戦いの様子を伺う。木馬と白いMSへ闇雲に挑めるもんじゃない。しかし、ほうっておいたら撃破されるジオンのモビルアーマーを助けたい。
「今回はモビルアーマー単機の出撃じゃないようだ。ドムも何機かついているな。しかし、何の足しにもならんだろう。間違いなくあのモビルアーマーはフラナガン機関のものだろうが、パイロットを何だと思ってるんだ。人形か実験動物か。どうしてあの白いMSに当てようとばかりするんだ!」
「コンスコン司令、では、とにかくモビルアーマーを援護ですね。また牽制の砲撃をかけますか?」
「それもいいが、今回はMSを出す。とはいっても決して戦うためじゃない。木馬へ慎重に近づき、エンジン部へバズーカを撃たせろ。徹底した陽動だ」
俺も少しは学習したんだ。
あの白いMSは帰属意識が異常に強い。
戦いを見れば分かるが、白いMSは木馬からあまり遠くに離れることがない。普通、MSは母艦以外の味方艦にたどり着く可能性も考慮に入れ、行動距離をとるものだ。しかしあの白いMSは必ず木馬を守れる位置にしかいない。
つまり、不思議なことにあのMSは木馬以外の艦に拾われることは全く考えてもいないんだ。
俺は岩礁を利用してこっそりドム隊を行かせ、木馬を攻撃させた。
するとやはり白いMSは攻撃目標を変えて、こっちのドム隊に向かってくる。後は全力で後退させるだけだ。きちんと見切って計算していたつもりでも冷や汗をかくことになってしまった。あの白いMS、また一段と速度が上がってないか?
もう既視感のある二度目のパターンだが、俺はモビルアーマーを救うことになった。護衛のドムは哀れにも全機撃破されたようだが、モビルアーマーはまだ無事だった。補助ノズルしか使えない状況ではあったが、爆散はしていない。
白いMSは手の付けられない化け物だが、たった一機しかいないわけで、同時に二ヶ所にいることはできない。そこが付け目、釣りだせばこっちの救出は可能になる。
モビルアーマーをチべに収容し、俺も格納庫までそれを見に行く。
いったいどんなパイロットだ?
ハッチを開けて元気よく出てきたのは、大柄な女だった。
二十代も後半だろうか。
伸ばしたくせっ毛を撥ねながら、ノーマルスーツのヘルメットを外す。
床に飛び降りてきた。
体の軸はぶれず、ふわりと着地した。宇宙での動きが身についていると思わせる。
「私はクスコ・アル。収容を感謝する。ところでガンダムはどうなった? アムロは?」
俺は戸惑うことばかりだ。モビルアーマーのパイロットが意外な美女だったこともそうだ。てっきりシャリア・ブルのような渋い中年男だとばかり思っていた。
そして聞き慣れない単語がある。
「私がこの艦隊の司令官、コンスコンだ。君はフラナガン機関所属のパイロットだな。こちらが聞きたいが、ガンダムとはあの白いMSのことか? そしてアムロとは?」
「あ、司令官! フラナガン機関の特務に就いていますクスコ・アルです。そう、ガンダムがあの連邦MS試作機の名前、そしてパイロットはアムロ・レイ。精神感応ではっきりそう感じました」
「そのMSならこちらの陽動に乗った後、もう母艦の木馬に戻っている。しかし、何だと! 精神感応? まさか、フラナガン機関の妄想が本当だったということか……」
これもまた予想外である。
フラナガン機関の与太話も少しは根拠があったということだろうか。
ならば、このクスコ・アルの処遇を含めてもう一度検討しなくてはならないだろう。
「君を収容した以上、フラナガン機関からすぐにも何か言ってくるだろう。充分な護衛もつけず戦わせ、実験動物扱いにしているフラナガン機関に対してこちらも良い感情を持っていないが、もちろん君が戻るのが筋であるからには希望はかなえる。そのために意見を聞いておきたい」
「できるなら、戻りたくありません! あそこは人の革新を兵器に使おうとする悪魔の巣です。兵器になるために人は変わるんじゃありません」
「ん? 君の言うのはひょっとして、人の革新、かのジオン・ズム・ダイクンが語っていたことか。ともあれ君の意志は聞いた。このコンスコン機動部隊が君を守ろう」
「え、この艦隊が……」
クスコ・アルは思いがけない言葉に驚いたようだが、表情を緩ませながら敬礼してきた。
とっさに感謝を述べたり、しなだれたりはできないのだろう。
不器用な女だ。ちょっと可愛いぞ。
しかし俺もちょっとカッコつけ過ぎて安請け合いしちゃったか?
そういうとこ要領が悪いというか後先考えてない。
ああ、心臓に悪い。
フラナガン機関とどう交渉したらいいんだよ。
思ったより時間が経ってからフラナガン機関が接触してきた。
チべに乗ってやってきたのは、何と機関のトップ、フラナガン・ロム、その人だった。俺のチベの近くに停泊し、連絡をつけてきた。
俺は、この会談がクスコ・アルのことも含め今後の艦隊の行動に影響があるものと判断した。
そのため、艦橋のみならず、MS格納庫や乗員待機室まで会談が聞こえるように手配した。その後の説明の手間を省き、誤解を生まないためだ。
「キシリア少将所属特務機関を統括しておりますフラナガン・ロムです。軍の階級ではなくドクターとお呼び下さい」
最初は向こうの挨拶で始まったが、いきなり驚かされた。何だって機関の長がここに出てきているんだ?
