けものフレンズR   作:笹皆

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第1.08話 「きおくのかなた⑧」

「それでおうちを探していまして」

 

 ともえは今までの経緯と自分たちが目指している「おうち」のことをカラカルたちに伝える。情報を多く手に入れて旅の危険を少なくしようという、ともえの気遣いがそこに、見て取れる。イエイヌは相変わらず、尻尾を愉快に振っている。

 

「おうちねぇ。ヒトがいっぱいいる場所かぁ……」

 

 カラカルは何か思いこむように考える。ヒトの記憶を持つ、数少ないフレンズにはどこか思いいたる所があったようで、何かを模索しているようであった。

 

「おうちだって!?おうち!ヒトがいっぱい!そんなの見たことないよ~。きっと、すんごく面白いんだろうね、チャップシマウマちゃん」

 

 それとは、正反対に「おうち」という未知の単語に心を弾ませて、臨界点に達しそうなオグロヌーはチャップシマウマちゃんに余白を埋め尽くす言葉を送っている。彼女の好奇心旺盛な性格は人一倍強いのか、目を煌びやかにさせている。

 

「もう。オグロヌーはー。あんまり、はしゃがないの」

 

 怒っているようで、少し、安心した声でチャップシマウマはオグロヌーの奇行を優しく抑え込んでいる。もしも、この場にチャップシマウマの存在がなかったら、今にも、飛び出して、光速で駆け抜けていきそうなぐらいの破竹の勢いがあり、猪突猛進しそうである。

 

「さっきはごめんね。チャップシマウマちゃん」

 

 オグロヌーはチャップシマウマに謝る姿の傍らで、カラカルは何かを思案し続けているらしく、顔を俯かせてじっと地面を凝視している。その姿を、横からともえもイエイヌもじっと待ち続けている。

 

「やっぱり図書館に行くのがいいんじゃないかしら」

 

 考え抜いて出した結論はともえには意外な答えであり、目を見張らせている。 

 

「図書館ですか?」

 

 ともえはどことなく知っているようで、切れがいい発音をする。図書館。イエイヌは珍しい単語にまたもや頭をかしげていた。

 

「そっ。川を越えた向こうにね」

 

 カラカルが指を指し示す方角は草で覆いつくされており、藍色にぶち当たる。その左側には、ともえが最初に目撃した山色がそこで主張し続けている。遠いようで近いその場所。ともえは何を思ったのか、背負っているショルダーバッグの紐を強く握りしめた。

 

「そこにいけば他のヒトの居場所が分かるんですか」

 

「多分……ここにいるよりかは」

 

 カラカルは問い詰められると自分に自信が持てない性格らしく、またもあやふや物言いをする。こういうことは苦手なのだろう。

 

「図書館なら、カラカルさんに連れられて、行ったことあるよー」

 

 雲行きの怪しさに敏感なオグロヌーはカラカルをフォローする形で会話に入ってくる。カラカルはどうやら、何回か図書館に行っているらしく、ともえは納得している。

 

「どんな場所なんですかね」

 

「ぬぅ~とねぇ~。なんか、ずっこーんって感じで、ぬっこーんて感じで、あとあと、がっこーんて感じ」

 

 オグロヌーは主語や述語の使い方という概念、全般を知らないかのような受け答えをする。オノマトペが言語の大半を占めていて、ジェスチャーだけで物事を伝えることと同格のように感じられる。

 

「オグロヌー。それじゃあ何にも伝わってないじゃない……」

 

 ため息交じりにカラカルはオグロヌーの肩に優しく手をのせる。

 

「そういえば、カラカルさん。図書館で"えほん"っていうのを借りていませんでしたっけ」

 

 チャップシマウマは思い出したかのように図書館での出来事を伝える。またもや、聞きなれない単語に更に目を回すイエイヌ。見たことがある他のフレンズ達はそれほど疑問視はしていなさそうではある。

 

「あぁ……そういえば。ここら辺に……」

 

 カラカルもその一言に連動して、木の根元に置かれたガラクタを漁り始める。そこには四季折々、古今東西を混ぜ合わせた錬成物のような不規則性が見て取れた。そうはいってもしっかりと断層のようになっており、所々は綺麗になっているようではある。それは、以前は整理されていたが、出し入れされている過程を得て、ぐちゃぐちゃになっていることを物語っていた。

 

「あのぉ。これ、出しにくくないですか」

 

