コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百十一話 封じられた野心

 

 

 パプテマス・シロッコという若者が俺に向かって流れるように言葉を発する。

 

「コンスコン大将、先ずは後の質問ですが、私はこのような若輩者ではありますが、ジュピトリスにシンパは数知れずおります。僭越ながらやろうと思えば実力でいとも簡単に艦を制圧できるでしょう。尤も、その前に艦長以下中枢部は私に従うはずです」

「何だと…… その若さでカリスマ的なリーダーだとでもいうのか……」

 

 だがこのことについては、俺は妙に納得してしまった。このシロッコという若者は確かに言うだけの何かはあると思わせられる。そのカリスマ性に疑う余地はない。醸し出される存在感は尋常ではなく、積極的に従う者もいるだろう。

 

「そして最初の質問ですが、ジュピトリスの側が発端ではありません。連邦が原因を作ったのです。何しろ、ジュピトリスのヘリウム3を丸ごと連邦によこせと脅してきたのですから。連邦はジオンなどの受け取り分も奪う気になっているようで。困ったことに」

「ジュピトリスにあるジオンの分も!? そんなことが許されるものか! どういうつもりだ、連邦は」

 

 

 俺は思わずそう返してしまった。理由ははっきりしている。

 木星船団公社はヘリウム3輸送艦を地球圏に向けて計画的に順次送り出している。ただし地球と木星の間は余りに遠く、片道でも3年近い航路になる。そのためジオンが連邦へのヘリウム3供給を断てば、その時点から連邦がいくら発注を増やしても3年はどうしようもない。そこが戦略の付け目なのだが今は置いておく。

 木星船団公社はジュピトリスだけを保持しているのではなく、多数の輸送艦を保持しているのだが、それでもジュピトリスのような効率のいい超大型輸送艦は指折り数えるほどしかない。

 

 一方、当然ながらヘリウム3の需要はコンスタントにある。

 

 そこで、合理的に考え、船籍に関わらず積み荷はそれぞれの分を一緒に積み込んでいるのが普通なのである。例えば連邦の船籍でありながら、積み荷のヘリウム3はスペースコロニー用の分もあり、要するに相乗りで輸送しているのだ。

 

 今のジュピトリスもそうである。ジオンが受け取るべきヘリウム3も載せられている。それの区分は木星船団公社が厳密に管理していて、勝手なことができるはずもなく、もしも奪えば盗賊行為として重大な条約違反になる。

 

 それなのに、連邦上層部はジオンの分のヘリウム3まで狙っているというのか!

 

 ジュピトリスに脅しをかけて。

 そこまで連邦のエネルギー情勢は逼迫していたのだ。

 

「これは…… 連邦もそこまで切羽詰まっていたのか。おそらくはスペースコロニーも木星船団公社も地球連邦という単一国家に属するから構わないという理屈を振りかざすつもりだろう。だがジュピトリスとしては受け入れられるわけがない。連邦の圧力と条約の順守、なるほどこれではジュピトリスも板挟み、考えざるを得ないか」

 

 むろんジオンはエネルギー戦略を考えた方の側であり、ヘリウム3はある程度備蓄しているし、エネルギー供給という意味なら宇宙での太陽電池パネルは豊富にある。つまり連邦にヘリウム3を奪われてもさほどの打撃ということではない。

 

 しかしそういう意味ではなく、ジオンのエネルギー戦略がゆらいでしまうではないか。俺は同じく深刻な顔をしているマ・クベ少将に尋ねる。

 

「…… まずいな。戦略にも影響してしまう。マ・クベ少将、ジュピトリスのヘリウム3が丸ごと連邦に渡ったら、連邦はどのくらい凌げてしまうだろうか?」

「超大型輸送艦ジュピトリスの量なら、連邦で消費する分の二ヶ月、長くて三ヶ月に相当するものかと」

 

 それだけの戦略の遅延は痛い。戦争の行方に重大な影響をもたらし、正にターニングポイントになってしまう可能性がある。

 

 

 なるほど分かった。この若者の語る話は実に筋道が通っている。

 しかしそれでも…… 俺は信用できない。

 言葉に嘘はないのかもしれない。いかにも連邦のやりそうなことだ。しかしながらこの若者は連邦の暴挙に義憤を感じ、公社のためジオンへ接近したという単純なことではないような気がする。

 

