コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百十六話 鋼鉄の淑女

 

 

 俺のコンスコン機動艦隊、そこにはガトーやカリウス、ケリィ、ツェーン、シャリア・ブル、クスコ・アル、ダリル・ローレンツがいる。

 連邦との決戦に向け、皆の士気が高揚しているのも手にとるように分かる。

 他の艦隊だって似たようなものだろう。

 

 

 しかし、連邦が狙っているであろうジュピトリスの来るサイド1へ向かい月の裏側を航行し始めた直後、いきなり戸惑う事態に襲われた。

 

「な、何だと! 連邦艦隊の予想進路がそんなところへ!? 間違いないのか?」

「は、はい、真っすぐルウムに向かっています!」

「連邦はどういうつもりだ! ジュピトリスへ行くのではないのか?」

 

 連邦艦隊が不思議なことにルウムに向かっている。

 ヘリウム3を積んだジュピトリスでもなく、かといってジオン本国でもなく。

 

 

「…… これは、おそらく誘っているのだ。連邦はルウムで決着を付けたがっている。だがしかし、ジオンはそれを無視できない。分かっていてもルウムに行くしかない」

 

 俺は唸りながらそう理解した。ルウムは位置的にいえば、ジュピトリスが来る航路と、ジオン本国との中間点、つまり楔ともいえる場所なのだ。

 

 ジオン側は一手遅かった。

 いや、中途半端に戦力を置いていても無駄だったろう。

 

 連邦がルウムを押さえ、ジオン側の動きを見ていけば、ジオン本国とジュピトリスのどちらかが手薄になったとたんそこに急進することができる。そういう絶妙な位置である。逆にいえばジオンとしては本国とジュピトリスの両方を確保することはできなくなった。

 もしもジオンがどちらも守ろうとすれば取れる方策はたった一つだ。

 ジオン艦隊もまたルウムに向かい、そこで連邦艦隊と戦うしかない! そういうことを連邦艦隊の指揮官は知っているのだろう。だから誘いと言ったんだが、どのみち決戦は行う以上、ここは誘いに乗る。

 

 

 二日半航行し、やっと連邦艦隊が見える位置まで来た。

 

「連邦艦隊、およそ260隻! ルウムのデブリ宙域を背にして、その手前に展開しています! 接触まであと二時間!」

「デブリ宙域を後背に置いてか…… むろん、何らかの意図を持っているのは確実だが、はたして何か…… 」

 

 コロニー建設宙域には、材料採掘のため、ある程度の岩礁を引っ張ってきているのが普通だ。サイド3のア・バオア・クー、サイド7近くのルナツー、他ペズンもパラオも元々は軍港でもなんでもなく資源用のものである。サイド5ルウムでももちろんそういう岩礁を置いていたのだが、戦争によって位置調整を失い、ぶつかり合って砕け、多くがデブリになってしまった。

 もちろんそれだけではない。

 ルウムは過去大規模な戦いが繰り返された場所ゆえに、作りかけたコロニーの残骸、放棄された各種資材、それに何よりも戦闘で破壊された艦のなれの果てが数多くデブリとなって浮かんでいる。

 それらは月と地球の重力中立点ラグランジュポイントを越えて拡散していくことはない。

 むしろ太陽風によってゆっくりと流されながら、ある程度集合していき、ところどころデブリの濃い宙域を形成している。

 

 もちろん俺もそういうことは分かっている。

 そして連邦艦隊がわざわざルウムを戦いの場に選んだ以上、このデブリ宙域を戦術に利用してくる可能性は高い。

 

 真っ先に考えつくのは伏兵の存在だ。

 他にも、退路を断つ、誘い込んで囲む、いくつも使い方を思い浮かべることができる。まともな戦術家ならそんなことは当然のことである。

 

「どうします、コンスコン司令」

「よし、各隊戦闘配備のまま急進! MS発艦準備! 一気に行くぞ。どのみち総戦力で見劣りする以上、すり潰される前に急戦に持ち込む」

 

 

