「連邦艦隊はデブリ宙域の中に後退か…… なるほど……」
俺は戦局の行方をまた思案する。
戦いの第一幕は、急戦を仕掛けたジオンがソーラ・システムによって少しばかり痛手を被った形となって終わった。
そして再び前進し、連邦艦隊と対峙しようという時には、既に連邦艦隊は背後にあったデブリ宙域へまるで溶け込むように下がっていたのだ。
「いったん急進は止め、オーソドックスな隊形のまま砲戦を行ない、少しばかり様子を見る」
俺もさすがに罠を警戒し、これ以上の急戦はしない。隊列を整えて慎重に砲戦を仕掛ける。
すると連邦艦隊もまた撃ち返してくるが、メガ粒子砲の有効射程ぎりぎりのまま踏み込んでくることはない。
こうなれば、やはりMS戦に持ち込むほかないだろう。
そう思って準備をさせるも、連邦の方にMS戦の意思はないらしく、ジオンがゆっくり進むとその分後退し間合いを保ってくる。だからまだその頃合いではない。
もちろんこの距離からでもMSを出すことはできるが、それを連邦艦隊が察知してしまい、本格的に後退に転じられたら空振りになる。艦に助走をつけられたらMSでは追い付けなくなるからだ。
そして砲撃戦の行方でいえばジオンが不利だった。元の艦数の違いと、それよりも連邦側ばかりがデブリ宙域にいるのが大きい。連邦艦はデブリを積極的に盾として使っているのではないようだが、それでもデブリに守られるかどうかは有効弾の数の差として如実に現れる。
このまま我慢比べをしていけば消滅するのはジオンの方である。
「仕方がない。こちらもデブリ宙域に入り、間合いを詰め、MS戦に突入するタイミングを見計らう」
どちらもデブリ宙域に入って同じ立場になると砲撃での有利不利はなくなり、むしろ消極的な連邦艦隊を押す格好になった。
それよりも俺は当たり前のことだが連邦の伏兵の存在を十二分に警戒している。
デブリを何かに利用してくるだろうことは予想を超えて確信に近い。
しかし思いのほか何も見つからなかった!
デブリの影、あるいは中に潜んでいる連邦艦もMSも全く無く、それどころか機雷などの爆発物さえ見当たらないのはどういうことか。あるいは、連邦はデブリを単なる艦隊行動の障害物にしか考えていないのだろうか。
一応の懸念が晴れたことで、俺は相変わらず距離をとってくる連邦艦隊をゆっくり追って行ったが、ここで突然変化が現れた。
連邦側がいきなり猛砲撃を加えてきたのだ!
「何!? ここで猛攻に転じるか? しかしタイミングがおかしい。デブリで動きが制限されると思っている? いやそもそもデブリ内で決戦にするなら艦砲ではなくMSの方が有効なはずだが…… 連邦艦の動きはどうだ? MSを出しているか?」
「い、いいえ、コンスコン司令、連邦艦隊はMSを全く出していません。しかも更に距離をあけていきます!」
え、距離を取る? 反転攻勢ではないのか……
確かにそれとは真逆に連邦艦隊は退いていき、ついにはジオン艦隊をデブリ宙域に残したままその外にまで行ってしまった。
連邦艦隊はルウムから撤退し、やはりジュピトリスに向かうことを決断したのだろうか。時間稼ぎだけをして。
いいやそんなはずはない。
その前にここで小競り合いをしても連邦に何も益はない。別動隊が存在するという報告もない。
しかも、連邦の猛砲撃はここに至っても止んでいないではないか。
白熱の帯が激しくそこかしこに飛び、ジオン艦隊を照らす。
ただし連邦がいかに撃ってこようがそれによるジオン艦隊の被害は驚くほど少ない。
既に有効射程を外れている間合いになっていることと、デブリのせいだ。俺は先ほどとは逆にこちらがデブリ宙域内にいる以上、それを利用する。
「デブリを盾に使いつつ、連邦とは逆によく狙って撃て。どうせ向こうはあれほどの砲撃を長く続けられるもんじゃない。切れ目をみて一気に反撃に出る」
