「どうもザビーネ・シャル殿は理解が不足しておられるようだ。このパプティマス・シロッコ自らが工夫の粋を凝らした遠征艦隊の力を軽んじているのもそのせいだろう」
「…… シロッコ総司令官殿、そういうことを問題にしているのではなく、今は戦い方を指摘している。もっと堅実にすべきではないかと」
パプティマス・シロッコとザビーネ・シャルの会話が進んでいく。
それは決してかみ合っていないのだが、そうなる原因ははっきりしている。
「ザビーネ殿、心配無用! どこからどう見ても戦力は圧倒している。その根拠の一つはこのジュピトリスにメガ粒子砲を備え付け、そのエネルギーで射程も威力もこれまでにない砲撃ができる。いわば移動する要塞砲を引き連れているようなもの、土星からのちゃちな戦力などこれだけで一掃できよう」
「確かに艦隊戦では長射程砲があれば絶対的優位、それを活かせる戦いになれば楽に進められるが」
「おや、その言い方では物足りないような。MS戦では違うとでも? いやいやMS戦になればそれこそ面白い」
「では言わせて頂く。MSといえば総司令官殿は我がクロスボーン・バンガードの優秀なMSのコピー生産を断ったとか」
若干の自負心と共にそういう指摘をしてしまうのは、クロスボーンの矜持があるからだ。
「そのことに別に他意はなく、勘ぐらないでもらいたいザビーネ殿。なぜならこの私が完成させ、MSの傑作とも思うバタラ改が出来た以上必要なかったまでのこと。バタラは木星の超重力下で運用されるMS、元から桁違いに頑健な上、私が独自改造して機動力も武装も大幅に強化した。自慢ではないが私の才があったからこそ強力スラスターを多数組み込めたのだ。もはやどこにも死角はなく、性能でこれ以上のMSが存在するはずがない。クロスボーン・バンガードの誇るデナン・ゲー? ベルガ・ダラス? 最新鋭とはいえ地球圏の脆弱なMSなど問題ではない」
結局、ザビーネ・シャルは戦術のことを共に語ろうとしたのに、全く受け入れられない。それどころか却って溢れる自信を隠そうともせず語るパプティマス・シロッコに正直うんざりだ。しまいにはあてつけのようなことを言われてザビーネ・シャルは鼻白む。
しかし、本当に驚くべきことはその次にあった。
「もうジュピトリス内でいつでも量産できる。それゆえはるか立ち遅れた土星圏の戦力が慌てて向かってきたとしても鎧袖一触にしかなりようがない。どうです、ザビーネ・シャル殿」
「 …… 」
「その上、隠し玉もある」
「総司令官殿、隠し玉とは?」
「ザビーネ・シャル殿も想像が及ばない? いやそれもまた面白い。クロスボーン・バンガードが以前用いた自律型兵器、あれを私が宇宙戦用に改造したところ、けっこう使えそうな感じに仕上がったのは嬉しい誤算」
「な、何!? まさかあの機械を!」
自律型兵器、それは正に非人間の兵器である。
自動で人間を殺傷するようにプログラムされた機械そのものだ。それに従い、飽くことなく、省みることなく、人に血を流させ続ける。
それはかつてコロニーの民間人の虐殺に使われた経緯があるが、ザビーネ・シャルとしてはもう二度と聞きたくないほど忌避感が強い。
ザビーネ・シャルは騎士として戦う。
それは貴族主義と合致するものだが、そもそも戦いというものは人間同士が互いに思いを背負って臨むもの、そして強敵を倒すからこそ「名誉」が生じるという士道を重んじていたのだ。
もはや話すことなど何もない。
ザビーネ・シャルはドゥガチ総統に大きな恩義を感じているが、本当に木星圏と行動を共にしていていいのか、ここで初めて疑問を持った。
何か間違えてしまったのではないか。
共に歩むべき者は別にいるのではないだろうか。
「総司令官殿、なるほど準備は万端のようだ。では戦闘になれば私と黒の部隊は早めに出て独自に動く。そして外側から総司令官殿の圧倒的勝利と土星圏戦力の壊滅を見物させてもらう。それでよろしいか」
ジュピトリス内の中央艦橋でこの二人がやりあうのを見て、肩をすくませる人物がいた。そして誰にも聞こえない小声で呟いたのだ。
「総司令官は確かに才能はある。だが、戦いを本当に分かっているようには思えない。ドゥガチ総統という絶対に越えられない壁のため、他に八つ当たりするだけの子供のようだ」
元々木星船団公社の出身であり、そこから積極的に木星帝国の設立に関わった人物である。
今ではドゥガチ総統の信任を得て遠征艦隊の副司令官に任じられていたフォンセ・カガチだった。
木星圏、ついに木星帝国を名乗り、独立を宣言!
