夜会に居並ぶ没落貴族たちは、このために集まってきたのだ。
今やアナハイム・エレクトロニクス社とそれに結託するビスト財団を抜き去り、巨大な財閥の長になっているシャルンホルスト・ブッホと誼を通じ、今後につなげたい意図がある。
「この度はおめでとうございます。これからはシャルンホルスト・ロナ殿とお呼びいたしましょう。とてもいい御家名だと存じます」
何とかシャルンホルストの財力に縋りたい貴族たちが異口同音にそんなおべっかを言っている。
というのもシャルンホルスト・ブッホはジャンク屋出身でありながら貴族志向があり、築いた財産の一部を使って地球の没落貴族の一つであるロナ家の名を買い取っていたのだ。
直ぐにはその改名を披露しなかったが、何とサイド1に自前のコロニーを造り上げ、誰にも分かりやすいパフォーマンスで莫大な財力を全宇宙に見せつけ、それを契機としてロナ家を正式に名乗った。そのことを貴族たちは褒めそやしている。
一方、シャルンホルストにとってはこの夜会も貴族の社交界、その面倒なところへ出るために必要なステップであると認識している。
むろん、貴族たちの浅はかな内心など透けて見える。誰もがロナ家の名で貴族の一員に加わったシャルンホルストを褒めちぎり、歓迎しているようでありながら実のところ見下しているのだ。血統ではなく買い取って貴族の形を手に入れた者を誰が本心から認めるだろうか。
(どいつもこいつも、実力のない名ばかり貴族だな。見下している内心を隠しておべっかを使うのが貴族のすることか。まあ、だからこそ没落したのだろうが。我が子マイッツァーの時代にはロナ家は名実ともに貴族になり、こんな没落貴族どもではなく、真の貴族として人類を率いていくのだ)
表向きは和やかに会が進んでいくが、それを少しばかり苦々しい顔で見ている者がいる。
それは何と夜会を主催したマハラジャ・カーンその人だ。
貴族たち、特にサイド3の六大家でありながら零落してしまったトト家などの求めに応じてしぶしぶ夜会を開いたのだが、シャルンホルストへ渡りをつけるのに必死な貴族たちの姿を見るといささかげんなりせざるを得ない。
だがそれ以上にマハラジャ・カーンには頭の痛いことがあるのだ。
「…… ハマーン、少しは笑顔を見せたらどうだ。主催者の娘としてそれくらいはしてほしい」
「…………」
ハマーン・カーンは別に反発の言葉を言うわけではないが、マハラジャ・カーンの求めに応じるわけでもなく、にこりともしない。その濃いピンクの髪がパステルカラーのドレスとよく似合い、整った顔立ちが余計に引き立つのだが、硬い表情がそれを台無しにしてしまう。
「お前がそうなった原因は分かるが、二十歳になってもそれでは将来が心配になる、ハマーン」
やんわりと注意するが、自分の娘だというのにそれ以上は言うことができない。マハラジャ・カーンはハマーンが頑なになってしまった原因が分かるし、それを作り出したのは自分の責任だと知っているからだ。
実はハマーン・カーンはたった一度だけマハラジャ・カーンに願い事をしたことがある。
だが、それは叶えられなかった!
