コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百三十一話 終結

 

 

 俺はノーマルスーツだけで宇宙を漂う。

 ここで最初に思ったのは、シャトルにいたセシリアや他の乗員は無事だったのかということだ。脱出がわずか遅れてしまったのは俺の判断が甘かったためであり、責任がある。

 悪いことをした。俺のような事態になっていなければいいと願うしかない。

 

 

 急いで周囲を見渡すと、シャトルがぶつかった艦が遠くに小さく見えている。

 他に艦らしいものはなさそうだ。

 しかし、その艦にしても予想外に小さくしか見えず、まずいことになったと思うしかない。俺の気が遠くなっていたのは一瞬ではなく、そこそこの時間だったようだ。

 既に流され過ぎている!

 しかもまだ救助されていないところからすると、爆散したチベの影響で見つけられにくかったのだろう。

 

 ついでに言えばものの二、三分でその艦すらも見えなくなった。それは想像よりはるかに速いスピードで流されていることを意味する。シャトルの衝撃のせいか、その後の爆風のせいかは分からない。

 

 もちろん、他に天体として太陽、地球、月、他の星も見えている。光があるのは闇よりもよほど結構なことだが、天体は遠すぎて何の指標にもならない。天体には何も動きを感じず、肝心の俺の位置や速度が判明しないのだ。

 

 

 しかし、本当にまずい状況である。

 幸いなことに着ているノーマルスーツに破れなどはない。

 そして通信機は正常に稼働している。ただしやっぱり雑音しか聞こえてこない。何も不思議ではなく、こんな激戦の戦場、濃厚なミノフスキー粒子の海では通じるわけがないのだ。

 聞くのも不可能なら発信はもっと無理だ。

 少なくともノーマルスーツの通信機では全然無理、こんな微弱な出力ではよほど近くに来ない限り通じるはずがない。それでは目視とあまり意味が変わらない。

 

 一応最大出力で救助信号発信にセットし、誰かがキャッチしてくれることに期待をかける。俺は他に何もできず、見つけてもらうまで孤独に漂っているほかない。

 

 それで困ったことがある。

 ノーマルスーツのエネルギーは原子力電池であり、そこそこ持つ。そのため温度や通信機の面ではいいのだが、問題は物質的なことである。ノーマルスーツには水も食料も装備されていないが、一番問題になるのはむろん呼吸の酸素である。

 それは四時間しかもたないのだ!

 二酸化炭素を吸収し、酸素を発生させる装置は容量いっぱいでそれしか稼働しない。救助のタイムリミットは決まっている。

 その時間を過ぎた時のことは正直想像したくもない。

 

 

 静寂の中、俺はすることもなく考える。いや、考えるのを止めることができない。

 思うことは、この大会戦の行方だ。

 

 この連邦との決戦の行方はどうなっているのだろう。

 

 先に出したガトーらは連邦を順調に叩いているだろうか。それとも押し返されたり、躱されたりしていないだろうか。大丈夫だと思うが、相手があの忌々しいほど有能な連邦総司令官ならば予断は許されず、どうなっているだろう。

 まあ今の俺には知るすべは何もないのだが。

 

 酸素残量は減り続け、残り二時間を切った。

 

 俺はここまでジオンの軍人として幾多の戦いに臨んできたが、これまでのようだ。宇宙のゴミの一つに成り果てる。

 もはや独り言でも唱えるしかないな。

 文才のない俺だから直球で言う。

 

「ジーク・ジオン! 俺は情けないことになってしまったが、勝ってくれ、ジオン」

 

 

 

 すると、視界の片隅に何かがある! 小さな光が走っているではないか!

 幻視や見間違いではない。

 

 一瞬だけ見えて、また遠ざかっていかれるかと思ってヒヤリとしたが、急カーブを描いてこっちに迫ってきた。

 良かった!

 明らかに俺を見つけ、助けに来てくれたのだ。

 

 

 そしてやってきたものは、一機のMSだった。

 しかも、形からするとガルバルディだ! 間違いない。連邦のMSではない、味方だ。

 

 俺は格好悪くとも手足を振ってアピールした。しかしよく考えたらこの距離になれば通信が可能なはずだったがそれは忘れている。

 ガルバルディはなぜかぎくしゃくとした動きをしていたが、行きつ戻りつ、なんとか接近を果たした。

 そして数メートルの位置に来るとハッチを開けてきた。

 

 俺はそこで思う。やってきたガルバルディのパイロットは誰だろう?

 顔を知っているパイロットならいいが、などと呑気に考えていた。

 

 しかし、見えたのは余りにも意外、もう想像の範囲外としか言いようがない人物だったのだ!

