草原は所々にギャップがあった景色で無くなり、気高くそびえたつ草に覆いつくされた大地は、一言で集約するのであれば、サバナという言葉がぴったりな場所であった。サバンナ、あるいはサバナとはドイツ学者のケッペンが植生分布に基づいて区分けしたうちの一つであり、林は少なく、しかしながら、高い草が生い茂る場所である。
一際、背が高く、サバンナ全体を見渡す、サバンナアカシアの木が点在するのみで、他は茎が太い、エレファントグラス*1しか存在しない。生い茂る草たちは押しのけるが、二人の身長の二倍ほどの草のまえでは視覚も奪われてしまっている。
しかしながら、イエイヌが草を掻き分けてともえを先導して、時々、後ろを振り返っては目配りも欠かさないでいる。そのおかげで、スムーズに動けているようだが、ともえは幾分の時が目を覚ます前から立っているせいか、はたまた、ずっと動いていなかったからか、彼女の体は運動不足の症状に悩まされている。
「はぁはぁ……」
ともえは息を切らしているのをイエイヌは目の前で待っている。ただ、沈黙と目線のエールを送りつつ。
「ごめんね……イエイヌちゃん」
ともえはイエイヌの穏やかな笑顔に無理やり笑顔を返す。その顔をみてか、彼女の不安を取り払おうとイエイヌは言葉をかける。
「いえいえ。フレンズによって得意なことは違いますから」
優しく甘い言葉は少女にとって、多少なりとも、救済になったのだろうか。ともえの顔は、辛そうな顔から、邪念が弱まり、もう少し頑張ろうという意欲が見て取れる。
「もう少しで、休憩できる場所につくので、私がおぶっていきましょうか?」
イエイヌは最初は自力で頑張ろうとするともえの気持ちを汲み取り、あえて何も手を貸そうとはしてこなかったが、四苦八苦する彼女の姿からか、心配そうに最善策を提案する。ともえは自分では疲弊しきった体を足腰で何とか保っている。周りで騒然と立つ草のような気力は残されていないように見える。その閉鎖的環境に加えて、日照りという障害が、彼女たちを蒸し返すように煽っている。
「大丈夫。頑張れるから」
少女の眼に篝火がともったように感じられた。イエイヌはその微細な決心を受けたかのように再びともえの先を歩き出す。ともえもならって重たい足を前へ前へと進める。彼女は黙々とイエイヌの後を付いていき、息を切らしながらも、前をかき分けていくと、目の前から壁が取り払われ、広々とした空間が現れた。そこは一つのアカシアとため池のある、サバンナのオアシス――文字通りの憩いの場所であった。
「とうちゃくーー」
目の前からスライディングする形で、木の周りに敷かれた、枯草の絨毯にうもれる。イエイヌも疲れていたようで、舌を出して、口呼吸を繰り返している。カバーが幾重にも破かれたソファーがそこにはあり、刻み込まれた傷が何回も上から引っ掛かれた木の板が紐でくくって掛けられていたり、三本足のガラクタの椅子があちらこちらに散乱している。*2
「ふぅ」
足をだらんとだらしなく遊ばせると木陰の中で天を見つめる。すると、棘のついた不思議な枝が彼女の目にとまった。彼女にとっては不思議な木だったのだろう。目を輝かせて観察する。どのように分かれ目があるのだろうかと、入念に、真剣なまなざしでスケッチブックにその風景を描きとめようと、開いてスケッチを始める。
「のどが渇きましたね。そこに水があるので、ともえさんも飲みましょう」
ともえはイエイヌのその声で我に返り、自分の喉が渇ききっていることを自覚したようで、「あたしも行く」とイエイヌに伝えるとイエイヌの後を追いかけて水辺へと向かったのであった。
水を啜るイエイヌ。ともえは対して水を手で汲み上げ口元へと運ぶ。イエイヌもそれを真似をして、手で水を持ち上げようとするがすくった水は手を離れて顔面に直撃してしまう。
イエイヌは上手く真似ができなかったことを少し恥ずかしそうにしていると、ともえもイエイヌと同じように洗顔するように顔に水を打ち付ける。炎天下のサバンナに涼しい空間がそこには広がっている。二人は互いに濡れた顔を見て無邪気に笑いあった。その笑いは本当に無邪気だったのか、そよ風が二人の合間を駆け抜けていったのだった。