コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百二十六話 白い悪魔

 

 

 エギーユ・デラーズは第三次ルウム会戦において名誉ある戦死を遂げた。

 いかにも武人、いかにも闘将らしい最期を語り継ぐ者がいたことは幸いである。ラカン・ダカランがそれを見守っていたからだ。

 

 そして連邦のガディ・キンゼーはデラーズとは別の意味で忠実な軍人である。マゼランとグワデンが衝突不可避だと見極めがついた段階で早くも脱出を始めていた。滅びの美学とは無縁、自分が生き残ることが次に繋げることであり、あくまで責務を遂行するための最善を尽くす。

 残念ながら間に合ったとは言い難い。

 さすがに戦艦マゼランの爆発は大きく、脱出シャトルは発進したものの逃れきれず半壊した。ガディ・キンゼーもここで重傷を負ってしまう。

 

「済まない、エイパー。頑張ってくれ」

 

 その言葉を最後に意識を失い、もはや艦隊指揮は執れない。

 ガディ・キンゼーの残存部隊はそれ以上の進行を諦め、ついに固まって撤退に転じた。デラーズの命は無駄に消えたわけではなかったのだ。

 

 

 

 一方、その頃までにはジオン本隊も連邦部隊の接近を知っている。

 ミノフスキー粒子が極度に濃い中、電波は全く使えないが、最前線観測器からのデータがいくつもの中継を介し、到達距離の短い赤外線通信でなんとか伝えられている。

 判明したところによると二つの連邦部隊が高速で接近しつつある。

 一つはエギーユ・デラーズ少将と海兵隊が止めたが、もう一つは動揺も見せず依然として向かってきている。

 

 俺はこれを知り対応を考えるのだが、そこで微妙に感じるものがあった。

 

「連邦側には何かこう、焦りのようなものがあるな」

 

 この言葉を聞いたセシリアが不思議そうに返す。

 

「向こうに焦り? でしょうか。コンスコン司令」

「そうだ。どこかそんな感じがある。連邦側の指揮は恐ろしいほど見事だ。流れるように次々と策を打ち、先手を取っている。しかし、だからこそ急いでいる印象を受ける」

「急ぐとは連邦の指揮官が猛将タイプなのでしょうか」

「いや、猛将ならこうではなく、むしろ手慣れたやり方でひたすら押してくる。矢継ぎ早に策を弄するのは、そこに美学を感じている知将だろう。すると余計におかしい。知将であれば勝利と損害のバランスを考え過ぎるほど考え、少しは迷いがあるものだ。この場合、損害をあまり考慮せず勝利に固執しているのが知将のありかたと離れている」

「本来のスタイルと乖離している、ということですね」

「そうだ。そこがすなわち焦りというものだ」

 

 俺の正直な感想だ。

 連邦の将は華麗な戦術を披露するが、急ぎ過ぎている。

 ならばこちらはそれ以上の策を編み出して対抗しようなどと思わない方がいい。奇策に対して奇策で応えるのはたいがい無駄になる。

 むしろ向こうにとって最も嫌なことであろう、愚直なまでに圧力をかける方を選ぶ。

 

「よし、ならばガトーへ連絡だ。直ちに出撃し、マ・クベ少将らと共同で攻勢を強化するように。やや前線と距離があるが、補給ならシャア少将も向かわせるのでそっちから受ければいい」

「は、はい。しかし、ここで攻勢の強化とは」

「いきなり姿勢を守備に転換するのは下策になる。前線が混乱し、鋭くつけ込まれる。それよりも連邦をいっそう強く締め上げる方がいい。おそらく我慢比べになれば耐えられないのは向こうの方だ。いずれかの時点で必ず破綻する」

 

 

 そして俺は発進するガトーらとシャアの隊を見送る。連邦を瓦解に持ち込むのを期待しながら。

 お次はもちろんこっちへ向かってくる連邦部隊への対処だ。

 