 

 

「え、な、何!? 君は、フォウ・ムラサメ!!」

「は、はい、コンスコン司令」

「見つけてくれて本当に感謝するが、いったいどうしてここに…… いや、そもそもMSを操縦できたとは聞いてないぞ」

 

「MSの操縦自体は、研究所で訓練を始めたところでした。強化後にパイロット予定だったと思います。今までそのことを言う機会がなかったもので……」

「あ、いや、決して責めているんじゃなくて、良かったと思っているのだが……」

 

 なるほど、そういうことか。連邦のあの研究所は少女でも容赦なく戦場に駆り立てようとしていたのか。

 

「そしてティべが沈む時、脱出シャトルよりもMS整備場が近かったので、放置されていたMSをお借りしました。何とか爆散に耐えて出られたのですが、その時コンスコン司令の行方不明を知ったので、私も勝手に探しにかかっていました」

「俺を? 普通なら直ぐに僚艦に駆け込むところを俺のために?」

「そ、そうです…… なんとなくこのあたりだということは感じたので見つけられました」

「本当に、何というか、済まん」

 

 フォウ・ムラサメはセシリアの見習いとしてティベに乗っていた。艦橋勤務ではないので見ていなかったが、ガルバルディで脱出したらしい。

 その後、俺の救助のために、そんなにも頑張ってくれたとは…… おまけにNTとやらの片鱗があるのかもしれない。

 

 

「よし、では手近なジオン艦を探して移乗しよう。早いところ戻らないと会戦の行方が気になる」

 

 だが、フォウ・ムラサメは力なく目を伏せる。

 

「 ………… 」

「ん? どうしたのだ」

「それが…… ガルバルディが整備場にあったのは、半壊していたためだったらしく、もうあまり動ける状況ではなくて……」

「え!? えええっ!」

 

 何とここに来ただけで精一杯、ガルバルディはただのポンコツ、しかも推進剤がほとんどなかったらしい。動きがおかしかったのはフォウの腕のせいではなく、その理由だったのか。

 

「済みません。見つけたいという気持ちばかりが逸って、結局お役に立てなくて」

「何を言う。気持ちは嬉しかったぞ。それに、申し訳ないのはこちらだ! 君を戦いに巻き込んでしまい、いくら詫びても詫びようがない。そもそもムラサメ研究所にいれば命の危険はなかったものを、戦場に連れ出したばかりにこんな羽目に」

「それは違います! コンスコン司令」

 

 フォウ・ムラサメが否定しようと、俺は本当に詫び切れない!

 危険を冒してここまで来てくれて、しかも今、俺と同様に遭難状態になってしまったのだ。その責任は俺にある。

 

「と、ともかく先に状況を把握して最善を尽くそう」

「ガルバルディの通信機は動かせます。それと酸素は二日分あります。食料及び飲料水も」

「ありがたい! それだけでも来てもらった意義があるじゃないか。よし、通常回線で救助信号を発して待とう。なに、この際連邦でも何でも助けてもらえればいい」

 

 それは本心だ。

 もう俺だけの問題じゃなくて、折角来てくれたフォウ・ムラサメを死なせるわけにはいかない!

 連邦にでも救助してもらえたらそれで構わない。

 そうなったら俺は捕虜でも、フォウ・ムラサメには悪い扱いはしないはずだ。

 

 

 そして待っていたが、しばらく何も来なかった。

 

 俺はフォウ・ムラサメと少しばかり話をする。今までそういう機会はなかったが、ここでやっと性格と内心の一端を知る。

 

「君は本当に記憶が無いのか…… 酷いことだな。もちろん連邦研究所が悪いのだが、元はといえば戦争のせいか」

「正直、記憶を取り戻したいと思います。自分が誰で、どんな人生を送ってきたのか…… しかし、何が何でも知りたいほどではありません。なぜなら、ティベで暮らした期間も確かに人生の一部になったのですから」

「研究所を出てから、今もまた人生の一部か…… まあ、そう言ってくれるのはありがたいが、せめて名前くらいは」

 

「私の名前は、それこそコンスコン司令がつけて下さればそれで充分ではないかと…… 」

「 え………… 」

 

 

 

 言葉に熱が入っているようだが、ちょっと話の中身が見えなくなった。それで言葉に詰まる。

 

 その時のことだ。

 また宙に光が瞬いたではないか!