このニュースを土星にいる俺は苦々しく聞いている。
もっと早くから木星圏に協力し、緊密な関係を築いていればよかった、そんな後悔が少なからずある。
俺としては木星圏は嫌いではない。それどころか水も鉱物も少ない環境で苦労していることには同情すらしているのだ。そんな中で開拓を曲がりなりにも進めているのは素直に凄いと称賛したい。
だからこそ木星圏の暴発は残念なのだ!
おそらく地球圏に対する妬みがベースとなっていることは間違いなく、そうであれば俺の土星圏が何がしかの緩衝材になってやれたかもしれないのに。
木星圏の総統ドゥガチは完全な独裁体制を敷いて開拓民を抑圧していると聞くが、一面的に捉えてはならない。現実的に開拓を破綻させず、前進させている偉人である。独裁は木星圏の環境の中で生き残るために甘さを許さなかった結果とも解釈できる。
だがしかし、土星圏に戦いを仕掛けられたなら別だ!
断固として戦って打ち破り、俺は土星圏の開拓民を守り通さねばならない。
木星圏から土星圏へ向けて艦隊が出港したことは分かっている。しかもそこそこの動員規模があり、おそらく牽制でも一戦だけでもなく、明らかにこちらのコロニーへの侵攻と制圧まで狙っているものだ。いや、下手なことをすれば破壊までされるかもしれない。向こうにとってすれば土星圏を良くて併合、悪くても宇宙から消し去ればそれで目的は達成ということである。
さあ、そんな木星艦隊相手にどうやって勝つ。
しばらく置くと情報がぼちぼち入ってきた。想定航路、艦種、指揮官などについての有用な情報だ。
「何!? 向こうの艦隊の総指揮官があの不遜な若者だと?」
いや、若者と言ってはおかしいだろうな。今はそこそこの年齢のはずなのだから。
しかし奇縁としかいいようがない。
パプティマス・シロッコ、俺も会ったことがある者が今回の相手だとは。当時の会談の内容はともかく野望と傲岸さと文字通りの頭痛の種であったことを憶えている。
性格のことは置いておくとしても能力的には髙そうだった。
さあ、戦うとなれば先ず戦場を設定するが、それは土星圏の入り口と定める。
向こうの遠征艦隊をできるだけ引き付けてから戦うのが基本だが、あまりにこちらのコロニーに近くてもいけない。ジュピトリスから各艦を分離し、単独でも辿り着ける運用できる距離まで近付けさせれば、コロニーへ多方面攻撃をされる恐れがあり、そうなればどうやっても防ぎようがなくなるからである。
そして向こうの戦力は、艦隊規模として大型輸送艦ジュピトリスとその他で三十隻か。
これに対し、土星圏で用意できる艦隊戦力はあまりに乏しい。
俺が地球圏から持ってきた艦はその多くが老朽化し、既に解体して他へ転用してしまっているのである。
メンテナンスを続けて残っているのはチベが八隻、ザンジバルが五隻といったところか。
それが一番マシな艦隊戦力なのだが、それでも新鋭艦にはとうてい太刀打ちできない。ちなみに駆逐艦などの小型艦は航続距離が短いので最初から会戦に連れていくことすら無理だ。
そこで、比較的大型で足の速そうな輸送艦を選び、急遽改造して数に加える。
そうすると合計で一応三十隻よりは多く揃えられる。しかし本当に一応というだけで、戦力内容的にとうていまともな艦隊決戦を行えるような代物ではない。改造艦は砲撃力も弱いが防御力に至ってはまるで紙のようなものである。
この戦い、やはりカギになるのはMS戦だろうな。
だが、それについても土星圏には実戦経験のあるパイロットはいない。
おまけにMSの性能については大いに不安がある。
もちろん土星圏でもMSを全く進歩させていなかったのではない。フランクリン・ビダンの技術知識、ケリィ・レズナーのアイデア、元アナハイム・エレクトロニクス社のメカニックであるルセット・オデビーらの開発力を使って独自MSを作ってきたつもりだ。
だがしかし、平和があまりに続いたため本腰を入れていたわけではなく、おまけでやっていただけであり、木星圏のMSにはとうてい及ばない性能だろう。
俺はこちらのMSパイロットたちに向け、正直にそういった現状について話をする。
「そういうわけだ。木星艦隊との戦い、いかにも不利だ。いずれは戦乱が及ぶと思っていたが見通しが甘かった。結果的に今、諸君らを数でも質でも劣るMSに乗せて送り出すことになるのだから、本当に済まない」
「だから何? コンスコン代表が謝ることじゃないはずよ」「へっ、ハンデくらいくれてやんなきゃ向こうが可哀想ってもんだ」「勝てば何も問題はない。だから問題はない」
俺はそんな反応に驚いてしまう。
さすがに若いパイロットは緊張している。しかし、俺が土星圏に作った士官学校の教官になっているような者たちはそうではない。皆、この状況でも意気軒高であり、戦いを恐れる様子は微塵もないのだ。
むしろ戦いたがっているように見えるのは故郷を守ろうとする意気の表れだと信じたい。
今もまた、盛んに模擬戦を行っている。
「やったーー! 撃墜表示、また俺の勝ちだ。ギュネイ、ご苦労さん」
「くそっ! も、もう一回だ、ジュドー」
「まだやるのか、俺の練習マシーン一号。あ、二号はビーチャだけど、ちなみに一号の方が下な」
「誰がお前の練習マシーンだ!! ふざけるなジュドー、お前には、お前にだけは絶対に負けたくない!」
「そんなことを言うギュネイに勝つのはほんっと楽しいなあ。飯が美味いぜ」
これは真面目なのか?
