連邦軍ルナツー基地はにわかに慌ただしくなる。
ジオンが大作戦を展開しようとしている中、直ちに対処に動き出す。
連邦軍にとって最も重要なことはジオン側の狙いがどこにあるのかということだ。
ルナツーが掴めたのは、ジオン、月面、そこからサイド5へ向けての航路で異変が起きていることだけだ。しかも今、そこの索敵はできず、全体像が掴めない。
しかし、だからといってじっくり構えていいわけではない。ルナツーはそれらに対して地球を挟んだ反対側の位置であり、サイド7以外のコロニーへ距離がある。そのため初動が遅くなるわけにいかない。
ここでパウルス中将が断を下した。
「向こうの意図はまだ判然としていない。だがしかし、こちらの優先順位は明らかだ。コロニーレーザーを完成まで守るため直ちに増援を派遣する。アントニオ准将、六十隻を率いて出立し、現在サイド2のコロニーレーザーを守備している三十隻と合流してこれを守れ」
これはまた思い切った指示である。参謀長を分艦隊司令官職に振り替えるのは異例のことだ。下手をすると、参謀長人事を決めた連邦上層部の機嫌を損ないかねない。
「アントニオ准将、いったん君を参謀長から解く。元々君は参謀職ではないし、守備戦に長けていることでは連邦随一だろう。コロニーレーザー守備に万全を尽くすためにも、君に行ってもらわなければならない」
「はっ! コロニーレーザー守備部隊を編成し、最善を尽くします」
「よし、それでいい。私の越権かもしれないが、今はそんな場合ではなく、臨時の参謀長として次席参謀のモニカ・ハンフリー大佐を充てる」
これには傍らで聞いているグリーン・ワイアットも少なからず驚く。
パウルス中将は実力がある。思ったより柔軟な思考をして、出した結論も申し分ないではないか。
続けて話していくことも実に合理的だ。
「そしてこの時期の大規模軍事活動とは絶対に偶然ではない。ジオン側がコロニーレーザーの情報を掴んでいるか分からなくとも、そうだと思っておくべきだ。するとジオン側は陽動をかけ、こちらの戦力を足止めした上でコロニーレーザーへ猛攻を仕掛ける、この可能性が最も高い」
守備の名人アントニオ准将を建設中のコロニーレーザーに配置して備えをするのだが、同時にルナツーから艦隊戦力を出す。
それもまた思い切った数だ。
この際逐次投入などの愚策はとらない。連邦にとってこの重要な時期に出し惜しみをすべきではない。
「主力艦隊はもちろん私とダグラス・ベーダー中将が率い、情報収集をしながら進みつつ柔軟に対処することにする。基本方針としてコロニーレーザーから決して離れすぎない航路を取り、下手な釣り出しには応じない。ここルナツーには直掩として五十隻を残し、他は全て出動だ。ワイアット中将、万が一ジオンの狙いがルナツーの場合、なんとかその戦力で防衛をやりきって頂きたい」
「パウルス中将、お安い御用、とは言いませんが成し遂げて見せましょう。ジオンが全軍でここを狙ってきたとしても、奪われる心配など不要と申し上げます」
グリーン・ワイアットは自信を持って答えるが、実際のところルナツーが攻められる公算はほとんどない。
ジオンが今さらルナツーを手に入れてもどうにもできないからだ。連邦がコロニーレーザーを完成させた段階で戦略攻撃が可能になるため、そこで勝負は付く。ルナツーの意義はただの停泊地に成り下がり、その交換条件にもなりはしない。
艦艇総数480隻がパウルス中将に率いられ、地球連邦軍史上空前の大艦隊がルナツーを出港していく。
未曾有の艦艇数、まさに壮観である。
光の粒が果てしなく連なっていく。
しかもグリーン・ワイアットが手塩にかけて育てた優秀な艦隊、格子状に配置された形は寸分の狂いもなく、航行が始まっても崩れない。
