グリーン・ワイアットはコロニーレーザーについて否定的に思っている。
実際のところもうその計画は進んでいるのだが、もちろんワイアットが発案したのではない。
「コロニーレーザーとは私も驚いた。巨砲主義もここに極まれり、だ。かつてガンダムの量産化さえコストの問題で見送った連邦がそんなものを造るとは、面白いというか馬鹿馬鹿しいことだね、ステファン・ヘボン君」
「ジャブローの上層部には受けがよかったのでしょう」
「やはりその大きさでアホウどもにも意義が分かりやすいということか。上層部のレベルの低さがそこまでだったとはね。今、ジオンの通商破壊でヘリウム3が乏しくなった中、民間用を絞ってでもそんな方向に回すとはおめでたい頭じゃないか。連邦全体のヘリウム3備蓄はもう最低水準のはずだ。よほど効率を考えなくてはいけないというのに、いったいどれほどの資材とエネルギーを費やすつもりだろう」
コロニーレーザー建設には、希少金属の精錬、部材の生産、そして輸送、どれもこれも多大なリソースを要する。
一方でワイアットの言う通り今や連邦のヘリウム3は枯渇まではいかなくとも差し迫っている。もう少し経てば工業生産に差し支えてしまうほどだ。そうなれば連邦の巨大な生産力といえども形骸と化す。何より民生用の供給を減らせば民心の動揺を招くだろう。
「それに頼るより、ルナツーの戦力を増やすべきでしょうに。閣下」
「おお、そうだ。その方がよほど合理的じゃないかね。艦隊戦力をジオンの4倍、いや5倍用意すればそれで済むのだ。そうなれば細かな戦術の差など問題ではない。戦力差で押し切り、間違いなく勝てる。それでもコロニーレーザーを造るよりはるかにリソースは少なくて済むじゃないか。軍需企業の都合とやらでコロニーレーザーをどうしても造りたいのなら、ジオンを潰した後でゆっくり造ったらいいのだが…… それはそれでスペースノイドどもの反発が心配になる。戦後、そんな巨大兵器の存在を容認するだろうか。長期的に連邦のためになるとは私には思えない。そう幾度も上層部に具申したのだが、聞く耳がないらしい。悲しいね、ステファン・ヘボン君」
グリーン・ワイアットは正統派で合理的な将であり、しっかりと艦隊戦力を積み重ねることを何よりも重視している。自分の戦術能力を過少に思っているわけではなく、数しか見ないような単純な将でもないが、そういう基本をゆめゆめ忘れない。
そして艦隊戦力の方がコロニーレーザーより柔軟な運用ができ、堅実で、使うリソースも少なくて済む。そうジャブローの連邦軍上層部に言い続けていた。
「やはり、政治的配慮というものでしょうか、閣下」
「まあ間違いない。今回のコロニーレーザーの計画を考えたのはダグラス・ベーダーだったそうじゃないか。ま、そのこと自体は理解できる。悪いとは思わない。彼はそういう派手なものが好きな人間だし、むしろよく考えた。ただしそれを私の意見も聞かずにいじくりまわしているのは上の連中だ。これは愉快じゃない」
そこへジャブローから通信文が届いたではないか。
しかも重大情報扱いだ。
ステファン・ヘボンがグリーン・ワイアットに手渡し、ワイアット自らが開封する。
ティーカップを片手に持ちながら読み始めたが、いきなりカップを降ろす。
ソーサーに戻したはずがカップは中心を外れてしまい、傾いたおかげで紅茶がこぼれる。
そんなワイアットをステファン・ヘボンは今まで見たことがない。いったい何事があってそれほど慌てているのか。
その答えはたっぷり10秒も待ってから得られた。
「はは、面白いね。とても面白い、ステファン・ヘボン君。ジャブローは私が激務で疲れていると心配してくれているよ」
「閣下? それはどういう意味で? ジャブローはいったい何の通達を…… 」
「何と何と、今後私はルナツーの基地司令に専念していい、それで少しは休んでくれとの通知だ。艦隊戦力は別の者を宇宙に上げて指揮させるから心配しなくていいらしいね。まことにありがたいお達し、簡単に言えばコロニーレーザーに反対している私への意趣返しだ」
「なっ! 何ですと!! ワイアット閣下、それは閣下から艦隊を取り上げるということではありませんか! そんな馬鹿な! いったい閣下の代わりに誰が艦隊の指揮をとれるでしょうか」
「それを聞くともっと驚くよ。艦隊指揮官にはパウルス中将、参謀長にはアントニオ准将が充てられるそうだ」
「そんな、パウルス中将はこの戦争で実績を重ねたとはいえあくまでも地上戦の話、宇宙での艦隊戦の経験など一つもないのでは。アントニオ准将に至ってはジャブローの基地司令だった関係でジオンの地上侵攻からジャブローを守り切ったことしか聞こえていませんが」
これは驚きの人事だ!
