戦場のど真ん中へ飛び込んできた彗星、充分に加速したモビルアーマーとMSだ。
後方から来たのに、もうツェーンたちのドム隊を追い越さんばかりの勢いだ。
そこへキマイラの艦砲の列が襲い掛かる。
むろんそれも艦砲の射程外であり、当たる可能性は少ない。しかし止まっていればそうでも、動いていれば別だ。自分から当たりに行ってしまうかもしれない。気付いた時に避けようと思っても、その時にはどうにもできない。
砲火の中をくぐるというのはそれほど危険なことなのだ。
ところが、このモビルアーマーとMSは艦砲をものともせずに進む。数回、偶発的に艦砲が命中コースに来てしまったことがあった。しかし、それが分かっていたかのように躱したじゃないか!
キマイラ艦隊の旗艦ザンジバル級に近付いた。
その時のことだ。
艦の陰に隠れていたゲルググが五機、横から襲いかかってきた。
それは俺も考えていた作戦だった。俺がキマイラの側だったなら、絶対に同じ罠を仕掛けただろうな。
敢えて伏しておき、艦攻撃の態勢に入った瞬間を狙い、突如として横撃をかけるのだ。最も有効に戦力も心もへし折れる。
だが、そこからがまた驚きだった。
最大解像度にしたスクリーンで見ると、モビルアーマーが小さな砲台、ビットを幾つも出しているのが分かる。
それらが一閃した瞬間、三機のゲルググが四散した!
全く時間差が無い。
三機が同時に撃破されているのだ。
「さ、さすがだわ、ララァ・スン。完璧にビットを使いこなしているなんて」
実は俺はフラナガン機関のモビルアーマーが活躍しているのを初めて見たんだ。
こいつは凄い!
今までは連邦の白い化け物MSを敵にして戦っているところしか見たことがなく、しかも負けているところばかりだ、そのため実力がいまいち分からなかった。
今の相手は、本当は一騎当千のパイロットなんだろう。しかも最新鋭のゲルググだ。
それが紙を破るようにはかなく消えてしまったなんて。
ただしそんな風にクスコ・アルが驚いているところから察すると、やはりララァという者のモビルアーマーが特別なのかもしれない。
そこからモビルアーマーは、なぜか残りのゲルググを無視している。
俺は知らないが当事者は会話をしていた。
「ララァ、やり過ぎはよくないな。ここのゲルググたちは敵ではないのだから」
「お言葉ですが、それは納得できません。大佐に害があれば、敵と言っても構わないのでなくて。連邦だから? ジオンだから? いいえ、そんなの関係なく、大佐の敵が私の敵」
ゲルググの一機が驚きから覚めて、腕を上げようとした。たぶんビーム・ライフルを持ち上げようとしたのだろうか。
しかし、その動作は最初だけで、永遠に遂げられることはなかった。
直ぐに爆散することになったからだ。腕を上げる時間すら与えられずビットの攻撃を食らった。
ゲルググは全く何もさせてもらえないうちに消えていく。
最後の一機はもう固まって何もできない。おそらく小便を漏らしているに違いない。
「……ララァ、そこまで言われると怖いな。私ならそう心配してくれなくても、あんなゲルググにやられることはないよ。それよりララァ、もう一仕事だ。あのザンジバル級を止めてくれ」
そしてモビルアーマーはキマイラ隊の対空砲火に向かっていくが、濃密な弾幕をまるで最初から無いものであるかのようにすり抜ける。そして旗艦に攻撃を仕掛けた。
モビルアーマーの出す細かい砲台はおそらく対MS用の兵器だ。細いビームは敵MSを貫くには充分でも、分厚い艦壁、ムサイならともかくザンジバル級の艦壁には通じないと思われた。
しかし、エンジン冷却部の防護の薄い部分を驚くべきピンポイントで貫く。
それを三度も食らえば、たまらずエンジンが暴発する。ザンジバルの片舷メインエンジンは吹っ飛び、大破してしまった。
先のゲルググ撃破といい、あまりに鮮烈なショウである。
その時、ジオンの一般回線を通じて流れてきた言葉がある。
「双方そこまで!」
それは飛び込んできたMSからのものだ。全方位に聞こえている。
「私はシャア・アズナブル大佐。この事故に偶然居合わせた。なぜか誤認してジオン軍同士が戦っているとは、悲しい事故もあったものだ。先ずは双方退いてはくれないか。事故と分かった以上、拡大することはない。この遺恨は私がひとまず預かろう」
その声を聞き、俺はシャアの意図がよく分かった。この戦闘を止めさせる、つまりはっきりと劣勢だった俺を助けるつもりなのか。
正直、助かった。危ないところだった。
しかし、シャアが敢えてそうする理由が分からない。
キマイラ隊の任務を妨害すればシャアの方こそ上司のキシリア閣下に不興を買うだろうに。どういう風の吹き回しなのか。
当たり前だが、俺には良かったことでもキマイラ隊にすればとんだ邪魔だ。
「シャア、どういうつもりだ! キマイラ隊はキシリア閣下の御意志で動くもの、それを邪魔立てするとは、貴様、閣下に反逆するつもりか!」
「一つ忠告しておくが言葉に気をつけた方がいい。この同士討ちの忌むべき事故、それがキシリア閣下の意志で始まったと、そうはっきり証言したいのかな」
「何を! くッ、憶えていろ。すぐに報告してやるぞ!」
そんなシャアとキマイラ隊の会話を聞くと、シャアも決してキシリア閣下の取り巻きではないらしい。
「それとシャア! どちらが赤いエースMSなのか、いずれ勝負だ!」