「パプテマス・シロッコ連邦軍准尉、連邦の条約破りのことは分かった。それならばジュピトリスの立場も理解できる。だが聞いておくべきことはまだ存在している」

「何でしょう、コンスコン大将」

 

「だからといってジュピトリスがジオンを利するというのは明らかに行き過ぎだろう。普通なら連邦にせいぜい抗議する程度のはずだ。ジュピトリスが一応連邦船籍であるからには、それがまっとうだ。ここでジオンにジュピトリスの航路情報を渡すとは、いったい引き換えに何が欲しい。穿った見方で申し訳ないが、シロッコ准尉がこの情勢を憂えるのではなく機会と見なしているような雰囲気さえある。はっきり言えば、取り引きをしたがっているように見えるのだが考えすぎだろうか」

「コンスコン大将は実に率直な方のようで、こちらも話しやすくなりました。では条件を率直に申し上げましょう。できればこの私にジオン少将の地位を頂きたく。最低でも准将の将官級にはしてほしいものです。もちろん、それに応じた艦隊指揮権も」

 

 

 これには驚いた!

 見返りとして何を要求するのかと思えば、地位とは、それもずいぶんなものではないか。

 

 キシリア閣下やドズル閣下も驚きは一緒だ。キシリア閣下は紫のマスクをしているから分からないのだが、ドズル閣下は口を大きく開けている。

 

 ここで判明した。この若者は実力があるかもしれないが、底知れない野心を持っている。

 

 しかし少なくとも准将とは……

 なるほど連邦を裏切り、決定的な打撃を与える功労に報いるといえば、おかしいとまで言えないのかもしれない。

 だが、それで地位を与えるのはまともな軍としてはあり得ないほどイレギュラーなことである。

 それ以前に、裏切りによって成り上がるというのが俺としてはとうてい受け入れられない。

 

 しかし政治的判断をするのはあくまでもキシリア閣下かドズル閣下のすることであり、俺からはそれ以上話すことはない。

 ようやくキシリア閣下が申し渡す。

 

「パプテマス・シロッコとやら、即答はできない。翌日ジオンとしての回答を伝える」

「分かりました。それからもう一言言い添えますが、今戦争で使われているMSという兵器、まだまだ改善の余地があると感じました。私にはいくらでもアイデアがあります。確信を持って言いますが、もしも私にやらせて頂ければすぐさま向上するでしょう。それも数段階は一度に」

 

 これにはマ・クベ少将がピクリと反応する。

 シロッコの大言壮語に興味をそそられたのか、あるいはプライドを傷つけられたのかは分からない。

 

 

 若者が悠々と退場した後、この場で少しばかり話し合いが続く。

 

「戦績もない者を、少将にできるか! 話にもならん。将帥への階段というものは血と汗で一歩一歩昇るものだ。第一、裏切り者など信用できん! ジオンに加えられるか!」

 

 先ずはドズル閣下がそういう正論を言う。

 当たり前だろう。俺も意見としては一緒だ。しかしそこを説得力を持つ言葉に変えなくてはならないと感じ、俺が言葉を引き継ぐ。

 

「私もドズル閣下と同意見です。あの不遜な若者、いったんはジオンに忠誠を誓うと言うでしょう。何を聞いても言葉だけは丁寧に。しかし内心がそうであるわけがありません。ということは、ジオンに加わるというのは意図があり、何かもっと大きな野心を隠し持っているということでしょう。おそらく、軍全体を意のままにしようとでも。あるいはそれさえ超え、ジオンそのものを手に入れ、とんでもないことを引き起こす可能性さえも」

 

 ここでキシリア閣下が言葉を差し挟んでくる。

 

「では心配しているのかコンスコン」

「ジオンの結束を乱してはならないと考えます。少将なら中隊程度の艦隊指揮権があり、上層部に不測の事態があればもっと大きな権限も使えます。あのパプテマス・シロッコの実力があるかないかは未知数ですが、そんなことはどうでもいいことで、地位と戦力を与えるのは危険だと断じます」

「そうではないコンスコン。私が聞いているのは、お前が考えるようなことを私が考えていないと心配してるのか、ということだ」

「あ、いえ、キシリア閣下が考えておられなかったはずはなく、単なる確認までに」

「嘘つけ、コンスコン。私のことも信用していなかったくせに」

 

 キシリア閣下が苦笑いを返してくる。

 だがしかし、俺が言ったようなことをキシリア閣下も考えているということが分かった。

 