 ともえもそのカオスな山を見て違和感を覚えているようであった。雑に置かれたそれらは取り出したり、まして、物を探すのに時間がかかってしまうのは明らかだ。先程、イエイヌも自分の宝物を掘り当てるのにずいぶん苦労したのだろう。

 

「まぁ……そうね」

 

 カラカルは山を撫で上げるように、一つ一つ手でかぎ分けている。黙々と作業をする様を見てか、ともえを手伝う為にその場に入る。イエイヌもチャップマンシマウマもその輪に入り、荒れ狂った峰を引き離してく。

 

「それ、わたしのー。ぬぅー」

 

 この山の大半のガラクタはオグロヌーのものらしく、オグロヌーも片付けに入る。ガラクタを紐解いていくと、どのような用途の物なのか分からないものから、明らかに壊れて使えないようなものまである。しかし、これらはオグロヌーにとっては大切なものなのだろう。

 

「これは一体、何に使う物なのよー」

 

 チューブがはみ出たタイヤをチャップシマウマは持ち上げる。だらしなく垂れるゴムは水が入っていたらしく雫が滴り落ちる。

 

「ごめんね。チャップシマウマちゃん」

 

 オグロヌーはタイヤを受け取ると自身の横にどけるように置く。他のフレンズ達もえほんを探すために山をどかしているに過ぎず、余計に散らかっていくのは目に見えている。ともえは危機感を募らせたのか、チャップシマウマに声をかけた

 

「あのぉ」

 

「なーに?」

 

 チャップシマウマは看板の残滓を持ち上げているところであった。

 

「これって、どうやって分けてるんですか」

 

 ともえは散らかり続ける床を見ている。探し終えたらもう一度、元に戻すための時間が必要になって二度手間になることは明らかである。

 

「収まるように積み重ねているだけ。元の場所に戻してって言ってるのに」

 

 チャップシマウマはオグロヌーをしょうがなさそうに見つめている。ともえは再び散乱しているものを見て、何かを考えているようであった。

 

「だってごちゃごちゃしてて、覚えられないんだもん。ぬぅー」

 

 オグロヌーは悪意ではないことを主張している。確かに、何がどこにあるというのを覚えるのは大変で、整理整頓しても元通りに戻すのは一苦労であるが、積み重ねるだけ積み重ねるということがもっと困難にさせているようであった。

 

「ちょっと待ってください」

 

 ともえは何かを思いついたようで、スケッチブックを手に取るとページをめくり始める。その声につられてか、皆の目線がともえの方を向く。

 

「さっきの四角いのだー」

 

 スケッチブックに興味を惹かれていたオグロヌーは目を輝かせる。ともえは何かを書き終えるとスケッチブックの針金からページを一枚剥ぎ取り、そして、それに折り目を付けると広げて、破って分け始める。その断片を皆の目の前に持ってくるのであった。

 

「これを目印にして、片付けるようにしてみてはいかがでしょう。丸い印に丸いものを、四角い印に四角いものをって要領で」

 

 そこに描かれていたのは円と四角形である。ともえは片付けるときに、物の形に注目して分けることで分かりやすくしようとしたのである。フレンズ達は見たこともなかった解決方法に興味をそそられているようで、目を丸くしてともえの周りに集まる。

 

「これはなにかの"もじ"かしら?」

 

 カラカルは文字を知っているらしく、それに似ていることを指摘した。文字の定義がその描かれたものに意味が付加された時点で文字になる、ということであれば、ともえが描いたのは文字なのかもしれない。

 

「まぁ……似たようなものですが」

 

 ともえは記憶が曖昧故に断定したことを言えないでいる。イエイヌは取り巻きの外でともえが皆に感激されているのを見て、嬉しそうにしている。

 

「でも、"もじ"は意味話が分からないけど、これは分かりやすーい」

 

 オグロヌーは文字が理解できないらしく、それに対して、文字というより絵に近いこの印は視覚情報だけで判別できる点を評価しているようであった。見て分かるというのは、分かりやすいということであり、とても大事な事である。

 一つの紙に描くことがどれほど大切なことなのかをともえは知ったようであり、それと同時に、自分なりの役立ち方をともえが学んだ瞬間だったのかもしれない。ともえの脳裏にはカラカルに言われた、あの言葉が反芻するように流れていたのだった。

 




片付けるというのは大変です。
私自身が子供の時、分かりやすくしまう場所を教えるために母親がシールを貼ってくれたことがありました。
こういう物も人類の英知の一部なのではと思っています。
ただ、貼りすぎるとタンスが大変なことになりますけど……

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