コンスコンだけど二周目はなんとかしたい   作:おゆ

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第百四十話  開拓団

 

 

 俺はひたすら驚いてばかりいるが、ここは感情を鎮め、カーン准将の言葉を待った方がいいと決める。そうでないと話が進まない。

 

「…… 技術的な用語はよく分からない。ともあれ続けてくれ、カーン准将」

 

「実はコーディネイト研究という名を付けたところで初期段階であり、未だ確固たる理論はなく、影響においても未知な部分が多すぎる。問題はそんな段階でも第一歩を踏み込んでしまったことだ」

「なるほど。しかし誰がそんなことを始めたのだろう。やはりギレン総帥なのだろうか」

「その通り、ギレン総帥の意向で始まった。キシリア閣下がNTに興味を持ちフラナガン機関を作ったのと同様に、ギレン総帥は人間を無理やり進化させることを考え、その研究を始めるよう指示されたのだ。そして研究の性質上すぐには成果が現れにくいためギレン総帥は焦っておられたのだが、ついに未完成の技術のままコーディネイト実験を始めてしまった。そして一切を信任厚かったこの私に託された」

「ギレン総帥がそんなことを考えて…… カーン准将、他に知る者はいるのか」

「むろん秘密は何重にも秘匿され、私の他にその存在を知る者はわずか。ギレン総帥の死後、あの子供らは私が密かに引き取り、アクシズの民間区画に隠して育てている」

「アクシズで、子供たちを……」

 

 なるほど分かった。あの子供らはコーディネイトとやらを施された実験体というわけか。たぶんスペアをいくつも用意したのであれほど同じような子供がいるのだ。

 下らん実験だ! そんな理由で人間を生み出すとは。

 ただし救いは、カーン准将が血の通った人間であったことだ。本当ならギレン総帥が死んだ時点で子供らごと消去する道もあった。軍人ならそういう判断をしても決しておかしくない。だがカーン准将はその子供らを生かしたいと思ったし、だから俺に子供らを土星まで連れていって欲しいのだろう。

 

 

「コンスコン大将、私はこの技術は人類にはまだ早過ぎると考える。子供らを生まれながらに戦争の道具として作るのも、そして戦争で使い捨てるのも悲しい」

「その通りだ! よく言ってくれた、カーン准将」

「しかも、それで済めばまだマシかもしれない。やがてコーディネイト技術が進んでいけばそれを施された人間も増え、とんでもない災厄に変わりそうな予感がする。人類が思想的に成熟し、ゆとりを持ち、充分な寛容さを得るまでこの技術は封印し、未来へ先送りにした方がいいのだ」

「だからジオンや連邦といったレベルの話ではなく、全人類の未来にかかわるということか。その技術の封印には全面的に賛成する。そして今、秘密を話してくれたのはその子供らのためなんだろう」

 

「おお、お察しの通り。技術はできるかぎり抹消するとしても子供らは生きている。いずれ露見する可能性が残り、そうなれば悲惨な未来になるし、そうでないとしてもいつまでも隠れて生きるのは不幸だ。あの子供らはみな幸せになる権利がある。コンスコン大将、土星へあの子供ら総勢十二人を秘密ごと連れていっては頂けないか。本当なら自分が責任をとって育てたいのだが、カーン家の当主としては一緒に隠れることも土星へ行ってやることもできない。だからこそコンスコン大将を信頼してお願いする。人類のために、どうか」

「分かった、カーン准将。あの子らを預かり土星に連れて行こう。代わりにコーディネイト技術とやらをしっかり消去してくれ。おそらくそういう技術が人類にとって必要になる時も来るだろうが、確かに今すぐではない」

 

 

 カーン准将の話は大げさなものではなく、空恐ろしいものだった。

 しかしそれとは別に生まれた子供たちは幸せにならなくてはならない。普通の人間として、土星圏で共に生きていけるよう俺も協力しよう。

 

「最後にコンスコン大将、一つだけ不安がある。この技術が他に流れてしまっている可能性がある。それは連邦ではなく、木星だ」

「えっ、その技術が既に……」

「コンスコン大将、そもそも木星が今回の戦争で見せた動きが不自然だと思ったことはないですかな。ジオンは連邦に対し、エネルギー戦略を仕掛け、それがあれほど有効になった。ということはエネルギーの大元である木星の意向一つで戦争の行方を左右できたということでもある。木星が本気でこの戦争の終結を思うなら、いかようにもやれただろうに、実際は奇妙なほど何もしなかった」

「…… まあ公社としてヘリウム3供給は政治から独立という建前があるが…… 確かにドゥガチが本気になればいくらでも抜け道があったかもしれない。思わぬ小惑星のために船団の航路を変更しましたといえば言い訳も立つ」

 

「むしろ木星は戦争を利用して、物資も技術もかき集めようとしたように思われる。私は木星に近いアクシズにいたので余計にそんな動きが分かる。むろん、木星が生きるために必死にそうしているのなら当然だ。アクシズは水や鉱物は豊富でもエネルギーに欠けているが、木星はエネルギーはあっても水も酸素も足らないという比較にもならないほど厳しい環境に置かれ、そのことは可哀想だと同情もする。だがしかし、軍事技術まで手に入れようとしたのなら話は別だ。コンスコン大将、木星には気をつけてほしい」

 

 マハラジャ・カーン准将との話はここで終わるのだが、俺は思い出したことがある。

 

