クェス・ワイアットはハサウェイを外へ誘い出そうとする。言い方はそれだが、退屈していたのはもちろんハサウェイではなくクェスの方だ。
しかし、父に似て真面目なハサウェイは困るしかない。
「それはだめだよ。ここで待ってないと。君もそうした方がいいよ。たぶん、後で正式に紹介されると思うんだ」
「そう言うと思った。大人の言いなりなのね」
「え、言いなりって…… 」
「冗談よ。私も大人は嫌いだけどパパは好きだわ。知ってる? パパは口ほど皮肉屋じゃないのよ」
「グリーン・ワイアット議員のこと?」
「そうよ。真面目で堅くて、紅茶の大好きな議員のことよ。私もさんざん紅茶には詳しくなったわ。本当はコーヒーの方が好きなんだけど、これは内緒ね」
「へえ…… 」
ハサウェイ・ノアはこのクェスという女の子にペースを握られてしまい、会話も振り回されている。
しかし不愉快ではなかった。
それはハサウェイがまだ女の子慣れしていないからだけではなく、母のミライや妹のチューミンにはない天真爛漫さがあるからだ。
そこからもしばらく会話をしていたが、突然終わった。
「たぶん今紅茶を出してるわ。この時間はいつもそうだし」
「じゃあ僕の父も紅茶も飲んでるかな。君と同じでコーヒーの方が好きなはずなんだけど」
「……」
「どうしたの?」
「…………」
クェス・ワイアットは口をあけたまましゃべらず、固まっている。
何か別のものに集中して動きが止まったのだ。
「ハサウェイ! 何かが来ている。悪い感じがするわ!」
「わ、悪い感じって……」
「今度こそ一緒に来て!」
そう言うと部屋からクェスは駆け出す。しかもドアではなく窓を開けて裸足で庭園に降り立ったのだ。さすがにこれを見るとハサウェイも尋常なことではないと分かり、直ぐにクェスを追って走っていく。
クェスはハサウェイが一緒に来てくれていることは、振り返らないでも分かっている。そのまま庭園を走り、手頃な木を見つけ、するするとそれに登っていく。ある程度登ると庭園の生垣を越えて外が見え、そこに何かないか見渡す。自分でも何を見たいのか分からないのだが。
しかし、妙なものが見えたではないか。
それは敷地の外にいた男たちだ。ごく普通の身なりをして、偶然車で通りかかったように偽装してるが、双眼鏡で邸内を探っていたのをクェスは見た。
その男たちと目が合う。彼らは驚き、最初こそ逃げ出すそぶりを見せたが、尚もクェスが凝視していると途中で逃げるのをやめ、別な動きをしようとしている。
クェスは危険なものを感じ、そのまま木から手を放して落ちる。もちろん、下でハサウェイが受け止めてくれると分かっているからだ。
「クェス、無茶な……」
「ハサウェイ、直ぐに戻ってステファン・ヘボンに言って! たぶん、外にいた人らは何か企んでいる…… テロか何かの準備だったのよ!」
「えっ!?」
思ったよりは軽かったが、それでもクェスを受け止めれば自分が下敷きの格好になる。しかし時間の猶予はなく今度はハサウェイから立ち上がって駆け戻り、重要なメッセージを伝えに行く。
その後あちこちの方面に通達が行き、テログループの摘発と事件の発生を未然に防ぐことになったのだ。
それとは別に、会談の終了後クェスはグリーン・ワイアットから、ハサウェイはブライト・ノアからそれぞれ紹介を受けている。
クェスもハサウェイも互いに型通りの挨拶をしたのだが、その目はこの出来事を通して確かに通じるものが存在する。なぜかしら二人には確かな予感めいたものが育ちつつあるのだ。
これから先、時には反発し、時には喧嘩しつつも二人の人生は決して離れるものではないという予感だった。
さて、ゾルタン・アッカネンの乱から五年後、すなわち今から三十年前に俺はドズル閣下からビデオメールを受け取った。
何事かジオンに異変が起こったのかと身構えてそれを再生する。
「コンスコンよ…… 終わりだ…… もう何も希望が無い」
ドズル閣下の言いようもない哀れな声だ。
その続きを固唾を呑んで聞いてみれば、異変といえば異変には違いないが、返事をする気も失せるようなことだった。
「この間まで小さくて可愛いミネバだったのに…… そのミネバが…… 何も言えんし、言うとゼナから怒られるのだ。どうすればいい、コンスコン」
よくよく聞けば、何とゾルタン・アッカネンを討ち取った英雄、バナージ・リンクスとミネバ・ザビがどういうきっかけがあったのか仲良くなっているらしい。二人とも純朴な者同士、このまま結婚まで行きそうな気配だという。
ミネバ・ザビはザビ家の正統な後継者であり、サイド3ジオンでは最も貴人というのにふさわしく、もちろん貴族院議長の座が約束されている。
それを盾に、ただのパイロットとミネバの結婚など身分違いだとドズル閣下が言い立てようにも、藪蛇になってしまったとは!
