「連邦艦隊、ルナツーを発し、向かってきます!」
「ついに出てきたか…… どのくらいの規模か分かるか? いや、現時点で分かる範囲でいい」
「概算で250から300隻の間! 大艦隊です!」
「な、そんなにか!」
これには俺も驚くしかない。
連邦艦隊がルナツーから出撃してきたことはいち早く捉えることができた。連邦だって数十隻程度ならば隠密行動のしようもあるが、それだけの規模の艦隊であれば隠しようがない。
むろん、ジオン側がエネルギー戦略を推し進めている以上、どこかの時点で連邦が仕掛けてくること自体は予想できている。というよりも連邦が止むに止まれず出撃してくることを見込んだ戦略なのだから予定通りのことだ。
それでも、これほどの数を連邦が動員するとは思っていなかった。
一番ジオンにとって都合が良いのはちょこちょこ連邦が仕掛けてくるのを撃退し続け、そして連邦が勝手に弱り自滅してくれることだ。
しかしそううまくはいかなかった。
連邦の将は決して馬鹿ではなく有能だった。ここで全力を叩きつけ、会戦で勝利してジオンを屈服させる、それが最適解であることをきちんと理解している。これは容易ではない相手だ。
そして連邦が思い切って戦力を糾合し、決戦に臨もうとしている以上、ジオンもまた全戦力を挙げてこれと戦わざるを得ない。
すぐさま準備を進める。
ジオンが動員できるのは頑張っても200隻を大きく上回ることにはならない。やはりジオンは連邦側と同数を揃えることはできず、またしても少数の側になってしまう。といっても、思えば過去これまでに行った会戦では圧倒的不利、常に二倍や三倍といった苦しい戦力差の下で戦ってきているのだ。それに比べたら、今回の差は無きに等しいという言い方もできる。
逆に有利な点で言えば、ルナツーからジオンへ近付くにつれ、フォン・ブラウンやグラナダ、ソロモンといったジオンの拠点が近くなる。つまり補給という点ではジオンに有利なのである。今ではサイド6やサイド1の生き残りもジオン寄りになっている。
そしてMS戦力でいえば待望の新型機を手に入れることができたのだ。
間に合った! 以前マハラジャ・カーン准将の言っていたアクシズ開発の新型MSが到着している。
だがそれについて、ジオン本国で受け取りと調整役を担ったマ・クベ少将が若干申し訳なさげに報告してくる。
「コンスコン大将、期待を外したら申し訳ない。思った以上に開発は難航したそうだ。その結果、輸送途中で完成させるということになってしまい、未だ稼働テストもできていないといった体たらくになった」
「しかし、それでも実機は来たし、使えるのだろう? ならばそれでいい、マ・クベ少将。どれが何機できたのだ?」
「先ずはザクⅢが8機ほど。しかし残念ながら新機軸は何も入れられず、オールサイトスクリーンや高ショック対応シートもなく、とうてい画期的とは言えないものに。例えて言えばせいぜいパワーに余裕があるアクト・ザク、そんなところでしょうか」
う~ん、やはりマ・クベ少将は技術畑、そういうところにこだわっているのか。
一番がっかりしているのは本人なんだろうな。
そういう代わり映えのないものではなく、新しい機構を取り入れた新世代のMSを期待していたんだろう。技術者というのはとかく革新性という部分に目を向ける。戦争の行方とは関係なく、技術者は技術者同士の意地というものがあるからだ。互いに知性と創造性という部分で競い、張り合っている。
連邦側技術者をあっと言わせ、悔しがらせられれば、ジオンの技術者としては大いに溜飲を下げられる瞬間だ。
しかし申し訳ないが俺としては最悪アクト・ザクの代わりになれば御の字と思っていたのだから何も問題はない。
「いいじゃないかマ・クベ少将。慰めで言うのではないが、それでも充分だと思うぞ。ではさっそくエースに分配しよう。こっちのガトーたちも喜ぶだろう」
「それと、おまけというか、ジャジャが研究用として一機だけ、ドライセンに至っては未だ組み立ても終わっていないものが届いていますが」
「まあ、もしも気に入って乗りこなせる者がいたならば使わせればいい。それよりもマ・クベ少将、カーン准将の言っていた新型モビルアーマーは届いていないか?」
「ノイエ・ジールのことでしょうか。確かに届いてはいるのですが…… 現在テストと調整中、そのまま実戦に使うには少しばかり厳しいようで」
「ん、それは困ったな。何か問題があるのか」
俺はそれに期待していたんだ。メカにこだわるケリィに新しいモビルアーマーを与えてやりたい。
「コンスコン大将、稼働できないという意味ではなく、大掛かりなモビルアーマーゆえに操縦性に難があるため…… 操縦支援を調整すれば少しはマシになると見込んでいるのですが、それはそれで中々厄介な」
「ああ、だったらすぐに回してくれ。予定しているパイロット、ケリィ・レズナーなら自分でなんとかするかもしれん」
本当にそうしてくれる気がする。ケリィは自分専用だと知れば、そのノイエ・ジールをいじってどうにでもするのではないか。
これでとりあえずMSとモビルアーマーの懸念が少し解消できた。
ジオン勝利のためには、エースたちの活躍が絶対条件になる。
なぜなら連邦側のMSは悔しいほど着実に進化を続けていて、先の第二次ルウム会戦ではまたしても新型機を出して強化されているのが確認できている。
それだけの問題じゃない。連邦にはガンダムがいるはずなんだ!