それを複雑な表情でグリーン・ワイアットが見送る。
「ステファン・ヘボン君。見とれるほどの大艦隊だね。これを見てスペースノイドどもが戦意を失ってひれ伏してくれれば最高なんだが。まあ、戦うとしても普通にやれば負けるはずもない」
「ワイアット閣下、しかしジオンにはあのコンスコン大将がいます」
「確かにそうだ。私もそう思っていた。果たしてコンスコン大将ともあろうものが勝算の無い戦いを挑んでくるだろうか。もちろんコロニーレーザーのことを知って慌てて動いている可能性はあるが、どうもそれだけとは思えないね。いや、これはただの私の予感だよ」
「本来ならばここルナツーで考えているのではなく、閣下が艦隊を率いているはず……」
「それはもう言っても仕方がない。私にできることはただの留守番だ。それもガディ・キンゼー君とエイパー・シナプス君は残ってくれているので、私はゆっくり紅茶を楽しむだけで済みそうだ」
ただしその予感がちょっとした不安に変わるまでさほどの時間は要さなかった。
ルナツーに報告が届いたのだ。
「ジオンの概略が分かりました! 月近辺から移動中。戦闘艦艇百隻以上、そ、そして中央部にはソーラ・レイが含まれています! ジオンのコロニーレーザー、ソーラ・レイが艦隊と共に移動を!」
「なるほど…… ソーラ・レイを動かしてきたか。まあそれぐらいはジオンも考えるだろうな。私からすれば予想外というほどのことでないのがむしろ妙だ。コンスコン大将にしては陳腐とも思えるが」
それと同じ情報が航行中の連邦艦隊にも届く。
パウルス中将と参謀団が直ちに協議する。
「ジオンは根こそぎ戦力を持ってきた。むろんジオンは確実にサイド2における連邦のコロニーレーザー建設を知っていて、これを稼働前に撃滅する気だ。そのために自分のソーラ・レイまで引っ張ってきたというところか。連邦の膨大な艦隊戦力を知っている以上、下手に艦隊だけで仕掛けてもムダ、対抗手段としてソーラ・レイしかないということだ。一発でも撃ち、かすりもすればそれで事が済むと踏んでいるのだろう」
「パウルス中将閣下。こちらのコロニーレーザーを守るには、早めにジオンのソーラ・レイを潰す必要が。向こうの射程は不明なれど、もちろん艦砲とは比較にならない距離でしょうから」
そう答えを返してきたのはモニカ・ハンフリー暫定参謀長だ。
これは連邦軍でも異色の人材である。士官学校首席から着実に実績を積み上げてきたのだが、何といってもその冷徹な態度に特徴がある。鋼の淑女とも称される彼女はどんな場合でも顔色一つ変えず、その銀髪を揺らしもしないので有名なのだ。
「参謀長、確かにそうだな。こちらはジオンとコロニーレーザーとの間に遊弋して、やってくるジオン艦隊を横合いまたは後方から叩くのを想定していた。もはやそれは意味がない。下手に近づけさせてはならない以上、この艦隊戦力で向かい、ジオンのソーラ・レイを片付ける」
「少し後手に回ったのを認めなくてはなりません。しかし、それさえ成ればあとはどうにでもなるでしょう。ジオンの決め手を刈り取ってしまいさえすれば」
現時点ではジオンの方に戦術オプションが多い。
一直線に艦隊とソーラ・レイがまとまってサイド2へ殺到するか、あるいは連邦側を撹乱した上で密かにソーラ・レイを進ませるか、選択できる。
そのどちらでもなくソーラ・レイの方こそ陽動の捨て石に使い、艦隊戦力を全てサイド2に振り向けることすら考えられる。
パウルス中将と参謀団としてはそういった想定それぞれに対処を構築しなくてはならない。
ただし厳然として連邦艦隊は数で大幅に勝る。