結果的に砲撃の数は圧倒的に連邦の方が多いが、むしろジオンの方が有効弾をきっちり当てている。エネルギーの面でも、艦でも、消耗するのは連邦の方になるのだ。
さあ、後はタイミングを見て決めてやる。
その頃、ティベのMS発着場には人が多く、動き回っている。
戦闘配備なのだから当然、待機するパイロットもいれば、それ以上の数の整備兵がいる。第一まだMSは出撃していないので最も人の多い瞬間である。各員は戦闘行動について声高に打ち合わせをしているか、黙々と機体をチェックをしているか、あるいは足早に動いている。
そんな喧騒の中、ダリル・ローレンツは人に当たらないように隅の方にいた。ぶつかられてしまえば義手義足でしか踏ん張れない以上飛ばされてしまうからだ。いったん完全に足が離れてしまうと、無重力下では思いもしない壁まで行ってしまうことになる。もちろんぶつかる方もわざとではなく、今のような慌ただしさなら仕方ないとはいえ、普通ならばダリルにはけっこう気遣っているのだが。
ダリル・ローレンツ、戦闘で二度も負傷し、義手義足になりながらジオンのために戦う不屈の闘士として皆から尊敬されている。
むろん誰にもできることではない。
負傷した兵の中には心にも傷を負い、抜け殻になったり、あるいは自暴自棄になる者も少なくない。中にはジオンを逆恨みする者さえいるのだ。かつてジオンには負傷兵専門のリビング・デッド師団があったが、闘志と忠誠を保ち、そこに入って戦いを続ける者はむしろ少数だったのである。
パイロットとしては珍しいほど内気なダリルとしてはそんな尊敬を受けることをけっこうこそばゆく思っている。本人としては特別なことをしている気はない。
同時にそんな温かなコンスコン機動艦隊にいる幸せを感じ、また誇りに思っているのだ。まったくもって人の内面をきちんと評価するコンスコン司令のおかげである。
そんなところへ予期した通りカーラ・ミッチャム教授が声を掛けてきた。出撃準備のためだ。
「ダリル少尉、神経接続の用意ができたわ。サイコ・ドワスに移動するわよ」
「分かりました、カーラさん」
「…… ここでは、一応教授と呼んで」
しかし周りの誰もそんなことは気にしていなかった。ダリルの義手をとって歩くカーラ・ミッチャムはどこからどう見ても親密な恋人のそれで、周りもお似合いのカップルと認知しているのだ。
「外の戦況はどうですか、教授」
「気になるの? そうねえ、延々と砲撃戦が続いているみたいよ。そこのモニターに映っているわ」
MS発着場の壁にはある程度の大きさのモニターが設置され、戦況の一部が分かるようになっている。
今も何人もの人間がそれを見ているのだが、ダリルもまた足を止めてそれを見る。
その様子がカーラ・ミッチャムには不思議だった。今回に限ってどうしてダリルが外を気にしているのだろう。別に戦況が悪いものだろうと臆するようなダリルではないはずなのに。
実はダリルは興味だけでモニターを見ているわけではない。何か嫌な感じがしたせいだ。
モニターには、連邦艦隊からの猛砲撃が映し出されていた。そして、砲撃の光に時折照らされるものを見れば、ここがけっこうデブリの濃い宙域であることも伺い知れた。
「デブリ宙域でこんな無駄な砲撃を……」
そんな連邦の様子からちょっとした疑問が浮かんだ。このデブリ、何か……
それはたちまち疑念となり、恐ろしい予感へと変わる。
「これは大変だ! 艦橋へ直ぐに伝えないと! どうすればいいんですか、カーラさん、いや教授!」
「え、ダ、ダリル? いったいどうしたの? 艦橋って、これは総旗艦よ。簡単にいくものかしら」
ダリル・ローレンツは居ても立ってもいられない様子で大声を出す。それはダリルを知る者にとっては珍しいことであり、周りの人間も立ち止まる。
そんな中にガトーがいたのだ!