簡単に言えばワイアットは失脚させられた。
ルナツーの基地司令という地位は残されているが、それはただの後方勤務ということに等しい。艦隊でジオンと渡り合うことを事実上禁じられてしまったのだ。
「つまり上層部はよほどふざけたいらしい。少なくとも私に紅茶をこぼさせるくらいにはふざけている」
「ジャブローは気が狂いましたか……」
「ステファン・ヘボン君、その通り、よく一言でまとめてくれたね。そうそう、ついでに言えば艦隊の副司令にはまたしてもダグラス・ベーダーだそうだ」
「…… 今までその三人に接点がありましたか……」
「あるわけがない。それで分かるが、この人事にはもう一つの意図が隠されている。またしても上層部の好むバランス人事というものだ。ヨーロッパ出身のパウルス中将と南米のアントニオ准将、北米のダグラス・ベーダー中将、見事なものだね、ステファン・ヘボン君」
「今は戦争をしているのです! いくら勝ちが分かっているとはいえ、将兵に犠牲は出るでしょう。それをなるべく減らすため最善を尽くすのが上層部の役目のはず、それなのに相性も経験も何も考えず指揮官を決めるとは……」
「上の考えは何も変わっていないようだね。かつてレビル大将とティアンム中将でバランスをとったことと同じだ。その時には軍事的にうまいこといったようなものだが、果たして今度はどうなるか」
「そもそも艦隊指揮から閣下を外した段階で、うまくいくわけがありません!」
「ありがとう、ステファン・ヘボン君。思うにそれだけではない。バランスという言い方が悪かったが、つまりはお互いに制肘して戦果を突出させないようにという考えだな。たぶんそうだ」
「突出とは? 成果の独り占めということでしょうか」
「そうだ。本当の権力者は軍上層部というよりも連邦の最高評議員たちだ。おそらく、連邦軍の将帥が戦後政界に転じて権力を奪うのを心配しているのだろう。確かに、巨大な戦果を得た将がそれを引っさげて出ればたやすく相応の地位を得られる。形だけでも連邦は民主主義だからね。大衆は分かりやすい英雄を求めるものだし、戦争を勝利に導いた将帥ともなればそれにうってつけだ」
「そんなことを! 後々の政界の話など今から考えていいものではありますまい。ま、まさか、閣下、コロニーレーザーもその一環なのでは!! 確かに巨大兵器でジオンを叩き、ひれ伏させたのであれば、戦果は特定の将のものというわけではなくなり…… 少なくとも誰も英雄にしなくて済むと!」
「おお、そこまで気がついたかい、ステファン・ヘボン君。いや私も艦隊を取り上げられて初めて分かった体たらくだ。コロニーレーザーの本当の意味はそこにあるというべきだ。私も将帥の中では思慮がある方だと自負していたが、どうやらそれは自信過剰、連邦の権力者どもの前には形無しだったね」
「閣下……」
「連邦に巣食う権力の亡者にとって大事なのは権力だよ。それを維持することだ。それ以外にはない」
連邦の人事も、コロニーレーザーも結局一つのことにまとめられる。
それは連邦上層部の腐敗だったのだ。戦後の政治的な権力争いには考えが及ぶが、前線将兵のことなど数字のこととしか考えもしない。
ザビ家支配のジオンと、形だけ民主主義の連邦と、どちらがより悪いのだろうか。