「この艦隊を率いているコンスコンだ。ではフラナガン博士、とお呼びする」
「驚かれるのも無理はないですな。私だって軍艦に乗るのは久しぶりなのです。フラナガン機関はサイド6にあったわけですが、サイド6の中立化に伴って居づらくなってしまいまして。少し前にぺズンに移転したので、ここからさほど遠くありません」
「……それはともかく、用件は承知しているつもりだ。こちらに収容したモビルアーマーのパイロットについてだろう」
ここからが正念場だ。考えろ、俺。
「おお、コンスコン准将、話が早い。一つ目の用件は正にそうです。そちらにいるクスコ・アルを引き取りたい。その者はニュータイプの可能性がある有力な被検体でしてな。こちらで管理しておるのです」
「被検体? あまり気持ちのいい言葉ではないな。しかしそんな大事な者をよく危険な戦闘に駆り出すものだ」
「ようやく素質が明らかになったからこそ使ってみなくては。おそらく連邦のMSパイロットもニュータイプ、それと感応してより一段高いステージに行ったことでしょう。連れ帰って計測するのが待ちきれないほど楽しみです」
俺はこの学者を誤解していた。
最初は真っ白の白衣と柔らかい微笑みから、まっとうな研究者かと思っていた。しかしそれは違う。自分の知的欲求が全てに優先して、それが当たり前だと信じているクソだ。
「フラナガン博士、単刀直入に言おう。その希望には沿えない。非常に残念だが彼女はこちらで保護したい。軍命令上、多少逸脱しているのは承知している。だがしかし、そちらがキシリア少将所属とは言っても、実のところ私も少将の内示を頂いている身だ。簡単にうなずかなくてもいい地位に立っていると思うが」
自分でも権限をひけらかしてしまった。偉そうだ。艦内に会話を流しているのを少し後悔する。ちょっと恥ずかしいが、この場合仕方ないんだよ!
「そうですか。逆にこちらにはキシリア閣下の直接命令による権限があるのですが。しかし、それでは仕方ないですな。では取引というわけではありませんが、他の用件と交換ならよろしいでしょう」
「ん? 他の用件? それはいったい何だろう。思い至らないが」
「それはコンスコン司令、あなたご自身です。色々な点から検討した結果、あなたにもニュータイプの素質がある可能性が高い」
「えーーーッ!! そんな、馬鹿な!」
「どうかフラナガン機関にて精密な調査と検証を」
「ちょっと待て!」
待て待て待て待て、んなことあるか! 俺は普通人だってばよ!
混乱するにも程がある。何にも変な能力ないよ! あればもっと苦労してないって。
「そして最後、三つ目の用件もどうかお聞き入れ下さればと」
「なに、まだ何かあるのか!」
「そちらの艦隊の持つドム隊に、ツェーンという者がおりますな。彼女にもニュータイプの素質があるようでして。こちらで引き取りたい」
「な、なに、ツェーンを? しかし、どうしてそんな」
「テキサス・コロニーでの戦いの詳細を見ると、確かに素質を感じます」
意外なことばかり怒涛のごとく続き、俺はめちゃくちゃ混乱してきた。
何だって?
フラナガン博士は何と言った?
今、テキサス・コロニーの戦いと言ったのか、それを見たと。
撮影していた者がいるのか。
シャアか!
そうか、あいつがいたのかもしれない。
「しかし、ツェーンは有能なパイロットだが、その戦いではなすすべもなく連邦のMSに敗れている。ガトーに守られてようやく帰還できたくらいだ。それでも素質を認めたというのはおかしいだろう」
「いいえ、自信を持って言いますが、こちらの解析では素質が出ています。実際の戦闘で力を発揮できないのは、おそらく肉体的な限界のためでしょう。MSの操縦に手いっぱいで、そんな過負荷のためにせっかくの能力が隠されてしまうのです。しかし、モビルアーマーのパイロットにすれば能力が活かされる可能性が高い」
それだけなら、なるほど、と思ったかもしれない。
しかし次の会話で俺は思いっきりブチ切れることになる。
「……残念なことをお伝えする。実はツェーンはその戦いで負傷してしまった。指を二本喪っている。本人も精神的に打撃が大きい。少しばかりパイロットは先送りだ」
「指をなくした! 指をなくしたと! おお、それは嬉しい! それこそ好都合!!」
「な、何を言っているんだ貴様! ツェーンの負傷で何を喜ぶ!」
「実はフラナガン機関では機械との神経接続も試しておりましてな。それはもう凄い成果! 先日もダリル・ローレンツなる者の手足を切り落として接続したら、予測の通り! お見せしたかったですな。戦闘力が軽く160%もアップしたとは。コンスコン司令も興味があるのでは? 一般の兵でも手足を落とせばエース級のパイロット、実に効率的に能力を上げられる方法ですぞ」
俺は言葉を失った。
人間を何だと思っている。
「失った指の神経を使っての接続、ニュータイプの素質と機械支援の足し算、いや掛け算。これは凄い! どのくらい戦闘値が上がる? ふはははは、これは面白い! 実に興味がある」
「黙れッ! 貴様ーーー!! ツェーンの薬指はな、結婚指輪をつける指なんだッ! 機械なんかにつないで戦闘に使うもんじゃないんだ!」
ツェーンを渡す?
そんなこと断固許してなるものか。
ツェーンは俺に対してむちゃくちゃ口が悪いが、純な女なんだ。
真っすぐに育ってきた。
こんな奴のモルモットにしていいような人間じゃない。
「ツェーンは、花嫁になって、その指に指輪を通してもらうはずだったんだぞ!!」
俺は通信を切らせた。これ以上冷静に話せる自信がないからだ。
向こうは向こうで話が通じる相手じゃないと分かっただろう。
一息つくと気付いた。
艦橋に人が多い。
あれ、特にMSのパイロットがここにいるような気が……