ガディ・キンゼーとエイパー・シナプスの二人に命令を伝え終わり、既に消えたスクリーンを見つめながらグリーン・ワイアットが言う。
「さて、これが後の歴史にとって是か非か、そこまでは私も分からないね。もしかするとコンスコン大将という人類にとって貴重な財産を失うのかもしれない。そうなれば私はむしろ背信かな。まあ、私にとっては最も確実に勝利を得る方法だし、連邦軍人としては正しいことをしているのだから他の責任まではとれないと言い訳をしよう」
「閣下、敵の指揮系統の寸断を狙うのはよくある戦術と思いますが、特定の指揮官個人を倒すというのは…… こういった戦術はあまり例がないのでは」
ステファン・ヘボン少将の言う通りだ。大昔の戦争ならば知らず、国家間戦争でそういったことは珍しい。作戦のついでではなく、最初からそれを狙って行動する例はほぼ無い。
ここでワイアットはステファン・ヘボンに補足説明する気になった。それはやはりコンスコン大将を惜しむ気持ちの裏返しかもしれない。
「ステファン・ヘボン君、ジオンはあんな弱小の国力なのに予想外に強い。今に至ってこの私といえども認めざるを得ない。ただしその強さは指揮官の強さによるところが大きく、それさえ消せば大きな脅威には成り得ない。つまり連邦が勝つにはコンスコン大将を倒すことが最短距離だ」
「コンスコン大将を消せば、勝利は転がり込んでくる、確かにそのためだけに作り出した状況ではありますが」
「そう、ステファン・へボン君。君も知っての通り、陣の全てを回転運動させるのは統率が難しく、どんな名将といえどもその最中で急に対処はできない。無理やり途中で違うことをさせようとすれば艦同士が衝突するのが関の山だね。艦隊運動の禁忌の一つに敵前回頭があるが、途中で無力になるのはそれと同じ理屈だ。しかしそれだけでコンスコン大将を倒せると思っているわけではない」
「他にあるのでしょうか、閣下」
ここでワイアットは一つの心理分析を披露する。グリーン・ワイアットを優れた戦術家たらしめている要素、正確無比な心理分析を応用し、もう出している結論があるのだ。実際のところそれは正鵠を射ていた。
「全く別のことになる。それはコンスコン大将のこれまでの行動を考えてみれば分かる。地球表面での戦いといい、幾度に渡る戦いでコンスコン大将は前線に出るのを厭わない。これは決して陣頭指揮に酔う猛将であるという意味ではない。おそらくコンスコン大将は自己評価が高くないのだろう」
「何ですと! コンスコン大将の自己評価が高くない、それはあり得ません。あれほどの名将、地位も実力も事実上ジオンのナンバースリーではありませんか。もちろんザビ家の二人以外ではトップ。いや、おそらくジオン軍内ではザビ家すら凌ぐほどの名声と忠誠心を集めているのでは」
「それでもだ。それでもコンスコン大将の自己評価は高くない」
ステファン・へボンは尊敬する上司の言葉といえども半信半疑だ。
あまりに常識とかけ離れている。コンスコン大将は誰が見てもジオンの主柱ではないか。
「閣下、にわかには信じらない話ですが……」
「私の方は確信しているよ。そうでなければこれまでの行動を説明できないのだ。しかもドズル・ザビならともかくあの謀略家キシリア・ザビがコンスコン大将を自由にさせて、叛乱の可能性を全く考慮していないのが奇妙だとは思わないかね。実力も人望も充分国家転覆できるほどの人間を、だ。猜疑心というものが彼の前では蒸発してしまっているのだろうか」
「それは確かにおかしな状態…… 独裁体制ならとっくに疑われて粛清されてしまってもよいような」
「つまりコンスコン大将は周囲から悲しいほど野心がない人物だと見られているのではないか。できるなら私もコンスコン大将と直に会って話し、人となりを確かめたかったものだ」
