どう……して?」
魔術師としては二流もいいところの自分がこんな化物を呼び出せてしまったのか。何故、ジャック・ザ・リッパーの使っていたナイフを触媒にしたのにそれどころではない殺人者が目の前にいるのか。
「何故か、だと?」
蛇を有する英雄は、豹馬が齎した疑問を勘違いし、腰に佩いた剣を抜いた。
そしてその刃を喉元に突き付け、
「決まっておろう。
冷たく告げる。
「下郎、早々に
ガチガチと顎が鳴るだけで、豹馬は言葉を出すことが出来ない。
体が震え、立っていることすらままならない。
なんとか死に身の思いで力を振り絞ると豹馬は叫ぶ。
「全ての令呪を以って命じる!」
サーヴァントに対する絶対命令権である令呪を三つ全て使うという暴挙に出る。
だが、豹馬はそうまでしなければならないと思っていた。なるべく目を向けないように気をやっていた自身の未熟さ。その未熟さを自覚するが故に、豹馬はこの選択をしなければならないと思ったのだ。
「命だけは取らないでくれェェェ!」
自分が助かる為には。
全ての令呪が起動し、その魔力が目の前のサーヴァントの身に降り注ぐのを確認すらせず、相良豹馬はバシャバシャと水音を立てながら脇目も振らず走り出した。
静かに、肩に蛇を有するサーヴァントはその姿が地下水道の奥の暗がりに消えるまで見送った後に鼻を鳴らした。
「……汝れの命なぞそれこそいらぬわ」
そもそもこのサーヴァントには豹馬の令呪は効いていなかった。肩に有する蛇は魔力を食らい宿主である魔王のものにする力を有する。それは令呪とて例外ではなかった。
「……あの」
後ろからかけられた声に有蛇の英霊は振り返った。
「多分、あなたに助けられたのよね? ありがとう」
暗示をかけられ覚醒した玲霞であった。
「感謝を述べられるまでもない。人として為すべき正義を為したまでである」
「為すべき正義?」
うむと英霊は胸を張って答えた。
「笑顔を守る。その為に明日を生きる未来を守る。星の目指す未来とは人々の笑顔が溢れる世界であるが故に!」
玲霞はポカンと口を開けた。
吐かれた言葉が綺麗事に過ぎたからではない。あの綺麗事を本気で言っているし、本当になると信じて言っているように聞こえたからだ。
「さて、では
と玲霞が呆けている内に英霊は勝手に歩き出そうとしていた。
「待って」
その手を慌てて玲霞は引いた。
「行かないで。貴方にお礼がしたい」
「礼などいらぬと言った筈だが?」
「でも、私は命を救って貰ったから」
その言葉に英霊は嘆息を漏らす。
「
生きる。
英霊のその言葉が逆に玲霞を焚き付けた。
「だったら、私を連れて行って!」
「何故、そうなる!?」
「貴方は生きることがお礼になると言った。だったら私がこのまま帰ることはお礼になんてならない」
何故ならば、玲霞は――。
「だって私は生きてなんかいないから!」
生を感じてなどいなかったから。
幼い頃に両親を亡くし、引き取られた先では虐待を受けて過ごした。その後は誰にも愛されることなく、必要とされず、ただ薄ぼんやりと時を流れるだけだった。
もしそれが変わるとしたら、この人の往く先であろうと玲霞は思った。
初めて心が突き動かされたかのような綺麗事を言ってみせた人の。
「強い言葉を使うな!」
この時、男か女かその境界が曖昧だった英雄は、初めて男の顔になり激怒した。
肩の蛇が牙を剥き、玲霞の頭をいつでも丸吞みに出来る位置で止まる。
「鬱陶しい! はっきり申すぞ!
嘘だった。
主が必要ないということがではない。このサーヴァントは竜種改造という特殊スキルを持つ為、本当にマスター不在のまま現界出来るサーヴァントであったからそこに嘘はなかった。
嘘なのは、鬱陶しいという部分であった。
疎んじるわけがなかった。何故ならばそれが命というだけで、誰かを愛し誰かに愛される人というだけで彼にとっては愛すべき人であったから。
だが、愛すべき人間であるが故に、敢えて男は攻撃的に振る舞う。
「汝れは
これは男に出来る最大の警告であった。
だが、
「生き続けたなら知っているんでしょう? 生きるということがどういうことなのか」
玲霞はまるで恐れてはいなかった。
男は沈黙した。そして悟った。
この女には人並みの我執すらないのだということを。
「……分かった。そこまで宣うならば、付いて参れ」
両肩の蛇を引かせると男は観念し歩き出した。
玲霞が追って来られるようなゆっくりとした速さで。
「ありがとう。そういえば、貴方の名前を聞いていなかった」
「……ライダーと呼べ。汝れは?」
「六導玲霞。呼び方は好きに。貴方が望まないなら名前なんか呼ばなくて良いわ。よろしく、ライダー」
男――ライダーのクラスのサーヴァントはフッと小さく笑った。
――この危うい女子に
と内心では憂いながらも。
ライダーはアストルフォと同じユニセックス系ポンコツ英雄でした。
いやぁ萌え萌えですねぇ。