土星艦隊総数三十四隻が出港し、迎撃予定宙域に向け進んでいく。その内容は艦種がどうとかいうレベルではなく、純粋戦闘艦のチベなどが十三隻のみ、残った二十一隻はただの改造艦であり、数合わせのようなものだ。
それでも勝たねば土星圏の未来がない。
おそらくはこれが俺の最後の戦いになる。
俺はここまで生きてきた、いや二周目もここまで生きてきたと言うべきか。
そして何となく分かっていることがあるのだ。
たぶん三周目はない。
というのはそもそも二周目が偶然の産物ではなく、俺に何がしかの素因があった結果なのだろう。俺はMSで戦うタイプではないが何らかのNTに似たものを持っていたのだ。
かつて一回だけ話したことのあるフラナガン博士は何と言っていた?
俺に興味があり、調べたいということだったのではないか。その時にはまさかとしか思いもせず、他に考えるべきシャリア・ブルやツェーンのことがあったため流してしまったのだが。
おまけに俺が時々感じる頭痛、これはNTで、しかも外部に気を放つ者の近くにいた場合、感じたものだ。シャア少将などがそうだった。たぶんNT同士の共鳴とかいうものなんだろう。ただしクスコ・アルなんかの優しいタイプのNTには感じなかったのだが。
まあ、俺の不思議な現象は、それだけが原因じゃないと思う。人々の強い意思が存在した結果でもある。平和を作りたい、幸せになりたい、未来を良くしたいという人々の願いがそこにはあった。
ならば俺は最後の最後までその願いのために戦おう。
「各艦、土星の輪から軽そうで手ごろな大きさの岩塊を取り出し、艦首付近に据え付けるんだ。速度は落ちるが構わない」
俺は意気込みだけではなく冷静に戦術のことを考える。
初めに一つの手を打つ。
木星艦隊の長射程砲撃に対処しなくてはそもそも接触できず会戦にならない。
そのため防御の工夫が必要だ。
俺は土星圏という自分たちの地の利を利用することを考える。そこに隠れるということではなく、いわゆる「盾」を調達するためだ。もちろん運べる程度の岩を使ったところで脆いため砲撃を一度防げれば御の字、第二撃第三撃にはどうしようもない。だが逆に言えば一度は確実に防げることになる。
原理的にメガ粒子砲はどうしても直線にしか進めない、そこが付け目であり盾をしっかり向けていればいい。そして俺の作戦は撃ち合いではなく、早めにMS戦へ移行するものなのでこちらから砲撃できなくなるのは考えない。
さっとミノフスキー粒子が濃くなった。
近い。
もう少しで木星艦隊が視認できる距離になる。
そして見えた!
俺はのっけから驚くことになる。やって来る木星艦隊の布陣が分かってきたからだ。
何と木星艦隊は大型輸送艦ジュピトリスを中心に三十隻の輪形陣を敷いているではないか!
それを見て思わず呟いてしまった。
「向こうの指揮官シロッコという者は有能ではあっても、それは戦術以外のところにあったようだ。戦術面では実に素人くさい、それに尽きる。まあ、この戦力で戦術もグリーン・ワイアット並みならお手上げだったろうが」
俺の呟きを聞いていた者がいたではないか。
チベの艦橋で俺の脇にいながらオペレーター長を務めている有能そうな若者だ。まだ二十歳くらいだろう。
その者がキラキラした目で俺を見てきた。純粋で、俺に対する尊敬に満ちている。
それだけではなく呟きの真意を聞きたいのだろうということは分かり切っているので俺は解説を試みる。
「見ただけでそう言ったのは、向こうの陣形があり得ないからだ。いや、なまじ中途半端に戦術を知っているつもりなのが滑稽と言える。先ずは向こうの大型輸送艦ジュピトリスの役割は何か。それは惑星間を渡るために必要な艦であり、遠征してきた向こうにとってはまさに命綱、言い換えれば退路そのものなのだ」
俺は一息入れる。若者が続きを期待しているのが分かる。