 しっかり注視すると分かる。さっきと同じ、次第に大きく見えるものは、一機、二機、いくつかのMSのようだ。

 

「フォウ・ムラサメ、救助がきたようだ! ガルバルディの信号を見つけてくれたのだな」

「味方でしょうか?」

 

 大変残念なことにそれは違った。

 その姿は願いも空しくジオン機ではない。ジム・クゥエル、連邦MSだ。

 

 MSは合計四機、近寄るとパイロットたちが出てきた。

 先にどうすべきか戸惑う様子が見える。

 こういった経験がなさそうなところからするとパイロットたちはかなり若いのだろう。

 俺は通信機の通常回線を使い、ジオンのコンスコン大将であること、遭難中で救助待ちだったことを素直に伝える。

 

 

 すると、連邦パイロットたちは自分の所属を言うことも忘れ、通常回線のまま何やらごちゃごちゃ相談を始めているではないか。

 

「何だって! ジオンのコンスコン大将!! もの凄い大物じゃないか! どうするジェリド」

「ど、どうするったって、救助はするだろうカクリコン。そして、アルビオンへ連れていこう。それしかない」

 

「ちょっと待ってジェリド、カクリコンも。艦長は中佐だけど、この場合は部隊司令の方にお連れすべきよ。ダグザ・マックール少佐が暫定司令官になっているはずだわ」

「そう言われたら、そうだな、エマ。相手はそれほどの大物だからな」

 

 パイロットたちの話を聞く限り、助けてはもらえそうだ。ジオンに敵愾心の余っている連邦兵でなくてよかった。最悪その場合は宇宙にわざと捨て置くこともあり得たからだ。

 

 

「元はといえば、ヘンケン艦長は上層部に盾突くこともあるから、艦長止まりなんだろうなあ。新鋭艦の艦長になってるとはいえ、中佐だったらもっと上、艦隊くらい持ってても……」

「あら、ジェリド、艦長はだからいいのよ。おべっかをつかって地位を得るような人だったら嫌だわ」

「へえ、エマは案外艦長を気に入ってるんだ。知らなかったぜ」

「事実を言ってるだけよ! 変な言い方しないで!」

「でも、エマだって艦長の気持ちは知ってるんだろう? その上で憎からずとなれば決まりだな」

「何が決まりなの! 修正してほしいの!?」

 

 

 若者たちは更に話を続けているが、いったい何の話になってるんだ?

 しかも失礼な論評をしているヘンケンというのは、もしかすると俺の知っているヘンケン・ベッケナー中佐のことだろうか。

 

「 …… 済まんが君達、こんな立場で言うのもなんだが、早くしてくれないか。酸素の残りが心もとなくてな」

 

 

 するとよくしゃべっていた三人の他、ただ一人沈黙していた連邦パイロットが返事をしてきた。

 

「あっ、そうでしたかコンスコン大将。では直ちに」

 

 そしてさっきの三人組に言うではないか。

 

「言われた通り時間の無駄だ。下らんおしゃべりはその辺にしておけ」

「は! マウアー様。ジェリドとエマを黙らせます」「急いで救助します、マウアー様」「おしゃべりはジェリドの方だわ、マウアー様」

 

「…… お前ら、絶対バカにしてるだろ!」

 

 

 それから、俺とフォウ・ムラサメはジム・クゥエルに連れられて連邦残存部隊司令部に赴くことになる。

 それには何とたったの十分しかかからず、ということは俺はだいぶ連邦側に流されていたということだ。それでは確かにジオン側には見つけられなかっただろう。

 

 

 俺は連邦艦の中で、若いパイロットたちと共に、暫定部隊司令官という人物に会った。

 

 かなり引き締まった体型をしていて俺とはかなり違う。もちろん雰囲気もしっかりしたものだ。

 

「地球連邦軍ダグザ・マックール少佐です。ジオンのコンスコン大将でお間違いないですな」

「ああ、その通りだ。捕虜になるのは初めてだが、よしなにお願いしたい。このフォウ・ムラサメにも悪い待遇をしないようにしてもらえたらありがたいのだが」

 

「 …… 捕虜? いったいそれは」

 

 そしてダグザ・マックール少佐は俺の方から救助した若いパイロットたちへ視線を移し、呆れて言う。

 

「お、お前たち、まさか伝えていない? 何たることだ。コンスコン大将を見つけた武勲は巨大なのに、しかしそんなに間抜けが揃っていたのか…… 」

 

 一息嘆息し、また俺の方に視線を戻す。

 そして言ったことは驚くべきものだった。

 

 

「コンスコン大将、連邦とジオンは戦争状態ではない。連邦政府からの通達により、一時間も前に停戦している。それであれば、捕虜ではなく、救助した客人扱いになるので心配には及ばない」

 

 

 ええっ、何だと!?

 

 俺の知らなかったうちに第三次ルウム会戦は終了していたのか!

 しかも停戦という形で。

 

 

 

 


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