けものフレンズR   作:笹皆

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第1.03話 「きおくのかなた③」

「本当に申し訳ないです。あんまりに取り乱してしまって」

 

 少女は(ひざまず)いて見知らぬ少女に謝罪する。茂みで初対面で、なおかつ、助けてもらった命の恩人に泣きつくとは少女にとって非常に気恥ずかしい出来事であったようで、少女はなかなか、顔を合わせられないでいた。いくら恐怖で打ち震えていたとはいえ、泣き崩れたという事実が、更に彼女の胸の内を追い込ませてった。

 そんな彼女の葛藤を悟ったかのように、見知らぬ少女は優しく微笑むと少女を諭すように語りかける。

 

「気になさらなくて大丈夫ですよ。それに少し確かめることもありましたし……」

 

 彼女はその姿に引けを取らず手を振り、謝らなくていいように促す。先程まで暗がりであった森は天頂近くに上り詰めた太陽によってだんだんと明るく照らしだされていた。

 

「あのぉ、失礼じゃなかったらで、いいけどもう一度、抱き着いて良い?」

 

「はい。別にいいですが……」

 

 許可が出たことを境に、少女の胸中に溜まっていた他人を感じたいという感覚が爆発したようで、彼女は見知らぬ少女の胸の中に飛び込んだ。

 

「ありがとー」

 

 少女は見知らぬ少女に再び抱きかかえられる。少女は誰かを撫でて触ることで、自分以外の存在を確固たるものにするために、こうやってスキンシップをとっているようであった。見知らぬ少女も少女のスキンシップに順応したようで、さりげなく体をキャッチする。

 

「もふもふだー。さっきも触ったときも思ったけど、この感覚がたまらないー」

 

 少女は幸せそうに見知らぬ少女の頭をなでなでする。耳を部分を撫でるのがどうやら気に入ったようで、その局所を集中的に撫でまわしている。見知らぬ少女は少しくすぐったくしているようだが、撫でられることに抵抗は感じられなかった。

 というよりも、見知らぬ少女は少女の匂いを嗅いでいた。そして、何かを確信したように、少女の肩を両手でつかみ、らうたげな顔を至近距離でつめて、うれうれと言葉を発する。

 

「やはりこの匂い。あなたはヒトですね。会いたかったー!この日をどれだけ待ち望んでいたことかー!」

 

 ヒト。聞きなれない言葉に少女は困惑した。少女はその言葉をおぼろげに聞いたことはあるようだったが、真なる定義は分からずにいた。それに、目の前でぴょんぴょんとはねる、見知らぬ少女は彼女の記憶では、見知らぬ少女でしか他ならなかったからである。

 

「えっと……。あたし、多分、貴方の事を知らないと思うんだけど」

 

 自分のことを知っている少女。しかし、それを素直に肯定することは彼女にはできないでいた。少女の当惑した様子に我に返ったイエイヌは一度、手を離すと改めて彼女に対峙する。

 

「あっ……。すみません。つい興奮してしまいました。私はイエイヌと申します。ご主人様のお名前を教えてくださいませんか」

 

「ご主人様!?」

 

 主従関係において、従者が主人に対して言うその言葉に少女は少しながら嬉しさのようなものを感じるも、目の前の彼女と同い年に見えるイエイヌの姿を見て、その考えは無くなったようであった。まして、命の恩人にそのような態度を取られては、どうしても気が滅入ってしまう様子であった。

 

「はい。私はヒトに仕えることが"しめい"なのです。ですから貴方様のお名前を教えてくれませんか」

 

 ペットが主人を待つように、羨望のまなざしで彼女の解を待ちわびるイエイヌ。その眼差しにどう返したらいいのか分からず、少女はしばらく、返答に困っている。

 

「えっと。あたしはそのヒトなのかどうかさえ分からなくって。自分の名前だって分からなくって。」

 

 イエイヌの態度にうろたえを覚えて、少女は渋るような声でそう言う。命の恩人であるイエイヌにこのような態度を取られてどうしたものかと、少女自身でも整理に型が付かない様子である。

 

「その手にお持ちになっているものは?」

 

 イエイヌの視線の先には、少女が目覚めたときに拾ったスケッチブックがあった。何も書かれていない、白紙のスケッチブック。少女は知らずの知らずのうちに手で汗がにじむほどにそれを掴んでいた。先程、走ったときにしっかりと握っていた証拠だった。

 

「これは、私の目が覚めたときに近くに落ちてたもので、すけっちぶっくて言うんだ」

 

