コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百十二話 風雲

 

 

 ルナツーに到着したパプテマス・シロッコは、基地司令であるグリーン・ワイアットに直接目通りを願う。それは特におかしなことではないので容易にかなえられる。木星船団公社でも最大級の輸送艦、その先遣ともなれば階級に関係なく連邦として粗略に扱えないからである。

 

 通常の答礼や連絡事項などはそこそこに済ませ、シロッコはワイアットに対して別の話を始めたではないか。

 それはワイアットでさえ驚くべき内容だった。

 

「ところでグリーン・ワイアット閣下、今連邦がヘリウム3に大変困っている、いや枯渇しかかっていることを承知しております」

「ああ、その通りだよ。今さら隠し立てしても仕方がない。君も知っていたようだが、連邦は公社に大幅な追加発注をかけているはずだ。どうせ届くのは三年後になるが」

「むろん連邦の一員である私もその状況には大変憂慮しています。是非ともジュピトリスの連邦への輸送分はジオンなどに妨害されず、きちんと地球へ届けられ、使ってほしいものです」

「当然だね。シロッコ准尉の言うことはもっともなことだ」

 

 ここでシロッコは本題に入る。それは危うい問題だ。

 

「しかしそれだけで足りるものでしょうか? このジュピトリス以降、そんなに大型の輸送艦は地球圏に来ません。木星船団公社としても手立てはなく、閣下のおっしゃるように三年はどうにもできません。そこでどうでしょう。手近にもっと多くのヘリウム3があることはあると思われませんか。ジュピトリスにはスペースコロニー用のヘリウム3も積まれていますが、それはとても魅力的ではないでしょうか」

 

「…… 何かと思えば、スペースコロニーへ渡す分のヘリウム3の話とは…… 准尉、その話の意味するところは、まさか条約破りをしてまでも連邦が横取りするということかな」

「さすがに閣下、ご理解頂けましたか」

「無茶だな。准尉、仮定の話としては面白いけれど軽率だよ。君は言葉に気をつけた方がいい。うかつ過ぎる。聞いたのが私でなければ君は即刻処罰されたかもしれない」

「充分に言葉にも話す相手にも気を使っているつもりです。つまり閣下だからこそ、お話ししたということですが」

 

 それは本当である。シロッコはグリーン・ワイアットの性質をよく見ている。ワイアットは軍人だが、同時に謀略家でもあると。つまり、目的のためには形にこだわらず利用できるものは利用する。だからシロッコはこんな犯罪まがいの提案でも一応聞いてくれると踏んだのだ。これが直情傾向な将なら最初から聞く耳がないし、シロッコとしても難しい面があっただろう。

 

 

 そしてシロッコの言いたいことははっきりしている。

 何のことはない。

 

 連邦がジュピトリスのスペースコロニー用ヘリウム3に目を付けたのではない。

 逆である。シロッコの方から提案していたのだ!

 

「聞くだけ聞いておこう、准尉。ただの思い付きではないのだろう」

 

 そして連邦でも柔軟な考え方をすると自他ともに認識しているワイアットである。

 連邦を危険な方向へそそのかす話と知りながらも次を促す。

 

 

「簡単なことです。ジュピトリスはもちろん複雑なつくりの大型艦ですが、艦内に協力者がいれば、艦内のどこの区画にどれだけヘリウム3があるか分かるでしょう。そして配送ラインがどうなっているかも。その上で、システムを乗っ取れば全てのヘリウム3を奪うことも容易ではありませんか」

「全くその通りだ。しかし現実的には協力者が一人ではいかんともしがたいだろう。セキュリティがそんなに甘いはずはなく、システムも多重に組まれているはずだ。協力者、つまり君がどれほど動いてもそううまくはいかない」

 

「それは存じております。実は下準備も終えていて、配下を協力者として組織化し、いつでも使えるところまで整えてあります」

「何、もうそこまでしているのか…… この私が驚かされてしまったよ」

 

 合理的に質問を投げかけたワイアットだが、シロッコが既に動いていることを知って意外に思う。組織が作れるということはシロッコはこの若さで人心を掌握する術を持っているようなのだ。しかしそれが逆にワイアットへ警戒心をもたらす。

 

「准尉はとても用意周到だね。しかしもう一つ懸念があるが、連邦がヘリウム3を奪うのに協力するとはジュピトリスにとって叛乱のようなものだ。連邦のためといえば聞こえはいいが、公社への裏切りだよ。当然その後、君と配下の者の居場所はどこにもなくなることになるが、それについてはどうかな」

「むろん、ジュピトリスを降りて本来の連邦軍に移籍したいのですが」

「まあ、それしかないだろうね。公社とどうせ揉めるなら君を引き受けるぐらいは小さなことだ」

 

「それについて、閣下にお願いしたいことがあります」

「いったい何だろう、准尉」

「作戦が終われば、私を准尉ではなく連邦の将の端くれとしてお迎えください。何なら閣下の麾下に置いて下されば。何につけても私の能力が閣下のお役に立てることは保証しましょう」

 

 

 ここでシロッコは野心をむき出しにする!

