連邦内部で俺の提案を支持する者は他にもいる。
今や連邦政府にも市民にも少なからず発言力のある連邦軍部だが、その中にもこの案に同調する者が増えている。
本来なら、軍部といえばジオンと直接戦っているのだから、最も敵愾心を持ち急進派の牙城であるべきところである。しかし、連邦軍部でも理性的に和平を考える人間がいたのだ。
最右翼がグリーン・ワイアット大将である。
グリーン・ワイアットはディサイド討伐でも名を上げ、元から実力も評判もあったのだが、知将としての評価を更に確固たるものにした。
面白いのは出身がヨーロッパ閥なのにもかかわらず北米閥からの評判も悪くない。
それは多くの戦い、特に第三次ルウム会戦で見せた戦術の冴えが、北米閥将兵にも驚きをもって受け入れられたからである。そもそも、単純に激戦勇戦の好きな北米閥には多くの犠牲を出しても勝利を目指して粘りに粘った姿が好意的に捉えられ、それまでの皮肉屋、弱腰とまでいわれた評判をひっくり返している。
その意味で第三次ルウム会戦は決して無駄ではなかったのだ。
加えてグリーン・ワイアットはガディ・キンゼー、エイパー・シナプスらの悲願を成し遂げた。
すなわち故エルラン中将が市民を戦禍から守るために行動したという証拠を見つける手伝いをしたのである。
驚くべきことにそれは全く事実だった。
そのため、エルラン中将が連邦上層部に隠れてジオンのマ・クベと裏取引をしたという罪状は変わらないが、動機はあくまでも私利私欲ではなく市民のためであり、ガディ・キンゼーとエイパー・シナプスが思った通り高潔な人間だったと判明した。
今、その名誉は回復されたのだ。
これを通し、グリーン・ワイアットは更にヨーロッパ閥からの支持を強めることになる。
結果、グリーン・ワイアットは大将という階級を超えて連邦軍史上でも数えるほどしか存在せずもちろん現在は存在しない元帥への昇格が見えてきている。
そんなグリーン・ワイアットがジオン、すなわちコンスコンの提案を支持したのだ。
「コンスコン大将はジオン最高の勇将、かつ武人の心を持つ。それは戦った連邦軍なら誰しも知るところだろう」
「体が引き締まっていないからといって武人でないことはありませんな。ワイアット閣下」
「はは、君も言うね、ステファン・ヘボン君。そんなコンスコン大将の提案なら私心があるはずはない。我々連邦も曇りのない目で、その提案が人類社会にとってどれほど優れているか考えようじゃないか。私個人としてはこれ以上なく再戦を防ぐ道筋だと思うがね」
将官級ではなくとも、支持する声が上がる。
「ジオンは信用できなくとも、コンスコンの大将なら信用する。俺もよくわからんが、それが一番いいんだろう。ライラもそう思うか」
「ああ、その通り。バニング大尉もたまにはいい判断をする」
「たまには、か。しかしライラ、酒場にいるんだからサウスと呼んでくれていいんだぜ」
「また調子に乗って…… 呼べるか、そんなもの。まだ妻になった覚えはない」
「今から練習しとけって」
「しつこい! では今日もまた飲み比べだ。負けたらそう呼んでやってもいいぞ」
時代は確かに動き始めた。
まだ決まったわけではないが、俺の提案を元に終戦へ動いている。
そんな折、俺はドズル閣下とキシリア閣下に呼び出された。
いったい何だろう。
細かい交渉の話だろうか。あるいはまさか叛乱などの困った事態が起きたのだろうか。
「おお、来たかコンスコン。早速だが貴様に話がある」
「何でしょう、ドズル閣下」
「ええとその、何というか…… ちょっとした異動の話だ。いやなに、ちょっとしたことだぞ。悪く思うな」
「異動? ちょっとした……」
これは珍しい。ドズル閣下が言い澱んでいるではないか。心なしか汗ばんでいるようにも見える。
いつもは舌足らずなほどに結論だけ言うドズル閣下が。
どういうことだろう、何か嫌な予感がする。俺の異動の話だとすると、前線から例えば後方や士官学校へ行くのか、あるいは他のコロニーへ軍事外交官になって行くとか、そんな話かもしれない。いやそれ以上なのだろうか。
「ひょっとすると、サイド3の中でもなく、どこかに行くという話でしょうか」
「そ、そうだ。確かにそれに間違いないぞ、コンスコン」
「それならば覚悟していましたし、理由もなんとなく分かります。ドズル閣下」
