コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百十三話 ワイアット、出撃!

 

 

 連邦上層部はグリーン・ワイアットが決して御しやすい人物でないのを知っている。

 猫を被っている時もあるが、上層部を信用することなく度々鋭い批判をしていることくらい分かっている。ワイアット自身も自分で大人げないと思う時は多々あるが、完璧に遠慮して上層部の顔色を窺おうとは考えてもいない。ワイアットなりの矜持があり、また精神衛生上のこともある。

 

 だがそんなワイアットであっても連邦上層部としては頼らざるを得ない。

 今、連邦艦隊を任せられる人物は他に誰もいないのだ。

 

 第二次ルウム会戦の敗北は連邦全てに衝撃を与えている。

 

 その結果、上層部は地球から新たに将帥を送って艦隊の指揮をさせることに躊躇せざるを得ない。それが愚かしいことだと上層部はようやく気が付いた。宇宙での艦隊戦は地上戦とは勝手が違い、それなりのノウハウというものがある。おまけにジオンは決して弱くなく、半端な将帥では太刀打ちできない。

 現にパウルス中将は最善を尽くしたが、それでも負けてしまった。無能などではない将なのに、それでも宇宙戦では持ち味を発揮できなかったのだ。同じことがサイド2での攻防戦で勇戦したものの結局退いたアントニオ准将にもいえる。

 

 

 結果、再びグリーン・ワイアットが連邦艦隊を任せられる。今、ルナツーに残されている連邦宇宙戦力はまとめてワイアットの指揮下に一本化されている。

 パウルス中将は一命を取り留めることができたが療養中だ。

 比較的軽傷だったモニカ・ハンフリー大佐は回復後グリーン・ワイアットの幕下に加えられた。同じくアントニオ准将もワイアットの麾下とされた。

 

 

 その上でジオンのエネルギー戦略に嵌り、焦りを感じ始めた連邦上層部はグリーン・ワイアットに対し、以前にも増して出撃命令を出し続けている。

 早いところジオンを叩き、状況を改善させたいからである。

 

 それに対しグリーン・ワイアットはのらりくらりと躱すのが常である。

 純粋に戦力を考えているからだ。

 今、第二次ルウム会戦で傷つきながらも逃げ帰ってこれた連邦艦艇の修理を進めている。ルナツーではその修理とジム・クゥエルの生産で大わらわである。ワイアットとしてはジオンに対し十二分に戦力を整えるまでは仕掛けるつもりがない。数が揃わないうちに仕掛けるのはまともな将のすることではなく、博打でしかないとも思っている。

 

 そうではなく、下手に細かく動くことはせず、やるべき時に一気に叩くのを想定している。

 

 なぜなら連邦としては艦隊戦で一度大勝を飾ればジオンをあっさり滅亡に追いやることができるではないか!

 たったの一度でいいのだ。

 そうすれば容易に降伏させられる。多くの人間が忘れているようだが、連邦とジオンでは置かれた条件が根本的に違う。というのは連邦のジャブローなどとは違い、ジオン本国は宇宙に浮いているコロニーに過ぎず、防御力など無きに等しい。脆弱な上に逃げることもできない。連邦の戦力がそこに届いた時点で戦争は終わりなのだ。

 逆に小競り合いを繰り返しても仕方がないし、そんなことで少ないヘリウム3を無駄に消費する必要はどこにもないとワイアットは考えていた。

 

 連邦上層部はその理屈を理解しているのかいないのか、出撃命令を数多く出している。それは政治的な方が重要だからだ。小さくてもいいので勝利の報をコンスタントに欲しいというのが本音である。政敵との争いに明け暮れる権力保持者にとっては。

 そのため動きもしないワイアットを快く思うはずがないが、それでも我慢してきた。

 

 ただしここにきてジュピトリスの件が生じた。

 

 この機会、ジャブローの上層部はどうしてもワイアットを出撃させなくてはならない。もはやどんな逃げも許さないほど強く、ジャブローからの絶対命令として出撃命令が出る。

 

 

「困ったね。ジャブローはもはや条約を守るような気持ちが失せるほど追い詰められているようだ。あの若者抜きでもジュピトリスの確保を命じてきた」

「閣下、それではあからさまな条約破り、どうやっても言い繕うことができない略奪行為ではありませんか」

「その通りだね。ジュピトリス内部での叛乱鎮圧とか、そこからのヘリウム3爆発からの安全確保とか、とってつけたような屁理屈さえも作れない。実力行使でも後で権力を使ってねじ伏せられるから体裁はどうでもいいらしいね。私も今度ばかりは躱せず、出撃せざるを得ない」

