その通り、連邦艦隊は追撃を続けている。
キシリアとシーマ、ジオンの残存艦隊はなんとかサイド6の戦闘禁止宙域に滑り込むことに成功したのだ。それでも連邦艦隊は追ってくる。
実はオットー・ミタス指揮官がそう命じたのではない。
あともう少しで任務達成が見えているというところ、各艦の勇み足を完全に抑えられなかった。
「…… 嫌がらせくらいは許可しよう。デブリと誤認してしまったと言い訳できるくらいには。しかし戦闘禁止宙域で本格的な戦闘はならん」
むしろ追認したような指示が更なる結果を生んでしまう。オットー・ミタスは無能ではないがこういうところで弱さがある。自分のかすかな迷いが表に出てしまうのだ。
主砲のエネルギーチャージを始める艦すら出てくる。
無秩序な戦闘再開という事態が寸前に迫る。これを止めたのは皮肉なことにオットー・ミタスの指示などではなく、連邦艦隊にとって本物の脅威がやってきたことによる。
いきなり連邦オペレーターが叫ぶ。
「あっ、オットー・ミタス司令、後方より艦隊あり!! 識別信号なし、これはジオンの艦隊です!」
「何! 我らの後方から、ジオンの応援か。どのくらいの規模だ。速度と距離は」
「概算でも二十隻以上、急速接近中! 会敵まであと三十分!」
「これは…… お互い戦闘禁止宙域だが、こちらがそれを守ろうとしなかったように、向こうだって守るという保証はないぞ。もし戦いになれば、下手に対処できるような数ではなく、態勢も明らかに不利だ。逃げることはできるか」
「サイド6をすり抜けるコースで直ちに加速すれば、接触を避けられます」
ややオットー・ミタスの統率が弱かった連邦艦隊だが、この事態を共有すれば揃って決断するほかない。
これでやっと連邦艦隊は逃げに転じ、キシリア・ザビ殺害は成らずに終わったのである。
一方のキシリア側でもこの事態を掴んでいる。
連邦艦隊を追い散らしたジオン艦隊、それは何と因縁のあるエギーユ・デラーズの率いるものだった。
このときキシリアは、「貴官の応援、大変感謝する」とだけデラーズに送っている。映像で通信をとったのではなく、たった一行の電文だけである。
それで充分なのだ。
下手にデラーズと映像で顔を合わせようものなら、お互いに言葉を選ぶのに困ってしまうだろう。
そして口にするまでもなく判明していることがある。
デラーズは内心どんな感情があるにせよ、キシリア・ザビを見殺しにはしなかった。含むところがないはずはない。しかしそれで行動を決めることはなかった。
すなわち、デラーズもまた故ギレン総帥のためという枠ではなくジオンのためという枠組みで行動しているということだ。ギレン派の筆頭であり頑固なことで知られたデラーズだが、ジオンの一員であることを優先した。
これもまたキシリアにとって収穫といえる。
その後キシリアはサイド6に到着する。
そこでゆっくり肩の傷を癒しながらも政略を着々と進めている。
スムーズに運んでいった。キシリアとしても意外なほどに、どうしたことかサイド6はジオンへ非常に友好的だったのだ。
かつて連邦はコンスコンを狙ってコロニー内で無茶をしたことがある。そして今もキシリアを狙ってあわや戦闘禁止宙域なのに仕掛けようとした。それらが一定の素地にはなっているが、ただしそれを加味したとしてもジオン寄りなのだ。
ようやく成果が形になる時がきた。
ジオンとサイド6は幅広く協定を結び、お互いの間の通商をしっかりと確約する。
更にそこへ「通商を妨げるいかなる要因も、これを排除する」という条項が添えられているではないか。つまりこの二つの間の通商を連邦側が破壊しようとしたなら、共通の敵とみなすということだ。
これは重大だ。実利的にも、象徴的にも。
付随してジオン艦艇にサイド6コロニー内ドックの使用許可、そして従来連邦にしか認めていなかった駐在武官事務所の設置までもが認められた。
ここまではいい。サイド6とジオンの間の話し合いで決められる。
実はサイド6はジオンとの協定締結をダシにして連邦とも話し合いをしていた。むしろサイド6にとってそちらが本命であったかもしれない。
だが、それの方は全く不首尾に終わる。
特にサイド6と連邦がどうしても合意できなかったことがある。
サイド6側が熱望していた連邦の戦闘艦艇が寄港する際の事前通告義務の明文化、そして駐留する連邦艦の総量規制は成らなかった。
サイド6が打診した段階で連邦側が猛反発してきたからだ。
その反発は度を越して強いものであり、譲歩の余地が全くといっていいほど残っていない。逆に脅迫まがいの言葉さえ使ってくる。
サイド6とて若干の落としどころを用意していた。だが歩み寄りも何もなく、連邦は全く受け入れないのだ。サイド6も苦慮の末、協定自体諦めざるを得なかった。
それらの動きをキシリアもしっかりと察知している。
ここにきてサイド6がジオンと連邦の間でのたうち回っているではないか。キシリアとしてはその苦しい立場に同情しないでもないが、それ以上の感慨はない。どんなにジオンが付け込んだとしてもサイド6は連邦と本当に決裂するはずはないし、ジオンとしては今回結んだ協定で政治的成果は充分である。サイド6の態度が明らかに変わったこと、これはサイド1などに残っているコロニーへのアピールにもなるだろう。
ところがキシリアの安眠はそこまでだった。
サイド6が連邦との話し合いを諦めた時点で、キシリアへとある情報を届けてよこしたのだ。
それを見た瞬間、キシリアは肩の痛みも忘れ、デスクに両手を突いて立ち上がってしまう!