 だが俺はここで急戦を選択した。

 無策という意味ではなく、これも立派な策なのである。

 思いっきりのいい攻勢で先手を取り、連邦艦隊をかき乱し、向こうに策を打ち出す隙を与えない。あるいは対応に追われて策を出すタイミングを失わせる。戦力的に劣るが、それができないほどの戦力差ではないと判断した。

 見敵必殺、元々コンスコン機動艦隊が得意とするやり方だ。

 

 一気に主導権を握り、最後までそれを離さなければ勝てる。

 

 

 更に加速しつつ接近していくが、ここで連邦側に動きがあった。

 連邦艦隊の前衛が綺麗に二手に分かれたではないか。

 そして中に隠されたものが全容を現す。

 それの持つ意味を知るや、俺は慌てざるを得ない。

 

「あれは!? い、いかん、直ぐにデラミン准将に回避行動を取らせろ!」

 

 こちらの前衛として進行していたデラミン准将の艦隊が危ない!

 

 見えたのはあのソーラ・システムだった!

 

 忘れもしない。連邦がソロモンを焼くために使った兵器である。

 今もまた整然と鏡の列が並んでいる。

 それらが太陽光にきらめき、熱と光の束を作り出し、デラミン准将の艦隊を照射する。緊急回避のため艦首を転じ始めていたがもう間に合わない。

 前衛艦はまとめて捉えられ、白一色に染まる。

 

 しまった! 今回の戦いで連邦がソーラ・システムを出してくるとは思わなかった。

 

 それには理由がある。

 先ずは運用上の問題がある。座標の決まった要塞を焼くならまだしも、本来動いている艦隊を狙うのは難しい兵器なのだ。それぞれの鏡を動かしつつ精密に同調させるのは困難であり、ある程度以上の規模にするのは無理だ。

 もう一つは反射角度の問題である。今もまた、太陽光は連邦とジオン両方の横方向から来ている、というかむしろ連邦艦隊の方が太陽を背にしている位置取りだ。角度的に鏡の反射が不可能ではないというだけで、最大効果から全く遠くなる。

 

 結果的にデラミン准将の艦隊は照射されても爆散するほどのダメージは受けなかった。最大効果ならともかく、半端に集められた光に艦壁をどうこうする程の威力はなかったのだ。

 

 ただし、索敵センサーなどの観測装置が軒並み破壊され、おまけに少しでも過熱で歪んでしまえば使えなくなる主砲などの攻撃兵器もダメにされた。艦壁から出ている部分はどれもそうなったのだ。そうなればもはや戦闘艦としては意味がなくなり、ただの標的に成り下がってしまったことになる。

 大技を使われてしまい、いきなりジオンは十二隻もの艦艇を無力化されてしまった。これは痛い。

 

「やられた…… 仕方がない、デラミン准将の艦隊は戦力外とし、後方へ下がらせる。そして急ぎソーラ・システム用の対抗手段を発動しろ」

 

 俺は連邦がソーラ・システムを使ってくる確信などなかったが、一応対抗手段を持ってくることは忘れていなかった。ジオン艦隊が次々とそれを発射する。

 

 それは高速ミサイルのようなもので、違うのは煙幕のような尾を引いている。もちろんこんな広大な宙域に光を遮るほどの煙幕など使えるはずがない。光をいくらかでも吸収して、ソーラ・システムの威力を減らすためのものである。

 そして本当の意味は次にある。ソーラ・システムの手前で爆発し、破片を飛ばすのだ。もちろんそんな微細な欠片は艦やMS相手には全く効き目がないが、剥き出しの鏡相手にならば充分である。鏡に届くやいなや、叩き、歪め、微妙に位置をずらす。それだけでソーラ・システムはあっさりガラクタと化す。

 そんな手段が取れるのはソーラ・システムがレーザーに変換することなくただの光のまま使っているからだ。焦点を外せば、近付くほど光の密度はどんどん低くなり、小型ミサイルの飛行も妨げられることがない。

 

 

 ジオン艦隊がそんな対抗手段を出してくるのを見ながら、グリーン・ワイアットが淡々と感想を述べている。

 

