「正にトロイの木馬だ! ソーラ・レイにまさかMSを仕込んで奇襲とはな。しかもさっきのデブリの欺瞞は時間稼ぎのためのものではない。今にして思えば、こちらの後ろからMSが気付かれず接近するためのものだったのだ」
パウルス中将はさすがに激情を発することはなく、将たる責任を放棄したりしない。むろん、モニカ・ハンフリーも同様である。
「パウルス中将、まんまとしてやられたのを認めなくてはなりません。思えばソーラ・レイへの攻撃が成功したのも、ジオンが慌てて後退していったのも、このための擬態だったのでしょう。こちらが追えば自動的にソーラ・レイは後背に位置することになりますから」
「そうなのだろう。ジオンは実に用意周到で、この瞬間のためにすべて計算ずくだった。なぜ気付かなかったのだろうか。ジオンはもっと必死でソーラ・レイを守ってしかるべきだったのだ。ジオンにとっては存亡の境目にあるというのに、戦意が薄く見えたのがおかしいと思うべきだった」
「こちらが大艦隊でやってきたのがかえって仇となりました。損害が大きくなり、連邦の戦力が一時的にでも減れば、悠々とジオンは連邦コロニーレーザーを叩くためサイド2へ行くでしょう。さすがのアントニオ准将といえども、こちらの支援なしでは…… ジオンの大攻勢を一手に引き受けるとなると耐えられません」
「参謀長、逆に言うとここで負けたとしても損害を最小限に抑えればよい。そうすれば最悪でも戦略の崩壊は防ぐことができる」
「中将、その通りです。アントニオ准将と力を合わせ、サイド2に行こうとするジオンを挟撃し、追い払う戦力さえ残せば」
だがそれすら無理になりつつあった。何といっても背後から急襲を受けたのだ。機動力のあるMSでそれをされたらたちまち損傷する艦が増えていく。
それだけではない。
連邦艦隊の混乱を見計らったかのように前方のジオン艦隊が一転して大攻勢に出ようとしている。
戦いは連邦の完全勝利から一変し、狩られるのは連邦の方になった。
もちろん連邦側も奮闘し、数の優位から熾烈な弾幕を張る。
しばらくはそれでジオンMSを撥ね退けていられたのだが、それでもかいくぐって接近してくるジオンMSがいる。
連邦MSも迎え撃つべく必死で頑張る。その機体性能と数は伊達ではない。
ただし局所的に見れば事情は異なるのだ。ジオンのエースクラスを長く押しとどめていられるものではなく、ついに突破を許してしまう。
最も目立つのは赤い彗星、それが連邦艦隊に躍り込む。
獲物は狙い放題、的確に艦のエンジン部を撃ち損害を与えていく。それは必ずしも撃沈を狙ったものではなく、航行不能か大破を意図している。
続けてエースクラスのジオンMSたちも連邦艦艇に打撃を与え始める。そうなれば連邦艦隊は統制弾幕を乱され、最終的に大量のMSの乱入を許してしまうことになる。
乱戦になっても連邦MSはジオンMSを駆逐しようと尚も反撃を試みるが、そこへジオンの強力なモビルアーマーが立ちはだかってくる。
大型モビルアーマー、エルメス、それが二機もいるのだ。繰り出す悪夢を撥ね退けることはできない。
戦いの趨勢は決した。
もはや連邦側が立て直して再攻勢に出る余裕はなくなった。
「ジオンの奇策が痛すぎる…… じりじりと削られる前にこの戦いは諦め、艦の損耗を防ぐ。もはやそれだけが次に繋ぐ道だ。全体として密集陣をとりながら、全速で戦場を離脱する。針路は前方のジオン艦隊と後方のMSを避けるため、直角方向にとる」
パウルス中将はそう指令し、転進する連邦艦隊だが、狙いすましたようなジオンMSの先回りが待っている。
ジオンは既にそこまで読んでいたのだ。
その時、俺はやっと安堵している。
慎重に策を運び、ようやくここまで来た。
あの将官会議で俺がソーラ・レイをただの入れ物に使うと言った時、ジオンの諸将は皆驚いた。確かに突飛な策、通常に考えつくようなものではない。
しかし俺が考えるにソーラ・レイでレーザーを撃つことに使う方がよほどリスクがあるのだ。
あんな大きいものを形を歪めないで動かすこと、連邦コロニーレーザーを狂いなく射程に収めること、それまで連邦艦隊の妨害を何とかすること、どれをとっても難しい。もちろん技術的にも、そして戦術的にも。