 

 そしてグリーン・ワイアットもどうせ出撃は不可避であるならば、その先の決戦を見定めている。

 

「まあジュピトリス自体の抗議はともかく、そこに素直に辿り着けるはずもない。ジオン艦隊が邪魔をしようと出てくる」

「確かに閣下、ここまで連邦をヘリウム3で苦しめてきた側として、ジオンも黙って見ているはずはなくある程度艦隊を出してくるのは必至でしょう」

 

「ある程度、か。ステファン・ヘボン君、そんなことで済むだろうか。いやそうではない。私はね、ジオンは全戦力を出してくると踏んでいるよ。今が戦略の決定的な分水嶺、向こうもよく分かってるだろうからね」

「ぜ、全戦力!? で、ではまたしても会戦ということでしょうか!」

「そうだ。覚悟を持って戦わざるを得ない。ならばルナツーからも動員できるだけ全て動員する。艦艇やMSもそうだし、ルナツーの残り少ないヘリウム3も使い切るつもりで行う。まさにこちらも全力ということだ」

「閣下! そ、そんな! では本当の意味での決戦をなさるおつもりで!?」

「本当の意味ということになるね。他にも言い方はいろいろあるだろうが、乾坤一擲、国家存亡の一戦というものだ。重々しく表現すれば。ダグラス・ベーダーだったらいかにも好きそうな言葉だが、私だって使うことはある」

 

 あっさりと言ってのけた。

 そんな重大事を、紅茶の銘柄の話をするようにグリーン・ワイアットがいつもと変わらぬ調子で話した。

 グリーン・ワイアットならではの恐ろしいまでにさらりとした自然体だ。

 

「か、閣下、いやしかし現時点で動員できる艦はおよそ240隻ほどです。もう少し待って頂ければ、修理が終わるものも……」

「仕方がない。これ以上は延ばせない。もしもジャブローが本気で怒って材料や部材を止めたらルナツーは立ち行かないし、そうでなくとも備蓄ヘリウム3をだらだら消費したら何もできないうちに終わってしまうよ。全力の決戦はたった一回だけ、予定より早いが、私は今やるつもりだ。ステファン・ヘボン君」

 

 

 決戦だ。ルナツーの全連邦戦力は出撃の準備にかかる。

 

 知将グリーン・ワイアットは無駄に動くことを嫌うが、やるとなれば臆病ではない。

 残念なことに艦艇はどんなに頑張ってもステファン・ヘボン少将の言う通り240隻から大きく変わることはなかった。未だ修理ができていない艦は100隻以上あるが、いったん捨て置かれている。

 その代わり、MSの方に重点を置き、しばらくフル生産を続けたおかげで大半はジム・クゥエルに置き換えることができた。

 

 そこへ地球から届けられたものがある。

 ワイアットは出撃を了承する代わりにできるだけ戦力を送ってくれと要請しているが、そうでなくともジャブローだって戦力をなるべく足してやろうというくらいのまともな判断はある。

 

 

 急遽送られてきたもの、先ずは最新鋭ペガサス改級強襲揚陸艦アルビオンである。

 

 大きさ自体はさほどペガサス級と変わっていないが、高速カタパルトの新規採用などで全体的に一段階上へブラッシュアップされた高性能艦だ。艦体色はペガサス級同様、白を基調とした美しいもので、やはり白を意味する名がつけられている。

 そこへヘンケン・ベッケナー中佐が宇宙戦の経験豊富なところから新たに艦長に命じられている。

 しかも宇宙に上げられる直前、何の因果か顔を見知った学徒兵も組み込まれている。

 

「…… アルビオンのMS戦力が、お前たちとはな。まあ、期待してはいないが学徒兵なりに頑張ってくれ。指示は出すから今度は従うんだぞ。勝手なことはするなよ」

 

 始めにヘンケン・ベッケナーがそう訓示を出すが、聞いているのはカクリコン・カクーラー、ジェリド・メサ、エマ・シーン、おまけにマウアー・ファラオである。

 彼らとてヘンケン・ベッケナー艦長がこんなふうに言うのは理解できなくもない。せっかくの新造艦、歴戦のMSパイロットが配属されると思いきや、成績優秀とはいえただの学徒兵、しかもあの地表での戦いで暴走行為をしでかしたいわくつきがやってきたからだ。連邦のパイロット不足は分かっていても艦長としてはがっかりした気持ちもあるだろう。

 だがそれでも、自分たちに期待していないとまで言われるのは心外だ。

 連邦のため、戦うため、この宇宙までやってきたのだから。

 

 思わずエマ・シーンの目にも手にも力が入る!