「途中に補給基地どころか水も岩石もない長い航路、それ自体が壁になる。だから行くにも帰るにも必要不可欠であるジュピトリスは後方に置き、絶対的に安全確保をすべきなのだ。もしも理由があって攻撃参加させたいなら、全体を矢状の隊形にして増速し、一撃離脱で瓦解させるのを図ればいい。いずれにせよ戦いに入るのに守りの輪形陣とは戦理に反する」
その解説を聞き、若者の目がいっそうキラキラする。やはり同じだな。
これは血は争えないということなのだろう。
「君はたしか、ザラ君といったかな」
「そ、そうです、コンスコン代表!」
そっちを向いて話しかけると、名前を俺が知っていることでいっそう感激しているらしい。
だが俺が分からないわけがない。
この若者の祖父がアナベル・ガトー、つまりガトーの娘の子供なのだ。ガトーの血を引く孫であれば俺にとっても特別な感慨がある。
時代はそこまで変わっている。
ちなみに俺には子供はいない。妻はかつて名前すら失った少女だったが、土星圏に来てから年の離れた結婚をして二人で暮らしてきている。
「ではザラ君に頼みがある」
「何でしょう、コンスコン代表!」
「それはな、これからの戦いをしっかり見て語り継ぐことだ。戦いが悲惨で、愚かで、忌むべきことをしっかり憶えておいて欲しい。未来は君のような若者が作り、そのまた未来はこれから生まれる者が作り、全てが一つにつながっていく。どうか平和で皆が幸せに生きられるような世を守り続けてくれ」
心底からそう思う。
これから先も戦争の時代にさせないでくれ。
ついでに言えば俺にはそのための腹案がある。
この戦いが終われば、俺は木星のドゥガチへ直談判に行くつもりだ。片道数十分かかるような通信だけで誼を結ぶのはやはり無理、今まではそこが不充分だったのだ。
誠実に、しっかりと話し合い、できれはそこで木星圏と協定を結び共存共栄の道を探る。
俺は未来へ向けての壮大な青写真がある。
通商の面では、危険な木星からのヘリウム3採掘に代わり土星圏から輸送することにして、逆に木星圏は土星圏の中継貿易をしてもらう。
そして土星圏、木星圏、小惑星帯、地球圏という一連のチェーンになるのだ!
火星は残念ながら、物資を一度重力の下に落としてから引き上げるのはコスト高になるので中継貿易には適さない。ついでに地球圏より太陽に近い金星圏などは太陽放射線のため初めから植民は無理だ。
そしてここが大事なところだが、木星圏や土星圏は辺境の資源採掘基地などではない。
立派な人類の生存圏として位置付ける。
地球から遠い近いは問題ではない。
そこで優劣をつけるのではなく、単なる性格付けで区別するだけの話だ。その意識が根付き、チェーンのそれぞれの部分が均衡のとれた発展をすれば、人類は初めて地球から自由になれる。
地球の重力に魂を引かれなくなったと言えるようになるのだ。
いつの日か、地球連邦が地球圏を離れ、例えば小惑星帯に首都を構えてもいいじゃないか。
俺はこの大きな夢の話もドゥガチにするつもりだ。
支配するとか、されるとかはお互いにとって結局のところ発展の阻害にしかならない。もちろん俺の土星圏だって負けて服属し、地球圏と争う先棒を担がされるのはゴメンだ。
それと地球圏内部の各サイドの戦争も最大限抑止する。土星圏と木星圏が手を組めばよからぬことを企むサイドを抑えられる。有力なサイドはともすれば覇者になり他を支配したくなるものだが、徹底的にその芽を摘んでやるのだ。
それが可能なのは、何といってもヘリウム3というエネルギー資源が必ず必要だからである。
逆に将来、木星圏かあるいは土星圏が暴走したらどうだろうか? いや、これについてはもう片方からエネルギー資源を調達することで地球圏は落ち着いて対処ができるだろう。奇しくもこの体制は戦争抑止にとても都合がいい。
考えているのはそこまでだ。
そうしているうちに艦隊間の距離が縮まってくる。俺は相対速度を慎重に計測するが、向こうに動きはなく、やはりゆったり構えている。
「よし、全艦第一級戦闘配備、盾をしっかりジュピトリスに向けるのを忘れるな!」
それはギリギリで間に合った。思ったよりずっと遠くから砲撃が来たのだ。