「その機会は、もう無いのですな。少なくとも生きているうちには。残念ですが」
「ステファン・へボン君、だからこそこの作戦は上手くいくのだ。たぶんコンスコン大将は自分ばかり全力で守らせたり、まして逃げたりはしない。ジオン艦隊を不利にしないため、そういう無様なことはせず自分が連邦の一撃を受ける方を選ぶ。そして、おそらく満足して散るだろう」
名将は名将を知る。ステファン・ヘボンへの解説はワイアットの心からの言葉である。
そこにはコンスコン亡き後のジオン艦隊を叩き潰すことは眼中に入っていない。ワイアットにとりそれは容易い作業でしかないからだ。むしろコンスコン大将への手向けは何がいいかと考える。
そんなワイアットとステファン・ヘボンの会話が終わったのと同じ時、連邦艦隊から二十隻ばかりの艦隊が二つ飛び出した。
コンスコン大将を倒すべく出撃したガディ・キンゼーとエイパー・シナプスの艦隊である。
それらは見る間に増速し、矢のような速さになる。一直線にジオン本隊の中心を目指してひた走る。
「エイパー、俺たちのどちらかがコンスコン大将の首を取る。もし途中で妨害があれば一方がそこで盾になるんだ。分かっているな」
「知れたことだ。ガディ。俺とお前のどちらかだけでも突き進み、ジオンのコンスコン大将を倒し、武勲を上げよう。そうすれば発言権を増してあの真実を告発することができる」
それは二人だけが持つ共通の信念なのだ。
ずっと心に決めている。
それがベースとなり、戦いに向ける闘志にもなっている。
「そうだ。我らのエルラン中将は決して裏切り者ではなかったと知らしめるのだ。エルラン中将はオデッサで水爆の脅威から市民を守るため、やむなく取り引きせざるを得なかったというのに…… それが唾棄すべき、連邦軍史上最悪の背信とまで言われるとは」
「しかもそれを連邦の無能さを隠すために使われてしまった。中将の無念を晴らし、名誉を回復し、逆に連邦上層部の欺瞞を明るみに出してやる。この俺たちが」
二人は信念の確認をしたが、それ以上会話を続けることはなかった。
前方にジオン艦隊が横切りつつあるのを感知したのだ。
明らかに進路を邪魔し、二人をそれ以上行かせないような意図を感じる。
それはジオン艦隊の右翼を務め、最初に前進を始めて攻勢に出る準備をしていたエギーユ・デラーズ少将の艦隊である。
デラーズも一流の戦術家であるからにはその慧眼で予測ができる。今もその能力を最大限に発揮した。連邦艦隊からガディ・キンゼー隊とエイパー・シナプス隊が急進してくるのを見て、それがジオン本隊の中心を貫こうとしているのではないかと危惧したのだ。
そうさせまいと立ちはだかる位置にデラーズ艦隊を持ってきている。
連邦の二人は、このデラーズ艦隊がおそらくジオン本隊への進路上最大の障害になると見て取った。
二人のうち、わずかに先行していたガディ・キンゼー隊の方がこのデラーズ艦隊に当たることを決意した。すると阿吽の呼吸でその横をすり抜け、エイパー・シナプス隊の方がジオン本隊へひた走る。任せたと言わんばかりに、その背後で始まるガディ・キンゼーとエギーユ・デラーズの死闘に目もくれず。
一方のデラーズの艦隊は士気が高く、自分たちのことをデラーズ・フリートと呼んでいる。
以前の第二次ルウム会戦で痛手を被っていたのだが、今回の会戦でも小型艦が中心とはいえ四十隻もの艦艇を揃えて参加している。
そして先ごろ、サンダーボルトを浴びるという不利な条件下で連邦艦隊と撃ち合う真正面にいたため、既に半数近くを失ってしまっている。
結果的に今から戦うべき連邦ガディ・キンゼー隊とあまり変わらない艦数である。いやその内容を見ると、デラーズ・フリートは飛び抜けて大きい旗艦グワジン級グワデンを除き小型艦ばかりなので艦隊戦力としてはむしろ劣る。