というのはバナージ・リンクスを調査したところ、意外なことに出自は悪くなかったのだ。
万事休すである。もちろん、ドズル閣下にとって。
そしてキシリア閣下は別に反対などしていないのだから、もうどうにもならない。
俺はそんなつまらない愚痴を聞かされても何もできないのは分かっているので、「忙しいです」それだけを返信で送った。
そういう個人ごとは、この際小さなことだ。
やはりいつまでも平和が続くものではなかった。
人の思惑とは別に、年月の経過と共に社会には歪みが出る。
最初は小さな歪みがしだいに大きくなり、そして亀裂となる。それが限度を超えた時、戦乱が巻き起こるのだろう。ちょうどアースノイドがスペースノイドを抑圧した歪みが積み重なり、ついにはサイド3の宣戦につながったように。
人類は戦争なしに新時代を迎えられないのだろうか。
サイド3はサイド5、サイド6と事実上の同盟関係にある。
その他、サイド7は地球連邦軍の最大拠点であるルナツーのお膝元である関係上、連邦にべったりであり独自の動きはしない。
残るサイド1、2、4はどうだろう。
サイド3ジオンへのトラウマと警戒感もあり、いくらそれらの復興をサイド3が手助けしても一定の距離を空けられる。決して同盟関係にならないのだ。
とりわけサイド4においてそれは顕著だったのだが、それには理由が存在する。
サイド1やサイド2はかつてジオンに叩かれたが、実際のところ戦争の初頭ではむしろ共闘の誘いを受けていたのだ。スペースノイドの独立を旗印として起こした戦争である以上、当然といえば当然のことだ。
しかしその誘いに乗らず、それどころか勝ち馬に乗ろうと連邦に味方する動きをしていたのが事実だった。ジオンが勝てるとはとうてい見えなかったためである。それらをジオンが叩いたのは苛烈ではあっても先制攻撃の一つであり、後方の攪乱要因を断つという戦略上の意味が存在していたのだ。
しかしサイド4は別にジオンに敵対する動きはしていなかった。
ただサイド6のように中立宣言をするのが、わずか一歩遅れただけだった。それなのにサイド1やサイド2と同時に叩かれた、つまりとばっちりを食っただけである。そのためサイド4は余計にジオンを憎み、生き残りはスペースノイドであるにもかかわらず、サイド4ムーア同胞団を結成し積極的にジオンに敵対したという経緯がある。
逆にジオンの側ではスペースノイドなのに敵対してきたそれら生き残りを快く思っていない。
だがしかし、ここにきてそのわだかまりも雪解けを迎えた。
サイド4もまた復興が進んでいるが、その中でサイド4ムーア同胞団の中核であり戦前の首長の息子でもあるイオ・フレミングの政界入りを願う声が多々あった。しかし本人はそれを拒み、サイド4自衛警備隊長という第一線から退こうとしなかったのだ。
「俺に政治は合わない。なぜなら議会でジャズを鳴らすと怒る奴が出てくる」
難しい政治のことは、イオと違い退役して政治に関わるようになったクローディア・ペールに任せ、本人はコックピットから離れない。
だがイオは恋人でもあるクローディアに一つだけ口を出すことがあった。
「ジオンといつまでも喧嘩をするな。俺でさえ今はジオンは嫌いじゃない。ジオンだっていろんな奴がいるし、あの義足野郎だってそうだ。音楽の趣味だけは合わないが好い奴だった」
イオ・フレミングは戦争後、戦いでは宿敵であり、自分のゼフィランサスを倒した因縁のダリル・ローレンツに会ってみようという気になった。一方、ダリルの方も既に敵愾心はなく、拒む気はない。
そして会ってみてイオは知ったのだ。
ダリルが負傷兵となっても仲間たちと戦い続けたこと、そして何よりダリル自身が穏やかで誠実な青年であり、サイド4の腹黒い政治家たちよりもよほど好感が持てる人間だった。
そんなことを契機として、サイド4はサイド3ジオンと同盟こそしないが、少なくとも足を引っ張るほど敵対するわけでなくなった。そしてサイド4はサイド7と共にどちらかというと連邦側へ依存を強めることになっていく。
すると危機感を覚えたのはサイド1とサイド2である。
その二つはもちろん最古参のコロニー群であり、人口で言えばサイド3などよりずっと多い、いわば大国である。先端技術力でこそサイド3ジオンより劣るが、復興すれば総合的な生産力では凌駕する。特に食料生産では余剰分を月面やルナツーに売却するほどだ。
それが今、心情的にサイド3へ対抗する仲間と思っていたサイド4が離れていってしまうとは。
するとかえってサイド1とサイド2の方が人類社会で孤立しようとしているではないか。
そんな政治情勢、サイド1とサイド2は必然的に結びつきを深める。
戦争前ならどちらかというとライバル関係であり仲は良くなかったのだが、そんな過去を捨て、ついに同盟を結んだのだ。
そしてサイド3、5、6のブロック、サイド4、7、月面のブロックに対抗するブロックとなった。
こうして三つの政治的ブロックが並び、対立する構図ができあがる。
混迷する情勢下、連鎖的に他の勢力が付け入る隙ともなる。
そこで動いた最たるものがブッホ・コンツェルンであり、そして持てる力はゾルタン・アッカネンなどの比ではない。圧倒的な資金力は本格的な軍事組織と開発力を擁するのに足る。もはや領土のない国家と言っても過言ではないが、ついにそれが牙を剥く時が来たのだ。