「…… それは御免こうむる。私はちっとも困らないから勝手に赤く塗ったらよろしかろう。目立ちたければもっと鮮やかにすればいい。いちごMSと呼ばれて珍しいものになる。それも目立っていいだろうな」
「い、いちごMS!? 貴様---ッ、真紅の稲妻を愚弄するかッ!」
俺は思った。シャアは悪気がなくとも、相手を怒らせることがある。ナチュラルにそういう性格なのだろう。損なのか得なのか分からないが。
相手も結局本名を言うことすら忘れている。
しかしそれでキマイラ隊は退いた。
思ったのだが、向こうもおそらく同士討ちはしたくなかったのに違いない。何かのきっかけがあれば止めたいのではないか。そんな良心があったと信じたい。
俺の方はシャアに一応礼を言う。
「シャア大佐、テキサス・コロニーのことは少し文句も言いたいが、この戦いの仲裁に入ってくれたことには素直に礼を言う。結構な借りを作ってしまったな。しかし、こちらが心配することではないかもしれないが、この後キシリア閣下にどういう言い逃れをするのだろう」
「ふふ、貸しはそのうち返してもらいます。しかし、言い逃れとは何のことでしょう? これは不思議だ。コンスコン司令、私は同士討ちの事故を止めさせただけのことですが」
「今さら綺麗事を聞きたくはないが……」
「私は、ただスペースノイドのために戦っているだけですよ。ザビ家の私兵になったつもりはない。いえ、それは忘れて下さい。それよりもコンスコン司令、あなたと一緒に戦いたいものです。その日は意外に早いかもしれない」
「それは、ジオンではもちろん同僚だ。力を合わせるのは当然だ。互いに頑張ろう」
「…… そうですね。では連邦との決戦場であるア・バオア・クーでまたお会いしましょう。私としてはその後も長く、共に戦うのを楽しみにしていますよ。スペースノイドのために」
その同時刻、グラナダでマ・クベ大佐は壺を拭いていた。
「ウラガン、拭き終わった壺からきっちり並べとけ」
そう言いながら、何と手が滑って壺を落としてしまう。そこを、副官ウラガンがはっしと受け止める。さすがマ・クベの副官、凄いレシーブ力である。その能力で選ばれたのだろうか。そしてグラナダのある月の重力は1/6Gという低いものであることも幸いした。
しかしウラガンは驚く。珍しくマ・クベ大佐が上の空で大事な壺を拭いているなんて。
その通り、マ・クベはついさっきのキシリア少将との会話ばかり考えていたのだ。
「マ・クベ。私は三日後、ア・バオア・クーへ出発する。お前もデラミン艦隊などと共に、ついてくることになろう。キマイラ隊やサイクロプス隊も一緒だ。ただし他はグラナダに残す」
「承知いたしました、キシリア閣下。ただし、こんな時にキマイラ隊は秘密任務とやらで出払っているようですが」
「間もなく戻ってくるだろう。キマイラ隊はコンスコンを討伐にやらせた」
「な、何ですと! コンスコンの艦隊を討伐! それは真で! キシリア閣下、私は反対でございます。コンスコンはフラナガン機関を確かに襲ったと聞いてはいますが、最初からあんな機関、頼るべきではありませんでした」
「珍しいな、マ・クベ。私に真っ向から反対するとは。いつものお前ならそんなことは言わないはずだが。フラナガン機関をそんなふうに表現するとは、お前も正統派の軍人の一員だったということか」
「いえ、その機関のことで報復するべきではないと申し上げたく。それに私は断固として申し上げます! コンスコンについて、ジオンに必要な人間だと判断しているのです。それをわざわざ消し去ることはありますまい」
「そんなにコンスコンに命を救われたことを恩に感じているのか。たかがドズルのところの一部隊だろうに」
「……ふ、マ・クベ、そんなに難しい顔をするな。実際は討伐がうまくいくことはない。シャアに情報を流した。するとやはり出て行ったようだ。おそらくキマイラ隊を妨害するためだろう。シャアにしては軽率だな。私に読まれるとは、お前と一緒であのコンスコンという男に目を向け過ぎたのだろうか」
「え、キ、キシリア閣下、それが分かっていてなぜ!」
「シャアは猫を被っていたが、そろそろ野心を現わしてもおかしくない頃なのでな。一つ試してみただけだ」
「……」
「抑えつけることは必要ない。力のある駒は腐らせるより使いこなすべきだ。シャアはおそらくギレン総帥を狙う。ふふ、私は兄殺しになりたくない。少なくとも、直接には」
「……私の忠誠心はキシリア閣下にのみあります。ただし、ジオンが負ければ全ては無に帰すかと」
「無論だ。これからもマ・クベ、変わらぬ忠義を尽くせ」
いったい、キシリア閣下はどこへ向かおうとしているのか。
宇宙は全くもって単純ではない。
不吉な予感がする。
キシリア閣下は戦争をしているのではなく、人をもてあそんでいる。
しかし最後まで御しきれるものだろうか。気が付いた時には、逆に自滅に追い込まれたりしないだろうか。
そして直近の問題は、今の話だとア・バオア・クーへ精鋭を連れて行くとはいえグラナダの機動戦力の半分しか動員しないことになる。決戦があるのに、それでいいのだろうか? 自分でも言ったが、連邦に負ければ話にならない。
コンスコンのようにただ戦えばいい立場が逆にうらやましい。
とりあえずは壺を拭いて心を落ち着かせよう。
いつもより手に力が入ってしまう。
「あっ! またッ しまッ」
「あっ!!」