「どうかな、コンスコン大将。ソーラ・システムは多少派手なオープニングだったかもしれないね。こちらとしては別にソーラ・システムを決定戦力にする必要はなく、初手から使ったわけだが、お気に召してくれただろうか」

「ワイアット閣下、作戦は成功したとも言えますが、できればもっと損害を増やしておきたかったところです。向こうがこれほど直ぐに対抗手段を出してくるとは……」

「つまりコンスコン大将は様々なことを想定し、きちんと用意を怠らない良将だということだ。全く見事なことだね。それも予想の範囲内ではあるが」

 

「では閣下、次の段階へ移行しましょうか」

「そう、予定通り、次のステージに移らせてもらおうじゃないか。コンスコン大将にもっとお楽しみ頂けるだろう。用意してくれたまえ、ステファン・ヘボン君」

 

 

 俺はしょっぱなから叩かれたが、しかし次の行動は素早い。

 今、ティベの艦橋スクリーンに、連邦のソーラ・システムが片付けられつつある様子が拡大されて映っている。無音なのでやや現実感はなくとも、紛れもない事実である。

 

「ここはチャンスだ! 普通なら思わぬ損害で慎重にならざるを得ないところだろう。連邦はこっちがそうなると見込んでいるはずだ。だからこそ再び急進する。シャア少将に連絡、斬り込みを頼むと伝えるんだ」

 

 

 ここでまたしても急戦を選択だ。

 今言った通り、思わぬ損害を被ってしまった指揮官というのは肝が冷え、必要以上に疑心暗鬼になるのが普通なのである。損害を気にせず続けざまに猛攻を加えるのは頭に血が上った短慮な将か、攻めることしか知らない愚将だ。

 連邦はおそらく俺のことを馬鹿だとも思っていないだろう。

 とすれば間髪を入れない攻勢こそ連邦の裏をかく最適解になる。

 

 命令に沿い、シャア少将のザンジバルが快速を飛ばす。赤いMSに乗っている時はもちろんそうだが、艦でも実に速いものだ。その後にはキマイラ隊、サイクロプス隊が続いている。

 

 これを見て算を乱したのは連邦側だった。

 

「まずいわね…… ジオンの再攻勢が早過ぎる。さすがにコンスコン大将、そうくるとは……」

 

 俺は知らなかったが、連邦の前衛に立ち、先ほどのソーラ・システムを管轄していたのはモニカ・ハンフリー大佐、ジオンの急進に立ちはだかろうとしている。

 

「迎撃用意! ここは敵の足を止めなくてはなりません。連邦本隊が予定通りデブリ宙域に後退するまでは」

 

 連邦本隊は後退しつつある。予定されたものとはいえ、艦数が多いことから素早くとはいかず、そこへジオンの突撃を許してはたまらない。

 モニカ・ハンフリーと連邦艦十隻ほどが果敢に迎撃をかける。

 

「ジオンの先鋒を挫きます。主にはこのスパルタンの速度を活かし、止まらず動きながら妨害するのです。そして頃合いを見てアリシア曹長らのガンダム・ヘッドを出してジオンを驚かせてやりましょう」

 

 

 モニカ・ハンフリーの乗っているのはアルビオンと同型の新鋭艦スパルタンである。シャアのザンジバルよりも速く、砲撃をかけながら回旋し、執拗に妨害にかかる。

 だがしかし、シャアもその妨害の意図が分かる以上、スパルタンらをいなしながら連邦本隊へ距離を詰める方を優先している。大局的に見てそれが正しい。

 

 だがスパルタンは直線航行に移ったわずかな時間で奇妙なMSを出してきた。それらのMSを見て、シャアも驚いてしまう。

 

「何っ、あれは、ガンダムか!? ここにいたのか! しかも数機も」

 

 ならば見過ごせるはずがない。容易ならざる事態かとシャアも構えたのだが、若干の違和感を覚えて注視するうちにカラクリを理解した。

 

「ふ、なるほど…… 違う。おそらく汎用MSにガンダムの頭部をセットしただけのようだ。私ともあろうものが小細工に驚かされたな」

 