だが戦意は充分、逃げる気はさらさらない。
戦闘が始まるとたちまち全面に広がり激化するばかりだ。ジオンも連邦も華麗な艦隊運動を駆使し、足を止めないまま撃ち合う。ただやはり主砲戦力においてはグワデンしか頼れないデラーズ側の不利になる。ガディ・キンゼー隊の方は二十隻のうちマゼラン級戦艦を四隻も含めているからだ。
むろんこのままではいけないと分かっているデラーズはMS戦に持ち込むタイミングを見ている。
そしてそれは意外なところからやってきた。
デラーズ・フリートが困難な戦いを行っていると見た近隣のジオン戦力が支援に来たのだ。それも歴戦のMSを三十機も引き連れて。
「チィ、デラーズ少将が危なそうだね。支援する。リリー・マルレーンをそっちに向かわせておくれ」
それは海兵隊シーマ・ガラハウだった。
デラーズ・フリートと近い位置に遊撃として布陣していたのだ。
海兵隊は艦数こそ六隻という少数、しかも旗艦ザンジバル級リリー・マルレーンの他はムサイしかない。しかしMSはそれに見合わないほど多く、しかも練度は高い。
それが海兵隊戦力の中心だ。強みを活かすため、先ずは連邦ガディ・キンゼー隊の横合いから艦を急進させ、足を鈍らせると同時にMSを使って襲う。
「よし、あたしも出るよッ、コッセル、準備しな」
シーマ・ガラハウ自らガルバルディ改で出撃し、海兵隊MSを率いて突撃する。
ついこの間までは毒ガス虐殺の呪いから逃げるような狂気の入った出撃であったが今は違う。呪縛から解かれた今、シーマは純粋にジオンのため、仲間のため、戦意をたぎらせて前へ進むのだ。
この海兵隊の応援を見てデラーズ・フリートもMSを発進させ、共に連邦側に立ち向かう。
ここからはMS戦になる。
辺りの宙域はたちまちジオンと連邦、MS同士の決戦場になった。それぞれが飛び回り、ビームを放ち、斬り合い、互いの意地をぶつける。
だが、MS戦に移行してジオン側が一気に有利になったかというと決してそうではない。
連邦ガディ・キンゼー側から発進してきたMSが思いのほか強力だったからだ。そこには格段に戦闘力の優れたMS隊が二つも含まれていた。
「ライラ、今からジオンMSと戦闘だ。分かってるだろうが戦いは熱くなり過ぎた方が負けだぞ」
「言われるまでもないバニング大尉。戦闘は冷静に、目的を達成すればそれでいい、昔そう叩き込まれた覚えがあるからな」
「そいつが分かってれば言うことはない。ライラ、死ぬなよ。怪我もするんじゃないぜ。後で勝利の乾杯だ」
「こっちのセリフだ。不死身の第四小隊とはいっても半殺しにされることはあるのだろう。いや、よく考えたらこの前まで捕虜だったのではないか。死ぬ以外は何でもありだな、不死身のバニング大尉」
「はっは、痛いところを突いてきやがる。しかしいつにも増して口が悪いぞライラ。ああ、そういうトゲは照れ隠しか、そうなんだろう。プロポーズの答えにカッコいい言い方を考えることはないぜ。女はイエスとだけ言えばいいんだ」
「誰がだッ! 後でノーと叩きつけてやるッ! 絶対にそうしてやるからな。それで泣きそうな顔を肴に飲んでやるぞ」
「それが照れ隠しだというんだ、ライラ」
会話はライラがバニング大尉に巻き込まれた形で終わった。ライラは本当にノーならば今すぐそう言ってしかるべきなのだが、そうでもない。ライラが無意識にそうしていることでも、サウス・バニングの方は気がついている。伊達に年を重ねているわけではない。
ともあれ、それで緊張が解けたライラ・ミラ・ライラは自分の隊を率いて移動し、今は冷静に敵を見つめる。
そしていつものライラ独自のスタイルを取っていく。
全体が見えて指揮がとれるギリギリの後方にいながら隊へ次々と指示を出す。そして早く、無駄なく、隊を動かし、敵を追い詰めていく。