「コンスコン、あのシロッコがジオンに入り込むのは、お前もザビ家も倒しやがてジオンを乗っ取るつもり、そんなことはお前から言われるまでもない。あんな弁舌にごまかされるものか。だがな、政略というのは単純に白か黒かではなく、うまい落としどころで利益を得ることをいう。シロッコとどう折り合いをつけてジオンを利するか考えなくてはならない」

 

 

 しかし、結局のところ折り合いはつかなかったのだ。

 

 ジオンが代わりに金銭などをいくら提示してもシロッコが受け付けなかった。

 物資管理などの後方職や参謀職に限っての准将にするといっても首を縦には振らなかった。やはり地位そのものよりも自分が自由にできる戦力を手にしたかったらしい。

 逆に、叛乱を起こされる危険はジオンが拒んだ。つまり艦隊指揮権を持つ前線将官にすることはジオンが拒否し、話はまとまらなかったのだ。

 やはりシロッコは野心家だった。

 そして野心家は野心が満たされないところにいても仕方がなく、あっさり去ってしまう。

 

 これでジオンはシロッコ抜きに連邦の無茶に対し対策を考えなくてはならなくなった。最低でもジュピトリスにあるジオン分ヘリウム3を連邦に渡さないために。

 

 しかし失意という意味ではおそらくシロッコの方が上だったに違いない。

 

 事実、ジュピトリスの一乗組員に戻った彼は、野心を発揮する機会を一度も得ることができないうちに木星航路を往復するしかないのだ。むしろ今回の独断専行を公社に対して苦しい言い訳で切り抜けなくてはならないオマケ付きで。

 

 

「この私が、なぜ歴史に名を刻めないのか! 船に乗っているだけで朽ち果てていけというのか! 別に連邦でもジオンでもどちらでもいい。それを支配したいわけではなく、ただ歴史にどこまで関われるか、確かめたいだけなのだ。運命はそれを追い求めることすら許さないのか!」

 

 それがどれほど忌々しいことなのかは本人しか知りようがない。

 大きな舞台に立ち、自分しかできないことを成し、世の流れを見たい、いくら願ってもジュピトリスの船内に野心は閉じ込められた。

 

 

 

 同じ頃、遠くルナツーでグリーン・ワイアットが一息ついている。

 

「あの若者の野心はならないだろうね。おそらく今頃はジオンに交渉しているだろうが、不調に終わるだろう。ジオンもそこまで馬鹿じゃないし、まともな組織ならあんな野心家を入れるわけがない。分かり切ったことではあるが。ステファン・ヘボン君」

「何ですと! あのシロッコとかいう若造が、ジオンに交渉とは! いやしくも連邦軍准尉にあるものが裏切りとは赦せるものではありません。閣下、そこまで予想しておいででしたら即刻調査の上、結果がクロならばジュピトリスに叩き付け、断罪を」

 

「事を大きくすることはないよ。野心を叩き折るだけであの若者への罰としては充分だろう。まあ私としては万が一ジオンに組み込まれたら面白いと思っただけだ。ほっておくだけで充分ジオンに害になるだろうが、更に連邦へ寝返らせるという謀略が考えられるからね。楽しいじゃないか。スパイとして使う、暗殺をさせる、会戦時の重大局面で裏切る、どれも使えるオプションになる」

「そうですが…… あんな野心ばかりで忠誠の欠片もない者、こちらの謀略に使っても信用できるものでしょうか」

「君の言う通りだね。しかし仮定の話ばかり続けても仕方がない。今考えるべき問題は連邦の上層部の方だ」

「た、確かに…… 上層部があの若造の下らない考えに焚きつけられることになったら、大変です。嫌な予感しかしません」

「私も全く同じことを感じているよ、ステファン・ヘボン君」

 

 

 実はパプテマス・シロッコがジオンに対して隠していたことがある。

 

 シロッコはジュピトリスの先遣という名目でルナツーにやって来ていたのだ!

 それはジオンのズム・シティに来て交渉をしてくる三週間前のことであった。

 

 ルナツー司令官としてワイアットはパプテマス・シロッコと普通に会っている。

 ジュピトリスほどの超大型輸送艦ならば、地球圏接近前に打ち合わせのため先遣隊を送ってもおかしくはないと思ったからだ。

 だが、そこでなされた会話は驚くべきものだった。

 

 

 


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