「度胸のいい連邦部隊とはいえ二十隻余りだ。俺のティベを少し退きながら他の隊で半包囲の形を作り、戦意が衰えるまで損害を増やしてやればいいだろう。ただし指揮を継続する以上、ティベは退き過ぎないほどほどのところにしてほしい」

 

 この迎撃態勢にしてしばし待ち構える。連邦の狙いは俺を含めたジオンの総司令部なのかもしれない。俺は必要もない時まで常に陣頭に立たなくていいとも思っているが、今はそうではなく、臆病風を吹かして逃げる気はさらさらない。

 俺としてはこれで順当のつもりだった。

 

 

 

 だがしかし、あまりにも見通しが甘過ぎたと後悔することになった。

 わずか二十分後、最初の凶報が入ることになる。

 

「コンスコン司令に報告! マハラジャ・カーン准将の隊が突破されました! 准将は無事ですが、戦闘継続は困難とのことです」

「そうか…… 完全に囲んで同期するタイミングの間隙を突かれたか。回転運動中の陣からそれを求めるのは酷というものだな。カーン准将に通達、救助と立て直しに専念するように」

 

 俺はその通りの言葉を口にした。

 しかしよくよく考えたらおかしい。

 カーン准将は長いことアクシズの守備に就いていたため、実戦から遠ざかっていた。勝負勘が戻っていないのかもしれない。

 だが元々はギレン総帥からアクシズを託されたほどの実力ある将なのだ。おまけに充分なほど思慮があり、この場合足止めという役割が充分分かっていたはずだ。これほどあっさり連邦隊の突破を許してしまうものだろうか。少しの時間の猶予も作れないとは、いったいどういうことだろう。

 

 

 その異変の原因を俺は間もなく知った。最前線観測器から、データだけではなく映像が途切れ途切れながらも届けられたからだ。

 それはまさしく俺にとって悪夢だった!

 

 白く、猛々しく、その姿は霞んだ映像の中でも見誤るはずもない。

 

「な、なに! ガンダムだと!! 連邦MSの中にガンダムがいるのか!」

 

 

 まさかここでガンダムが出てくるとは!

 もちろん驚きはするが不思議ということはない。地球表面でガンダムと戦っていたのだし、そこで撃破していない以上、出てくるのは予測してしかるべきだった。しかしこのタイミングとはおあつらえ向きではないか。確かに連邦側は忌々しい程有能だ。

 

「迎撃は間を取りつつ弾幕で対応しろ! 各隊連携し包囲を崩すな! うかつな接近は餌食になるだけだぞ!」

 

 急ぎそういう指示を伝える。しかしこれは報われない。

 

「続けて報告します! ノイエン・ビッター中将重傷、隊は壊滅状態!」

「そうか…… 救助を充分に頼む。あ、デラミン准将に伝えろ。重ねて連邦隊に接近するなと」

 

 これもまた痛い。ノイエン・ビッター中将といえば地球表面で苦闘しながらも、ジオン残存部隊をまとめ上げ続け、最後まで屈しなかった将である。むろん実力は折り紙付きだ。宇宙戦に慣れていないとはいえこうなるとは。

 おそらくガンダムのせいだけではない。

 それだけならノイエン・ビッターは易々とこうはならない。連邦の艦隊指揮もまた人並み外れて優れていると見るべきである。

 こいつは危険だ。

 言っては何だが、ノイエン・ビッターでも止められないものをデラミン准将が何とかするのは無理だろう。下がらせるのが正解だ。包囲は完全にはならず、止められないことになるが無駄な犠牲は出せない。

 

 

 ここに至って、俺もまた白熱の局地戦に身を投じる覚悟をせざるを得ない。

 

「中央本隊も艦隊戦用意! 勝負だ。相手は最初からMSを使ってくるぞ」

 

 艦隊戦と同時にMS戦となる。こちらからも持てる戦力は余さず出す。

 俺はティベのMS格納庫に出撃命令を直接伝える。

 すると返事は予期したものと寸分違いもない。

 