…… 俺は思い出すが、彼らは土星圏に来たころはみなただの子供だった。しかし今ではしっかり年配の教官になってしまったとは。しかもこの戦いに臨んで張り切っている。
いや、それどころではない。
キャラ・スーンですらいそいそとMSに乗り込もうとしていた!
「実戦を知っているあたしが出なくてどうする! かつてはあのアムロ・レイと戦ったあたしだよッ!」
さすがにキャラ・スーンは高齢過ぎてパイロットは遠慮願ったが、ついでに言うとそのMSというのが自分なりに修理してきたジャジャだったとは。
まあ年齢のことを言うのなら俺が一番艦隊戦をやるような年ではないけどな。
地球圏を出て五十年、もはや俺も八十代の老境なのだから。
しかし、乾坤一擲の艦隊戦なら周囲が何をいっても俺が出ないわけにはいかない! いや出ないなど考えもしない。
「ジュドー、ギュネイ、二人ともまとめて叩き落としてやるわ。かかってきなさい!」
「エルピー、いやちょっと待ってくれ。ファンネル全開のクシャトリアⅡは反則だろ。こっちのザクⅨの得意な接近戦は模擬戦で使えないんだからズルいぞ!」
「つべこべ言うな! 男のくせに」
「クシャトリアⅡなら妹たちの方とやってくれよ。いっぱいいるだろうが」
「妹たちとじゃ勝負がつかないんだよ! てか妹といえばジュドーはいつまでもリィナのシスコンだろ!」
尚も士官学校では模擬戦が続いている。
今使っている土星圏の主力MSは
これは正統的なザクの進化系であり、パワーと操作性、火力を順次アップデートし続けたものだ。当たり前のことだが土星圏はジオンの系譜、しかし連邦系技術者もいるのでその技術も加えている。
そしてもう一つのMSはクシャトリアⅡ、支援型MSとして作ったものである。
ジオンから供与された基本設計を基に開発を成功させ、近頃はファンネルを連邦型のフィンファンネルに換装して数も大幅に増す改良を施している。
そういった教官連中の動きを憧れで眺めている若いパイロットたちがいる。
その意気と思いは伝わり、こうして新しい世代が引き継いでいくのだろうな。
などと思っていたら、またしても年配パイロットが増えようとしていたのだ!
俺のところへ報告が入ってくる。そこにはこう書かれてあった。
「今回の戦いのために民間からの志願兵を募集していたところ、予想をはるか超える数の応募がありました。その中にパイロット志望が含まれていたので報告します」
なるほど、それは朗報かもしれない。俺はページをめくって続きを見る。
「審査で大半は落ちましたが残った者もいます。一人はカミーユ・ビダン、もちろんフランクリン・ビダン氏の御子息であります。その妻ユイリィ・ビダンも審査で合格基準に達しています。そしてもう一人はリタ・バシュタ、この者は驚くべきことにファンネル負荷に底が見えません。搭載可能数をはるか超えるまでファンネルを増やしても操作できるようです」
リタとは、開拓団にもぐり込んできたあの三人の中の一人か。しかし面白いことだな。もしここにララァ・アズナブルを呼べたらNT能力を競えるかもしれないぞ。
この緊急時、教官連中と同じくらいの年までなら力を貸してもらおう。
さすがにもっと年上の応募者レコア・ロンド、ロザミア・バタムは審査で落としてもらっている。
さあ今こそ出港だ。
俺は土星艦隊を率い、この土星圏という第二の故郷を守るため、迎撃に出る。