よほど下手を打たなければいずれにせよ対処できるはずなのだ。薄氷を踏んでいるのはジオンの側だ。そして連邦艦隊にいるのは決して愚将ではない。モニカ・ハンフリーが指示を出す。
「ソーラ・レイのような大質量、いくら核パルスエンジンを付けたとしても速度が速いはずはありません。その進行速度と方向をできるだけ詳しく調査しなさい。偵察をありったけ増やし、その労を惜しんではなりません」
そして判明したのは、思いのほかソーラ・レイの移動速度は遅かったのだ。
実にのろのろと動いている。
そして周囲にいるジオンの戦闘艦艇は170隻と判明した。連邦艦隊と比較したら少数にも見える数だが、ジオン側戦力の大半が参加しているのは間違いない。やはり連邦のコロニーレーザーを狙っての大作戦である。
「報告申し上げます! ジオン艦隊とソーラ・レイ、月を迂回する程度の軽いスイングバイを行った後、そのまま進んでいます!」
パウルス中将はまるで予期したものとは異なる報告に驚いた。
「何! 進路がそのままだと!? ではサイド2には行かず、地球かあるいはルナツーに行ってしまうではないか。そんなはずがあるか」
ここでしばし考える。ジオンはどういうつもりなのだ。
「ジオンは連邦のコロニーレーザーを無視する気か? こちらの艦隊がルナツーを出たことを知らず、ソーラ・レイでルナツーと艦隊を叩けばいいと」
「パウルス中将閣下、それはありません。どうせルナツーまでの距離を考えたら、ソーラ・レイの接近を隠すことなどできず、急襲しての連邦艦隊殲滅など絶対にできはしません。向こうもそれは分かるでしょう。向こうの立場に立てば、苦労してルナツーだけ手に入れてもこちらの大艦隊を逃したら連邦コロニーレーザーの建設は止まることはなく、全くの無駄です」
「参謀長、その通りだ。では他の可能性を考えてみよう。まさかソーラ・レイを地球に墜とす? いいやそれはない。南極条約に違反してしまう」
「それだけではありません。そのつもりなら何もソーラ・レイを使う必要がなく、もっと近いコロニーを動かしたでしょう。ソーラ・レイでなければならないとしても地球にレーザーを撃つのは論外です。そこまで無茶をするなら核攻撃の方がよほど簡単ですから」
だが6時間後に届けられた報告で得心する。
「ソーラ・レイ、進路を曲げつつあります! 予想ではサイド5をかすめ、サイド2へ向かう半月型のコースへ」
「やっぱりそうか! ジオンのコース変更はこちらを惑わせるためのものだ。しかし最後はサイド2のコロニーレーザーを狙っているのは明らかだ。逆にいえばそこまで慎重にしなくてはならない、奴らにとって乾坤一擲の作戦ともいえる」
ジオンのソーラ・レイは月の裏から表側に出て、ゆっくり進んでいる。
報告の通り進路はややカーブを描き、月の正面に位置するサイド5をかすめ、そうしてから月の横方向にあるサイド2へ動いているようだ。
「よし、今から向かってこれを叩く! 艦隊戦力ならこちらがはるかに勝る。ジオン艦隊の抵抗を排除し、ソーラ・レイの死角から攻勢をかけてこれを無力化する」
こうして急行するパウルス中将と連邦の大艦隊だが、案外と会敵まで時間を要した。何といってもソーラ・レイの加速が遅かったからだ。
そして両軍が相まみえたのは何とサイド5に隣接しているといっていいほど近い辺りになる。
それは因縁のルウムである。
戦争の初期、ここルウムにてジオンと連邦の大会戦が行われた。
その時の戦力は圧倒的に連邦が上だったはずなのだが、結果は誰もが知るとおりの敗北になってしまった。ジオンが新兵器MSを投入し、戦況を逆転させ、大勝利を収めた。
「ジオン艦隊とソーラ・レイ、捕捉。接触まであと二時間!」
一大決戦まであとわずか。これまでにない戦いが始まろうとしている。