先の地球降下作戦でガンダムが出てきて、戦うことになってしまったが、決してそのガンダムを撃破したわけではない。今度の戦いで出てくることもあり得る。もしもそんなことになったら、蹴散らされてしまう可能性があるのだ。
ジオン側としては最小限エースたちがふさわしい機体に乗れなければ勝負にならない。
準備を整え、ジオン艦隊もまた急ぎサイド3本国を出港する。
中核となるのは俺のコンスコン機動艦隊になる。もちろんその中にはガトーら一騎当千のパイロットたちがいる。
加えて動員する将兵は、デラーズ少将、シャア少将、マ・クベ少将、カスペン少将は当たり前として、カーン准将、バロム准将、デラミン准将、そしてサイクロプス隊やキマイラ隊、海兵隊といったキシリア閣下麾下の各隊だ。そこに何と地表から戻ったノイエン・ビッター中将、ユーリ・ケラーネ中将までも、何かの役に立ちたいと志願している。
つまり、ほぼジオン全軍だ。
総艦艇数218隻、ジオン史上最大の艦隊となる。
逆に残るのは首都防衛隊や近衛隊などわずかなものであり、これはトワニング准将に一任されている。
そしてジオン艦隊総司令官として俺、コンスコン大将が立てられた。
実はここで少しばかり驚いたことがあったんだ!
「コンスコン、総大将はやっぱりお前だ。頼んだぞ」
「はっ! ドズル閣下。大役、謹んで拝命いたします」
「今回、キシリアや俺は行かない。ズム・シティで吉報を待っているからな」
「ええっ!? ドズル閣下がご一緒ではない? これはあんまりにも意外な……」
「意外とは何だコンスコン、戦いと見れば何でもでしゃばると思っているのか」
「あ、いえ、違うというか違わないというか、違わないというのもやっぱり違うというか」
「………… 行きたいのは山々だ。当たり前だろう。ジオンの興亡がかかってる戦いだぞ。しかしキシリアに止められた。今回は激戦、ならばジオンの首脳部が一ヵ所にいてはならない、ということだ」
「なるほど、それはキシリア閣下のおっしゃる通り、全滅を防ぐため別々にいることは確かに合理的です」
「まあ普通にはそう考えるだろうな。しかしコンスコン、キシリアはそれらしく言ったが本当の意図はそうではないと思うぞ」
ここでドズル閣下らしからぬといえば失礼だが、意外に深い思慮を読んでいるようだ。
「ドズル閣下、よく分かりませんが本当の意味とは?」
「キシリアは指揮系統のことを考えているのだろう。何かで指揮が乱れた時、俺やキシリアがいた方が余計混乱してしまう。つまり何があっても最後までお前が指揮をとる、とらせようとしている」
「……」
だんだん分かってきた。確かにドズル閣下とキシリア閣下、そして俺が戦場にいれば、万が一混乱をきたした局面、どれを最高命令とするべきか下の者が迷う場面が出てもおかしくない。
そこでキシリア閣下は敢えて参加しないことにしたんだ。
「つまりだ。キシリアはそこまでお前を信頼した。ジオンの未来も、自分の運命も託すに足るだけの者として。託すというのはな、言っておくが自分が動くよりも大変なことだ」
確かにそうだ。託して待つというのは決して休んでいるということではない。とてもエネルギーの要ることで、よほどの信頼を込めていないとできないことだ。
「コンスコン、これは下手な夫婦よりも厚い信頼だぞ。よくもあのキシリアにそこまで思わせたものだな」
「そ、それは、なんとも畏れ多い……」
「もちろん俺も同じだ。全てお前に任せた。一緒に行く将兵、デラーズもシャアもみな同じような気持ちでお前に任せているだろう。ここにきてジオンはまとまったということだ」
ああ、そうなのか。俺は気を引き締めざるを得ない。
今回の戦いは、俺が皆の信頼と期待と、そして運命を背負って戦うのだ。
相手が連邦のどれほど有能な将でも後れを取るわけにいかない。
「だから勝ってこい、コンスコン。それだけ言えばいいだろう」