かつてコンスコンが土星開拓団を率いて出発する時のこと、ハマーンは必死な顔で頼んでいた。
「土星へ行きたい! あのコンスコン大将が行くなら、一緒に!!」
マハラジャ・カーンは普段からクールなハマーンがそれほど強く願い事をするのを見たことがなかった。そして同時にハマーンがおそらく一度会っただけのコンスコンに執着するのも驚いた。
たぶん、あの第二次ルウム会戦前にズム・シティで会った時のこと、コンスコンはハマーンが絶対に戦場に行くことがないようにした。普段は軍人というよりコックが似合いそうなコンスコンがそういう時には、信念に基づき、議論の余地がないほどきっぱりと断言するのだ。
それをハマーンは鮮烈な記憶として残している。だからこれほど土星行きを願うのだろう。
しかし、マハラジャ・カーンはそれを許してやることはできなかった。
今まで我儘や願い事など言ったことのない娘だ。
嫌がっていてもフラナガン機関へ行ってくれた聞き分けのいい娘なのだ。
そんな可愛い娘のたった一度の願いをできれば聞いてやりたかった。
しかしいくら愛情を持っていても、サイド3でも名家中の名家カーン家というものを背負っているからには、ハマーンを二度と戻れないかもしれない土星へ行かせることはできない。
それ以来、ハマーン・カーンは自分の殻に閉じこもってしまったのだ。
硬い表情は全てを拒絶する明確な意思表示である。
ハマーンは途中から人々の喧騒を逃れるようにして、夜会の広間から出た。一階の大広間から数段の階段を経るとすぐ庭園になる。よく手入れされた庭園は、カーン家が他の貴族とは違い、没落と無縁であることを示している。本当なら父マハラジャ・カーンの手腕を喜ぶべきところだが、そんな気にはなれない。庭園で美しく咲くバラたちもハマーンの目には何の価値もなかった。
「父上には悪いと思っているのだがな…… 俗物どもに笑顔を振る舞うことはできそうにもない」
ハマーンとしてもマハラジャ・カーンには悪いことをしていると自覚している。しかしこじれてしまった父娘の関係を修復するきっかけを掴めないでいたのだ。
そんなハマーンを広間の窓から見てしまった者がいる。この夜会に連れてこられた名家の子息、まだ十代の少年である。
ハマーンに目を奪われ、周囲の者に誰かと問い、そして知る。
「あれがカーン家の令嬢、きれいだ…… ハマーン・カーン、いやハマーン様」
ついフラフラとハマーンの後ろを付いて行ってしまった。
すると、話しかけようとするタイミングより先にハマーンがくるりと振り返り、きつい視線を浴びせてきたではないか! ことさら忍び寄ったわけではないが音は立てていないはずなのに、どうしてなのか感知されてしまった。
少年は急なことに用意していた言葉も発せない。
「ハマーン様……」
「何か用か?」
「あ、あの、僕は……」
「用がないなら付いてくるな、俗物!」
あっさりハマーンは切って捨て、再び歩き去ろうとした。
「ちょっと待って…… せめて自己紹介させてほしい」
それでもハマーンは何の興味も魅かれず、足を止めようとはしない。その少年が悪いわけではないが、用事もないのに話す意味などどこにあろう。初心そうな少年と話すどころか目もくれない有様だ。
「僕の名はマシュマー・セロ、話をしたいんだ」
この時、ハマーンはピタリと足を止めた。
この紫髪の少年に向き直る。
「何!? セロだと! ではお前はセロ家の者か」
「やっと止まってくれたね。そ、そう、僕の父はセロ家の当主をしている」
「なるほど…… しかし同じセロ家でもお前は似ていないものだな。あの方には」
「あ、あの方って」
「この馬鹿者! コンスコン・セロだ! 決まっているだろう。お前の叔父に当たる偉大な方だ」
「え、ジオンを救ったコンスコン大将のこと? 戦術にも戦略にも優れ、連邦の大軍を幾度も破ったコンスコン大将、確かに凄いとは思うけど」
「当たり前だ。これ以上凄い方がいるものか。戦いで負けなしだけではない。正しきを尊び、多くの者を救った方なのだ。この私さえも…… 」
「ハマーン様?」
「とにかく、素晴らしい方なのだ。同じセロ家でもお前などとは違う」
コンスコンを語る時だけ、ハマーン・カーンは実に饒舌になり、自分のことでもないのに誇らしげだ。
だがこの場合にはマシュマーという少年にも言い分があった。
「で、でも僕もセロ家だよ。これからどうなるか分からないじゃないか。コンスコンの叔父さんだって僕の年には平凡な士官学校生だったって聞くよ」