こんな、こんな驚くべきことがあろうか。
「な、何だと!! これは本当のことなのか! サイド6が急にジオン寄りになった、その真の理由がこれだったか!」
その情報とは、短く、簡単なものだ。
しかし意味するところは巨大に過ぎる。
「連邦がサイド2のコロニーを使い、コロニーレーザーを造っていたとは………… 」
キシリアは再び腰を下ろし、唇を噛みしめる。
「 ……そういうことだったか。これでピースがピッタリとあてはまる! この付近にいたであろう連邦艦隊は予想外なほど多かった。そして何より、シャアが言っていたではないか。なぜかサイド6からサイド2へ連邦が足繁く輸送をしていると。デラーズもまたそのために近くにいた。そんな重大なピースが揃っていたというのに、そこに私は考えが及ばなかった…… これは私の失態だ」
連邦は、ジオンのソーラ・レイを真似てコロニーレーザーを建設しようとしている!
ジオンがやれたことが連邦にできないわけがないのだ。むしろ物量に勝る連邦が手掛ける方が自然というべきだろう。
国力的にジオンはもうソーラ・レイのような巨大兵器は造れない。それを尻目に連邦が造れば圧倒的なまでに差がつく。これは当たり前だ。このところ連邦はおとなしくしていたが、決して怠けているのではなく着々と勝利のための準備をしていたのだ。
しかしながらジオンがそこまで思い至らなかったのにも一定の理由がある。コロニーレーザーを造るには絶対条件がある。それは密閉型コロニーであり、光の漏れる窓が無いものでなければならない。
だがしかし、その密閉型コロニーはサイド3にだけ存在しているわけではなかったのだ。
実はサイド2にも少数ながら存在する。
そもそも宇宙開発において、スペースコロニーの形態については長い議論があった。基本的には円形であり、回転遠心力によって疑似重力を発生させるのは共通しているが、いくつもの形式が考えられる。
シミュレーションによって円筒型で、しかもシンプルに三枚のミラーの反射を使って集光するタイプが最も有利だと思われた。そのようにせず、外部に太陽電池を設置し、太陽光をいったんエネルギー変換してから照明に回すというシステムを加えるのはコストがかかる。
それでサイド1などは鏡のある開放型で造られている。しかし、サイド3の建設に当たっては密閉型が再び検討された。それは位置的に月の裏側に当たり、集光に変動があると予想されたからだ。
もちろんサイド3を建設し始めるのに当たり、いきなり密閉型コロニーを造るわけはなく、いくつかのプロトタイプが先行して造られ、それらがサイド2にある。
連邦はそのサイド2の密閉型コロニーをコロニーレーザーに改造しようとしている。
この情報を密かにサイド6は入手していたのだ。
もちろん、同じラグランジュポイントにあるサイド6とサイド2は至近であり、連邦も完全に情報隠ぺいはできなかったからである。それを掴んだサイド6は更に死力を尽くして探りにかかっていた。
強い危機感がある。
もしも至近にあるサイド2にそんな強力な武器を備えたら、連邦は未来永劫サイド6の生殺与奪の権を握ってしまう。連邦の考え一つでサイド6の運命が簡単に決められてしまうというのは悪夢でしかない。
そこでサイド6はジオンと連邦のどちらにも政治的に働きかけることを考えた。
ただし連邦側には撥ねつけられてしまう。
むろん連邦側はコロニーレーザーを手にした暁には、ジオンを蹴散らして勝つのはことのついでに過ぎず、そこを一大拠点にして二度と宇宙移民が歯向かわないよう押さえつけるつもりだ。だからお膝元に当たるサイド6がいくら連邦艦艇の駐留制限を加えようとしても呑むわけがない。連邦に柔軟姿勢を期待するのはもう無理であった。
サイド6から真実を知ったキシリアは直ちに行動している。
秘匿回線でジオン本国に伝えると同時に、将官全員に対する緊急会議の招集をかけた。
これはジオンでもドズル・ザビとキシリア・ザビのたった二人にだけ許された特別権限である。
守るか、攻めるか、いずれにせよ早く対処を決めなければジオンは終わってしまう。