「ダリル、連邦MSにはガンダムがいる。地球表面で戦ったのとたぶん同じ奴だ。やってくれるか」

「コンスコン司令! 是非、僕にやらせて下さい! あいつとは決着をつけます!」

「頼んだ。しかし無理はするな」

 

 そして今こそダリル・ローレンツが決着をつけるために飛ぶ。

 胸に残るのはガンダムを倒すという闘志だ。過去の因縁を乗り越える。それともう一つ、カーラへの万感の想いを乗せている。

 

 カーラ・ミッチャムもまたダリルの出撃を見送る。

 カーラの茶色の髪はゆるくウェーブがかかっているが、切り揃えられている。

 おまけに枠の太い眼鏡をかけているおかげで年齢よりだいぶ若く、見ようによっては少女のように見える。

 

 表情は心配と信頼と、その両方だ。

 

 そして指にはフリルのついた小さなシュシュを通し、せわしなく弄んでいる。

 それはダリルにあげたシュシュとお揃い、ダリルの細い義手にももう一つ同じものを通している。無事に帰ってくるようにとカーラが願いをこめて作った。

 もちろんカーラはサイコ・ドワスの神経接続が完璧の上にも完璧になるよう、自分の持てる力を振り絞り極限までチューンナップしている。それは科学者としての力だ。

 

 しかしそんなこととは別に、小さなシュシュにまで想いを乗せる。それが人間というものだ。

 

 

 

 同じ時、ダリルの宿敵イオ・フレミングは驚くべき戦果を上げている。

 

「次々出てくるな。いいぜ、出て来いよ。獲物は多い方がいい」

 

 イオはゼフィランサスのコックピットに流されているジャズをひときわ大きくする。

 

「もっとだ。もっと出てこい! ムーアの仇、ジオンは一機も帰さねえ。俺のジャズが聞こえたら、お前らの最後だ!」

 

 今、進路上に立ち塞がっていたケンプファーをあっさり倒す。

 地球から還ってきた熟練ジオン兵ならではの鋭い一刀切りさえ余裕で掻い潜り、お返しとばかりに横薙ぎに斬り捨て、振り返ることすらしない。

 次は弾幕を張ろうとしたムサイの横を飛びすさるついでにビーム三連、一瞬で爆散に追い込む。

 

 イオが切り拓いた後を辿り、連邦MSたちが順序よく進んでいる。もちろんゼフィランサス以外にもビーハイヴを含む連邦空母群からMS隊が出ているのだ。

 その中の一人、ビアンカ・カーライルはこの様子を見て、驚きを通り越して呆れている。

 

「凄い…… 何て戦力かしら。イオは本当に全部倒す気なの……」

 

 

 それがビアンカの油断につながった。

 ふいに横合いから一撃を食らってしまった。ジオンのモビルアーマーが一機、高速で接近していたのだ。パイロットのいる腹部やジェネレーターのある背部でなかったのは幸いだが、大破には違いない。

 そのモビルアーマーはヴァル・ヴァロだった。

 モビルアーマーは移動速度でMSに勝るためジオン本隊から真っ先に到着したのだ。パイロットはもちろんケリィ・レズナーである。ケリィは先にノイエ・ジールを失ってしまったが、自分は軽傷であり、無理を押して元の愛機であるヴァル・ヴァロで出撃してきた。

 

「ビアンカ、無事か! この野郎、モビルアーマーのくせに!」

 

 イオはそう言ってケリィのヴァル・ヴァロを次の相手と見定める。

 ケリィの方も相手がガンダムだからといって臆するわけがない。とりあえず連邦MS隊を混乱させた後、ここまで連邦部隊が素早くやってこれた原因であるガンダムを叩きにかかる。

 

「は、ガンダムだろうが何だろうが、スクラップになれば同じことだぜ!」

 

 

 

 


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