やや遅きに逸したが、ここまで思慮を働かせるのはさすがにグリーン・ワイアットといえる。しかし残念なことにできることは何もない。もう上層部から警戒されて外されてしまったのだ。
内心に無念を抱きつつ、艦隊の指揮権を移譲するしかない。
パウルス中将、アントニオ准将が新しく宇宙に上がってくる。グリーン・ワイアットはその二人と面識はあったが、これまでほとんど話したことはない。
「グリーン・ワイアット中将、貴官が手塩にかけた艦隊を預からせてもらう。よしなに頼む」
「パウルス中将、こちらこそお願い致します。後で目録をお渡ししましょう」
同じ中将だが任官順でパウルス中将がわずか先任に当たり、言葉使いもそれ相応になる。
パウルス中将の目には気の毒そうな色があった。
失脚同然の憂き目に遭ったグリーン・ワイアットに対して同情しているのだ。ワイアットがいくら平然とした顔をしていても、突然戦力を取り上げられたら心中穏やかなはずがない、パウルス中将はそう考えている。もちろん言葉に出すことはないが。
逆にワイアットはパウルス中将に実直そうな印象を持った。
「パウルス中将、現在ルナツーに停泊中の艦艇は戦闘用だけで580隻、MSも充足率は100%、内容としてはジム・カスタムに加え、新鋭機ジム・クゥエルが配備されつつあります」
「連邦にとって至宝ともいえる戦力だ。しかしジム・クゥエルとは? 確かジム・カスタムをベースにルナツーで開発したMSだと聞いた。ワイアット中将、貴官が太鼓判を押しているほどの高性能MS、大いに期待できるな。いや、それは活用が楽しみだ」
特にワイアットは恣意的な報告をするつもりはなかった。
包み隠さず情報を渡す。ルナツーの戦力はワイアットの私兵ではなく、それくらいはわきまえているからだ。
ここで会話の切れ目を待っていたのだろう、パウルス中将の連れていた参謀団の中の一人が敬礼と共に挨拶を言ってくる。
「パウルス中将麾下の参謀長を拝命しましたアントニオ准将であります。この戦力をもってコロニーレーザーを必ずや守りましょう。もしジオンが知るところになれば、どんな手を使っても破壊しようと企むのは明らか。正に死に物狂いの攻勢に出ると予想されます」
アントニオ准将は裏表のない頑固な軍人気質のようだ。上層部の思惑など考えることもなく、命じられた使命のため全力を傾けるタイプなのだろう。そんなところはダグラス・ベーダーと似ているな、とワイアットは内心で苦笑する。ダグラス・ベーダーのことも政治的な頭のない単純馬鹿と思っているが別に嫌いなのではない。
ともあれ、艦隊指揮を渡すにあたって、さほど無能というわけでない将に渡せるのは安心材料である。
「ああ、アントニオ准将、その通りだと私も思う。ジオンの最後の悪あがきを止めるため、存分に艦隊もMSも使ってほしい」
連邦のコロニーレーザー完成まであと三週間に迫った。
ところがここでルナツーへ尋常でない報告が入る。
「月からサイド5への航路で無人ブイからのシグナルが消失! 哨戒艇は全て通信途絶!」
何事が起きているか、その意味するところは高い確率で一つしかない。
ジオンの大部隊が動き始めている証拠だ。
第二次ルウム会戦が間近に迫っている。
連邦とジオン、どちらにとっての悲劇になるか、まだ誰にも分からない。