コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百三十話  轟沈

 

 

 さすがにナカッハ・ナカトとしても味方撃ちはやりすぎだったという自覚はある。

 

 結果的に艦隊を理想的な奇襲態勢にできた。あのコンスコン大将の意表を突き、速度も位置も有利にしたのは確かだ。

 その意味でこれ以上ないほど有効な一手になったのだが、それでも味方艦を撃ったのは禁忌を破る行為であり非常にまずい。おまけにそれをしたのは冷徹な計算の上ではなく、エイパー・シナプスへの忸怩たる思いが根底にあり、意趣返しが咄嗟に出てしまったからなのだ。

 

 ただし、それもこれも武勲を上げれば問題ない。

 

 グリーン・ワイアット司令は軍律に緩いことはなく、眉をひそめるかもしれないが、ジオンのコンスコン大将を倒した功労者を咎められるわけがない。

 

 連邦本隊から送り出された時、ワイアット司令は、「隠れて進み、最後の最後だけ登場し、どんな方法でもいいからコンスコン大将を倒す」よう命じたのだ。もちろん味方を撃つのはさすがにワイアット司令も想像外だったとは思う。

 しかし、字面だけをそのまま受け取れば別に間違ったことはしていない。

 それにワイアット司令が自分に期待したのはどのみち正攻法の攻勢ではなく、どちらかといえばトリッキーな面だろう。なぜなら今まで戦術能力で地位を築いたことはなく、内部で汚れ役を任された結果、中佐という地位にいる。それをやれたことで無能ではないという自負はあるが、正攻法だけでコンスコン大将とやりあえるとまで思っていない。

 ここに至れば全てはやむを得ずやったこと、汚れ役は汚れ役として立ち回り、勲功を立ててみせよう!

 

 もちろんこの部隊内部でも不協和音はあった。

 

 副官として付けられていたダグザ・マックール少佐は味方撃ちを聞くと眼光を鋭くした。あくまで反対し、「味方を撃つくらいなら作戦が失敗した方がいい」とまで言い切ったのだ。そして壁に拳を叩きつけ、態度で批判し、艦橋から憤然として立ち去ったがナカッハ・ナカトの心に響くことはなかった。

 武人であるダグザ・マックールとは最初からそりが合わなかったからだ。

 実際に味方艦へ砲撃すること自体は問題なく行えた。それは艦橋にいる若い砲術士、コズモ・エーゲスという者が行ったのだが、少しくらい躊躇するかと思いきや、平気な顔で遂行したところを見ると結構割り切った性格なのだろう。この場合はむしろ助かった。

 

 

 

 そして戦いは混沌の中へ突入する。

 新しい連邦部隊が当初有利でも、一気に方が付くはずはない。

 

 俺のジオン本隊の方だって立ち直りつつある。

 

「落ち着いて対処しろ。砲火の集中を忘れるな。そうすれば持ちこたえるには充分だ」

 

 俺はそう命じ、新たな連邦部隊を冷静に相手どる。確かにここで登場されたのはあらゆる意味で最悪だった。

 しかし少しでも戦い方を見てみれば俺には分かる。

 この連邦部隊は先に相手をしていた連邦部隊とは雲泥の差、鋭さというものに欠け、機敏に駆け引きをすることができない。それがすなわち実力の差である。指揮官がそれほど戦いのセンスを持っていないということが透けて見えるのだ。

 

 だが、ここでちょっとした不運に見舞われた。

 

 俺のティベの近くで、わずか前に出る位置にいたチベの一隻に直撃弾があり、あれよという間に爆散してしまった。まるでティベの身代わりになったようだ。いや、実際そうなのだろう。

 もちろん俺も馬鹿ではなく、そうした可能性も考慮に入れた上で巻き込まれないような距離に設定しておいたのだが、俺のティベは艦体は無傷でも各種探知装置に不具合が生じてしまった。

 

 

 それで俺も肩に力が入ってしまったようだ。将兵の尊い犠牲を払った以上、弔いのためにお返ししなくてはならない。

 ジオンからいっそう鋭い集中砲火を浴びせて押し戻す。

 幾十条ものメガ粒子砲が連邦のマゼランやサラミスに向かって伸び、そのうちのいくつかが着弾する。

 俺は艦隊戦の緩急も、ひとしきり撃ち合った後の再編や復旧も自信がある。それで差をつけ、徐々に広げ、勝負をつけてやる。

 

 しかし、ここで俺はうまくやり過ぎたのかもしれない。

 

 集中砲火が早くも連邦部隊の旗艦マゼラン級に直撃したのだ!