それならMSを隠すために使った方がはるかに簡単ではないか。
「その理屈は分からんでもないが…… しかしコンスコン、大胆不敵だな」
「ドズル閣下、そうでもしないと、劣勢のジオン軍が打つ手はなくなってしまいます」
「もしも事前にバレたら籠の鳥だぞ。ソーラ・レイごと囲まれて開口部に集中砲火、逃げ場もなくやられるだけだ」
「連邦によほどの切れ者がいればそれもあり得ますが…… もちろんドズル閣下、うまくいくよう条件を整えますので、それもお聞き下さい」
そして再び俺が話すと諸将はもう一度驚くことになった。
その興奮が覚めやらぬ中、キシリア閣下がまとめた。
「どうだ皆、他に案を出すまでもなかろう。これにはまず間違いなく連邦も引っ掛かる。さすがにコンスコン大将、少なくとも戦場で敵に回したくはないな。詳細は後で詰めるとして、先ずはマ・クベ少将、カスペン少将、ソーラ・レイを移動させるためのエンジンの調達と取り付けを頼む」
そしてジオンの作戦は発動された。
俺は乗りなれた旗艦ティベではなく、ドロス級超大型空母ドロワに乗り、ソーラ・レイの中に潜む方の役を担っている。ちなみにソーラ・レイの内部に係留しているので振動は少なく乗心地はいい。
もちろん作戦の最後の最後に的確なタイミングでMSを発進させるためだ。
今回二百機ものMSをただソーラ・レイに潜ませるわけではなく、ドロワとドロスの二隻を動員している。さすがにジオンの誇る大型空母、これでMSとモビルアーマーを充分収容できる。コンスコン機動艦隊自体はデラミン准将に任せて本隊の方に置いていた。本隊があまり手薄過ぎて連邦に疑問を持たれてしまってはいけない。
今回の作戦のキモは何といっても連邦艦隊をルウムに誘い込むことだった。
ソーラ・レイにMSを仕込むアイデアだけではうまくいかない。ルウムのデブリがなければ、意表をついての奇襲ができないからだ。
戦場をルウムに定めること、つまりここで連邦艦隊と会敵すること、それが作戦成功の絶対条件になる。
そのためソーラ・レイの移動速度に神経を使った。
この超重量物はそんなに加速減速ができない。
連邦艦隊の接近速度を考えて調節するのがどれほど面倒だったことか。
「くそっ、連邦側は案外慎重だな。おまけに、どちらかというとサイド2寄りに航路をとっているのか。では速度を少し落とさねば行き過ぎてしまう」
それでもタイミングが合わないと見て、俺はルウムへの進路をややカーブさせ、遠回りにするという方法まで用いた。その針路のことで連邦艦隊司令部を無駄に悩ませることになったことなど知らない。
苦労の甲斐あって連邦艦隊をおびきよせることに成功し、ルウムで戦いが始まった。向こうは縁起が悪いことなど気にしていないようだがおまけにデブリまで考慮しなかったらしい。
ただ安心にはまだ早い。
やってきた連邦艦隊は俺の予想をはるか上回る大艦隊だったのだ。これには多少肝を冷やすことになる。
「これは…… 連邦がよもや艦艇480隻まで繰り出せるとは思わなかった! くそっ、まずいな。このまま一気に急戦で蹴散らされたらたまらんぞ。策を出すまでもなく押し流されて丸ごと終わりだ」
危惧しながら連邦の出方を見守る。
勝負はそこにかかっているのだ。
しかし連邦はソーラ・レイを過剰に恐れたのか一丸となって突っ込んでくることはなく、むしろ密度が薄過ぎるくらいの包囲陣形をとっていた。連邦の指揮官は慎重だ。常識的といってもいい。
これには大いに助かり、一つの危機を乗り越えた。
次に本隊のドズル閣下やデラーズ少将は上手に演技をやってくれた。連邦の攻勢に耐えかねたフリをして、ソーラ・レイ近辺を手薄に見せかけたのだ。まんまと連邦は乗せられソーラ・レイに攻勢をかけ、その側面に傷をつけた。これでもう連邦は油断をするだろう。ソーラ・レイは使い物にならなくなったと断じ、ノーマークにするはずである。
ちなみにソーラ・レイの開口部はカバーで閉じられているので内部を見られる心配はない。
それもまたデブリの宙域を選んだ利点だ。