なるほど、やはりそうか。俺はサイド3の中枢にとどまることはなさそうだ。
まあ異動自体はあり得る、というか合理的な判断とも思える。
俺は戦争の当事者、連邦将兵にもジオン将兵にも多くの戦死者を出した張本人だ。数多くの戦いの中で恨みを買ってしまっているだろう。戦争を終わらせて和平をするにはそういう人物が障害になることもあり、表舞台にいない方がいいのかもしれない。
それにしてもドズル閣下の焦りようは尋常ではないが……
「まったく、ドズルの兄者に任せても話が進まんな。私から話そう。コンスコン、お前には異動してもらいたい。理由はたぶんお前が想像するものに近い」
「キシリア閣下、戦争で表に出過ぎた者は、いったん引っ込むべきでしょう」
「ざっくり言えばその通りだ。お前は巨大な旗になってしまった。今回の和平に当たって、私はコンスコン大将というものが持つ名声と信頼を利用して話を進めさせてもらった。そうでなければ不可能だからな。お前は自分が考える以上に名前に威力がある。ジオンにも連邦にもお前の名を知らぬ者はなく、その信用は絶大だ。まあ自分ではその威力が本当には分かっていないのだろうが」
「…… それは…… ともあれ異動のことなら分かりましたキシリア閣下。どこへなりと」
「一つ勘違いしてほしくないのだが、お前を信用しないとか、邪魔で遠ざけるのではないぞ。その逆だ! こちらも痛いのだ。お前にはいつまでも支えて欲しいと思っている。私もドズルの兄者も同じ、いやドズルの兄者に至っては言葉にも詰まるほどの気持ちらしい」
「そんな、こちらこそ過分なお言葉、感謝します」
「それにな、正直に言えば政治的なことというより、これはお前のために考えたことなのだ。どのみち政治的変動期には必ず反動分子が出る。そしてテロになる。過去、どんなに勢力を誇る国でも、大国でも、テロは止められなかった。お前は今回の宥和の立役者、一種の象徴としてジオン内部の急進派からも連邦急進派からも狙われる。済まんがお前の名を利用した時点でその標的になりえる。むろん狙われるのはお前が悪いのではなく、テロというものは得てしてそれ自体が目標になることがあるからな。いわゆる『討ち取って名を上げる』というやつだ」
「今さらこの身を討ち取って何になるかとは思いますが、八つ当たりとしてはあり得るかもしれません。ということは他のサイドでも月でもないということでしょうか。例えばアクシズのようなところに」
それは仕方がない。
多少の閑職で済めばいいと思っていたが、アクシズくらいなら行こう。
アクシズという人類社会からすれば辺境も辺境、しかし住めば都だ。誰かが行かねばならないのなら、むしろ俺が行ってサイド3のために鉱石を掘りまくってやろうじゃないか。
「アクシズとは…… 気を回し過ぎだなコンスコン、いや実はそこではない。アクシズにはシャアを留めようと思っている。シャアもまたお前と同じように戦争の象徴だからな。実のところ最初からアクシズに置くつもりだったのでエンツォ大佐の叛乱討伐に行かせたのだ」
「そういう意図があったとは、さすがにキシリア閣下の深慮遠謀……」
「どのみちアクシズはもっと拡充し、重力ブロックも備え、食糧生産も行い、一大拠点にする。それは木星との中間交易の機能を持たせるためだ。今木星からの輸送船が地球圏まで来なくてはならないが、それでは遠すぎて乗組員に負担を強いる。仮に小惑星帯のアクシズをヘリウム3積み下ろしの中継地点にすればよほど負担は減るだろう。もちろん木星との位置関係を考えれば小惑星帯にアクシズ一ヵ所では足りるはずはなく、もう一つ拠点を設け、そこにはマ・クベを置くつもりだ。マ・クベも戦争ではちょっと因縁が残ったからな」
「なるほど…… 確かにマ・クベ少将も地球表面では連邦相手にやり過ぎたかもしれません。それに小惑星帯開発となれば、並々ならぬ才覚を発揮するのは疑いないところです。これからの発展のために素晴らしい構想でしょう」
シャア少将とマ・クベ少将を小惑星帯に置くのか。それは中々いい案だと俺は思う。マ・クベ少将なら持ち前の技術的センスを発揮し、気ままに技術開発をしながら自分の思い通りの基地を作りそうだ。
しかし…… しかしそれでは俺はどうなるんだ?