発着場でカリウスらと打ち合わせをしていて、そして偶然にもダリルの声を聞いていた
「ダリル・ローレンツ少尉、今言ったところによると艦橋に話、つまりコンスコン司令に用事があるということか」
「あ、ガトー少佐、そ、そうです、早く伝えないと! サンダーボルトになる前に!」
「よく分からないが、すぐにそうさせる」
ガトーは緊急を緊急と理解できる男だ。ダリルを信頼し、悠長なことはせずに行動する。
「…… コンスコン司令、この艦のMS発着場から艦橋へ隊長コードで内部通信が入っているようです。どうしましょうか」
「ん、何だろう。発着に関してのトラブルだろうか」
「それが、攻撃管制官や整備官ではなく、コンスコン司令に直接緊急で話したいとのことです」
「俺に? 緊急で? いったいどういうことだ。向こうは誰なんだ」
「アナベル・ガトー少佐です」
「何だ、ガトーならば早く繋げ! ガトーがつまらんことでそんなことを言いはしない。何かあるんだ」
本来なら、作戦行動中の艦隊最高司令官に隊長権限とはいえ割り込み呼び出しなど常識的に考えられない。
しかし俺はガトーを充分に信頼しているし、どうしてなのかこのコンスコン機動艦隊は風通しが良過ぎるほどの艦隊なんだ。今でも何かあるとツェーンに尻を蹴られそうになるくらいに。
そして繋いだとたん、予期したガトーの声ではなく、ダリル・ローレンツの慌てた声を聞くことになる。
「コンスコン司令!! ここが、サンダーボルトになります! もう放電直前、いったん始まれば、この宙域は恐ろしいことに」
「え、ガトーじゃなく、ダリル・ローレンツか? どういうことだ? いったい、サンダーボルトとは何だ!?」
俺はダリルの様子にいっそう真剣になった。温厚篤実なダリル・ローレンツがそういうとは、単なるあてずっぽうや空想ではない。何か本当に恐ろしいことがあるのだ。
「ここのデブリは岩石じゃありません! 資材やら艦の残骸やら、とにかく金属です。連邦の砲撃はたぶんそれにエネルギーを入れるため、このまま荷電粒子が金属に貯まり、限界を超えれば放電の嵐に!」
話の順序はバラバラだが、そのキーワードで俺は理解できた。
連邦の意図と、やたらめったら撃っていた訳を。
ジオンは既にとんでもない罠に落ちていたんだ。
その頃、グリーン・ワイアットは紅茶を飲んでいる。
無重力である艦内では紅茶であっても他のジュースなどと同じパックとストローを使って飲むしかない。すると必然的に温度も高いものは用意できず、ぬるい紅茶しか飲めなくなる。それがワイアットとしては残念だった。
もちろん、それでも紅茶に代えてジュースにしようという発想が無いのはワイアットらしい。
「仕方がない。熱い紅茶はルナツーに帰ってからの楽しみにしようか。早くそこの重力ブロックでティーカップを使いたいものだ。ステファン・へボン君」
「閣下、当たり前です!」
「そうはいってもカップとソーサー、スプーンは欠かせない様式美なんだよ」
「今は、どうでもいい話に聞こえます」
「どうでもいいとは…… 君も緊張しているのかな。でもまあ、いよいよだ」
「荷電粒子濃度、80%を超えました。各艦の砲撃はどうされますか」
「もはや策は成っているが、最後に油断してもいけない。荷電を入れ続けるため砲撃はこのままだよ」
ステファン・ヘボンに落ち着きがなくなっているのは当たり前だ。
これから始まるのは前例のないショーなのだから。
むろんステファン・ヘボンはこの作戦を聞いた時、どんなに驚いたことか。
次に試験的に行なってうまくいった時にも驚いた。こんなことを考えるのは、天才だ! そしてすぐ傍にその恐るべき天才がいるのだ。これがグリーン・ワイアットという自分の上司でなければ戦慄していただろう。
発想自体はいたってシンプルなものだ。
そもそも戦闘艦から放たれるメガ粒子砲は対消滅をする粒子を撃つものである。
光速に近い速さで標的に行き、そこでエネルギーを解放し、強烈な光とプラズマといういわば荷電粒子の形に変わる。それで破壊力を出す。
その後、普通なら宇宙に拡散しそれで終わりになるのだが、この宙域のように金属のデブリがあれば拡散しない。それらのデブリに荷電が吸い付き、しだいに蓄積され、電圧が上がっていく。
そして最終的に放電、つまり稲妻になる。
滝のように激しく、全く予測不能な方向へあちこち飛ぶ。
むろん脆弱な機械があればたちまち破壊する。
さすがに艦の外壁まで貫くことはできないが、少なくとも外部機器を薙ぎ払う。観測もできなくなった艦やMSは無力化されたのと同義だ。
ルウムを使った壮大かつ華麗な罠、グリーン・ワイアットの戦術家としての才がまさに極まっている。
「ジオンからの砲撃が止んでいます」
「おお、さすがにコンスコン大将、ここで気が付いたのかな。でももう遅い。ジオン艦隊は
「荷電、95%を超えます! 閣下、もう間もなくデブリから放電が始まると思われます」
「コンスコン大将も勝負あったと見て、早めに降伏してくれれば良いのだが」
「そうなるでしょうか」
「そうなって欲しいね。悪あがきをするより、お互い早く楽になるだろうに。そうは思わないかい、ステファン・ヘボン君」