こうして史上最初で最後の外惑星同士の戦い、土星圏会戦の幕は上がった。
まだ遠い射程なのにジュピトリスからの砲撃は半端なく強力で、しかも照準もいい。艦の大きさが安定性につながって照準がいいのだろう。しかも訓練してきたと見える。
こちらに直撃を受けると岩石の盾はあっさり吹き飛ばされてしまう。だがしかし、それだけなら艦自体の損傷は小破以下で済む。運悪く二度も撃たれた艦はあっさり爆散してしまったがそれは一隻だけだった。
「四隻ずつの小隊を組み、一気に増速するんだ。頃合を見て多方向に散開、小隊はそれぞれ別個に木星艦隊を迂回して惑わし、後方に回り込め。その位置からMSを全機発進させろ。ここが正念場だ!」
俺の指示通り、こちらの艦隊が一斉に動き出し、進路を器用に曲げて向こうの長射程砲をかいくぐって進んでいく。思った通り木星艦隊の側は輪形陣を崩すべきか迷って貴重な時間を失う。こちらの迂回の動きに対応できていない。結果的に位置取りは満点だ。
そして俺は濃くなってくるミノフスキー粒子のため、この距離では最後の通信を伝える。
この後は進めと撤退の発光信号しか使えない。
「MSは急進し、狙いをジュピトリスのエンジン部と見せかけて陽動をかけた上で、水と空気のタンクに一撃でも加えてやれ。撃破せずともそれで継戦能力を奪えば方が付く。頼んだぞ」
木星艦隊の後方についた各艦からあわせて五十機のMSが発進した。以後の戦闘はこれらに托す。
こちらのMS隊に対し木星側は当初対空砲火を密にしてきたが、やがてそうではなくMSを出してきた。木星艦隊も遅まきながら本格的なMS戦に移行するつもりだ。
木星側のMSは想定を上回る約九十機、それらは見たこともない武骨な形で、動きはそれに似合わず俊敏だ。俺は小型ハイパワー機が今のMSの主流なのだと改めて思い知る。あっという間にこちらのMS隊に迫り接触してきた。
全面的なMS同士の戦闘に入るが、初めはやはり基本性能の違いから苦戦を強いられる。見ると速さや火力の違いより、むしろダメージコントロールが決定的に違う。こちらのファンネルのビーム程度では機体の一割程度にしかダメージを与えられず、よほどうまい位置に当てるのでなければ三回も命中させないと撃破できないほど頑健だ。
おまけにこちらは実戦経験の薄さから戸惑いを隠せない。
いや、ここが我慢のしどころである。
やがてMS戦は互角に転じた。戦っている最中でさえこちらは一段一段戦闘技量を上げていき、性能や数の不利をものともせず押し始める。ついに撃破されるMSは圧倒的に向こうの方が多くなり、先行きは明るい。
頼もしい限りだな。
よくよく観察するとこちらの十二人の姉妹MSが見事なまでにファンネルの連携で木星MSを翻弄し、阻んでいる。その隙にジュドーらがジュピトリスへ距離を詰めていくのだが、そこで慌てて追いかけようとする木星MSを側背から叩いていく。
実に上手いやり方をしている。どこでそんなことを考えたのか。
と思っているとこちら側の中に妙なMSを発見した。
あれはジャジャ!?
なんとしたことか、キャラ・スーンが無断で戦いに加わっている!
「よし、いい感じになってきたねえ。さあて年だけ食っちまったガキどもにここから母ちゃんの本領を見せてやるよ! と言いたいとこだがジュドーと、ビーチャとエルの夫婦も、あんたらは先に行ってあのでかい艦を片付けてきな」
キャラ・スーンは口だけではない。火力だけはやたらと高いジャジャで木星MSを攪乱しつつ二機も墜とし、おまけに現場指揮の役に立っている。
だが異変が起こった。
戦場のはるか外縁から十数機ほどのMS隊が襲ってきたのだ。俺は一瞬伏兵かと疑った。探知外に忍ばせておいて重要な局面に投入というのはよくあるやり方だ。だがそれにしては離れ過ぎた場所にいたらしく、タイミングがこれほど遅いのもおかしなことだ。
それらは皆黒いMSで、俺は知らなかったがザビーネ・シャルの黒の部隊、猛者揃いのクロスボーンバンガードでも精鋭中の精鋭だった。