 特にめぼしいものではない。そういうジェスチャーをしてスケッチブックを差し込む光に掲げて見せる。どうでもいいようなものであるはずなのだが、逃げるときも少女はしっかりと握って離そうしなかったものだ。

 

「すけっちぶっく……?」

 

 聞きなれない言葉であるようでイエイヌは少女からスケッチブックを渡されてみるも、使い方はおろか、名称も知らないようであった。

 

「えっと。絵を描くためのモノだよ」

 

 絵。その概念を知らないイエイヌは次から次に繰り出される不可思議な概念に興味津々でいるようで、

 

「"え"って何でしょうか。食べられるんですか?」

 

 純粋無垢な質問だが、どことなく狂気を感じる。

 

「おいしくないよ!?」

 

 少女はイエイヌが絵というものを知らいないらしいと分かると、ショルダーバッグを地面に置くと中から、色鉛筆を取り出すと、傍らに会った石に腰かけて、颯爽とページをめくり始める。

 

「イエイヌちゃん。ちょっと、じっとしててもらっていい」

 

「はい。分かりました」

 

 少女はスケッチブックの一ページを開くと、黄色と橙色の色鉛筆を取り出す。そして、アタリも取らずに、目の前のオッドアイの少女をものすごいスピードで描き上げていく。

 パステルカラーを基調とした、少女の絵は温かさを感じる、しっとりとしたデフォルメで描かれていた。少女はこういう絵柄を描くの得意らしく、感覚だけでやっていたように思われた。

 その絵をスケッチブックの針金からはがすために、紙の部分を一思いに引っ張る。すると、綺麗に、先端に等間隔に配置された円の部分が弧状になって離れた。そして、切り離した絵をイエイヌに手渡した。

 

「うわぁ~……すごいです!すごいです!これ、貰っちゃっていいんですか?」

 

 イエイヌの目に映った少女は格好良く、尊大なものであった。少女はショルダーバッグに色鉛筆の箱をしまいながら受け答えをしていた。

 

「うん。助けてもらったし、これじゃあ足りないぐらいだけど」

 

 少女は何でもないように言い切るが、イエイヌの尊敬のまなざしは尽きることはなかった。

 

「いえいえ。本当にありがたいです」

 

 大切そうに紙を抱きかかえるイエイヌの表情を見ると、少女はどこかほっこりとした気持ちになる。

 少女はスケッチブックを再び見つめる。年季の入ったスケッチブック。どこか安心感のあるデザイン。少女は記憶の片隅に見覚えのある様な感覚に陥る。

 

「あれ。なにかそこに書かれていますよ」

 

 イエイヌがスケッチブックの裏側を指し示す。少女がスケッチブックをひっくり返すと、拙く、今にも消え入りそうにマジックで何かが書かれているようだった。

 

「あっ。本当だ。なんだろう?」

 

 少女はその文字の意味を読もうと目を凝らす。年季が入っているためか、所々、消えているようで、何とかその文字を読んでみせた。

 

「……と……もえ?」

 

 スケッチブックの左下には黒色で、確かにそう書かれている。

 

「貴方様はともえさんとおっしゃるのですね。いい名前です」

 

 少女が思わず口に出してしまった言葉。それは彼女の名前なのかは本人ですら分からなかったが、自分の数少ない存在証拠であるために、そうであるかもしれないと思い始めていた。

 

「そうなのかな……?」

 

 ともえはいい名前と言われたことを素直にうれしく受け取ったようで、先ほどの暗さはほとんど感じられない、ひき笑いをしている。

 

「よろしくです。ご主人様」

 

「まぁいっか」

 

 自分の名前の真偽を確認するよりも、目の前にいる相手を優先させる方が重要だと思ったともえは踵を返すと、イエイヌに向き直り手を差し出す。

 

「こちらこそ。イエイヌちゃん。それと、あたしは多分、ご主人様じゃないと思うよ」

 

「いえいえ。私はヒトに使えて、役に立つための存在です。ご主人様からはどこか懐かしい、ヒトの匂いがします」

 

「それでも、ご主人様っていうのはやめてほしいな」

 

 ともえが求めているのは主従関係ではなかった。記憶喪失で道も分からず襲われかけた彼女を助けてくれた相手に取れる態度でもなかった。それに、素直に彼女も"ともだち"として接したいという気持ちも重なっての事だろう。

 

「分かりました。ともえさん」

 

 ともえとイエイヌは満面の笑みで互いの手を握り合ったのだった。

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