ここを通過するにはデブリを内部に入れないようカバーするのは当たり前のことであり、連邦だってそれを疑うことはない。
その後、ジオン本隊は慌てて逃げるフリをする。それだけではなく、ソーラ・レイがうまく連邦艦隊の後背に来るよう進路を誘導しながらだ。
おまけに欺瞞のデブリ様の障害物を置いていく。
これを単純なバルーンにしなかったのは俺のアイデアではない。キシリア麾下のサイクロプス隊から上がってきたアイデアである。なんでも先の地球降下作戦においてダミーバルーンが早々と片付けられ、そのためサイクロプス隊は予想より早く連邦に追跡されてしまい、苦戦したとのことだ。傷付けられても破裂しない泡状のダミーを作ること、アイデアさえあればマ・クベ少将が形にするのは容易である。
「よし、今だ! MS及びモビルアーマーは全機発進! ダミーを利用しながら連邦艦隊に接近、急襲をかけろ!」
頃合いを見て俺は指示を飛ばし、今か今かと待っていたジオンの主力であるMSたちが勢いよくソーラ・レイから出ていく。
ちなみにMSの数としてはもちろん本隊にいるMSの方がずっと多いのだが、そっちには単なる数合わせのための新兵が多数交ざっている。彼らの中にはまっすぐ飛ぶ操縦がやっとできる程度であり、戦闘などとうてい無理なレベルの者さえいる。
それでもジオンのため立派に案山子の役に立ってくれたのはありがたい。
尤も、そういうヒヨッ子を心配してカスペン少将がお守りについていてくれたわけだが。
一番早く連邦艦隊に取りついたのはシャア少将だった。
この展開はもはやお約束、俺は苦笑いするしかない。将帥がすべきでない軽率な行動ではあるが、本人がどう思うかにかかわらず、兵たちの士気を鼓舞するのは確かなことである。
それよりは目立たないが、シャア少将の横でおかしな挙動をしながら戦果を挙げていくのはキャラ・スーンなのだろう。
他にもエースがいる。デラーズ少将から派遣され、このドロワに相乗りしていたラカン・ダカランもさすがに実力を見せつける。
そしてもちろん、俺のコンスコン機動艦隊の誇る練達の者、シャリア・ブルやツェーンたちが真価を発揮する。
その中でもクスコ・アルはララァのエルメスと共同で戦うことを選んだようだ。結果的に相当の数のビットが飛び交う濃密な空間、生き延びられる連邦MSはいない。
連邦艦隊はここで撤退に転じていく。
それは戦略的に正しい判断である。ここでの勝ち負けにこだわるよりも艦数を保持し、サイド2に建設中のコロニーレーザーを守る戦力に足す方がいい。
ただしそれは素直過ぎる。
ジオンの艦隊とMSとの前後挟撃を避けて、サイド2へ至る方向は限られている。俺は既にその逃走ルートへ戦力を派遣しているのだ。
絶対の信頼を置くガトー、ケリィ、そしてダリルがいる。
残念なことにアクシズ開発の新型MSもモビルアーマーもこの会戦には間に合っていない。しかしダリル・ローレンツの乗るサイコ・ドワスだけはカーラ教授の努力によってなんとか形になっていた。
ガトーやカリウスが連邦MSの大群を相手にしても抑え切り、その間にサイコ・ドワスが連射し、続けざまに連邦艦へ被害を与える。
連邦艦隊は迎撃のため足を止めるのではなく加速する方を選んだ。抗戦する自軍のMSを収容し、ジオンMSが追い付けない速度に上げていく。MSは機動力はあっても長く最大推力を保つことはできず、速度における艦の優位性は明らかだ。MSのその弱点を克服すべく可変機の構想はあるが連邦もジオンもその開発には至っていない。
だが、連邦艦隊が安心するには早かった。
ジオンには一機だけ超高速を出せるモビルアーマーがあったのだ。
美しい流線形を持つケリィのヴァル・ヴァロが加速し、恐れもなく連邦艦隊に飛び込む。むしろ連邦MSも出ていない今、行動の自由を得、艦隊奥深くまで入っていくつかの連邦艦に打撃を与える。
そして離脱に転じる最後の最後、とあるマゼラン級のエンジン部を大破させるのに成功した。
「こちら連邦旗艦、エンジン爆散により艦橋司令部、被害甚大! 緊急脱出するもパウルス中将並びに参謀団に負傷者多数! パウルス中将は指揮権をダグラス・ベーダー中将に委任すると言い残し、直後に昏倒されました!」