 確かにその通り、ジム・コマンドをガンダムに偽装したガンダム・ヘッドとはそういうMS、こけおどしとしか言えない代物である。だがジオンの目を引き付けて時間を稼ぐことには成功したのだ。

 もちろんその代償にスパルタンはジオン側の有力部隊を一手に引き受け、その猛攻を受けることになる。

 

 

 モニカ・ハンフリーは「鋼鉄の淑女」らしく顔色を変えることなく応射を命じている。しかしこれほどの相手を敵にしていては、間もなく終わりが来る。スパルタンに直撃が相次ぎ、艦の加速が止まり、それにジオンが気付けばMSを出して引導を渡そうとするだろう。

 

「ここらが限界のようね。しかし本隊の最後尾、オットー・ミタス隊もデブリ宙域に入れた。これで仕事は果たしました。このスパルタンを残し、他の僚艦は本隊を追い、逃げ切りなさい。もうスパルタンにはMSの支援も要りません。MSもまた全てクリード大尉に統率させて本隊へ行かせるのです」

「大佐、一ついいかい」

「何ですか、ヴィンセント・パイク艦長」

「艦橋でタバコ、吸ってもいいかな。もう健康に気を使わなくていいだろ。俺も、あんたもさ」

「…… 艦長は退艦しないという意味ですか」

「最後まで付き合うぜ、大佐。メグ・リーム以下、艦橋クルーは退艦だ。俺一人残ればスパルタンの砲撃くらいできる」

 

 それ以上の言葉など不要だった。それを決して古いロマンチシズムと非難することはできない。

 連邦のため、真っすぐ生きた者たちがその意気のまま最期を迎えるだけだ。

 

 

「連邦はここで勝たなくてはなりません。そうでなければ人類は暗黒の時代を迎えてしまいます。できるだけ早くジオンを叩かなければ、この先の未来、分離主義者どもが第二第三のジオンを作り、果てしなく争うことになるのです」

 

 それはモニカ・ハンフリーの信念である。

 いや、彼女以外にもそう考える将兵は多い。これが連邦将兵の掲げる正義、誇りの源泉なのだ。

 

「連邦上層部は腐っているかもしれません。汚職、権力闘争、形骸化した民主主義、その酷さはよく知っています。しかし、少なくとも単一国家ならば戦争にはならない。国家間戦争でなく、内部で争うだけなら、人口の半分が失われるような悲劇は起こらない」

 

 それは連邦側から見た理屈ではあっても、否定されない道理でもあるのだ。

 ここでジオンを抑えきれず、将来に渡って国家が並び立ってしまえば、いずれは国家間戦争が繰り返されてしまう。

 人類の歴史を紐解けば、いかに平和への努力をしようとも、国家と国家があれば結果は明らかである。互いに疑い、支配を企み、そして戦争になる。

 

「やっと人類社会は成熟しここに到達しました。過去どれほどの年月、どれほどの人が待ち望んだことでしょう。その血と涙の結晶が単一国家、地球連邦なのです。問題があったとしても、そこを地道に改善すべきであって、決して連邦を壊してはなりません。連邦将兵はそのためにいます。単一国家という人類の夢、それを守るために戦うならこの身を惜しむことなどあるでしょうか」

 

 スパルタンはメッタ撃ちにされても撃ち返すことを止めず、最後はエネルギーユニットに直撃を受けて盛大に爆散し、光と共に消えた。

 

「連邦は勝ちます。グリーン・ワイアット大将は必ずそれを成すでしょう。後は任せました」

 

 モニカ・ハンフリーはこうして散る。

 

 その一生は、多くの者に厳しく接し覚悟を改めさせる一方、それ以上に自分に厳しい、まさに鋼鉄の淑女だった。

 

 その原動力は地球連邦という理想の信奉にあった。

 戦術のみならず権謀術策にも長けていることで周囲から畏怖されていた彼女だが、その部分では一点の曇りもなく、あまりに純粋な心だったのだ。

 

 

 最後、その目に後悔は微塵もない。 ただただ連邦の未来ばかりを映していた。

 

 

 

 

 


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