第1.01話 「きおくのかなた①」
年季の入ったドーム状の建物。人が住んでいた雰囲気を全く感じさせない廃墟。いたるところに穴が開き、長い年月の間、何の手も加えられずにただ、そこにあった事だけがうかがえる。草原の中でポツリと立つ孤独な建築物は、雨風や日照りによって風化しきっている。静けさの中で風に吹かれてか、その天井が、轟音と共に脆く朽ち果てた。その一部が重力のままに落ちていき、あるカプセルに直撃した。
そのカプセルは鉄とガラスによって囲まれており、キラキラと光る直方体の物体が中に敷き詰められている。中には人一人分のスペースが確保され、カプセルというよりも、小さなケースといった印象がもっともである。
カプセルは鈍い音を立て煙を巻き上げる。丸い球体の上部のガラスが綺麗に割れ、埃がまきあがったのだろう。刹那、カプセルの中の住人がこの出来事に、衝撃を受けたのか、小さな産声をあげ、目を覚ました。
「……いった……」
カプセルに開いた穴、そこからひとつの手がその中からひょっこりと覗かせた。その手はカプセルのフレームを掴むと、体を支えて立ち上がった。
そこにいたのは十代くらいの少女であった。頭には鳥の羽がついた帽子を被っている。彼女はカプセルから出ると散乱したガラス片を足で踏みつけてしまう。ピキピキと音がし彼女はビックリして咄嗟に身構えてしまう。
「……えへへ」
自ら鳴らした音に驚いたことがおかしかったのだろう。少女はかすかに苦笑いをする。そして、両手をあげ、天に向かって大欠伸をした。先程、崩落したことで開いた天井の穴からは光がさしており、辺りは少しばかり暗がりが満ちていた。
「そういえば、ここどこだろう?」
しどろもどろに周囲を見渡し、自分の置かれた状況を把握しようとする。すると、光の筋の先にスケッチブックとショルダーバッグが置かれていることに気が付いた。暫く誰も使っていない様子でほこりが積もっている。少女は近づくとそれを目の前に持ち上げた。すると、周りに海雪が舞う。
「けほっ!けほっ!」
少女はせき込んで涙目になる。ほこりが光に反射して白く部屋が濁ったが、ひとしきり待つと、白い粒はなくなりスケッチブックという英文字だけが顔を出していた。
見覚えのある文字なのか、なんとなく少女はその文字を声に出して読んだ。
「すけっち……ぶっく?」
少女は言葉の真意を少しばかり考え、その言葉の意味を思い出したかのように手を叩いた。絵を描くものと理解した少女は何かが描かれていないかと、中身をペラペラと捲り始めるが、ただの白紙のスケッチブックであった。
「何も書かれてない……」
少女は落胆したのかため息交じりにそうつぶやく。そして、傍らに置かれたショルダーバッグに興味を示した。紐の部分を掴んで目の前にぶら下げる。青々とした軽く持ち運びやすいかばんである。肩からかけるために緩衝材として、ベルトに長方形のフェルトが通してある。
一通り見終わると、少女はチャックの存在に気が付く。少女はチャックを引っ張って中を強引に開けようとする。なかなか開かないことに悪戦苦闘しつつも、突然に、チャックは心地よい音を立てて、開かれた。それと同時に、中から色鉛筆のセットが入った箱が落ちてきて、中身がばらばらに床に落ちた。
痛快な音が反響して、色鉛筆が落ちていく。赤色。青色。黄色。全部で十二色の色が白くひずんだ床の上で転がり、少女を動揺させる。
「あわわわわ……」
落ちた色たちは床でひしめきあった後、静かに止まった。少女は棒が割れていないことを確認すると、安堵して、それを拾い上げる。箱の蓋の裏には丁寧に色の位置が描かれており、少女はその通りに箱の中にしまう。
「よしっ!」
正しく元の位置に戻され、綺麗な虹模様となった色鉛筆を確認すると、蓋を上から覆いかぶせ、ショルダーバッグの中へ戻す。
ふと、足元を見ると、ショルダーバッグの中から落ちたのだろうか。少女の目を奪う物が足元に置かれていた。それは鍵穴のついたロケットペンダントである。
高級な様相を醸し出すペンダントは流麗に何かの文字が彫られている。しかしながら、その文字は他の傷によって塗り替えられ、既にもともと彫られていた線を映し出してはくれなかった。少女もその線は気にせずに鎖の部位を持ち上げると、目線高くにかざして見せる。
「綺麗……」
持ち上げたペンダントは光に反射して黄金色に輝いていた。彼女はただただそれを、美しいと感じたようで、首にかけると満足げに笑顔を見せた。
彼女の耳に風の音が聞こえたのだろう。建物の外側を彼女は見た。眩しく、目に光がなじむのに数秒かかったが、彼女の好奇心はそれを見逃さなかった。
外はどうなっているのだろうか。湧いた疑問が頭から離れないでいる少女は、目の前に扉があることに気が付いたようだ。肩にショルダーバッグ。首からロケットを下げて、胸が踊る思いで扉に近づく。メッキがはがれ表面がさびている扉。彼女はそれを押すと、ゆっくりと金切り声をあげて、扉は開くのだった。
「――――うわぁ……」
少女は外界の光景に感嘆の声をあげてしまう。純粋なる、きれいな景色。澄み渡った蒼穹の空。岸芷汀蘭という言葉が似つかわしいものは他にはないだろう。広葉樹と青々とした草原。遠目には天高くそびえたつ山が見える。太陽が快活に注ぎ込み、心を洗っていくような気分になる。そんな、素晴らしき情景に彼女は心を弾ませていると、目の前に木の板が地面にめり込んでいるのを見つけた。
「あれは……」
少女はおそるおそる、それに近付く。板はベニヤ板のようで、その板には砂がかかっており、何が書かれているようだったが、よく分からない状態であった。
彼女は木の板を持ち上げて、かかった砂を優しくふり払う。すると、手で書いた文字とは異なる意匠をこらしたデザインの文字が現れた。
その文字を見た少女は小さな声でそれをつぶやいたのだった。
「よう……こそ……じゃぱり……ぱーく?」