 名は何と言ったか、俺は頭痛のためそこまで覚えていないが、あの紫髪にヘアバンドを付け真っ白い連邦軍服を着ていた若者のことだ。木星からのヘリウム3輸送船ジュピトリスに乗ってきて、ジオンに取引を持ちかけてきていた。その性質は自信家で野心に溢れていた。

 問題はそこではなく、不思議に思えるほど軍事技術に通じ、「今のMSをいかようにも高性能にしてみせる」とまで言い切ったのだ。

 それは木星の技術が一定以上あり、既に軍事にも応用できるものであること、そして何よりMSなどの情報を密かに手に入れていることを示しているんじゃないか……

 まあ、今考えても結論は出ないし、どうしようもないことだが。

 

 

 

 その後一ヵ月をかけ、土星開発事業の概要が固まってきた。

 

 ついにソーラ・レイをマハル・コロニーへ復活させる大工事に取り掛かる。それは当然ながら空気も設備もエンジン部も、膨大なリソースを必要とする。コロニーを一から造るよりは格段に楽とはいえ、この大きさである。改造するだけで大変なものだ。

 

 だがしかし、幸運なことにそのリソースの手近な供給先が存在した。

 

 もはや必要なくなったジオンの秘密軍事基地、茨の園を解体し、先ずはその資材を使ってある程度のことを行う。どのみち茨の園は残しておいても居住用にも通商用にも適さない。

 それだけで足りるようなものではないが、やはりキシリア閣下は物凄いとしか言いようのない政治力を発揮した。

 

 土星開拓という人類の未来がかかる建設的な事業をなし、ついでに俺を軍事から外すことによってジオンは対外的に和平の意思を示した。

 

 その上で、ジオンがソーラ・レイをそうやって廃棄するなら、サイド2にある連邦側コロニーレーザーを同時に廃棄することを提言したんだ!

 ジオンと連邦、お互いの大量破壊兵器を無くすることを和平の道標、確たる意思の証しとしてぶちあげた。これで連邦を否応なくうなずかせる。

 なんともはや政治的な妙手だ。

 キシリア閣下はそれだけにとどまらず、ついでに連邦コロニーレーザーのリソースをこちらに融通してくれるようにもした。いずれ将来、土星圏から連邦にヘリウム3を供給するとの約束で納得させて。

 連邦上層部としては、ヘリウム3不足で存分に痛めつけられていることもあってこれに乗ってきた。キシリア閣下はうまくヘリウム3の売り込み先を確保したということでもあるが、そもそも複数の供給元を得られることは何にも代え難いことなのだ。

 

 

 そして和平は進展し、ついに宇宙世紀0081年の10月、ジオンと地球連邦は終戦を迎えた!

 

 連邦上層部の高官たちと軍部代表のゴップ大将、こちらからはドズル閣下とキシリア閣下が出席し、晴れやかな式典のもと終戦の調印をしたのだ。

 運命の開戦から2年と6ヵ月で停戦を果たし、2年と10ヵ月でようやく戦いの悪夢は終わりを告げた。

 

 思い返せばルウム会戦、グラナダ占領、地球表面での攻防、ソロモンやア・バオア・クーの戦い、本国会戦、月面再占領、第二次ルウム会戦、第三次ルウム会戦…… 何と激しく戦い続けてきたことか。

 お互い苦しい思いをして膨大な犠牲を出したが、これからは共に復興へと向かう。

 

 

 そして俺の土星開拓事業も最終段階を迎える。改造工事は無事に峠を越えたが、最後にして最大の問題が残っている。

 参加する人員の募集だ。

 それは良い意味で予想を裏切られた。

 何と、参加したいと応募してくる人間がうなぎ登りに増えつつあるのだ!

 かつてマハル・コロニーを強制的に追い出され、故郷を失った人間は二百万人に及ぶが、実に百十万人が戻ってくることを希望しているじゃないか。

 

「…… 思ったより少ないね。たったの半分しかいないなんてコンスコン大将に大口叩いておきながら情けないさね。全員とは言わないがもっと来ると思ったのに」

「シーマ・ガラハウ中佐、それは違うだろう。もうマハル・コロニーを離れて二年も新しい場所で生活を始めている者たちなんだ。それなのに、逆にこんな人数が戻ってくる方が驚きとしか言いようがない。これで本当にコロニーを運営できそうで良かった」

 

 

 募集に応じてきたのは、スペースノイドが全てではない。

 いや、連邦コロニーレーザーのリソースも多々使ってしまっている以上、名目的にも連邦の人間を完全にシャットアウトするわけにはいかないのだ。

 

 むろんアースノイドの難民を無条件に受け入れなどしない。

 

 アースノイドとスペースノイドは意識に壁がある。特に宇宙に対する考えも覚悟も違いすぎる。アースノイドを多く開拓に加えたら、必ず後でトラブルになり、暴動から開拓自体が空中分解するのは目に見えている。地球から宇宙に行くだけで不適応を起こす者は多いのに、この場合は普通のコロニー移住とは違ってほとんど片道切符である遠方への移民なのである。

 そこでアースノイドであれば、しっかりした覚悟を持ち、しかも技術者などの高度な経歴を持つ者だけを受け入れるようにしている。

 

 まあ、それでも結構な数に上った。

 特に、コロニーレーザーのことでジオンにさえその名が聞こえていた連邦軍の技術者、フランクリン・ビダンまで参画してきたのは驚いた。名簿を確認すると、妻と11歳になる子供を一人連れているようだ。

 おそらく開拓にロマンを求めてなどというところから遠く、連邦軍に何かの事情でいられなくなったのかと思われる。事情はとにかくトラブルにならない人格で能力的に優秀なら構わない。

 

 

 


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