 またしてもカクリコンとジェリドは肝が冷えてしまう。恐る恐る横目でエマの手首あたりを見る。エマの「修正」が今にも出るのではないかと気が気ではない。

 

 マウアーだけは顔色を変えないが、それは付き合いが短いためエマの「修正」の激しさを知らないからに過ぎない。エマはフォアハンドから充分なストロークを取り、手首や肩などの関節を全て使ってスピードを相乗的に乗せ、避けられない高速で繰り出すのだ。知れば筋力を強化されたマウアーでさえ驚くだろう。もちろんカクリコンとジェリドは幾度も受け手として身をもって知っている。

 しかしヘンケン・ベッケナーの話には続きがある。

 

「そして…… お前たち、一番大事なことを言っておく。絶対に死ぬなよ。戦いを前に虫のいいことを言うようだが、頼むから一人も死ぬな」

 

 訓示というよりはヘンケン・ベッケナーの独白であるが、本心である。

 

「ここの皆は揃って地球に帰るんだ。いや、必ず帰してやるからな!」

 

 若者に死んでほしくないと心から願っているのだ。

 それは親心ともいうべき温かな気遣いである。

 これで一同は襟を正す。先ほどの釈然としない気持ちはきれいさっぱり消え去り、代わってヘンケン・ベッケナー艦長への信頼が湧く。そして同時に胸中へいっそう闘志が湧き、その見えない炎が皆を包む。

 皆、しっかりと敬礼をしてから持ち場に向かう。

 

 それを見据えるヘンケン・ベッケナーが「やっぱり、か、可愛い…… 後ろ姿さえも……」と思っていた内心など知る由もない。

 もちろん知ったら雰囲気はぶち壊し、とんでもない修正の嵐が吹き荒れたことだろう。

 

 

 

 次に地球北極基地から空母ビーハイヴに帰投してきたのがイオ・フレミングである。

 驚かせたかったのか、いきなりゼフィランサスに乗り、超高速でビーハイヴの艦橋付近へ接近する。いかにもイオらしい。

 

「ヘイ、戻ったぜ。待ちくたびれたか? クローディアも、ビアンカも、いや両方とも。恋焦がれて死にそうだったなんて言わないでくれよ」

「いきなり下らないことを言うな、少尉」「ぶち殺すわよ、イオ」

「おっと冗談だ。しかし、これからの戦いのことは心配するな。後は俺とガンダムに任せればいい。ジオンがいくら出てこようと俺が全部片付けてやる」

 

 今、イオは修理と再調整の終わったゼフィランサスと一緒なのである。

 かつてのフルアーマーガンダムさえ上回る絶対強者だ。それと共にある以上、自信に一筋の揺るぎもあるはずがない。

 

「そこだけは、冗談のつもりじゃないぜ」

 

 そしてゼフィランサスの桁外れの高機動を見せつけるように曲芸飛行を続ける。地表でも強いが、宇宙ではいっそう実力が露わになる。

 次からの言葉は、イオの独り言だ。

 もちろん決戦は連邦とジオンという国家のものだが、そればかりではないのだ。個人と個人の因縁に結末をつける場でもある。

 

「決戦ならばアイツが出てくるはずだ。ジオンのあの野郎が出てこないはずがない。今度は決着をつけてやる!」

 

 

 

 今、シロッコの提案に端を発し、ジュピトリスを巡って再び戦いが始まる。

 

 だがそれは連邦とジオン、継戦能力の都合上、どちらにとっても最後の決戦と見なしている。

 双方が余すことなく総力を尽くし、文字通り人類の行く末を決める一戦になるのだ。

 

 率いるのは連邦随一と言われた魔術師グリーン・ワイアット、そしてジオンの誇る名将コンスコンだ。共に国家の存亡をかけて戦う。

 

 不敗対常勝

 最強対無敵

 

 いずれにせよ間違いなく歴史に語り継がれる。

 

 後世、あまりに巧緻を極め、あまりに煌びやかな戦術戦は神の領域とまで言われ、決して誰にも真似できないものとなった。

 互いに恐ろしいまでの知略を叩きつけ、戦いを荘厳な芸術へと変えたのだ。

 

 その一戦が今、幕を上げようとしている。

 

 

 


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