 連邦軍に移籍といっても、ただの准尉から始めるのであればそこから駆け上がるのは難しい。シロッコは自分に自信がある分それが不可能だとは思っていないが、時間を空費したくはない。下手に無能な上司がいたら戦果もあげられないし、いくら時間があっても足らないではないか。最初から指揮官を目指すべきだ。

 

 

「…… なるほど、報償としていきなり連邦軍の将官級とはね。そんなことを言うとは若いな。そして恐ろしいほどの野心家じゃないか。連邦がヘリウム3の枯渇という危機にあるのを自分のために利用するとは。そんな君のことだ、本当は艦隊全部の指揮権を欲しいのではないかな。あっという間に私も寝首を掻かれそうだ」

「滅相もない。それに、油断なされるような閣下ではないでしょう。信用していただけないのなら連判状を差し出しますが」

「君も古いことを言うね。まあいい。提案のことはジャブローの上層部に伝えておく。いや聞いてしまったからには嫌でも伝えないわけにはいかないし、どうせ私が握りつぶせば君は直接ジャブローに話を持ち込むつもりなのだろう」

「是非ともお願いします、ワイアット閣下」

「だが知っておいてもらいたいが、その話に私が賛成かと言われたらそれは違う。余りに近視眼に過ぎるのだ。連邦から条約違反をしてまでもジオン分のヘリウム3を奪って、多少凌いでもどうなるというのだろう。意味などないね。今、ただでさえ連邦は下らないコロニーレーザーのせいで評判は地に墜ちている。ここで条約を破り、よけい連邦よりジオンの方に道理があるように見られてはたまらない。准尉、きちんと先のことまで見て損得を考えたらそういうことはしない方がいいのだよ」

 

 ワイアットは至極まっとうなことを言う。謀略家であっても決して正道を忘れたわけではない。

 むしろ優れた謀略家だからこそ広い視野を持ち、先のことを考えるのだ。

 

 シロッコを帰した後、ジャブローの上層部へこの話を報告する。

 もちろん、ワイアット自身は強く反対するという意見も付け加えて。ワイアットは連邦上層部がきちんと判断するか信用していないからだ。おまけにパプテマス・シロッコが軍内の地位を要求し、上を食っていこうという野心があることを強調する。下手に長期的視野のことなどを言うより、そういった危険性を訴えた方が上層部に対して効果的だと踏んでいる。

 

 

 結果的にワイアットの思惑通り、連邦上層部はシロッコの提案を受け入れなかった。

 提案が有効かどうかは全く問題ではない。

 上層部にとって何より排除すべきなのは野心家なのである。それが権力を保持していきたい上層部には潜在的な脅威に成り得るからだ。

 

 

 その決定をワイアットがシロッコに伝えると、シロッコはかなり悔しい表情をする。

 

「閣下、大変残念です。私に出番を頂けないとは。連邦はきっと後悔するのではありますまいか」

 

 しかしそれ以上言うことはなく、あっさり引き下がった。

 

 それが逆にワイアットの心に引っ掛かる。

 周りを巻き込み、これほど準備を重ねてきた者が、素直過ぎておかしい。もっとしつこく食い下がってきてしかるべきではないか。

 

 だからこそワイアットはシロッコが次にジオンの方に行くだろうと確信したのだ。

 

 この若者は野心があまりに強い。

 自分が連邦に所属する准尉であるなど最初からどうでもいい。連邦かジオンかに関係なく、力を発揮できればいいのだ。それなら、売り込めるところに売り込むだけだと想像がつく。

 

 

 こうしてパプテマス・シロッコは完全に表舞台から退場した。

 当初の目当てであった連邦は警戒心からシロッコを遠ざけ、ジオンはジオンで相手にしない。結果的にどちらもシロッコに活躍の舞台を用意しなかった。

 

 

 ただし、その波紋は消えていなかったのだ!

 

 恐ろしいことに連邦上層部の頭にジュピトリスのスペースコロニー分ヘリウム3のことが刻み込まれてしまった。

 

 実は連邦のヘリウム3備蓄は残り少ないといった生易しいものではなかった。危機感を覚えて集計を進めていくとその実態が明らかになる。もはや払底に近いといって過言ではない。

 まだ戦争中のため、最前線で使う分のヘリウム3は与えられているが、それもいつまでかは分からない。もしそれが止まってしまえば、ルナツーにも大規模に艦船を使った軍事行動を二回三回と繰り返すほどの蓄えはないのだ。それでさえ早くからジオンのエネルギー枯渇戦略を見抜いていたグリーン・ワイアットがいたからこそ、節約をして貯めていた結果なのである。

 

 地球での民生用ヘリウム3はもっと苦しい。もはや地球表面の工業生産は縮小を始めざるを得ない状況に追い込まれている。これではジオンが去った後の膨大な建設需要に応えられず、復興がままならないではないか。

 連邦の権力者たちにとってそれ自体が問題というわけではないが、困窮が民衆の不満に転化したりしないか、不安要因になる。実態はほとんど世襲制縁故制になっていて少数が権力を独占してしまっているとはいえ、形の上で一応民主制の態を残す連邦であるからには。

 

 

 その後まもなくジュピトリスは地球圏に入ろうとしている。

 そこに積まれているヘリウム3を全て手に入れたい。連邦内では日毎にその意見が強くなる。

 シロッコを内部協力者にして盗み取るやり方は既に拒否したとしても、別にそれだけが方法というわけではない。

 いや、多少派手なことになるのを容認すればやりようなどいくらでもある。究極的には艦隊で囲んでヘリウム3を吐き出させればいいのではないか。どのみち条約違反には違いがない。

 

 ついに連邦は決断した。ルナツーに対し、これ以上なく強い出撃命令が出る。

 パプテマス・シロッコの置き土産はとんでもない結果をもたらしたのだ。

 

 0081年3月

 あの第二次ルウム会戦からわずか3ヵ月しか経たずして、宇宙は再び光芒に彩られようとしている。

 

 

 


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