 しかも回避行動があまりに鈍かったため、艦橋へ当たった。これは偶然というより必然の部類と思われる。

 

 

 

 短い夢だった。

 ナカッハ・ナカトは何も手にできなかった。

 

 比類ない武勲を上げることも、皆が驚きながら見直してくれることもなかった。

 上司から称賛の言葉を投げかけてもらえる夢も、部下から憧れられる夢も、おまけにエイパーらを見返してやる夢も、何もかも潰えた。ついでながら味方撃ちをしたことの非難を聞くこともないが、それは慰めにならない。

 

 艦橋要員とナカッハ・ナカトの身はここであっさりと消え去る。

 

 宇宙の戦いでは、実力以上のことをしようとした者の末路はたいがいこんなものだ。

 

 そのマゼランはむろん制御を失ったが爆散するまでには多少の間があった。そのため、艦橋にいなかった副官ダグザ・マックール少佐は脱出が可能だった。しかし、ダグザ・マックールがいかに有能でも、再び連邦部隊に指揮系統が回復するには少なくない時間が必要になる。

 

 

 それが俺がやり過ぎたと言った理由だ。

 指揮系統の消失、これが連邦部隊に思わぬ狂奔をもたらす。

 ジオンの陣形に深く入り込み、孤立している恐怖が甦ったのか、連邦部隊は混乱し後先考えず撃ちまくる。攻勢に出たときには無かった恐怖心がここで出てくるとは、つまりその程度の統率だったということだ。

 

 しかし不利なところから徐々に勝ち筋を見つけつつあったジオンにとって、それは喜べるようなことではなく、かえって不確定要因になった。

 

 めちゃくちゃな乱射が俺の方にも放たれてきたのだ。

 

 先に探知機をやられていたティベは連邦マゼラン級の一隻がまともに正面を向いていたことを見失ってしまい、回避行動が一瞬遅れてしまった。

 メガ粒子砲の光が出たと見るや、たちまち大きくなる。

 これは直撃弾を食らってしまった時の見え方だと俺は経験から知っている。

 

 ティベに着弾の衝撃が走る。

 幸いにして艦橋に直撃ではない。しかしマゼランの主砲はさすがに強力で、たやすく艦壁の防御を破りエンジン部まで破損させた。そこから急速にエネルギーが漏れている。

 

 

「くそっ、残りエネルギーを使って主砲を撃ち返せ」

「しかしコンスコン司令、無理をすると損傷が拡大するのでは」

「そうは言っていられない。マゼランを片付けないとこの瞬間にも第二撃が来るぞ。そうなればあっという間に爆散だ」

「た、確かに…… 」

「もちろん、乗員は全てノーマルスーツを着用し、最悪の場合に備えることを忘れるな」

 

 さすがに俺のティべ、格上のマゼランに撃ち返し、大破させることはできた。

 だがそこまでだ。やはりティベは回復できず沈みゆく運命になる。

 

「コンスコン司令、コントロール失いました! 修理はもはや不能、エンジン制御受け付けません。このままでは爆散の可能性が高いかと」

「残念だがティベは諦める。総員退艦だ。シャトルに分乗しティベから離れるんだ」

 

 

 俺も慌ててノーマルスーツを着る。自分で言っといてなんだが、ここまでノーマルスーツを着ていなかった。

 

「時間が惜しい。シャトルに乗れるものから順次出ろ」

「しかしコンスコン司令を置いて先になど」

「下らんことを言うな。もう一度命じるが、とっとと出ろ」

 

 シャトルが次々に乗員を乗せて発艦し、艦橋からも最少限必要な要員を残して去る。俺が無理やり出させたからだ。

 オペレーター達と、セシリア・アイリーンはどうしても先に退艦するのを拒んで残っていた。もう説得の時間も惜しいので、俺も諦めている。

 

「エンジンブロック、居住ブロック、退避完了。生存者はいません!」

「医療ブロック、MSブロックはどうだ。まだ居るか」

 

 このティベには二百人からの乗員がいる。

 先の砲撃で即死した者以外は退艦できたのか。

 

「コンスコン司令、予想より早く限界が来そうです! 急ぎ退艦を」

「分かった。出よう」

 

 

 俺は皆の助けも得て、艦橋すぐ脇にある士官用シャトルに乗り込む。くそ、もう少し痩せていれば良かった。

 

 そして一瞬のことだ。

 

 ほぼ同時に艦橋コンソールが火を噴き、一面を火炎地獄に変える。エンジン部から逆流した電流があったのだろう。しかし何とか間に合った。

 

 シャトルはティベを離れ、できるだけ距離を取ろうと思いっきり噴射する。

 それが充分とはいえないうち、ティベはついに爆散した。

 

 長いこと俺の旗艦であり続けたティべはこうして轟沈したのだ。

 

 思えば本国会戦から長い付き合いだったな。俺の艦隊の屋台骨となりここまでよく頑張ってくれた。

 記憶は全て艦と共にあり、沈むのはとても悲しい。

 

 実際のところそんな感傷に浸っている場合ではなく、シャトルにも損傷が及び外殻の大半が壊れて失われた。爆散の余波が、宇宙に拡散し終わるまでは、爆風と危険な破片の乱舞があったからだ。ただエンジンはなんとか動きぎりぎり逃げられる。

 

 しかしここで不運に不運が重なってしまう。

 

 俺のティベを心配し、危険を冒してまでも接近してきた僚艦のチベが爆散に煽られ、進路を急に曲げてきた。

 これにまさかシャトルがかすられることになってしまうとは。

 シャトルは爆散するティべから離れることばかり考えていたので、とっさの操作が遅れた。

 いきなり迫る僚艦の艦首を避けられない。

 一瞬後、音はないが、シャトルは大きな衝撃と共に半ば砕け散った。

 

 

 そして俺は宇宙を飛ばされる。

 衝撃でしばらく意識が薄くなってしまったため、何がどうなったか完全には分からない。何か光があった気がしたが、シャトルのエンジンが爆発したのだろうか。

 

 気がつくと俺は一人だった。

 

 

 

 


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