「何! お前ごときが比べられるものか!!」
「ご、ごめん、怒らせるつもりじゃなかったんだ。ただ僕だって可能性があると言いたくて…… 」
「可能性などあるわけが無い! …… あ、いや、こちらも子供に向かって言い過ぎたな。お前に限らず、誰もあの方に近付ける者はいない。あの方は見かけは少しも立派に見えないのだが、正しい信念を持ち、それを言い切れる人間なのだ」
「僕もそうなるよ…… 同じようになってみせる。だから僕と話をしてほしい、ハマーン様」
「それでも大口だ。同等になどなれるものか。では大負けに負けて、少しは近付いたと認めれば話をしてやってもいい」
「じゃあ、その第一歩を見せてあげる、ハマーン様!」
大人ではない少年はそう言うやいなや駆け出す。そしてまさに大人気ないことをしようとしている。
ハマーンも釣られて大広間に戻っていくマシュマー少年の後を追った。
その時、夜会の大広間ではシャルンホルストが貴族たち相手に持論を語っている。
「地球連邦は腐り始め、それは加速度的に進むだろう。形骸化した民主主義が全ての元凶なのだ。それを防ぐには真の貴族が立ち上がらねばならん。そして無知な民衆を従え導いてこそ人類の更なる発展がある」
「おお、素晴らしい考え、感服しました。さすがはシャルンホルスト・ロナ殿」
シャルンホルストは一応周囲に啓蒙を試みている。どうせ没落貴族たちに言っても仕方がないと思いながら。実際その通り、シャルンホルストの財力に期待するが思想など誰も聞いていない。何の感銘も受けず、自分が立ち上がろうなどと少しも思っていないにもかかわらず口では追従を言う。
これらの者たちは近い将来、キシリア・ザビの更なる改革によって淘汰され、確実に叩き落とされる。というより実力相応のところに落ち着くというのが正しいところだ。
そんな人々の中にマシュマー少年が飛び込んだ!
マシュマーはさっきも同じようなことをシャルンホルストが言っていたのを聞いていて、それを憶えている。だからこそ、シャルンホルストを正面から見て叫んだ!
「それは違う! 貴族が勝手に導くものじゃない、逆だ! 民衆を幸せに導く者が真の貴族なんだ!」
「な、なんだと……」
「僕の叔父、コンスコン・セロは貴族の名を捨て、一介の士官から始まり、ついに戦いを終わらせてみんなを幸せにしたんだ。それが本当のやりかた、本当の貴族じゃないか!」
「………… 言ってくれる、小僧。まあ、少し気に留めておこう」
シャルンホルストはさすがに大人物であり度量がある。自分の考えを変えることはないものの反対意見を潰すことはしない。それよりもこの少年が自分に向かって堂々と言い切ったことに感銘を受けた。
「無鉄砲だが大したものだ。儂に怖気付かないところはマイッツァーより上かもしれん」
マシュマーはその時にはハマーンの方に向き直っている。ハマーンはこのマシュマーがずばりと正論を言ってのけた姿を見て、シャルンホルストに負けないほど感銘を受け、驚きを隠せない。
「マシュマー・セロといったか。あの者へよく言ったものだ。一応褒めておいてやる」
「ハマーン様、一歩一歩あの叔父さんに近付きます。そして同じところに」
「同等になるのは無理だと言ったろう。だがしかし、間違ってはいない」
次に、何とマシュマーはハマーンの前にかしずき、左の手の平を差し伸べる。
一瞬考えた後、ハマーンもその手の平へ右手を伸ばし、上にそっと添える。
この構図はまるで昔の騎士と姫君のようではないか。
「誓ってそうなります。そしてハマーン様、このマシュマーはいつもあなたのお側に」
ハマーンもこの展開に困惑の色を隠せない。
するとマシュマー・セロは後ろに回していた右手の方を出してきた。
そこには何と、赤い薔薇が一輪持たれていたのだ!
それはさっき庭に咲いているものを走りながら折ってきたものだろう。しかし、最も美しい大輪のものが選ばれ、いつの間にか棘も取られている。マシュマーはそれをゆっくりハマーンの伸ばされた手に渡す。芝居じみたことだが真摯な心から行っていることだ。
ハマーンは大きく目を見開いた後、胸元まで薔薇を持ってくると笑顔になった。
「器用なことを…… 子供のくせに!」
ついにけらけら笑いだす。
その二人を離れたところから見ている人間がいた。
「あのハマーンが、笑っている…… 笑うとあんなにも楽し気なのだな。我が娘のことを今知るとは」
マハラジャ・カーンはいつまでもそれを見ていた。
それはカーン家にも、セロ家にも将来の幸せを約束する笑顔だったのだ。