土星開拓の募集を始めてしばらくすると、マハル出身以外のスペースノイドでも参加を希望する人間が増えてきた。
そこは各人、フロンティアに希望を託す者、食い詰め者、事情は本当に様々だ。
設けられた開拓募集の登録所にも徐々に人の列ができてくる。
俺はそれを眺め、これから一緒にはるか宇宙を旅して、開拓を始める家族になるのかと思うと感慨深い。
「行こうぜ! リタ、ミシェル。よくわかんないが行った方が面白そうだ」
「ちょっと、置いてかないで、ヨナ」
見覚えのある子供が目に映る。
あれ? 確かあの子供たちは俺が地球オーガスタ基地から拾い出した三人組…… もちろんここ一年の前はアースノイドだった。それなのに孤児院を抜け出して、今度は土星開拓に紛れ込もうとしているとは。
生活力たくましいというか、まあ、いいか。これも何かの縁なんだろう。
現時点でスペースノイドならスペースノイドでいい。そして、アースノイドとは違ってスペースノイドの場合は基準は大幅に緩められ、参加したい者は事実上ほぼ認めているようなものだからだ。
それはスペースノイドならサイド3出身に限ったことではない。そのため、もう本当に意外な人間まで加わってきている。
月面フォン・ブラウン市アナハイム社出身のメカニックとか、同じくフォン・ブラウン市のパイロット経験者とか、雑多なものだ。
その中に以前聞いたことのあるような名が交ざっているではないか。
レコア・ロンド……
かつてグラナダにテロを仕掛けた義勇兵にそんな名の者がいなかったかな。 ……何とも言えないが、それも良しとしよう。
しかしそんな例はまだいい方だ。もっと酷い場合がある。
俺が見ていると、明らかに浮浪児のような一団まで来たではないか!
「一獲千金! 行くぞリィナ、ビーチャ」
「ジュドー、本気で行くのか…… 土星だぜ土星…… しかもお前、親に言ってないだろ」
「出稼ぎに行った親なんかいつ帰ってくるんだ。それなら、潰れそうな古っちいコロニーにいつまでもいられるか。びびらないで行こうぜ。冒険だ冒険! 最高じゃないか」
そう言ってがやがや歩いていると、案の定他の人間にぶつかってしまう。
「痛い! 何だこのガキ!」
「おっと悪いな。てかお前は俺よりガキじゃねえか」
「うるさい! 俺はいつまでもガキじゃない。土星で名の知れた男になる者だ」
「威勢のいい奴だなあ。俺はジュドー・アーシタ、サイド1の出身だ。仲良くやろうぜ」
「 …… 俺はギュネイ。サイド4から来た。将来俺の部下になるなら仲良くしてやらないこともない」
「言ったなこいつ。偉そうだけど面白い。まあいいさ、とっとと登録済ませて一緒にメシ食いに行こうぜ」
子供というのは、喧嘩も早いが仲間になるのも早い。
どんなことになるのか分からないが、たぶん大人より順応性はいいのではないかと思ったりする。
しかし、俺が主に悩んでいることはそういった一般の応募者についてではない。ジオン軍関係者の応募者名簿では、ジョルジョ・ミゲルとその妹、そしてキャラ・スーンなどという名が見えるのだが、そのことについてでもない。
俺の艦隊のみんなのことだ!
不思議なことに土星行きのことがほとんど話題にすらなっていなかった。まあ、俺自身の個人的な異動のことであり、艦隊のみんなは自分と切り離して考えているのかと当初は思った。それはしごく当然だ。彼らの所属はジオン軍であり、別に俺の私兵でも何でもないのだから、各人が好きにするのは当たり前だ。
ただし、俺はシャリア・ブルにだけは頼んで一緒に行ってもらおうと考えていた。
シャリア・ブルはジオン軍の中でも貴重な長距離航海経験者であり、今回の旅路は未知ともいえる長距離航海なのだからどんなノウハウでも欲しいところだ。
「シャリア・ブル大尉、今回の土星開拓のことだが…… 一緒に行ってはもらえないだろうか。木星より遠いところなのでとても言いにくいのだが、これは命令ではなくお願いという形で頼みたい」
「今さらでしょうか? 考えるまでもなくご一緒させて頂きます」
「おお、それはありがたい!」
「最初からそのつもりなのは、皆と同じです」
「皆と同じ? 皆というのは……」
「コンスコン司令、ほとんど全員のことですが? ガトー少佐を始めとして、私が知る限り」
誰もが話題にしていないのは、もう土星に行くのが当たり前過ぎて言う必要もないということだった!
俺は慌てて聞いてみた。
「…… セシリア・アイリーン、君も土星に行くのか?」
「当然ですが、コンスコン司令」
「遠いし、不自由だぞ」
「むしろ行かないという選択肢があり得るのでしょうか」
「君もかな、フォウ・ムラサメ」
「もちろん、コンスコン司令と一緒です! 土星だろうと、どこへだろうと一緒に」
確認して回ると、ガトーやツェーンも同じような返事をしてきた!