アクシズではないとすると、どこに行くというのだろう。キシリア閣下の構想の中に俺はどう入っているのか。
「気になるか。コンスコン、実はお前の行き先は、いや私でも言いにくい。ドズルの兄者ならとても言えないだろうな」
「 ………… 」
「いやここで言わないで何とする。コンスコン、お前には土星に行ってもらいたい」
「え、ど、土星!! そう聞こえたんですが、本当ですか! 土星!?」
「本当に、土星だ」
「いやしかし、それはいったい……」
俺は混乱する! これで混乱しない人間がいたら見てみたい。
土星とは、人類の拠点は未だ何もなく、想定外にも程があるぞ。
「コンスコン、驚くのも無理はないが別にただの思い付きではない。非常に合理的な理由があるのだ。現在ヘリウム3は木星大気から得ているが、木星は巨大過ぎて重力が地球の数倍ある。そこからヘリウム3を採取するのは骨の折れることでもあるし、下手にそれに捉まれば危険だ」
「なるほど、土星なら重力は地球と同じ程度しかないので楽にヘリウム3を」
「それだけではなく、土星の持つ輪は水資源や鉱物資源の宝庫だ。エネルギー資源と資材の両方が容易く得られるのは建設になんとも都合がいい。これが木星ならば、衛星は多いのだがどれもこれも地殻変動が激しくてその上に基地は造れず、案外厄介なのだ。結果的に木星での拠点造りは未だ進まず開拓民は厳しい生活を強いられていると聞く」
「た、確かにそういう意味では木星ではなく土星が理想的開発地と言えるかもしれません。ただし、距離が余りに遠く……」
俺は知識を引っ張り出す。地球から土星までの距離は、木星に行くより二倍近くはあったはずだ。それほど遠い。
「キシリア閣下、今地球から木星までの航路は三年弱ですが、土星となれば五年六年の話になるでしょうか」
「そう思うか。実はスイングバイ航路が複雑になる関係上、言いにくいが八年の距離になる」
「は、八年!?」
「ただし言い訳をするようだが住居に関しては心配するな。お前を艦に乗せてそのまま放り出し、基地を造れと言うわけではない。コロニー一つを丸ごと土星へ送り出すつもりだ」
「何とコロニーそのもので航路を!! し、しかしキシリア閣下、コロニー一つをそのために犠牲に……」
「別に犠牲など出さない。既におあつらえ向きのものがあるではないか」
「え、おあつらえ向きのものとは?」
「お前でも発想が浮かばないか。これは愉快だ。コンスコン、ソーラ・レイを忘れているだろう。あれをもう一度居住用に戻して使えばいい」
「ソーラ・レイ!?」
「元はれっきとした居住用のコロニーなのだから難しい話ではない。それに土星圏では太陽光も本を読める程度しかなく、そのまま使って植物を育てられない以上、密閉型コロニーが適当になる。おまけに既にソーラ・レイはエンジン付きなのだからそれを強化するだけで済む。どのみち巨大兵器は和平に伴いそのままにしてはおけず、廃棄するならそれがちょうどいいくらいだ」