「コンスコン司令以外に上官は考えられず、当然行く所存です」「土星に行っても見張りが要るわ! ヘマしたら蹴り入れるわよ!」
それはカリウスやケリィ、クスコ・アルも同じ、俺の知っているメンバーはほとんど付いてくることになった。
何というか、本当に今までと同じような環境になり、旅路は少なくとも寂しくはなくなる。
例外がいないことはないが、その者は俺の前でしょんぼりしている。
「済みません、コンスコン司令。本当は土星へ僕もついていくべき、いやついて行きたかったのですが……」
「何を言うんだ! ダリル・ローレンツ。そんなことを気に病む必要はない。そんなことよりしっかりリハビリしてくれ」
それはダリル・ローレンツであり、土星に行きたくても行けない理由は一目で明らかだった。ダリルはカーラ・ミッチャム教授の執刀により、右腕の再接合手術を受けたのだ。今はその機能回復訓練を始めたところなのである。それなら医療環境の充実したサイド3にいなければならない。
ダリルは腕を回復した以上、もうサイコ・ドワスに乗れなくなった。いや、乗る必要はない。戦争はもう終わったのだから。
そんなことより俺が見たところ右腕の指がわずかに動かせているようだ。さすがにカーラ教授の技術は素晴らしく、リハビリを終えればたぶん元通りになるのだろう。
だがもっと驚くべきは他の左腕や両足に付けられている義手義足の方だ!
今まで見慣れていたただの棒きれのような格好ではなく、立派に腕や足の見た目をしている。しかも、ゆっくりとだが動きまでついているじゃないか!
いったいどういうことだ。俺はカーラ教授に聞いてみた。
「ダリルの義手義足が動いているのは……」
「ええ、神経接続の技術を応用し、制御と動力を小型化して組み込んだのです。これからアップデートしながら自然な動きにしていければ」
「凄いな…… 神経接続は戦争のための技術ではなく、最初からこういう方向に行くべきものだったんだ。本当に人間のための技術に。よくやってくれた」
「いいえまだまだ。動きもそうですが、感覚の方もできれば接続しないと」
カーラ教授は貪欲に完璧を追い求める。彼女が若干やつれた感じがするのは、不眠不休で頑張ったせいだろう。そこまでする原動力になっているのはおそらくダリルへの愛情なのだろうな。
俺は土星へ行かないこの二人ともう会うことはない。
その別れ際、ダリル・ローレンツとカーラ・ミッチャムの左手の指に指輪が光るのを見た。
二人はもう婚約し、人生を重ねる約束をしているのだろう。
何もダリルの義手の方に指輪を付けなくても、ちらりとそんなことを考えたが二人は神聖な約束の方を重視したのかもしれない。
俺の艦隊の皆ではないが、開拓に参加してくる人間で忘れてはならない者がいる。
俺のキャプテン、スベロア・ジンネマンだ。
一家を連れて参加してきた。むろんジンネマンが後見人をしているロザミア・バタムも一緒である。ロザミアはこの一年で充分に癒され、もう突然ヒステリックになることはなく、生来の穏やかな気性になっているそうだ。
大変残念なことに、結局過去の記憶を取り戻せはしなかった。
それは可哀想なことだが、ただしまだまだ若いのだ。これからの人生をロザミアとして積み重ねていけばいい。
そして重要なことがある。俺はジンネマンにだけはカーン准将から託された秘密を話した。
あのジオンの暗部、秘匿された遺伝子実験と、結果として存在する子供たちのことだ。
マハル・コロニーは出発すると小惑星帯の近傍を通過し、そこでたっぷりと氷と鉱物を貯め込む予定である。その時にアクシズから例の十二人を受け入れる手筈になっているのだが、後の世話を含めて信頼できる人間にお願いしたい。衣食住はこちらで用意するとしても、子供には親代わりになる人間が必要だ。そういう温かい触れ合いがあって初めて人間らしく育つ。
おそらくジンネマンはその厄介な仕事に適任だし頼めばやってくれるだろう。そうしてくれれば、これほど父親に適任な者はいない。
「引き受けた、コンスコン。俺を頼ってくれて嬉しい。なあに、子供ってのは多いほど面白いんだ。しかし、お前が何人か育ててもいいんじゃないか」
「はは、キャプテン、ちょっと無理だろう」
「それもそうか。結婚が先だ。それを早くしろ」
「 …… 」
「少しは腹を引き締めた方がいいが、見かけはそんなに問題じゃない。ドズル閣下を見れば分かる」
「 ………… 」
こうして全ての準備が整った。
そもそもソーラ・レイは第二次ルウム会戦の途中からサイド5の片隅に捨て置かれていたが、マハルへの再改造を受けつつ、ゆっくりと元のサイド3まで移動させられている。
宇宙に開けられていた一端を閉じ、酸化鉱物でできた岩石を分解して空気を作り、土や水を用意する。そんな内部造作と並行し、太陽電池パネルが外壁にしっかりと固定される。太陽の光が力を持つ途中までは補助的なエネルギー源だからだ。
それらが予定通り終わると、最後に追加すべき核パルスエンジンを取り付けられる。今までのエンジンはコロニーの大きさに比べたらスラスターに毛の生えたようなものだったが、今度のエンジンはそれよりはるか高出力、ノズルもそれなりの大きさがある。
マハル・コロニーの一方の端にまとめて六基設置されたノズル、外から見ると立派なものだ。
一つずつ順次エンジンに火を入れていく。
慎重に出力を上げていき、異常がないか確認していく。一基でも不都合が出れば取り止めにする予定で、その技術的ハードルも決して低くはない。
無事に稼働し安全の確認をしたら開拓団受け入れの用意が整う。ようやくサイド3からピストン輸送で人員を乗り込ませるのだ。
その後、一気に加速し地球圏を離れる軌道に乗る。
俺と開拓の仲間たちは土星への長い旅に出た。
コンスコンと巡る冒険の旅路、いかがだったでしょうか
この後のエピローグまでじっくりお楽しみ下さい
去った者たち、残された者たち、それぞれ幸せは見つかるでしょうか……